神谷 徹獄死事件から少し経った。
お騒がせトリオこと圭一・寛太・慎は東松島市の中学校に進学した。
しかしそこに、大石健太と笹野 愛の姿は無かった。
それは、そこから少し遡る、
三月半ばの事だった。
一日の業務を終えて帰ろうとしていた夕方、一通の出頭命令が宮戸島鎮守府に舞い込んで来た。
曰く『明日、笹野 愛を連れて大本営に出頭せよ』との命令である。
直哉は、その出頭命令に目を疑った。
出頭命令は、鎮守府と大本営を繋ぐ、司令官コンピュータシステムのメールで届き、
差出人は、大本営幕僚総監たる大貫 悟からのものであるから、冗談の類ではない。
何より、エイプリルフールにはまだ早い。
それに何より、回覧先には足立一佐や羽佐間一佐も含まれている。
冗談の通じるようなメンバーではない。そもそも、艦娘達と提督を統括する総本山たる大本営のトップが、そのような冗談の類を送る筈もない。
それに、メールタグに『最重要』マークが付けられている。
その証拠に、業務用携帯電話にもメールが転送されている。
直哉は判断に迷っていた。
「しかしなぜ、無位無官の民間人の愛に、出頭命令が出ているのか?」
「そこなのです。妖精が見えることは、ここの鎮守府の面々と笹野家しか知らない筈なのです」
「そうだぴょん」
「あっ」
薄雲が小さく声を上げると、視線がそこに集中する。
「もうひとり居ます。浜松鎮守府の村上一尉」
「「「…………」」」
「愛ちゃんが村上一尉に話しているのを、ちらっと聞いていました」
「チッ、有紀め………大貫のオッサンに話しやがったか」
直哉は舌打ちをすると、大きな溜め息を吐いた。
「どうするのですか?」
「愛ちゃんへの出頭命令はともかく、私に対する出頭命令は法的根拠を持ってのことだろうよ。文面が『笹野 愛と共に』ではないからね……笹野家に行ってくるか。電……いや、薄雲、従いて来てくれ」
「わかりました」
直哉は、作業帽を被り立ち上がると、笹野家に向かった。
「あら、高菜さんに薄雲ちゃん、いらっしゃい」
「こんばんは笹野先生、愛ちゃんと宗太郎さんはいらっしゃいますか?」
「こんばんは」
にこやかに出迎えるエプロン姿の、愛の母親である笹野麻衣に、作業帽を取って頭を下げる。
笹野家は、夫宗太郎が30歳、妻麻衣が42歳の姉さん女房夫妻に愛、今年2歳の妹の
12年前、高校生だった宗太郎と新人医師だった麻衣の間に、できちゃった婚で生まれたのが愛なのだ。
愛を出産してから、仕事が多忙になったりで、なかなか授からず、10年開いたのだ。
そしてこの夫婦は、愛がたまに愚痴るほどアツアツな夫婦なのだ。
夫婦の営みをしているのが聞こえてくることは一度や二度ではなく、艦娘とのガールズトークで愚痴るくらいだ。
麻衣は、この島の診療所で開業医をしている。宗太郎は、麻衣と付き合って二年目に子供ができた当時高校三年生で、彼女を支えると決め、せっかく合格した防衛大学校の入学を辞退して、一浪して看護学校に入り、ナースマンとなった。今は、夫婦で同じ職場で働いている。現在は看護師長という肩書を持っている。
余談だが、神谷事件では迅速に健太と駐在さんの応急処置を行い、救急車を呼んでから、診療所のありったけの輸血血液を持って現場に駆け付けた、直哉と有紀にとっては命の恩人でもある。
「宗ちゃん、愛、高菜二佐がいらっしゃったわよ―!」
「はーい!!こんばんは!」
愛が、元気良くリビングから走って来て、ビシッと敬礼する。
笑いながら、二人共敬礼する。
その後から、未唯を抱っこして眼鏡の優男といった風の宗太郎がやって来る。
「こんばんは。まあ、上がってください」
「それでは、お邪魔します」
「お邪魔します」
宗太郎の書斎を兼ねた応接室に入ると、壁にはズラッと並ぶモデルガンやミリタリーグッズ、旧軍制服等が所狭しと飾られており、本棚には軍隊の本等がびっしり入っている。
