私達の出番はどこに行った
―――宮戸島鎮守府一同―――
また長編です。
今回はシリアスですが次回からは通常営業です。
査察と言うものは、事前に予告して行うのが、大本営警務隊の役回りであった。
しかし一部の悪徳提督が、その予告された日までの間に、悪事の証拠を全て隠してしまい、
その結果、幾つかのブラック鎮守府が摘発を逃れた、と言う歴史がある。
それを重く見た大本営は、浜松鎮守府内に闇の組織を作り上げた。
日本の法律で、裁き切れないほどの重大な悪に対し、始末してしまう《裏の警務隊》を。
彼等は、表の警務隊より迅速に動き、巨悪の排除を行う。
結果、査察の重要性は以前より増し、警務隊員への権限は以前以上に重くなった。
自由裁量には自由裁量での査察が、と言うことになった。
頻発する怪死事件にプライドを傷つけられた警務隊員は、より徹底的に過激に、査察を行うようになっていた。
表と裏の、縄張り争いが始まったのだ。
その結果、どんな微罪でも摘発して、処分を課すようになっていた。
その傾向は、足立が副長を兼任し、全ての査察に同行できなくなってから、更に増していた。
――――――――
そんな六月中旬の梅雨の頃……
「あまり、いい傾向とは言えんな」
規模が大きくなって、警務隊から正式に大本営警務本部に格上げし、
警務本部長(准将の職位)と大本営副長(将補の職位)を兼任している足立陸将補は、自らの執務室で始末書の束を見てぼやいた。
微罪で引っ張って来たものは、全て足立の判断で譴責処分に留めたのだ。
六月に新設された大本営警務本部は、同じく新設された北海道・東北・関東・甲信越・東海・近畿・中国・四国・九州及び沖縄の各警務隊を統括する事となった。
今までのように、東京からコントロールすることに限界を感じたのもあるが、規模の拡大と共に現地に警務隊を配置したほうが良い、と言う意見が根強いのだ。
足立は未だに裏の警務隊の存在を知らないが、こうも怪死事件が続けば、何かを疑いたくなる。
村上兄妹も巧妙になり、ブラック鎮守府同士の抗争、と云う形で始末することもあり、あるかもまだ分かっていない『裏の警備隊』にまで、捜査を及ぼす余裕が無いのも事実なのだ。
そして、各地の警務隊はプライドを傷付けられ、挙げた拳の振り下ろし先として、提督への掣肘を更に強めようとしている。
「はい。本来は、立法府で鎮守府運営に関する法律を定めてもらうのが肝要なのですが、如何せんまだ『自由裁量』のフリーハンドで、艦娘の身分も婚姻後戸籍に入った艦娘以外への、捨て艦戦法すら殺人罪に問えない状況でして」
副官である七原秋奈一尉が、国会批判を口にしながら、直近の現状をグラフ化した資料を提示する。
「うむ。そっちは、大貫空将に働きかけて頂く他なかろう?」
「はい。永田町の老人達に、働いてもらう他有りませんね?」
七原秋奈。現在は結婚しているが、旧姓は足立。この年36歳。大村奈々海の同期であり、次席卒業。
過日、七原春人陸将補(当時・現陸准将)と目出度く結婚をして家を出た、足立陸将補の娘である。
昨年の電生放送暴走事件で、足立の後で大爆笑をしていた二人のうちの一人であり、結婚後同じ職場は問題があると、
父の『自由裁量』の下で、規模が拡大された父親である警務本部長の副官となった。
現在三ヶ月の妊婦でもある。
「全く。日本中を旅から旅で過ごして来た時もなかなか体に堪えるが、今東京で警務本部員の報告を待っているだけというのも、なかなか堪えるものだなぁ」
秋奈が、二人分のお茶と羊羹を持って来てそっと差し出すと、副官デスクから椅子を引っ張り出して、父の執務机の前まで持って来る。
「年、ですかね?」
「私の同期を連れて来て、後妻として結婚したお前には言われたくないわ」
「あら、春人さんは今も元気に、教導隊で部下達を扱いていますよ。東富士の魔王の二つ名は、伊達じゃないですね?」
羊羹をパクリと口にしながら、秋奈は答える。
「お前さんの惚気話はいい。問題なのは、どうも部下達と鎮守府とで、トラブルが起きる傾向にあってな」
「はい、閣下のご懸念どおりです。警務隊の目的が、自由裁量の掣肘から規制になりつつありますね。現状あまりに酷いもの、人格を無視するものを除けば、各提督の好きにやらせればいいんですが」
