Vivid Outlaw   作:勇忌煉

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第7話「一難去ってまた一難」

「ハァ……ハァ……」

 

 あれからどれくらい歩いただろうか。ただ歩いているだけなのに、気が遠くなりそうだ。というか、生きている実感も薄れている。

 全身から感じる激痛を必死に堪えながら、偶然真上にあったマンホールの蓋を力ずくで開け、まず手始めに首から上――頭だけを出して周囲の状況を確認する。一体ここはどこなんだ。

 

「…………あれ?」

 

 視界に入ってきたのは、病院を抜け出した日にレヴェントンの金で買った裁縫道具を使い、いつも着ていた服を作るために利用した廃墟。

 

 ――まさかいきなり当たりを引くとは思わなかった。

 

 こいつは当たりだわ。もしもここが知らない場所だった場合、傷を癒すための隠れ家を探す必要があるからな。それも超短時間で。

 周りを警戒しながら下水道から出て、持っていた宝石袋をその場に置く。どうしよう。結局ここまで持ってきてしまったよ、これ。

 

「……やっぱ売るべきだよなぁ」

 

 返すなんてとんでもない。そんなことをすればアタシが捕まるし、身バレによってさらに活動が制限されてしまう。ただいま絶賛失踪中だし。

 それに売り飛ばせば、上手くいけば結構な資金を得られるかもしれない。そうなれば、わざわざバイトを探す必要もないし、生活にも困らない。

 もう逃げる力も残っていない、抜け殻のような身体を引き摺るように動かし、壁にもたれ掛かって腰を下ろしつつ、ポケットに手を入れる。とりあえずここは一服して――

 

「あれ?」

 

 ない。買ったばかりのタバコがない。テスタロッサとやり合ったときに落としたか? それとも下水道で落としたか? ライターはあるのに。

 これは諦めるしかない。深くため息をつき、すっからかんになっていたライターをやや乱暴に投げ捨てる。せっかく事が終わったというのに、アタシは一服すらできないのか……。

 さて、これからどうしようか。一度動きを止めてしまった今、簡単には立てない。

 

「なーにやってんだかなぁ……」

 

 ミッドチルダ北部へ足を踏み入れたときにも思っていた。バカみたいに意気込んで殴り込みを掛けたところまでは良かったが、その先をこれっぽっちも考えていなかったからな。

 あのときは拠点を作ろうと名案みたいに思っていたが、今思えば名案でも何でもない。敵の陣地にそれを作っても、自作の牢屋に閉じこもるような状態になるからな。

 ここに来て思い知らせる、計画を立てることの重要性。今までは力だけのゴリ押しとその勢いでやりたいことをやってきたから、計画はついでぐらいにしか考えていなかったのだ。

 

「……チッ」

 

 それにしても、さっきから妙に視線を感じるな。それも複数。まるで監視されているみたいだ。ふざけやがってクソが……。

 

「げほっ……」

 

 壁にもたれ掛かったまま強引に立ち上がり、咳き込んで血を吐きながらも周囲を警戒する。遠くからサイレンの音が聞こえるな……。

 できれば無駄な体力は使いたくなかったが、今向けられている視線が明らかに普通じゃない。隙あれば殺す。そんな感じで見られている。

 早い話、こっちが動けば向こうも動くだろ。そう思っていたのだが……

 

「いい加減うざってぇなァ……!」

 

 いつまで経っても、視線の主は姿を現さない。時間だけが過ぎていく。

 もしかして、アタシが背中を壁にくっつけているのが原因か? だとしたら、相手はプロか? それともプロ気取りの素人か?

 少し危険ではあるものの、一歩、二歩、三歩と少しずつ前進する。これで出てこなかったら完全にストーカーだぞ。気味が悪い。

 

「――やっと背中を見せたな。緒方サツキ」

「ッ……!!」

 

 やっと姿を現したか。そう思いながら、純粋な怒りと視線の主をぶっ殺せるという喜びを抱いて、バッと後ろを振り向く。

 そこに立っていたのは黒いフードを身に纏う、精悍な顔立ちと青紫色の髪を持つ巨漢だった。

 

「クソが……!」

 

 すぐさまその男と向き合い、対峙する形になる。にしても身長高すぎだろコイツ……優に二メートルはあるぞ……。

 視線の主、その一人はコイツで間違いない。この巨体で一体どこに隠れていたんだ?

 

「……お前を殺すよう、依頼された」

「そのセリフ……まるで殺し屋みてぇな言い方だな」

 

 身体の震えが止まらない。さっきの戦いで受けたダメージによるものか、それとも恐怖から来るものか。今はまだわからない。ただ――

 

 

 ――こうして直に対峙してみると、この男のヤバさが雰囲気だけで伝わってくる。

 

 

 相手がどんな奴かは大抵、ある程度の会話、もしくは直接殴り合ったらわかることが多い。もちろん、雰囲気の変化でわかったこともある。

 ……だが、初対面の雰囲気だけでヤバイと思ったのはコイツが初めてだ。もしかしたら、アタシは本当にビビっているのかもしんねぇな。

 

「ふぅ……」

 

 対峙したはいいが、どうすればいいのやら。こっちは力を使い果たしたせいで完全に抜け殻状態だ。戦う力も、逃げる力もない。ここはサイレンの音が近くに来るまで時間を稼ぐか。

 

「お前……いやアンタ、依頼されたつったな。殺し屋か」

「そうだ」

 

 短く、それでいて力強い声で肯定する巨漢。やけにあっさりとしてるな……まさか、こっちの考えにもう気づいているのか?

