宮戸島の提督と仲間達のお気楽日記   作:SAMICO

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岩沼鎮守府の騒動Ⅲ・花梨がやって来た日

それは数年前の話である。

 

病弱な母親だけだった柴崎花梨は、貧しい暮らしの中育った。

そんな花梨を育ててくれた母・真花(まなか)が、高校三年生の時病床にて亡くなる間際、父親のことを初めて語ってくれた。

「陸上自衛隊の、羽佐間眞一郎という人が花梨の父親よ………」

そして、形見に二人で撮った写真を託して、この世を去った。

その瞬間、花梨は天涯孤独の身になった。

 

その時点で、彼女の進路は自衛隊に決まった。母の死亡保険金で、何とか仙台で暮らしていた。

防衛大学校の資料集めで、積極的に宮城地本に顔を出していた。

 

「防衛大学校に興味があるのかね?」

 

声を掛けたのは、当時宮城地本で広報官をしていた、武藤 廉二尉である。

スキンヘッドで髭を蓄えた、そして温和なおじさん。

 

「はい、父を探してまして……それと生活する為に自衛官になりたいんです」

 

武藤二尉は、曹からの叩き上げの経理畑の士官で、今は地本に出向中の身ながら、花梨の相談に親身に乗ってくれていた。

新たに発足した、大本営や鎮守府のことも詳しく教えてくれて、大貫空将を筆頭に、各提督が自由裁量で運営しており、それを監督する足立一佐率いる大本営警務隊が取り締まる。

花梨が、羽佐間眞一郎と云う名前を話した時に、武藤二尉は豊かな髭を弄りながら口を開いた。

 

「知っとるよ。岩沼鎮守府というところで提督をしている。どれ、連れて行こうか?」

「いいえ。岩沼鎮守府ですね?分かりました、有難うございます」

 

花梨は立ち上がると、武藤二尉に礼を言って、宮城地本を後にした。

武藤 廉と再び出会うのは、幹部候補生学校を卒業後、岩沼鎮守府副官として任官してからになる。

 

その日は大嵐だった。

羽佐間眞一郎ニ佐は秘書艦である妙高、そして那智を連れて出掛けた帰りだった。

 

「………」

 

鎮守府の門の前で、高校の制服姿の花梨は、傘も差さずに立っていた。

 

「お前さんは……?」

 

声を掛けた眞一郎を、睨み付けるようにこう告げた。

 

「貴方の………娘です」

 

 

――――――――

岩沼鎮守府の応接室に通された花梨は、羽黒からタオルを受け取って、濡れた身体を拭いていた。

 

「それで。お前さんが私の娘だ、と言う根拠を聞かせてもらおうか?」

 

対面に座っているのは眞一郎。そして妙高が隣に座っていた。

 

「………この写真です」

 

ラミネート処理された、一枚の写真を取り出す。

 

「………」

 

それは、彼女の母親とツーショットの若き日の写真である。

 

「提督……昔も相変わらずだったんですね。種を撒いても、実らせるヘマをなさる方とは思っていませんでしたが」

 

妙高は、何時になく冷たい感じで眞一郎に当たっていた。

 

「若気の至りさ。朧気ながらに覚えている、確か……真花と言ったか?」

「はい、柴崎真花は私の母です」

「そうか。それで、本日の会見の目的を教えてもらおうか?」

「私を、貴方の子として認知してもらいます。嫌なら、私にも考えがあります。このことを、足立一佐と大貫空将に話しに行きます。地本の武藤二尉から聞きました」

「……それは私を脅迫しているのかね?」

 

鋭い眼光で睨む眞一郎に、花梨も負けてはいない。

 

「仰る通りです。脅迫をしています。認知していただきます」

「……提督、この子を認知してあげることは出来ませんか?」

 

花梨の隣に座っていた羽黒が、おずおずと口を開く。

「……提督、この子は嵐の中傘も差さずに、入りなさいと言っているのも拒否して、提督を待っていたのよ?」

 

コーヒーを出しながら、足柄が眞一郎に告げる。

 

「提督、私達が提督の下で戦うようになって一年と少し。ここで、私達の信頼を壊すつもりか?」

 

那智が脇に控えていて、花梨に同調するように言う。

 

「………提督。貴方にはご落胤の一個中隊がいる、という噂があると聞いています。それが本当だとして、今の今まで認知を求めてきた事はありましたか?」

 

妙高の質問に、眞一郎は静かに答える。

 

「一々覚えてはいない。ただ、認知をするに至ったことはない」

 

そんな態度に、花梨はキッと睨んで、

 

