Vivid Outlaw   作:勇忌煉

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第26話「もう止めだ」

「バグアァァッ!」

「あぶっ!?」

 

 額に鋭い角を生やした狼のような獣が突進し、それをギリギリでかわすフーカ。その獣――一角獣は途中で曲がることなく木に激突し、その木を圧し折ってしまった。

 フーカはそれを見てふぅ、と安堵して一息つく。今回はどうにか避けられたが、あの突進が自分に当たっていたらと思うと……。

 最悪の結果を想像し、思わず冷や汗を掻く。そんなフーカをよそに、一角獣は頭を横に振り、何事もなかったかのように再び突進してきた。

 

「のわぁー!?」

 

 これもギリギリのところで避けるも、額の角がフーカの脇腹を掠めた。

 体長約三メートルという巨体でありながら、魔力なしの人間では決して出せないほどの速度で突進してくる。魔法の存在が常識となっているこの世界では軽く見られているかもしれないが、冷静に考えるとなかなか恐ろしいものだろう。

 右手に持つ刃のような石と丈夫な木の棒で作った槍を構え、獣を睨みつけるフーカ。いつもなら素手で立ち向かうのだが、今自分が戦っているのは人ではなく野生の獣だ。素手で倒せるほど楽な相手じゃない。

 

「あれからもう一ヶ月は経つんか……」

 

 

 

 サツキに『一人で狩りをできるようになれるまで帰らない』と冗談で言われ、それをフーカが真に受けてから一ヶ月が経った。

 

 

 

 後にその発言が冗談だと気づいたフーカだが、指摘はあえてしなかった。この環境での狩りならフィジカル向上のトレーニングにもなるし、世間に溶け込むだけじゃ学べないようなことを、サツキから教えてもらえるかもしれないと判断したからだ。

 最初は得物もまともに作れなかったフーカだが、次第に自然にあるものだけで体を洗う方法や、寝床を作る方法、飲んでも大丈夫な水を確保する方法など、この大自然で生き抜くために様々なことを模索し続けた。今右手に持っている槍もフーカ一人で作ったものである。

 そんなフーカにとって一番の成長は、ここまでサツキの助けを借りていないという点だろう。……とはいえ、サツキに教えてほしいことはまだまだあるので、彼女の元から離れる気はないのだが。

 

 フーカは冷静にバックステップで後退し、彼女の頭上を狙って跳躍した一角獣から距離を取る。相手は地球で言う狼に近い生物だ。突進以外の攻撃もできる。

 一角獣は着地すると再度跳躍し、木の幹を蹴ってジグザグに動き、またしても上からフーカの顔面へ額の角を突き出す。

 

「グワァッ!」

「うわっ!?」

 

 まだ体勢が整っていなかったこともあり、後ろへ転びそうになりながらも、右手の槍で一角獣を迎撃しようとするフーカ。それに勘付いたのか、一角獣は器用に体を横へ捻らせて突きを回避し、フーカの隣に着地した。

 やられる。そう思って少々ヤケになって槍を振るうフーカだが、一角獣はそれを警戒していたのか、迫り来る槍を角で弾くと、唸り声を上げながらゆっくりと後退し始めた。すぐに追撃を加えない辺り、頭は比較的良いようだ。

 その間にフーカも体勢を整え、一角獣から目を離さないように槍を構える。速さは完全に向こうが上なので、少しでも油断すれば命取りになる。

 

「この前のシシたぁ訳が違うのぉ……」

 

 フーカは以前、というか最初はサツキが仕留めた猪のような獣を狩ろうとしていたのだが、サツキのようにはいかず失敗が続いていた。落とし穴は相手が大きすぎて収まりきらず、奇襲は事前に察知されて返り討ちにされてしまっている。真っ向勝負に至っては論外だ。

 が、フーカはその獣を追っているうちに気づいた。この森には猪型を始め、豊富な種類の大型動物が生息していることに。今戦っている一角獣もその一種である。

 その場で踏み込みを強く行い、槍の照準を一角獣の鼻っ面に定めるフーカ。次の一手で決めるつもりのようだ。

 

「グルルルル……」

 

 一角獣の方もその細い四肢で踏ん張ると、体を少し後ろへ引き始めた。これで勢いよくフーカの頭上へ跳び上がることができるし、そのまま突進することもできる。

 お互いに構えたまま微動だにせず、風の音が耳に入らなくなったところで――

 

 

「っ――!」

 

 

