――――神谷徹二佐―――――
直哉と電は、東京に向かっていた。
マスコミへのリークにより、大侵攻作戦の存在が世間にも知れ渡ってしまったからだ。
世論も、大きく割れていた。
深海棲艦は敵だから攻撃すべし。と言った主戦派と、自衛隊は専守防衛の為の組織だ。と言う、防戦派の対立である。
このままでは、いずれ主戦論に傾いてしまう。その前に、この作戦そのものを叩き潰さなければならない。
その為に、神谷二佐との面会に向かったのだ。
東京に辿り着くと、すぐに大本営作戦部に向かった。
「これはこれは。宮戸島の英雄、高菜二佐」
すぐに、神谷二佐が出迎えた。
そして、応接室に移動する。
神谷二佐が座ろうとする直前に、話を切り出した。
「今回の出兵作戦、防衛大臣に直接提出して、マスコミにリークしたのは貴官か?」
「なっ?」
その神谷二佐の表情は、驚きに満ちていた。
「やはり貴官か。どういうつもりだ?」
その問い掛けには自信に満ちた笑みに戻り、腰掛けながら、
「どういうもこういうもありません。小官は、
「どのような法的根拠で?」
「法的根拠ですと!?」
神谷二佐は絶句した。
そう。現段階での深海棲艦への対処は、災害派遣として対処しているのだ。
要するに、日本領内に限って先制攻撃を含めた攻撃が可能なのは、嘗ての防衛大臣が記者会見に於て「ゴジラが出て来たら災害派遣」と云う言葉遊びを最大限活用したからであり、正確には大村二佐等の領海外の進撃は、現段階ではグレーゾーンなのだ。
「それは、災害派遣で……」
「災害が起きていない場所に先制攻撃を、しかも国外へ派遣することを災害派遣として良いものか、私は疑問に思うがね。で、敵地ではどのような作戦を考えている?」
その言葉に、神谷二佐は自信満々に答える。
「日の丸を付けた日本艦娘艦隊が長蛇の列を成し、ミッドウェー・アリューシャンに攻め込むところ、深海棲艦の心胆を寒からしめる事ができましょう」
呆れた。直哉はそれ以外に、思い付く言葉が見つからなかった。
「心胆を寒からしめるだけで、示威行動を取ったらすぐ退く、という訳かな?」
「いいえ、相手は害獣に過ぎません。知能の低い深海棲艦と、我々優秀な頭脳を持った艦娘軍がぶつかれば、自ずと結果は見えて来ましょう」
その言葉に、直哉は苛立ちを覚えていた。その苛立ちを隠しながら、冷静に反論する。
「では、どうすると貴官は考えるのかな?」
「それは、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する事になりましょう」
「要するに『行き当たりばったり』ってことか。それでは、硫黄島の悲劇での敗戦の解説をしてもらおうか?」
「そ、それは……相手が猪突猛進し過ぎて、対処が遅れたことにあります。相手がケモノだった、という何よりの証だったのではないでしょうか?」
「私はそうは思わない。おそらく、相手には優秀な指揮官がいると見える。であるから、硫黄島に要塞も築き上げた、そう考えるのが妥当ではないかな?」
その言葉に、神谷二佐は嘲るような笑いを浮かべた。
「敵を過大評価し、過度に慎重になるのは自衛隊の作戦行動に阻害を来すことになります。ましてやそれが大規模作戦とあっては、敵を利することにもなりましょう」
ドンッ!!