新婚旅行はサイパンに行ったのだが、日程のうちの一日を使い、一日中二人で射撃場で銃を撃っていた、と言うくらいのミリタリーマニアなのである。
麻衣と出会わなければ自衛官になっていた、と言うのが本人の弁である。
件の宮戸島脱出行の時には、この夫婦も真っ先に直哉に協力してくれた、功労者の一人でもある。
全員がソファに腰掛けると、直哉が口を開く。
「早速ですが、愛ちゃんは妖精さんが見える。つまり、提督の資質がある。と言うのは、以前お話をした通りなのですが、艦娘と提督の総本山たる大本営から、愛ちゃんを連れて出頭するよう、大貫大本営幕僚総監から命令が出ました」
「「……」」
愛と宗太郎は黙って聞いている。そこに、麻衣が口を開く。
「それは、娘に提督になれ、と言う話ですか?」
「解りませんが、最重要という文言がついている以上、宮戸島鎮守府のお手伝いをしてくれ、なんて生易しいことじゃないと思います。現役の自衛官でも、医務官やら戦闘機乗りやら、果ては会計経理まで引っ張り出している始末である通り、提督が不足しているのは事実です」
「もし、提督になったとします。戦死の可能性はありますか?」
麻衣は、直哉の目を真っ直ぐ見て問うた。
「戦死の可能性は無いとは言い切れません。ですが、提督の自由裁量には『最悪一人だけ艦娘や鎮守府を捨てて逃げても…つまりは敵前逃亡を行っても罰せられない』と言うのも含まれています。貴重な提督が戦死したら、大本営としても大いに困りますからね」
(その提督を、ブラック提督だからと殺しまくっている大本営に、そもそもの問題があるのだが)
その言葉をぐっと飲み込み、皮肉を込めて説明する。
「私達は地域医療の観点から、どこに行くにせよ愛に従いて行くことはできません。ですが、12の娘一人で、鎮守府運営ができるとは思えません」
その麻衣の言葉に、直哉は、
「無論、成人の副官や参謀長を付けることになるでしょう。何せ、既に自由裁量と言う超法規的措置の名の下に、陸自高等工科学校生徒からも適性のある人材を、特任一尉として引っ張ってるくらいですから。無論、学校に行っている間は副官が代行するとしても、やはり妖精の見える提督が居ない鎮守府の艦娘は、戦力にはなりません。学校も、場合によっては休みながら行くことになりましょう」
直哉がそこまで話すと、宗太郎が口を開く。
「元々、愛は自衛隊志望だし、私に似てミリオタ気質もある。それに元気が良過ぎて、ジョスィーなところもあるし、人質にされてもトラウマは残らないくらい強い子だ。私は、愛が望むなら送り出してもいいと思っているが、麻衣さんはどう思うね?」
「私は、愛の身の安全が保証されているなら反対はしません。ただ、愛は仲間を見捨てるほど冷酷ではありません。無理矢理にでも周囲が連れて行ってくれること、それが最低限の条件です」
「判りました。お二方の意向を添えて、大貫空将のお話を聞いて来ます。それで良いかな?愛ちゃん」
「……はい」
「薄雲、念の為、私のやっている業務を、お二人に説明してあげなさい」
「はい」
薄雲は、直哉が昼寝や読書をしていることを伏せて、そこまでハードスケジュールではないことを説明する。
海上でも、提督が戦場に乗り出さない限りは艦娘に任せる事が多い、と言うことも。
「海上に乗り出して殴り合いをする提督は、羽佐間一佐とか言う頭のおかしいおじさんだけです」
と、余計な説明を加えて……
「勉強する時間は大いにある、と言うことか」
「まあ、愛は宗ちゃんに似て賢いから、心配ないわよ」
「違うよ、麻衣さんに似てるんだよ」
「あー、いちゃつくのはあとにして。お父さん、お母さん」
「「あはは」」
笑う両親に、恥ずかしそうに直哉と薄雲に頭を下げる愛。
「ところで、保護者の同行は流石に駄目とは言わないでしょうが。どちらが同行されますか?」
「私が行きます。医師はもう一人勤務医が居ますが、看護師長に代わりはいません」
直哉の言葉に麻衣が答えると、宗太郎と愛が頷く。
こうして、三人で新幹線で東京に向かった。
