未だ心が乱れている、母・忍さん……
生前の葵さんの足跡を知る為に、土佐鎮守府で開かれる慰霊祭へ……
あのジレーネ戦役から、一年が経とうとしていた六月初旬。
大葉 葵の母忍は、未だに心乱れていた。
夫に先立たれ、娘をジレーネ戦役で失った彼女は、独りになっていた。
毎晩娘の夢を見て、精神が疲弊していた。
毎日、仏壇の娘の遺影を見ては暮らす日々を送っていた。
義理の妹でもある坂本龍子も、ちょくちょく様子を見に来ている。
精神科の受診も勧めて、この一年病院にも通っている。
そんな中で支えになっていたのは、甥の龍之介だった。
小学五年生になった彼は、毎週伯母の元を訪れて元気付けていた。
それでも、精神的に参ってしまっている忍は、最近は寝て過ごすことが多くなった。
見かねた龍子が、龍之介と一緒に訪れては家事を手伝う有様になっていた。
「龍子さん、私はいつ葵のところに
そんな言葉が、彼女の絶望を物語っていた。
それでも、龍子は忍を励まし続けていた。
最初は“希死念慮”が強く、龍子が付きっきりになっていたが、一年経つと希死念慮から無気力へとなり、
世捨て人のような状態になってしまったのだ。
「そうね、義姉さんがおばあちゃんになったら逝けるかしら?そしたら、
龍子は、そう励まし続けている。
「そうだよ、おばちゃんは元気でいないと、葵お姉ちゃん悲しむよ」
龍之介も、精一杯励まし続けていた。
「ところで、ジレーネ戦役の慰霊祭と笹野 愛平和祈念講演があるんだけど、貴女はどうする?」
「…………行く」
布団の中で忍は、せめて葵の軌跡を知ろう、と考えるようになっていた。
――――――――
足立秋也陸准将補は、“やり残した仕事”として、四国警務隊長に赴任した幸田美紅一佐と連携して、調査を続けていることがあった。
坂本将補と葵の“不審な死”について調査を続けていたのだった。
もちろん、円城寺や佐伯もその調査プロジェクトに関わっている。
新しく作り直された高知駐屯地の執務室で執務をしていた幸田一佐は、足立秋也の訪問を受けていた。
「よっす」
「ああ、足立准将補。慰霊祭の為にしては、お早い高知入りですね?」
「代行を円城寺二佐に任せてあるからな。ちょっともう一人、プロジェクトに加えた人物がいてな」
そう言うと、執務室の外に向かって声を掛ける。
「
「お邪魔するよ」
大本営副総監……当初は「総監補」だったが、赴任と同時に副総監となった高菜直哉陸将補が入って来る。
すぐに幸田一佐は立ち上がるが、直哉はそれを手で制する。
「そのまま、そのままで」
「は、はい。それでは、お言葉に甘えて失礼します」
そう言うと着席する。
「坂本将補の暗殺案件ですが、調査の結果他にも“同時期に不審な死を遂げている”人物をピックアップしました」
秋也と直哉が執務室にあるソファに腰掛けると、美紅もソファに場所を移して、テーブルに積み上げた資料を取り上げると読み始める。
「全て、“当時の階級”で報告することをご承知置きください。まず九州からは、川内駐屯地司令の大久保一佐とその副官。そして、福岡駐屯地の司令兼第4師団副師団長の西郷隆史陸将補、幕僚長の黒田 了一佐。中国地方からは第17普通科連隊長兼山口駐屯地司令である山縣朋樹一佐。それに、山口鎮守府司令官の木戸允孝一佐に副官の伊藤博士二尉。他にも、尉官佐官合わせて士官数十名。全て“不審な事故死”として処理されています。傾向としては、四国・中国・九州の陸上
美紅がスラスラと調査報告書を読み上げると、直哉はポツリと呟いた。
「まったく。幕末の維新志士に似た名前のやつが殺られたんだな」
「名前はともかく、全て“大貫派の急先鋒”だった人物です」
美紅の報告に、二人の将官は腕を組んで考え込んでしまう。
「大垣 守は何をしたかったんだろうか?」
「そこな。
「そこなんです。大貫……大垣前総監は何をしたかったのか」
その美紅の言葉に、三人共黙り込んでしまう。
頃合いを見計らって、副隊長兼副官の軽巡洋艦球磨が、お茶を持って入って来る。