「いい加減にするのです!」
苛立った電が、テーブルを叩いて立ち上がった。
「高菜二佐が慎重論を唱えたからと言って、利敵行為とは何ですか!?礼を失するに余りあるのです!」
「電二尉、上官に向かってその言葉はどういう事か?それに私は、一般論を述べただけだ。一個人への誹謗と取られたら、甚だ迷惑だ」
「電。座りなさい」
「申し訳ありませんでした」
電が神谷二佐に一礼して腰掛けるのを見て、矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。
「では、アリューシャン・ミッドウェーにて想定される、敵の規模は?」
「それは、現地にて索敵網を張り巡らし………」
「もし、敵が予想を遥かに上回っていたら?」
「高度な戦術によって、数を補えばいいでしょう」
「もし敵に、提督―――深海提督のような存在がいたとして、この作戦が敵に筒抜けだったとしたら?」
「んなっ……!?」
神谷二佐は再び絶句した。直哉は、今度は苛立ちを隠さずに、神谷二佐を睨み付ける。
「そもそも、マスコミにリークしたのが貴官の大失敗だ。相手には、知能のある個体も確認されている筈だ。それが、何の指揮も受けずにいるなぞと、頭がお花畑もいいところだ」
「なっ………?」
その厳しい指摘に、何も言い返せないのを見ると、直哉は皮肉を口にする。
「どうせ、貴官は作戦参謀だ。安全な日本から指揮するんだろう?私達提督や、艦娘に犠牲が出ても、貴官は困らないだろうな?」
「そんな事は決して……艦娘は、失えばまた新たに生み出せばいいだけではないですか?明石の浄化建造のおかげで、いくらでも補充は可能だ」
苦し紛れに放った神谷二佐のその言葉に、電はついにキレた。
「ふざけるのもいい加減にするのです!」
「っ!?」
電は立ち上がり、神谷二佐の胸倉を?んでいた。
「電達に捨て艦戦法をやれと言うのですか!?絆を深めてケッコンした艦娘や、戸籍上籍まで入れた艦娘達にも捨て艦戦法をやれと!?提督達もその犠牲になれと言うのですか!?」
「そ、それは……」
「さっきから黙って聞いていれば、戯けたことばかり言って!何が補充は可能だ、なのです!?電達は心を持って、感情を持って生まれているのです。決して貴方達の言う、道具や兵器の類なんかじゃあない!」
「うっ……あぁ……」
「神谷二佐、反論できるか?できないだろう。だから階級で、大村奈々海に並ばれるんだ。おそらく、彼女の方が先に一佐に行くだろう。貴様は今、艦娘全員を敵に回したんだ」
「うるさい!!」
「そう言う子ども染みた性格も、貴様の欠点だな。そんな作戦に、私の嫁達の命を預ける訳には行かない。これはおそらく、全国の提督達も同意見だと思うがな?」
「うるさい!!あはあ……ヒィ……」
「きゃあっ!」
神谷二佐は、電の腕を振り解いて、頭を抱え出した。
「うるさいうるさい!!うるさあああああああい!!!ヒイイ!!」
眼が血走り、奇声を上げて、顔を手で覆い……
涎が零れ、制服の股間の部分に染みができ……
突然倒れてしまった。
「……何が起こったんだ?」
「……分からないのです、すぐに足立一佐を呼んで来るのです」
泡を噴いている神谷二佐を見ながら、すぐに電は足立一佐を呼びに走って行った。
救急車で搬送された神谷二佐は、精神的な疾患により、挫折が極度の興奮を齎して癲癇発作を起こす、と医師に診断された。
発作を起こさない方法は、「物事が全て彼の言うとおりになる」ことだ、と言う。
病院に同行した、足立一佐と直哉と電は、その診断に大きな溜め息を吐いた。
「……この作戦案は、廃案になるだろうな。彼は原隊に送り返す」
「全く、困ったものですよ。あんな輩の為に、我々は死地に行く事になりかける、だなんて」
「………私の方から大貫総監に、『作戦は欠陥だらけで、何の役にも立ちません』と報告しておこう」
足立一佐は、再度大きな溜め息を吐いた。
それから数日後、防衛大臣はこの世論の混乱の責任を問われて、辞任に追い込まれた。
次に選出された防衛大臣は、大泉 純と云う名前の男で、真っ先に艦娘の受け入れを進言した、当時防衛政務官だった男である。現在は衆議院議員として活動しており、彼が防衛大臣に昇格した。余談ではあるが、彼の妻は軽巡洋艦大淀で、彼女も横須賀鎮守府第13艦隊に所属しているエース艦娘である。
つまりは、艦娘に一番近い人間が、軍政のトップを担うことになったのだ。
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「……という次第です」
再び宮戸島沖の洋上で、深海提督に薄雲が事の経緯を語った。
「ふふふ、高菜直哉二佐。益々お逢いしたいものです」
深海提督は、楽しそうに笑っていた。
「テイトク、タノシソウ」
お供の戦艦水鬼が声を掛けると、いつものアームに腰掛ける。
「楽しいですよ。何せ、人類にも
「それでは失礼します」
一礼して去って行く薄雲を見ながら、深海提督は空を見上げた。
「星がこんなに綺麗なのに、何故私達は生まれたのでしょう?」
「ワカラナイ、デモ、イツカハミツカル」
少し悲しそうな深海提督の頭を撫でると、彼女達は深海へと沈んで行った。