―――幸田一尉―――
今回は軽い小話です。
モブばっかりのお話。
中学生提督日記では悪役な警務隊員だが
問題児揃いの提督(と、その周囲に)に振り回される可愛そうな東北警務隊員のお話。
自由裁量の査察の一つの回答です。
大本営警務隊は警務本部に格上げとなり、
今までは足立昭彦が、全国を旅から旅で査察をしていたのが、
その権限を取り上げられてしまった。
「自由裁量を掣肘するには自由裁量を」
そんな言葉まで出ている、提督の自由裁量への対策だが、
この東北でも査察の数が激増した。
そんな、警務隊員の憂鬱の物語である。
――――――――
「へいらっしゃい!」
仙台のとある居酒屋。いつも仕事を終えた警務隊員が集まる、憩いの場である。
今日は、五人連れがやって来る。
今日は宮城県内の鎮守府一斉査察で、皆一仕事終えて来た後である。
いつものお座敷席に通されると、「取り敢えず生中」と言うことになる。
焼き鳥や唐揚げ等、食べるものも注文して行って、一通りの注文を済ませる。
生ビールとお通しが出されると、蒸し暑くなって来たこの梅雨の時期、
生ビールで乾杯となる。
「そんじゃ、お疲れ様です」
『おつかれーっす』
グビグビグビ
『ぷはぁーっ』
五人の吐息が重なると、各々ビールジョッキを置く。
隊員の一人――坊主頭が口を開く。
「聞いたか?室戸鎮守府が利敵行為容疑で大査察だってよ。トラブル起こして、司令官のプライベートまで暴いちまったそうだぜ?」
別の隊員――メガネが唐揚げをつまみながら、
「何でもあそこの鎮守府、女子中学生が司令官だろ?女の子を持つ親としては辛いわ―。マジで何考えてんだろな?」
その隣りにいた隊員――ヒョロ長が、顔を青褪めさせながら一同を見回す。
「僕、
その言葉に全員が、
『うわー……』
と声を漏らす。
その後に、ビールを再び飲み始めた東北警務隊副長幸田一尉が、皆を見回しながら口を開く。
「しっかし、自由裁量で査察しろ。って言われても、現場は現場で困るのよね。ほら、うちの隊長は『広報さん』でしょう?」
広報さんとは、宮本一佐に対するある意味《蔑称》である。
「その宮本一佐は、警務隊業務に関して『全て君達の裁量でやってくれ、提督の自由裁量をなるだけ尊重してあげてね』としか言わないし、ツイッターばっか更新してるし、ある意味丸投げよ。そう言えば、七原准将が東北観光にお見えになるから、って東北の観光スポットのリサーチばっかりやってたわ」
最後に二杯めのビールを注文しながら、軽巡洋艦・球磨が口を開く。
「と言うか、東北の提督達は問題児揃いクマ。また北海道に戻りたいクマ」
そんな球磨に、坊主頭が誂うように野次る。
「だから警務隊なんかに飛ばされんだよ。何で艦娘がクマ退治したり、シャケ捕獲やってるんだよ!?熊かお前!?」
「球磨は球磨だクマ、熊じゃないクマ!」
そう言うと、二杯目のビールを口にして、
「今日、女川の査察に行って来たクマ。それはもう大惨事だったクマ」
大きな溜め息を吐いた球磨は、唐揚げを頬張りビールで流し込むと、ドンッとジョッキを置く。
「球磨が女川鎮守府に行ったら、神通と桐山二佐の怒声が聞こえて、ガラスは割れてる、執務机は砲撃で木っ端微塵、金剛四姉妹や陸奥は顔面蒼白で見てるだけ、神通は鎮守府内で砲撃するわ、桐山二佐は物陰から罵るわ、球磨が必死で止めなかったら殺傷沙汰クマ」
『うわぁー』
残りの四人は、《今日》女川の当番じゃなくてよかった、と思いながら声を漏らす。
「それで結局、神通は家出して、
憤慨しながらビールを飲む球磨。飲まなきゃやってられない、って雰囲気である。