「私の母を愛しておいででしたか?」

 

そう詰問した。

「愛してもいない女を抱くには、人生は短すぎるだろうな」

 

その眞一郎の回答に、花梨は更に睨み付ける。

 

「それだけですか?」

 

「愛してもない男に抱かれるにも、人生は短すぎるだろうよ」

 

続けて言われた眞一郎の言葉の真意は、その時の花梨には判らなかった。

 

「判りません。本当に愛しておいでだったんですか?」

 

その問い掛けに眞一郎は、

 

「判らなければ判るまで考えればいい。何れにせよ、私の迷惑にならないなら鎮守府で暮らすことと、認知届を出すことは了解しよう」

「ご迷惑を掛けるつもりはありません。生活費は、母の死亡保険金で食べて行けます。それに防衛大学校に入ります。短い間ですが、どうぞ宜しくお願いします」

 

――――――――

その日から防大着校まで、羽佐間姓に改めた花梨は、岩沼鎮守府で過ごすことになった。

最初からいる妙高四姉妹に、新たに配属された扶桑姉妹。

 

彼女達には、心を開いていた。

彼女達にだけは、父に対して育ててもらった恩はない、と言い切って話した。

 

こうして、父の監視を兼ねた生活が始まった。

岩沼から仙台の高校に通い、防大の試験を通過して着校して行った。

 

その間に、妙高達や扶桑姉妹と《事実婚》をすることを知った。

その時点で、花梨は父へは反感と軽蔑しか抱かなかった。

 

幹部士官候補生学校を卒業した花梨を待っていたのは、岩沼鎮守府副官の任官命令だった。

自由裁量で、人材を自由に引っ張ることも出来るのだ。

花梨は、父の監視とストッパーの為に、任官命令を受諾することになった。

 

――――――――

 

「結局、認知を求めてやって来たのは、花梨一人だったよ」

眞一郎と那智が、岩沼鎮守府に転がり込んだエピソードと、花梨から聞いた話を披露し終わると、ポツリと語った。

「ご落胤の一個中隊がいるかは?」

 

直哉は意地悪そうに訊いたが、眞一郎は首を振った。

 

「分からん。もしかしたら、或いはいるかも知れないが……私が父親でないほうが幸せだよ」

「愛が深ければこそ……なのですか?」

 

ケーキを頬張りながら、電が感慨深げに問い掛けると、眞一郎はふっと笑った。

 

「浅い恋愛をするほど、人生は長くないだろうよ」

『………』

 

岩沼鎮守府の艦娘達は、とんでもなく愛に飢えている人間を愛してしまったことを、改めて理解した。

「大丈夫ですぅ。私がぁ、眞一郎さんの愛を満たしてあげます。ううん、皆で」

 

紗花が艦娘達を見回すと、妙高が口を開いた。

 

「戸籍上の結婚をして来なくてよかったですね?提督」

この妙高の言葉は、生まれて来る子供には、きちんと《嫡子》として生まれて来て欲しい、との願いである。

 

「紗花、この男の愛欲を満たすのには六人では足りない。力を貸してくれ」

那智が真面目な顔で紗花に語ると、紗花はニコっと笑って返す。

 

「よろしくお願いしますね」

「はいっ」

羽黒が深々と頭を下げると、同じく深々と頭を下げる紗花。

 

「鎮守府の暮らしは楽ではないかもしれないけど、岩沼に銀行の支店があったら、転勤願いを出してもいいのよ?」

「足柄さんも、これからよろしくお願いしますねぇ?」

足柄の配慮に、笑顔を浮かべる紗花。

 

「うふふ、新しい妹ができたようですね」

「姉さまの妹は私だけです。……私の妹なら少しは考えても……」

少し姉に依存する山城は、扶桑の言葉には不満顔だが、自分の妹ならいいと言葉を濁す。

 

「いいんです、皆さんの末席に連なるだけで……」

紗花はそう言うも、艦娘達の心は既に定まっていた。

「眞一郎。紗花と正式な結婚をなさいませ」

 

代表して、妙高が笑顔でそう言うと、眞一郎はもう何も言えなくなってしまう。

 

「お前達、結託するのが早過ぎだろう」

 

それだけ言って………ふっと笑いながら、とある歌を歌った。

冬になり、春になれば鳥達が帰って来る、という内容の歌である。

 

「その歌は?」

直哉が問うと、眞一郎はふっと笑いながら答えた。

 

「どこかの誰かが歌っていた歌でなぁ。歌だけ記憶に焼き付いてしまったんだろう」

その言葉に、艦娘達と紗花はふふっと笑っていた。

 