 ――フーカが動いた。

 

 槍を溜め込むように構えた状態で、地面からはみ出る木の根を上手く伝っていき、一角獣に肉薄する。

 

「グガアァッ!」

 

 一角獣の方もフーカに肉薄されたと同時に真上に跳び上がり、木の枝を器用に蹴って急降下し、フーカの脳天に穴を開けるべく、額の角を突き出す。

 

「いけん……!」

 

 そうは言いながらもそこまで焦った様子は見せず、体勢を崩しつつ槍の穂先を一角獣の鼻っ面に向け、口が開く瞬間を狙い――

 

 

 

 

 

 ――それを、投げるように突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー、派手にやってんじゃねぇか」

 

 同時刻。ちょうどフーカが森の守護獣のような姿をした一角獣とやり合っている頃、サツキはサツキである事をしていた。

 大きな石の上で座禅を組み、感覚を研ぎ澄ますべく、ゆっくりと目を閉じる。これを行うにおいて、一番邪魔になるのは視界なのだ。

 

 最初に浮かび上がるは――自分が殺し屋のランナーに、一本取られた瞬間。続いて自分達が今いる森の内部。そこから、

 

 地形。

 

 木の一本一本。

 

 地面の細かいヒビ。

 

 風の強さや気温、湿気。

 

 等々。自分の目で見て、五感を駆使して得た情報が、形となって、文字となって鮮明に出てくる。

 次に自分の持つ情報も入れてパズルのように組み立て、シチュエーションを自分とランナーが再戦している場面へと切り替える。

 まるで本当に対峙しているかのように、たった今現実で起きているかのように鮮明な光景が浮かぶ中――

 

 

 

 ――サツキから仕掛けた。

 

 

 

 いつものように真っ直ぐではなく、右から回り込み、体を独楽のように回転させながら、右の回し蹴りをランナーの首元へ繰り出す。

 が、前に対峙したときと同じくランナーが愛銃の引き金を引いた瞬間、すぐそばにあった左の木の幹から抉れるような音と独特の発砲音が同時に聞こえ、サツキの左肩、脇腹、左脚に無数の魔力弾が直撃した。

 これにより体勢を崩し、放った蹴りの軌道が後頭部の方へと大きく逸れ、空を切る。蹴圧が吹き荒れ、近くにあるいくつかの木に抉り傷をつけていく。

 

 それでも最初のようにはいかないと言わんばかりに、サツキは宙で体勢を崩したまま、左の足でランナーの下顎を蹴り上げようとするも、今度はランナーがその場から姿を消したことでまたしても空を切り、再び発生した蹴圧で、今度は木の幹に刀で縦に斬ったかのような傷がつけられた。

 僅かに感じる気配を頼りに、何もないところへ蹴りの風圧――蹴圧を連続で飛ばすサツキ。当然姿の見えないランナーに当たることはなく、放たれた圧の軌道上にある木々が次々と薙ぎ倒されていく。

 続いてランナーの動きを先読みするかの如く、後ろへ向くと同時に右の拳を全力で突き出し、その際に発生する衝撃――拳圧を飛ばす。

 

 が、それも空を切るだけに終わり、頭上から魔力の散弾で脳天・両肩を撃たれてしまう。

 サツキはそれを耐え抜くと今度は弾丸が撃ち出された場所へ跳び上がり、ランナーが立っていそうなところへ蹴りを放つも、まるでそう来ることはわかっていたかのように、さらに上の方から散弾が現れた。

 すぐさま太めの木の枝に乗っかり、両手で迫り来る弾丸を弾いていくサツキ。弾かれた弾丸に追尾機能はないのか、次々と地面に穴を開けていく。

 

 散弾は弾ける。つまり最大限に上手くやれば、ランナーに弾丸を弾き返せる可能性もある。その事実に少し希望を抱くも、そうする前に撃たれてしまっては意味がないとすぐに切り替える。

 一旦地面に足を付け、背中を木の幹にピタリとくっ付けるサツキ。そして――

 

 

 

「□□□□□□□――ッ!!」

 

 

 

 ――獣の如き咆哮による大音量の振動波で、辺り一面を薙ぎ払い始めた。

 