神通が何故来たか、やっと得心が行ったメガネが愚痴り出す。
「あー、だから神通が来たのかー。南三陸は、査察ご自由に……って感じなんだけどさー、武藤のヒゲハゲ、プライベートを自ら公開しようとして来るんだよ。やれ、これは三人とどこどこにいった写真だ、どれこれは出撃何回記念だ、艦娘と仲がいいのは結構なんだけどさ―、こっちは査察で来てるんだからなー。武藤のおっさん、元経理だから財務状況は綺麗だし、過剰に艦娘を愛するから、査察する余地全然ないんだよね―。でも、はいサヨナラで帰る訳にも行かないから。報告書書かないといけないからね」
そう言うと、ビールをぐびっと飲んで続ける。
「延々四時間ほど惚気話を聞かされてさぁ。早くうちに帰って娘の笑顔を見たい、って思っちまったよ」
『だったら、飲んでないで早く帰れよ」帰りなさいよ」帰るクマ」
メガネ自身の惚気話に移る前に、四人がそうは行くかとツッコミ態勢に入る。
警務隊員の愚痴は続く。
次に口を開いたのは、女性副長の幸田一尉である。
「あたしは岩沼に行ったんだけど、殺されかけたわ」
『えっ?』
初っ端からハイペースな告白に、一同ギョッとなる。
「岩沼ってところでお察しして欲しいんだけど、羽佐間陸准将補。あの人無類の女好きじゃない?気障で。それで跪いて、あたしの手を取ってキスをして『今晩夕飯でもいかがですかな?』なぁんて言うのよ。………その瞬間、匕首が目の前を通過していったわ……」
思い出すと、背筋が凍り付く思いの幸田一尉がビールを一気飲みして、日本酒を注文する。
「えっと、匕首クマ?」
堪りかねて幸田一尉に聞き返す球磨に、幸田一尉は首を縦に振った。
「日本酒お待ちどおー」
店員さんが、マスの中にコップの入った冷酒を持って来ると、コップを手に取りぐびっと呑む。
店員さんが下がったのを見計らって、声を落とすと、
「匕首よ。あの、ヤクザ映画とか任侠時代劇で出て来る匕首。飛んで来た方向を見るとさ、眼のイッちゃった女の子が、もう一本匕首構えて笑ってんのよ。羽黒が必死に止めてなかったら、二階級特進して二佐になってたわ。岩沼って時点で、あんた等と任務交代できないか?って思ってたけど、やっぱりお察しだったわ」
『うわぁ……』
全員顔面蒼白である。
「それで、査察をやらせてもらったんだけど、常にその女が付きっきり。刃物は没収されたけど、何と言うか焦点の合ってない眼で、こっちをじーっと見詰めて来るのよ。生きた心地しなくって、何を査察したか記憶に無いわ。報告書書かれてたから査察はしたんだろうけど、何か記憶が抜け落ちたと言うか……」
「副長、呑むクマ」
「そうだね」
球磨が、ぽんと幸田一尉の背中を叩くと、日本酒を一気に飲み干す。
そんな様子を、坊主頭が乾いた笑いをしてから慰める。
「ハッハ、副長は美人だから損だな。俺なんか『ガキのお守り』だったわ。気仙沼鎮守府だったんだけど、まず提督が幼女だろ?明石の幼女化ドリンクを飲んじまってよ、うちのガキと同じくらいじゃねえ?」
「あんた、ガキって小1でしょう?そんなに幼女化してんの?」
幸田一尉が聞き返すと、坊主頭が「おう」と言って続ける。
「そんで実権は、皆娘の夏海ちゃんが握ってんの。ある意味、中学生提督だぜ。戦術は的確に出すし、経理関係の資料はきちんと整理して提出してくれるし、何から何まできちんと理路整然と説明してくれて、最後に『何か落ち度はありますか?』と来たもんだ。娘の方がよっぽど出来てるよ」
そんな坊主頭にメガネが、
「楽そうでよかったじゃんよー」
と、軽いノリで加わって来る。