秋奈の「今までどおりが一番」と云う言葉に、足立将補も同意する。
「先日の、閣下が体調不良でご欠席された幕僚会議で、東北の監査が甘い、と言う指摘が入りました。東北が平和な今、ガチガチに固めて綱紀粛正を図るべし。近海防衛ではなくミッドウェーへの攻撃を行わせよ、近海防衛に甘んじている提督は、片っ端から更迭し原隊に戻せ。名前が出たのは、武藤二佐、高菜二佐等数名」
「馬鹿馬鹿しい。艦娘の信頼ある提督を更迭してどうする?」
「閣下が、会議に参加なさってそう仰って頂ければ幸いだったのですが、警務隊本部も各地区の警務隊に分かれてしまいました。今は、宮城地本の宮本一佐が兼任で東北地区警務隊長としてその任に当たっておりますので、彼の人柄として東北への締め付けは緩いのは確かなのですが……会議の場では、宮本一佐もやり玉に上がっており、広報がしゃしゃり出てくるな、等と言う発言もありました。流石にそれは、別の幕僚が嗜められましたが」
「組織が大きくなれば、コントロールも難しい……か」
「はい。先日、四国の室戸鎮守府と四国警務隊の間で、トラブルが発生しております。事前通告もなしに査察に入り、学校に行っていた笹野三佐を臨時で呼び戻す事態になりました。更にはその笹野三佐へ『提督の分際で学校なぞ行くものではない』と罵り、心配で同行した友達が激怒して抗議した所、少年法を『自由裁量』で無視し『公務執行妨害』で拘束中。……それで、鎮守府陸戦隊と警務隊で一触即発状態になり、慌てて駆け付けた土佐の坂本一佐と郷里三佐のお取り成しのお陰で、武力衝突の事態は免れましたが、四国警務隊は鎮守府と学校の監視に乗り出しました。笹野三佐を監視し、毎日のように『職場放棄』の戒告を連発しています。可哀想に、現在は学校にすら行けてない状態で……現在もお友達は拘束中です。警務本部長昇進で、各提督との直通電話が廃止されたのが裏目に出ました」
「すぐにやめさせろ、友達も解放するように。四国の警務隊長は、何をやっている?」
「はい。閣下のお名前で、中止命令を出しておきましょう」
そう言うと、秋奈は自らのデスクに戻り、立ったままでキーボードを叩いて、四国警務隊に向けて命令文を送信する。
そして、再び椅子に戻りお茶を啜る。
「やはり、一度東北には閣下自らがお出掛けになって、東北は問題ない、と云うところを示して頂く必要があるのではないでしょうか?一週間ほど、東北の集中監査をいたしましょう」
「だが、武藤のところは先日監査したばかりではないか……?」
「いえ。やはり、閣下が足を運ぶことに意義があると思います。それに―――」
羊羹を平らげると、流し目で父に笑みを向ける。
「良い骨休みにもなりましょう。集中査察ついでに、休暇も設定しておきます」
「お前もだんだん大本営に染まって来たな。或いは元からか?」
その言葉に、足立将補も娘を見やる。
「偉大なる父を、反面教師として育って来ましたので」
「ふふ。母さんと三人、たまには東北旅行もいい、と言うことだな?」
「そういう事です。まずは宮城の岩沼、宮戸島、女川、南三陸、気仙沼の各鎮守府から当たりましょう」
「うむ……最近では、羽佐間陸准将補の女遊びも、極めて少なくなっているようだしな」
「噂によると、嫁シフト制度で毎日陸準将補殿をお離しにならないそうですよ。入籍された女性との間には、お子さんも出来ているとか」
「全く器用なやつだ。うちなんぞは、カカアと娘で手一杯なのになぁ」
「良いじゃありませんか?手の掛かる娘は、嫁に行ったんですから」
嫁が七人もいる羽佐間陸准将補のことを思いやると、羨むべきか、大変そうだと思うべきか?
何にせよ自分には無理だ、と大きな溜め息を吐く。
そんな父を見ながら、笑いを堪え切れない秋奈だった。
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こうして足立一家は、東北への査察旅行に向かうことになった。
そこで、色々なドタバタと遭遇することになろうとは、今の彼等は知る由もなかった。
Tips《室戸鎮守府事件》
中学生提督日記次話のお話「接触と疑心」のエピソードになります。
触りだけ、次回予告的な感じで……