――――――――

その頃、同じ仙台の地に笹野 愛と羽佐間花梨が、とある霊園にやって来ていた。

室戸鎮守府の仕事を数日休み、愛は更に学校を休んでのことである。

その傍には、郷里 剛三佐がいる。

 

 

「母さん。漸く大切な人を見つけました。貴女はあの男から何も愛されていなかった、とお嘆きでしょうが、あの男は確かに母さんを愛していたようです。愛するにも愛されるにも人生は―――短過ぎます」

「愛してもいない女を抱くには、人生は短し。愛してもない男に抱かれるにも、人生は短し……かぁ」

 

花を手向けた花梨に、愛はそう声を掛けた。

「言い換えればこうです。『命短し恋せよ乙女』」

「………」

「ぬぅ……花梨の母親は嘆いてはいたが、憎んではいなかった。そう言うことなのだろうな?」

 

振り向いた花梨は、微笑を浮かべてその言葉に答えると、愛は掛けていい言葉を思い付くほど、大人ではなかった。

それを代弁するかのように、剛が代わりに答えると、花梨は頷いた。

 

「毎年、命日にこうやって墓参りに来るんです。あの男には、命日は教えませんでしたから」

「何で教えなかったんですか?」

「あの男に、私の母の前に立って欲しくないからです。母は私だけのものです。たった一人、私だけのものです」

 

言い切った花梨に、愛はこれ以上何も言うべきではない、と押し黙った。

 

花梨は、ふっと笑いながらとある歌を歌った。

冬になり、春になれば鳥達が帰って来る、という内容の歌である。

 

「その歌は?」

「母がよく歌ってた歌なんです。あの男にも聞かせた、と」

「そうですか……」

「こうなったからには、せいぜいあの男にも長生きしてもらわないといけませんね?」

「どうしてですか?」

 

首を傾げた愛に、花梨はうふふっと笑った。

「復讐をするから」

 

愛はその言葉にフリーズし、剛は困惑した。

 

「こうやって赤子を抱いて『あんたの孫ですよ、お祖父ちゃん』って言ってやるの。どう?最高の復讐だと思いませんか?」

 

続いた言葉に、愛はお腹を抱えて笑った。

 

「うふふっ、あははっ……産休申請はいつでも許可しますから、子作りに励んでくださいね。或いは、あれだけ中に出していれば、既に子供が出来ているかもしれませんね?」

「……あの顛末書ですか?」

「ぬぅ………正確に書き過ぎたか……」

 

愛の言葉に、顔を赤らめながらジト目で睨む花梨を抱き寄せながら、違うところで反省する剛。

 

「まさかとは思いますが、あの顛末書、高菜二佐に送ってないでしょうね?」

「……オクテナイアル」

 

目を逸らした愛に、花梨は全て察してしまった。

あの顛末書が、きっと父にまで流出したことを。

肩を震わせワナワナとしている。顔は耳まで真っ赤になっている。

「か、花梨。笹野三佐も、悪気があってやった訳じゃないんだ、と思うぞ?」

「悪気はなくても、面白がってではあるでしょう?」

「……ごめんなさい」

 

素直に謝った愛に、花梨はふわっと包み込むように抱き締めた。

「提督、ありがとうございます。剛さんとの縁を取り持ってくれて」

「いやあ、私は何もしませんでしたよ。貴女は不満でしょうけど、貴女もそれに羽佐間陸準将補も、私に言わせれば似たもの親子なんですよ。自分を偽っていたら幸せになれませんよ?」

「………そうね」

「そう言えば、どういう経緯で羽佐間陸准将補が花梨さんを認知するに至ったんですか?」

「それはね……そうそう、仙台には美味しいスイーツバイキングがあるんです。そこに行きましょう。そこで、ゆっくりと経緯についてお話しましょうか?」

 

愛の頭を撫でながら花梨がそう言うと、三人で墓地を後にした。

 

当然ながら、彼女等は目的地で父親御一行と鉢合わせすることになる。




Tips 花梨について

花梨は2017~8年任官の士官。本作の物語開始(第1話)が2018年4~5月頃
防大のカリキュラムは4年、陸自の幹部候補生学校を経て任官されるので
逆算すると、眞一郎のもとに転がり込んだのは2012~3年(物語開始の約5~6年前)頃と思われる。


Tips 5~6年前の武藤提督
当時はただの出向中の広報官でした。妖精が見えることが発覚したのはこの直後
武藤二尉は約数年間で一気に2佐まで急昇進します


騒動は終わらず…
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