 動きを止めに掛かった前回とは違い、今回は姿を隠しているランナーを炙り出すつもりらしい。

 その振動で地面が抉れていき、同時にサツキの口元からは血が垂れていく。どうやらこの使い方はかなりの負担が掛かるようだ。

 が、これを以てしてもランナーを捉えることはできず、背後から撃たれた散弾を後頭部と背中に食らってしまい、前回のように咆哮を強制終了させられる。

 ならばこれはどうか。サツキはそう言いたげに木の幹を両手で掴むと、そのまま自分の身長の四倍はあろう大きな木を力ずくで引っこ抜き、咆哮の時と同じく薙ぎ払うように振り回す。

 

 これによりさっきの蹴圧で倒れていなかった木々が次々と圧し折られていき、サツキを中心にその一帯がまるで伐採されたかのように開けていく。

 

 

 ――それなのに。

 

 

 ランナーは姿を現さない。それどころか、全く手応えを感じない。木を振り回した際に生じる風圧にすら、何かが引っ掛かったという感覚はない。

 これはやるだけ無駄だと判断し、振り回していた木を遠くへ投げ飛ばすサツキ。そしてすぐに平地となったその場から離れる。

 ただでさえ相手が百発百中なのに、障害物のない平地となれば格好の餌食だろう。……尤も、木という障害物があってもなお、ランナーの狙撃からは逃げられなかったわけだが。

 

 サツキが焦るようにそう思っていると、それ見たことかと言わんばかりに、右側にそびえ立つ木から抉れる音と例の発砲音と共に、無数の魔力弾が彼女を襲った。しかも今度は打撃程度の威力ではなく、弾丸が直撃した部位から出血するほどの威力で。

 文字通り体――正確には頭部を庇った右腕、無防備だった右脇腹と右脚に穴を開けられ、体勢を崩すサツキ。いくら彼女でも右脚を潰されては、まともに立つのは難しいだろう。

 どうにか反対側の木にもたれ掛かり、倒れ込むのを阻止するサツキ。撃たれた部位からは血が流れ出し、足下を濁った赤に染めていく。

 

 残った力を振り絞り、まずは視野を広げて今自分がいる場所を把握する。次にそこに向かって撃ち出されるであろう弾丸の軌道を予想し、前方に蹴りの風圧を、頭上に拳の風圧を飛ばす。

 しかし、それらの攻撃がランナーに当たることはなく、さらに攻撃に集中し過ぎて防御が疎かになったこともあり、後頭部を散弾で撃ち抜かれたところで――

 

 

 

 ――座禅を組んでいたサツキは目を開けた。

 

 

 

「クソが……ッ」

 

 想像の中とはいえ、自分が容易に撃ち殺されたという結果に思わず舌打ちするサツキ。今彼女が行っていたのは、世間で言うところのイメージトレーニング。そう、イメージ"トレーニング"だ。

 

 サツキは生まれてから今に至るまで、トレーニングというものを行ったことがない。強いて言うなら幼少期、母親と一緒に経験した山籠もりと魔法の基礎練がそれに該当するのかもしれないが、少なくともフィジカル向上をメインとしたトレーニングは一度もしていない。

 これに関してはサツキ自身が力を求めず、自由を求めたのが最大の要因だろう。それなのに実際は長年求めた自由ではなく、長年必要としなかった強さばかりを得ている。ひたすら力を求める者、サツキの本意を知らない者からは羨まれているが、サツキにとっては正直不快でしかない。皮肉とはまさにこの事である。

 だが、今回に関してはそうも言っていられない。何せ相手は本気を出すことなくサツキを制した、プロの殺し屋なのだから。フィジカルトレーニングとまではいかなくとも、イメージトレーニングくらいは必要だと、サツキが自分で判断したのだ。

 

「けッ、ごり押しも読み合いもダメか。どうやっても最後は殺されちまう……」

 

 立ち上がって石の上から跳び下り、タバコの代わりに小さな木の棒を咥えるサツキ。その表情にいつもの余裕はなく、無情に過ぎていく時間に苛立っているようにも見える。

 この一ヶ月間、イメージトレーニングでサツキなりにあらゆる方法でランナーの攻略を試みたものの、どれも姿と気配を消されて回避されてしまっている。しかも向こうはいとも簡単に背後や頭上を取ってくる始末だ。

 フィジカル的にはさほど手強い相手ではないのだが、鍛錬で身に付けるような技術となれば話は別。アスリートのそれとは違う、確実に人を殺すための技術。どうにかして攻略の糸口を掴まない限り、勝ち目はない。

 

 

 

 ――使うしか、ないのか。

 

 

 

「魔法……」

 

 力を込めた右掌をジッと見つめ、忌々しそうにその単語を口に出す。

 