「宿題は順調クマか?」
「いやあ、暗礁に乗り上げているよ」
直哉が肩を竦め、球磨がお茶とせんべいを三人の前に差し出すと、秋也が口を開く。
「なー、お前等。俺はちょっと考えたんだけどよ。昨年の政変は『
『…………』
「“武力による”政権転覆……軍事クーデターか!」
直哉は、大垣 守の“真の狙い”に気づいて声を上げた。
「すると、犯人は自ずと見えて来る訳だ。犯人は、武力による政権転覆を良しとしない、大貫派内部の反クーデター派。あるいは、
「あいつ等か……」
「…………しかし、立件するにも“証拠”がありません」
美紅の言葉に頷く。
「これは、仮説に過ぎない」
「そうだな、つけもんの言うとおりだ」
「…………」
沈黙が執務室を包み込む。
「結局、迷宮入りクマ」
球磨が溜め息を吐くと、三人が頷いた。
「わかったよ、足立総監には“一連の幹部自衛官連続不審死は、ジレーネあるいは旧政権の仕業”と報告しておくよ」
直哉は溜め息を吐いて、そう三人の顔を見回すと、三人も頷いた。
――――――――
大葉 忍は、ジレーネ戦役での合同慰霊祭出席の為に、土佐鎮守府にやって来ていた。
土佐鎮守府の埠頭には、遺族や関係者が多数やって来ていた。
慰霊祭は滞りなく行われ、愛も祈念講演を緊張しながらも、きちんとこなした。
その中で、坂本や葵の活躍と死にも触れられていて、今まで忍が知らなかった自衛隊での葵の姿を、少し知ることができた。
寡黙だが仕事をきちんとこなし、よく坂本を補佐した優秀な副官だった。
講演が終わり、忍が帰ろうとした矢先だった。
忍は自衛官に呼び止められ、司令官執務室に招かれていた。
「大葉 忍さんですな?自分は、土佐鎮守府司令官の大塚 武一佐であります」
「…………はい」
「昨日、このような郵便が届いておりまして、お渡しにお伺いしようと思いまして」
“日付指定”の郵便である。宛先住所は土佐鎮守府、宛名が忍の封書である。
忍は封書を受け取ると、封を切り手紙を開く。
中には、こう書いてあった。
お母さんへ
この手紙を読んでいると言うことは、私はこの世にいないでしょう。
私と坂本提督は、ジレーネとの戦いに臨みます。この戦いが終わって日本が変わらなかったら、私達は
同志達と、艦娘や深海棲艦と共生できる社会を目指し、クーデターを企てています。
ですが、その企ては未然に防がれるでしょう。
おそらくは、私達は政権側、あるいは大貫 悟によって暗殺されるでしょう。
ですが、誰も恨まないでください。
誰も憎まないでください。
そして、どうか私を“追わないで”ください。
お母さんには、お母さんのできることがたくさんある筈です。
私の願いを聞き届けて、年老いてこちらに来たら、精一杯介護してあげますから、それまで待っています。
葵より
「……………」
「“小官は何も見なかった”、そういう事にさせていただきます」
「はい。これは私の胸のうちに仕舞って、墓場に持っていきます」
大塚一佐がそう言うと、忍はポケットからライターを取り出し、その手紙を燃やした。
手紙は灰になって、灰皿へと落ちた。
「葵が決めて覚悟した死なら、私は葵の願いどおり生き抜くだけです」
「……そうですな」
――――――――
その翌日から、忍は精力的に動いた。
ジレーネ戦役の遺族達と交流を持って、遺族救済の組織を立ち上げ、未だに家族を失って苦しむ人々に寄り添って、心を癒やす活動に尽力するようになった。
それから半月後の県議会選挙に出馬して、当選した。
いずれは国政に出て、“野党として”高菜政権をチェックする。
それが娘の願いだと信じて……
「あなたは今、何処にいますか?権力の座についているあなた方は、現場がきちんと見えていますか?」
と言う演説文句と共に、大葉 忍は今日も戦い続けている。
お題《toshi-tomiyamaさん提供》
・忍さんの土佐鎮守府来訪
→間もなく一周忌を迎える葵一尉……
未だ心が乱れている、母・忍さん……
生前の葵さんの足跡を知る為に、土佐鎮守府へ……
次回もお題の予定です