「そこまではいいんだが……こっちの落ち度まで指摘して来やがんの。ここの査察はいいんですか?とか、ここまだ見てませんよね?とか、可愛くねえ」
『………』
全員が、生暖かい目で坊主頭を見遣る。
最後に、ヒョロ長が口を開く。
「皆はまだマシだよ。僕なんか問題児の巣窟の、《あの》宮戸島だよ。高菜ん所。行ったら、高菜二佐はタブレット弄りながらブランデー入り紅茶――あれは紅茶入りブランデーだな――を飲んでるし。秘書艦の電は、バラエティ番組見ながら羊羹片手に緑茶飲んでるし。査察日くらい、まともに仕事してて欲しいよ」
大きな溜め息を吐いた。
「それで、途中から番長みたいな坊主と、ザ・地味子って女の子と、天然でネジが飛んでる女の子と、その彼氏と、ギャル三人と、バットに短ランの坊主がやって来て、査察の邪魔なんだったらありゃしないよ。 で、予め薄雲が査察資料全部用意してるから、僕は騒がしい執務室で目を通して終わり。そしたら、バット坊主がお手洗いに席を外した途端、ギャルズに色目使われてさ、耳元で『あとで、シよ?』って……」
その言葉に幸田一尉が、
「あんたまさか、手を出してないだろうね!?」
と確認すると、ヒョロ長が目を逸らす。
「あっきれた!」
幸田一尉が憤慨すると、ヒョロ長が慌てて、
「違うんだよ。まだ査察してないところがある、ってギャルJCトリオに隣の建物連れ込まれて……その流されて……ちょっといい思いをさせてもらいました」
「「最低ね」クマ」
ジト目で見る女性陣に、羨ましそうに見る男性陣。
「一応、彼氏のバット坊主に謝ったんだよ。そしたら『あー、このバカ共がご迷惑お掛けして申し訳ありません』って逆に謝られて。ギャルズは、プラバットで頭ボカボカ殴られてたよ。何と言うか、あの彼氏大物になるわ」
遠い目をしていた、バット男こと慎の顔を思い出すと、苦労が多いだろうなあ、と思いながらビールを飲み干す。
「そんで高菜二佐は、サボってるくせに定時前に「うちの定時は1500」とか言って、勝手に仕事切り上げてんのよ。自由裁量だからいいんだけど、さっきまでサボってたよねあんた等?って。そんな報告上げられないから、テキトーに報告書書いちゃったわさ」
そう言って溜め息を吐くと、全員揃って溜め息を吐く。
「自由裁量って怖いわね」
皆の意見を代弁するように、幸田一尉が溜め息を吐く。
来週は、別の県の査察がある。
宮城県内の提督に限らず、東北地方の提督は、皆個性的なのだ。
「やあ、ご苦労さん」
そこにやって来たのは、警務隊長にして宮城地本本部長の宮本一佐だ。
全員が座ったままで敬礼するのを、手で制す。
「皆、査察ご苦労だったね。どれ、今日の飲み代は私が出そうじゃないか?」
そう言って、宮本一佐も席に着く。
「隊長は、例の計画は終わったんですか?」
幸田一尉が問い掛けると、ああ、と言いながらやって来た店員にビールを注文して見送ると、
「七原准将夫妻の東北旅行の一件だね?リサーチは終わって、後は先方さんとのスケジュール調整待ちだね。何せ、東富士の教導隊長殿はご多忙だからね」
席に届けられたビールを片手に、改めて乾杯をしながら宮本一佐が答える。
「どうだい?自由裁量の査察は。皆のびのびと出来ただろう?」
にこやかに言う宮本一佐に、全員は苦笑いするしか無かった。
日本には、こういう可哀想な警務隊員も居ることを、心の片隅に置いていて欲しい。
《ツイッターばっか更新してる》
この世界では宮本一佐自ら宮城地本ツイッターアカウントを更新しています。
この世界線では日本で一番リプライを飛ばす宮城地本