 魔法。それはこの世界における常識の一つであり、サツキの人生を変えた要素の一つだ。

 生まれ持った力ではない、突如発現した力。だからこそ、サツキは忌み嫌った。この力に頼って依存してしまうことを恐れた。

 それでも得てしまったものは仕方がない。魔法という力を持つ代わりに、極力使うことを避け、依存してしまわないよう細心の注意を払い続けることにした。

 ……一時出場していた競技大会や、よほどの緊急事態に限り、やむを得ず頻繁に使用していたが。

 

「っ……!?」

 

 右手に魔力を込めようとするも、体が反射的にそれを拒む。サツキの意思ではなく、本能によるものだ。

 

「この……!」

 

 アタシには魔法なんていらない。生まれ持った力――身体能力だけでやれる。今までそうしてきたし、結果として次元最強と言われる奴とも対等に渡り合った。だから、これからもそうすれば……!

 

「…………はァ」

 

 そこまで考えたところで、バカバカしそうにため息をつくサツキ。アホか。それじゃ今と何も変わらねぇだろ。変わらねぇってことはランナーにも勝てないままじゃねぇか。

 額から嫌な汗が出ようとお構いなく、右手に魔力を込めていく。しかし、なりふり構っていられなかった時とは違い、己の本能が全力で拒んでくる。それは使うな、使ってはいけないと。

 これが最終警告だと言わんばかりに、一ヶ月前に感じた胸部からの激痛を再び覚えようと、魔力を溜めるのをやめようとはしない。

 

 魔力が溜めきったサツキは腹を括って真剣な顔になると、魔力を宿したことで赤紫色に光り出した右手を、さっきまで自分が座っていた石に向け、わずかに震える掌から魔力の衝撃波を放つ。石は破砕音を立てて粉々になり、小さな破片が川に降り注いでいく。

 足下に巨大な正三角形の陣――古代ベルカ式の魔法陣を展開し、激痛が治まらない胸元を押さえながらも、開いている右手を拳に変え、意を決したような声で呟く。

 

 

 

「拘るのはもう――やめだ」

 

 

 

 その表情はとても悔しそうで、大切なものを手放すかのように切なげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、どうにか治まったか……」

 

 胸の痛みを感じてから二時間後。ようやくそれが治まったことに安堵し、口元を緩めるサツキ。近いうちにランナーとやり合うんだ。手負いのままじゃ話にならない。

 本当なら今すぐにでも魔法の感覚を取り戻したかったが、痛みがなかなか引かなかったせいでそんな余裕はなかった。

 今日のところは切り上げることにし、沈んでいく夕日を見ながらフーカの帰りを待つ。一ヶ月は経った今でもなお、フーカは獣を狩れていない。そろそろ狩れても良い頃だが……。

 

「お、緒方さーん!」

「おっ……ん?」

 

 戻ってきたか。そう思いながら腰を上げたところで、何かを引き摺るような音が微かに聞こえてきた。そうか、やっと狩りを成功させたんだな。

 サツキが安心したように一息つくと、森の方から狩りに出ていたフーカが、泥や傷で汚れ切った顔を歪ませながら出てきた。

 

 

 ――体長三メートルはあろうかという、狼のような獣を引き摺りながら。

 

 

「…………」

 

 フーカの狩ってきた獲物が予想外過ぎるあまり、思わず言葉を失うサツキ。確かに狩りを成功させろとは言ったが、まさか猪以外の大型獣を狩ってくるとは思っていなかった。

 狩ってきた張本人であるフーカは、息を整えてどうだと言わんばかりにこちらを見ているが、サツキはそれに応えることなく、今思ったことをそのまま口にする。

 

「これ、食えるのか?」

「えっ」

 

 そこまでは考えていなかったのか、ドヤ顔で固まるフーカ。この獣を狩るのによほど必死だったのだろう。

 サツキは称賛のつもりでフーカの頭をポンと軽く叩き、暗くなりつつある空を見上げる。フーカが狩りを成功させた以上、ここで暮らす必要はない。明日にでも街へ戻るか。

 もう半月は吸っていないタバコの味を恋しく思いつつ、視線を狼型の獣へと向ける。……今日の晩飯は狼の挽肉になりそうだ。

 

 

 

 




 久々の投稿。何気にこれが令和最初の更新になりますね……。
 さて、主人公が散々嫌がっていた魔法がようやく解禁されました。戦略の幅が少しは広がりそうです。



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