今回は艦娘は随行せず、電を司令官代行に任命した。
愛は、その新幹線の中で一つの決意を固めていた。
東京に到着すると、統合幕僚監部内の大本営に足を踏み入れる。
幕僚監部大本営フロアでは、足立一佐が待っていた。
「高菜二佐、大貫総監の命令により出頭しました」
直哉と愛は敬礼し、麻衣は頭を下げる。
「よろしい、それでは案内する」
足立一佐を先頭に、大本営幕僚総監の執務室に向かう。
執務室にやって来ると、扉が自動的に開いた。扉の上にカメラが設置されており、大貫自身が扉を遠隔操作で開いたのだろう。
「足立一等陸佐、入ります」
「高菜二等陸佐、入ります」
「笹野 愛、入ります」
「失礼します」
愛を含めて三人が敬礼し、麻衣は深々と頭を下げる。
大貫は立ち上がり答礼すると、応接セットのソファを指して、
「どうぞ、お掛けください」
と、愛と麻衣に声を掛ける。
愛と麻衣がソファに腰掛けると、大貫空将も対面に腰掛ける。
足立一佐は大貫空将の脇に控えており、直哉は愛達の脇に控えて立っている。
「高菜二佐も掛け給え」
「失礼します」
再び敬礼すると、愛の隣に腰掛ける。
「早速だが、用件に入りたい。笹野 愛さん、君はテーブルの上にいる『それ』が見えるかね?」
応接テーブルには、妖精さん達がずらりと並んで敬礼している。
見えるのは大貫と、直哉、それに愛だけだ。
「はい、妖精さんが並んで敬礼してます」
「うむ。笹野 愛さん、君にお願いしたいことがある。室戸鎮守府にて提督をしてもらいたい」
その言葉に間髪入れず、
「お断りします」
と、愛が答えた。大貫空将は半ば解っていたような顔をしながら、
「理由を、お聞かせいただけるかね?」
「健太君と離ればなれになるくらいなら、提督なんてなりません」
「健太君とは?」
大貫が直哉の顔を見て問い掛けると、直哉は肩を竦めて答える。
「愛ちゃんの彼氏ですよ」
そう答えると、愛は少し顔を赤らめる。
隣室から、大本営の職員がコーヒーを持って来る。
全員に差し出すと、職員が出ていくのを見計らって、話を再開する。
「もし、その健太君と共に行くのであればどうかね?ただ、うら若き青少年をひとつ屋根の下で暮らさせるのは、間違いを生じさせるかもしれんなあ」
そう冗談めかして言い、コーヒーを啜る大貫に、愛は、
「健太君と一緒なら、どこへでも行きます!それに大丈夫です!もう、間違いをしちゃってますから!健太君を押し倒しました!」
「ぶっ!」
「あらぁ、意外と積極的ね?」
「まじで!?」
「全く、困ったものだ。最近の若いものと来たら……」
愛のその衝撃的な回答に、コーヒーを噴く大貫、自身も12歳年下の高校生を押し倒して妊娠している麻衣は、やっぱりかと言う顔をし、二人の師匠である直哉は絶句し、常識王である足立一佐は、渋い渋~い顔をしている。
妖精さんが妖精雑巾を召喚してコーヒーを拭いている。足立や麻衣にとっては、テーブルのコーヒーが消えて行くのは怪奇現象だろう。
愛が、妖精さんがコーヒーを拭いている、と説明すると、
「メルヘンかファンタジーの世界ねぇ」
と感心する。
「そ、そうか。しかし、まだ子供なんだから、避妊はしないといけないよ?」
大貫が、苦笑いをしながら言う。
「その子供を、戦場に引っ張り出すあんたには、言われたくないですよ」
それには直哉が、強烈な毒の籠った皮肉で応える。
「高菜二佐、大貫空将に非礼であろう?」
その言葉を足立が咎めるも、大貫は苦笑いのまま手で制す。
「愛さんの親御さんとしてはどうかな?」
「高菜二佐にもお話しましたが、愛の身の安全が保証されるなら。あと、必ず大人の自衛官を付けてください」
真っ直ぐ大貫を見て麻衣が答えると、大貫は頷いた。
「当然だ。副官として、岩沼鎮守府の羽佐間三尉を異動して付ける。妖精さんも、二倍の動員をする予定だ。配属艦娘も、各地からある程度の練度の持った艦娘を異動させるつもりだ。そして、君には特任一等海尉として給料も差し上げる。戦果に応じて昇任、昇給する」
