「…………」
「…………」
元々薄めだったバリアジャケットの装甲をさらに薄くし、バルディッシュを鎌から二刀流に変形させ、痴女同然の格好で構える執務官のテスタロッサ。それを見て、アタシも迎え撃つべく脱力した自然体の構えを取る。
完全に物理的な防御を捨て、極限まで機動力に特化した形態。しかもさっきまでの――通常のスピードからして、攻撃を当てるのはより難しくなっているに違いない。
逆に言えば一発当てるだけで勝てるが、それはテスタロッサ自身が一番よくわかっているはずだ。集中力も尋常じゃないし。
右足をほんの少し、滑らすようにジリジリと音を立てながら動かすと、テスタロッサもそれに反応し、右手に力を込める。
なるほど。いつでもいけるってか――
「――ッ!!」
「はぁぁっ!」
時間にしてほんの一瞬だった。テスタロッサの姿が視界から消え、背後から殺気を感じ、彼女の大きな声を聞いたのは。
上半身を狙ったであろう攻撃を見ずに前進して回避し、すぐに振り向くとアタシが立っていた場所をテスタロッサの双剣が薙いでいた。
身体を前のめりにし、踏み込んだ右脚に力を入れ、地面を蹴ってテスタロッサに肉薄するも、攻撃を仕掛ける前に距離を取られてしまう。
「ラァ……ッ!」
咄嗟に両足でブレーキを掛け、完全に停止したところで右拳を突き出し、拳圧を飛ばす。
テスタロッサは自然現象のように迫り来る拳圧をかわし、一定の間合いまで詰めると両手の剣を振り上げ、二本同時に振り下ろしてきた。
攻撃が斬撃というのもあるが、今のアタシにそんなものをどうにかできる力は残っていない。
すぐさま右に逸れて回避し、右のアッパーを繰り出すも上体を後ろへ反らすことで避けられたが、追撃を入れるため真上に跳び上がり、テスタロッサを踏み潰そうと両足を突き出す。
テスタロッサは余裕を持ってかわし、空中へ離脱するとバルディッシュを双剣から戦斧に変形させ、二回ほどロード音を立ててから前方に程よい大きさの魔法陣を展開した。
当然、突き出した両足は地面に突き刺さり、凄まじい轟音と共に巨大なクレーターを生み出す。この踏みつけをやると毎回こうなるな。
まぁこれは想定内だ。こんなもん、スピード特化のテスタロッサに当たるわけがない。
……さっきから聞こえるロード音の正体はカートリッジシステムか。
アタシの記憶が正しければ、アームドデバイスという武器型のデバイスに搭載されている、魔力込みのカートリッジをロードすることで、瞬時に爆発的な魔力を得られるシステムだ。
欠点はその分制御が難しく、さらにミッドチルダ式の魔法や繊細なインテリジェントデバイスとの相性が悪いことだが、どうやらテスタロッサのデバイスはそれを克服しているらしいな。
「トライデント――スマッシャー!」
地面から足を引き抜いた瞬間、空中でスタンバっていたテスタロッサが、左手から三ツ又の矛みたいな砲撃魔法を発射してきた。
チッ……最悪の形で先手を打たれたか。ただでさえ全力疾走で疲労困憊なのに、ここで雷の砲撃とか追い討ちにも程があんだろ……!?
「ぐぅ……ガァ……!!」
その場で地面が酷く陥没するほど強く、かつ自分の身体を固定するように踏み込み、両手を突き出して砲撃を受け止める。
それと同時に両手から全身に掛けて電流が走り、徐々に感覚が麻痺していく。
だけどアタシは腕の力を緩めない。少しでも気を抜けば押し切られるからだ。
「――オラァッ!!」
「なっ……!?」
バルディッシュを戦斧から双剣に戻したテスタロッサが、目にも止まらぬスピードで背後に回り込む姿をしっかりと視認し、肉薄してきたところで受け止めていた砲撃の軌道を、身体を捻るように動かして後ろへと逸らす。
アタシが受け止めた砲撃を自分に向かって逸らしてくることは想定していなかったのか、目を見開いて驚きの声を上げ、咄嗟に加速してその場から離脱するように回避するテスタロッサ。
そこへ追い討ちを掛けるべく両脚に力を入れて跳び上がり、テスタロッサの背後に回り込んで組んだ両手を脳天目掛けて振り下ろす。
テスタロッサはこれを見ずに交差させた双剣で防御するも、威力を殺しきれず地面へ叩きつけられそうになるも、ギリギリ飛行魔法で踏ん張り、一息ついてゆっくりと着地した。
……そういや砲撃を逸した際、素の声がモロに出ちまってたな。向こうが聞いていなければいいが、ちょいとヤベェかもしれない。
「んなろ……ッ!」
アタシは着地すると同時に全力で地面を蹴りつけ、ソニックブームを引き起こしながら再びテスタロッサの背後を取り、彼女がこちらへ振り向いたところを狙い、少しだけ跳び上がってハイキック――延髄切りを放つ。
不意を突かれたこともあってか、テスタロッサはアタシが放った右足をバックステップでかわし、反撃はせずに一定の距離を保つ。
次に逃がすまいと握り込んだ右の拳を溜めるように構え、間髪入れることなくそれを全力で打ち出し、今度は周囲への被害と身体への負担を顧みないほどの凄まじい拳圧を飛ばす。
これにより、攻撃の反動によるものであろう全身の骨が軋む音が聞こえるも、顔には出さず歯を食いしばって必死に堪える。