 にしても殺し屋か……。一応、過去に同業者と戦ったことはある。その時の奴らは狙撃手と短剣使いだったので、比較的やりやすかった。

 だけどコイツは素人のアタシが見ただけでわかるほど、凄まじくガタイが良い。いかにもステゴロでやっているという感じだ。それも力一辺倒ではなく、技の達人といったところか。

 今まで戦ってきた奴で例えるなら……黒のエレミアと魔闘士だな。相性の悪さに関してはソイツらと同等、もしくはそれ以上と言っていい。

 

「誰に雇われた?」

「それを聞いてどうする?」

 

 どうするって? そんなもん――

 

 

「――ブチのめすに決まってんだろ」

 

 

 むしろそれ以外に何があるというのか。やられっぱなしじゃ終われないんだよ。

 男はアタシの物騒な返答を聞いても表情を変えることはなく、お前の言い分はよくわかったと言わんばかりに、ゆっくりと構える。これ以上時間を稼ぐのは無理か……!

 

「……お前の話は聞いてやった。もういいだろう」

「テメェの名前ぐらい教えろよ。アタシの名前は知ってるくせに」

「標的の情報は全て把握してある」

 

 何の情報も得られずに終わってたまるか。ていうか全部把握してあるって、地味に凄いな。多分、依頼者から洗いざらい聞き出したのだろう。

 名前を聞かれた男はピタリと動きを止め、迷っているかのように目を閉じていたが、すぐにその目を開いて答えてくれた。

 

「…………アシンだ」

 

 アシン……。その名前、テメェをこの手でブチのめす時まで、絶対に忘れねぇぞ。

 

 拳を構えるや否や、アシンはアタシの胸元――心臓に狙いを定める。どうやらドッキリでもハッタリでもないようだ。クソが。

 もう、力は残っていない。それこそ、拳を握る力もだ。だが、このまま何もせずにやられるのは性に合わない。せめて一矢――

 

 

「ぐぅ!?」

「っ! この弾は……」

 

 

 ――報おうとした瞬間、無数の魔力弾が降り注いだ。どうもアシンの反応を見る限り、コイツにとっても予想外の出来事みたいだな。

 

「今度はなんだよ……」

「…………アイツか」

 

 どいつだよ。痛みと疲労で視界が若干ぼやけているアタシには何にも見えない――いや、今廃墟の屋上で何かキラリと光ったな。

 多分アレは……銃口だな。その手のデバイスと考えるのが妥当か。銃を使っているだけあって、前に戦った狙撃手と手口が似ている。

 というかここに来て、第二の殺し屋か……。一体どれだけアタシをこの世から消したいのだろうか。アタシの殺害を依頼した連中は。

 アシンは今、魔力弾が飛んできた方を向いている。つまりアタシを見ていない。逃げるなら今のうちだな。後は身体が動いてくれるかだ……!

 

「まぁいい――お別れだ」

 

 しかし、そうは問屋が卸してくれなかった。アタシがこの場から離脱しようと足をピクリと動かしたところで、お前は逃がさんと言わんばかりに、静かにこちらを向くアシン。

 最後の最後まで背は向けない。別に逃げるといっても、そういう意味で逃げるわけじゃないからだ。そんなアタシを見ても、アシンはやはり表情を変えることなく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――正拳突きを放ち、アタシの心臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ……あっ……」

 

 

 視界が、暗くなっていく。

 耳が、聞こえなくなっていく。

 鼻が、利かなくなっていく。

 全身の至るところから、力が抜けていく。

 身体が、重い。今までにないほど、重い。

 

「……また来る。お前の墓ができたらな」

 

 そんな状態の中、恐ろしいほどはっきりと聞こえたアシンの声。この野郎、アタシが完全に死んだと思ってやがる……クソッタレが……!

 視界が完全に闇となる前に、声がした方へどうにか視線を向けると、こちらが仰向けに倒れたことを確認し、タバコを吸いながら堂々と背を向けて立ち去る、アシンの姿があった。

 アタシが一番やりたかったことを、このタイミングでやってんじゃねぇよ……!

 

 

(……ふざ、けんな……)

 

 

 ここに来て死の恐怖に勝るほどの怒りが湧いてくるも、今まさに死んでいく身である以上、それを解き放つことはできない。

 呼吸が、呼吸が少しずつできなくなっていく。息が……苦しい……。

 

 

 ――アタシは、ここまでなのか。

 

 

 こんな所で、こんな形で、無様に力尽きて、燃え尽きて終わる運命なのか。

 この世に生を受けて16年。まだ、16年だ。たった16年しか生きていない。

 アタシは――

 

 

 

 まだ、ヤンキーとしての道を歩み切っていない。

 

 

 

 口では散々『アタシはヤンキーだ』『アタシはアタシのやりたいようにやる』なんて当たり前のように言ってたくせに、今はこのザマだ。情けない。とてつもなく、情けない……。

 

 

(――諦めて、諦めて……たまるか……!)

 

 

 その想いとは逆に、心臓の鼓動が、微弱になっていくのが、わかる。遅く、弱く――

 

 

(アタ、シは、まだ……)

 

 

 ――そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アタシの心臓が、鼓動を打つのを、やめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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