「提督の自由裁量は、本当に超法規的措置なんですねぇ?」
大貫の言葉に、直哉が呆れるように口にした。
「妖精が見える、と言うのは本当に稀有なのだ。我々だって、自衛官が戦えるならそうしたい。苦渋の末のお願い、だと思ってもらいたい」
苦々しい顔をして語る大貫に、愛は笑顔で答えた。
「わかりました。笹野 愛、提督になります!」
そこから大石家に、健太を愛と一緒に連れて行く許可をもらう為に、大貫自ら宮戸島に飛んだ。
大石家は、直哉と大貫二人のお願いと健太本人の、「僕も愛ちゃんの側に居たい」という意向で、室戸行きを許可した。
丸亀に親戚がいるから、たまに様子を見に行っていいなら、との条件付きである。
こうして、ドタバタと引っ越しの準備が行われて、愛達の卒業式翌日。
鎮守府の前には地域の人々とお騒がせトリオ、小学校の同級生達が集まった。
健太は、「司令官付き」という立場で特任海士長の階級で、鎮守府運営の手助けをすることになった。
二人共、羽佐間三尉が運転席に座っている車の前で、皆のお見送りを受けている。
「愛、健太、あっちでもがんばれよ」
「たまには電話してね」
「あ、スマホ買ったらメッセージ交換しようよ」
お騒がせトリオが、別れを惜しむように言葉を掛ける。
「愛ちゃん、健太君元気でね!頑張ってね!」
クラスの女子達が、愛達にエールの言葉を掛けると、地域の人達も口々にエールを贈る。
「健太君、愛をよろしくね」
「仲良くするんだよ」
愛の両親が、健太に言葉を掛ける。
「愛ちゃん、うちの息子を頼むね」
「ちゃんと避妊をするんだよ」
16で結婚をした、健太の母泰子が、誂い半分でそう言うと、二人とも赤くなり周囲がどっと笑う。
「愛ちゃん、健太君。たまには顔を出しに行くのです」
「二人とも頑張るぴょん」
「必ず生き残ってください」
艦娘達も、口々に二人に言葉を送る。
「さて。本日を以て、宮戸島鎮守府名誉隊員の任を解く。これからは私達の僚友となり、弟子も卒業だ。私から二人に贈る言葉はただ一つだけ、どんなに惨めでも良い、みっともなくても良い、君達は艦娘や羽佐間三尉が守ってくれる。元気に、そして無事に頑張りなさい」
「「はいっ!」」
「室戸鎮守府司令官殿に敬礼!」
直哉が敬礼すると、艦娘やお騒がせトリオが敬礼する。
花梨も運転席から降りると、敬礼する。
「笹野一尉、大石士長、そろそろ行きましょう?」
「「はいっ!」」
業務車三号の後部座席の扉を開けると、二人が乗り込む。
そこで扉を閉め、花梨が改めて宮戸島鎮守府の面々に敬礼すると、直哉と艦娘達は答礼する。
そして大石家、笹野家の両親に、
「お子さん達は、私の命を懸けてお守りいたします」
と敬礼をすると、
「宜しくお願いします」
と、二人の両親が頭を下げる。
花梨が乗り込むと、車は走り出し鎮守府を後にする。
それを見送ると地域の人達は解散となり、残ったのは両家の両親と直哉達である。
「行ってしまったのです」
「元気でやってくと良いぴょん」
「きっと大丈夫です」
三人の艦娘達が言うと、直哉や両親達も頷く。
「二人が結婚する頃には、この戦争も終わってると良いねぇ?」
「そうだね」
笹野夫婦の会話に大石家の旦那さん、勉さんも同意する。
「でも、20代でお祖母ちゃんにはなりたくないねえ?」
現在、ギリ20代の泰子がそう言うと、麻衣が、
「流石に16で妊娠しても、アンタ30になるでしょ」
とツッコミを入れて、皆どっと笑う。
こうして、宮戸島の小さな弟子達が旅立って行った。
【お詫び】
傍点ルビの一件ではお騒がせして申し訳ありませんでした。
愛ちゃん主役の「中学生提督日記(https://syosetu.org/novel/162326/)」共々今後共宜しくおねがいします。
こっちは、島の人々とも交流するまったりもの、
中学生提督~は戦闘ありの戦記物で住み分けようかと思っています。
並行展開ですがなんとかがんばります。