飛ばされた拳圧は驚異的な速度で瓦礫や小さな廃墟を破壊しながらテスタロッサに襲い掛かるも、彼女はまだこれくらいならと言わんばかりにあっさりとかわし、
「ハーケンセイバー!」
いつの間にか双剣から最初の大鎌へと変形させたバルディッシュを振るい、三日月の形をした金色の刃を飛ばしてきた。
放たれた刃は飛翔しながら高速回転し、三日月から円形状へと変化しながら、攻撃の反動でその場に止まっているアタシに迫ってくる。
当然、そのまま食らって上半身と下半身が綺麗に真っ二つになるのはごめんだ。例え向こうが非殺傷設定にしていようとも。
「グゥ……!」
なのでアタシは一歩も動かずに右を向きながら上半身を大きく後ろへ反らし、円盤のような刃をどうにか避けることに成功した。
――と、思っていた。
「ん……!?」
回避した金色の刃を目で追っていると、いきなり刃が方向転換してこちらへ戻ってきたのだ。しかも弾幕の時と違って合図がなかったのを見るに、どうやら自動追尾っぽいな。
さっきのプラズマランサーといい、このハーケンセイバーといい、コイツの使う飛び道具系の技は誘導型ばかりじゃねぇか。
「チッ――ラァ……!!」
そうとわかればやることは一つしかない。
後ろへ大きく逸らしていた上半身を急いで起こし、目前まで迫った金色の刃の側面を、両掌で押さえ込むように受け止める。
「あっつ……!?」
それでも刃の高速回転は止まらず、アタシの手を摩擦で容赦なく焦がし、アタシの胴体を切断しようと猛獣の如く暴れ続ける。
ちなみにこれを飛ばした張本人であるテスタロッサは、さっきから飛行魔法で宙に浮いたまま何もしてこない。追撃してこないのを見る限り、この技に自信があるのだろうか。
っと、そんなこと考えている場合じゃねぇな。
「ナ、メんなァ……!!」
両腕にできる限り力を入れ、受け止めていた金色の刃を粉々に砕く。
「――ッ!?」
が、その直後だった。
アタシがハーケンセイバーを破壊して消耗するのを待っていたかのように、テスタロッサはアタシを金色のバインドで拘束したのだ。
しかもお面越しに殺意の籠った視線を向けるバッテバテのアタシとは異なり、テスタロッサは涼しい顔で息一つ切らしていない。
「ここまでだよ。諦めて投降しなさい」
あれだけ体力を消耗したんだ。もうバインドを振りほどく力も残っていないはず。
そう思ったのか、アタシの顔を隠している民族デザインのお面を取ろうと、空いている左手をゆっくりと伸ばすテスタロッサ。
「っ……」
冗談じゃねぇ。ここまで来て、というか病院から脱走してこれといったことはまだ何もしていないのに、終われるわけねぇだろうが……!
「■■■■■■■――ッ!!」
バインドで拘束されたまま力を溜める体勢を取り、天に向かって――いや、目の前のテスタロッサに向かって獣の如き咆哮を上げる。
「う……うぅ……!!」
廃墟都市区画全域を振動させるほどの大音量が響き渡り、ほぼゼロ距離でそれを聞いてしまったというのもあり、端正な顔を歪め、魔力を纏った両手で耳を必死に塞ぐテスタロッサ。
その隙に胴体に掛けられたバインドを力ずくで振りほどき、無防備になっているテスタロッサの腹部へ渾身の左ボディブローを叩き込み、ほぼ同時に音の嵐を終わらせる。
「が……はぁ……!!」
バリアジャケットの装甲が薄くなっている状態で食らったこともあり、目を点にして血を吐きながら腹部を押さえるテスタロッサ。
そんな主人を見かねたのか、バルディッシュは独断でカートリッジを四回ほどロードする。
「ッ……!?」
その直後、全身の血が冷え渡って、動悸が高まるのを感じた。
早いとこカタを付けないと、奴が何をしてくるかわかったもんじゃねぇ。
すぐさま彼女の頭を両手で掴み、しっかりと固定して左の膝を三回ほど顔面に突き刺し、最後にハイキックで地面へ叩きつけた。
「はぁ、はぁ…………」
テスタロッサが動かなくなったのを確認した途端、安堵したかのように息が乱れる。
装甲の薄い相手にこれだけ重いのを叩き込んだんだ。くたばりはしなくとも、かなりのダメージは確実に与えたはず……。
倒れ伏しているテスタロッサからできるだけ距離を取り、廃墟に身を隠していつでも逃げられるよう周囲への警戒を強める。
まぁ兎にも角にも、これで邪魔者はいなくなった。逃げる方法も考えてあるし、後は気配を殺して体力の回復を待つだけだ。
「ふぅ……」
それにしても、まさか勝ってしまうとは思いもしなかった。ある程度動きを鈍らせてから逃げるつもりだったのだが、テスタロッサの強さが予想外過ぎたので話にならなかったのだ。
安心しきったアタシは、そろそろ邪魔くさくなってきたお面を取ろうと――
「――残念だけど、そうは問屋が卸さないよ」
お面を取ろうとしたところで、凛とした声が聞こえると同時にしゃがみ込み、腰目掛けて振るわれた双剣をかわす。
そして足払いで双剣の持ち主を牽制し、距離を取られたところでその姿を視認する。
「チッ、マジかよ……!」
苦虫を噛み潰したような顔になり、思わず素で舌打ちをしたアタシは絶対に悪くない。
「まだ、終わってないから……!」
何故ならそこに立っていたのは、傷だらけの顔で双剣を構えるテスタロッサだったのだから。