20代で「祖母」が確定してしまった健太くんの母・泰子さん……
三人の嫁の出産までの面倒を見ようと思い立ち……
やって来た笹野診療所で両家の恋談義に発展する。
七月初頭の事だった。大石泰子は、診療を終えた笹野診療所を訪れていた。
看護師や医療事務の人達は帰っており、もう一人の医師で勤務医の倉田めぐみは、隣の第二診察室で一生懸命勉強中である。
後期研修が終わったばかりの、宮戸島出身の新米産婦人科医をヘッドハンティングして来たのだ。
「やあ、ばあさん」
20歳年上の笹野麻衣医師に誂うように言われた泰子は、大きな溜め息を吐いた。
「誰がババアですか?麻衣さんの方がばあさ……」
「あ゛?」
「ひっ」
そして、言い返しながら余計な一言を言った泰子は、麻衣にドスの利いた声で睨むように言われると、小さく悲鳴を上げる。
「まあまあ、麻衣さん」
そんな麻衣に、宥めるように声を掛けるのは、笹野診療所の看護師長、笹野宗太郎である。
「人の娘を孕ませた上で、しかも同級生と深海棲艦の女の子も同時に孕ませるって……いつかそうなるとは思ったけど、手が早いにも程が有るわよ」
「それについては、健太の母親としては何も言えないんですが………」
麻衣の指摘に大きな溜め息を吐くと、診察室のベッドに腰を下ろす。
そんな泰子の隣に腰を掛けると、足を組んだ麻衣はポンと肩を叩いた。
「健太君は自衛隊の闇をまざまざと見せつけられ、それへの怒りと絶望で深海棲艦化して、デスペラン要塞で大勢の人を死なせる結果になった。本人の記憶が無くなったのは、それを突きつけられたら正気ではいられなくなるからねえ。結局は、当事者の記憶の中だけに留めておけば良いのよ」
「………」
「高菜一佐が言っていた言葉なんだけどね、『健太君の記憶が戻った時、支えてやるには愛だけでは足りない。三人くらいいて支えてあげないとね』と言った具合ね」
「両手に花どころか、三人も女の子に惚れられて。高菜一佐のところは艦娘だけど、人間二人に深海棲艦、妊娠速度は通常の五倍速。《本当に》、20代で孫ができるなんて思わなかったです」
肩を落として俯き加減の泰子に、苦笑いを浮かべるのは30の宗太郎である。
「まあまあ、僕だって30で祖父になるとは思いやしませんよ。泰子さんと三つしか違わないんですからね。でもね……」
宗太郎は、言葉を区切った。
「倉田先生!」
「はーい」
隣の診療室からひょっこり顔を出したのは、ショートボブでまん丸眼鏡の20代後半の女医、倉田めぐみである。
産婦人科専門医を目指しながら、小児科の勉強もしている努力家である。
勿論、地方の診療所では専門を選り好み出来る訳もなく、内科外科も診察している。
だが、麻衣の曰く《専門外》の産婦人科だけは、めぐみが任されている。
「どうされました?笹野師長」
「12の母の話だよ、倉田先生」
その言葉にピンと来ためぐみは、空いている椅子に腰を下ろすと、持っていた本を抱き抱えながら真剣な表情をする。
「深海棲艦と人間のハーフ自体、初めてのケースですからね。何でも、わざわざ大学の産科指導医の教授先生が、四国まで出張ってるくらいですからね。どうなるかは何とも………」
「そうよねえ、めぐちゃんの言うとおり心配なのよ」
自分の娘の、身体を心配する麻衣。
「ですが、何があっても大丈夫なように万全の体制を取っている、と聞いています。笹野先生が帰郷させれば?と、以前仰いましたけど、ここでは無理です。三人の出産を、私ごとき新米医師では手に負えません。万一の備えで、基幹病院にすぐ行ける場所の土佐鎮守府の方が良いですし、逆算した予定日に近くなったら入院させる予定だ、と聞いています」
そんな麻衣の心配に、元気付けるように言うと、めぐみは言葉を続ける。
「私は研修時の指導医の先生の勧めで、出産前に休診して四国に行って来よう、と思います。丁度、この前後に出産を間近に控えている患者さんもいませんし、笹野先生の後輩が代打で来てくれることになってますから、勉強して来ます。愛ちゃんが
そう言うと、眼鏡越しに悪戯っぽく流し目で泰子を見遣ると、泰子は頬を膨らませる。
「もう、倉田先生まで。皆私を誂って楽しいんですか!?」
その言葉にどっと笑う。
「それはともかく、ちょっと誰かに四国に行ってもらいたいのよ。高菜さんから預かった
深海提督の指示で、多摩が高菜直哉一佐に渡した『霊子のコア』がそれである。
麻衣は立ち上がると、パッケージングされたキラキラと煌く宝石のようなものを三つ取り出す。
「霊子なんて概念はオカルトチックだけど、霊子不足に陥った時の為に、って深海提督から渡されたみたいなのよ。それで……」
「分かりました。私が行きます」
泰子が立ち上がると拳をぐっと握った。それを見ると、麻衣はフフッと笑った。
「ありがとうね、泰子さん。めぐちゃん、しっかり勉強して来なさい。そうそう、四国までだいぶ掛かるから、ゆっくり2~3日掛けて行きなさいね?」
「運転、よろしくおねがいします」
麻衣の言葉に、めぐみが深々と頭を下げると、泰子はキョトンとする。
「倉田先生、運転してくれないんですか?」
「車の免許ないんですよ」
申し訳なさそうに言うと、ポケットからゴソゴソと免許証を取り出す。
「倉田めぐみ ……免許の種類、大自二……大型自動二輪!?」
「そうなんですよ。バイクの免許しかなくて………」
「めぐちゃんって、650㏄の大型ビッグスクーター持ってるのよ」
免許の種類に驚愕する泰子に、申し訳なさそうにするめぐみ、それに補足説明をする麻衣。
そんなめぐみは、身長150㎝台でちんまりとしている。
こんな小さな体で、大きなバイクを操れるパワーが有るのか?と泰子が感心しているとめぐみが、
「まあ、引き起こしは数やってれば慣れますし、低身長用のカスタムもしてますから。これで後ろに乗せる彼氏もいれば良いんですけど、女医はモテないですからね?」
「そうなんですか?」
「なかなか忙しくて、出会いの場がないんですよ。逆なら、医師と看護師のカップルが多いんですけどね……ほら、むしろ主夫になってくれる人じゃないと……或いはナースマン……笹野家と同じような条件ですかね?」
そんな女医の恋事情に、麻衣も参戦する。
「まあ、宗ちゃんは逆だけどね。私と結婚する、って決めてから、一浪して看護師学校に入った口だから。本当だったら、今頃は自衛官になってたかもしれないわね。私と出会ってなかったら」
そんな麻衣に、宗太郎はハハッと笑って、
「僕は、麻衣さんと出会えて良かったと思ってるよ。ところで、一つ訊いていい?あの時、『安全日』だったってのは………」
「ああ、嘘」
「だよねえ」
ケロッと答える麻衣に、苦笑いを浮かべる宗太郎。
「おかしいと思ったんだよね。安全日だって言うからその……アレだったんだけど、医療者として今思うと、あり得ない発言だなって」
「当たり前じゃない。私は『宗ちゃんが欲しい』から、嘘吐いたの」
麻衣が流し目で言うと、今度は泰子が苦笑いを浮かべる。
「いやあ、考えることは一緒なんですね。私も勉さんに『安全日なの』って嘘ついて妊娠して……15で」
「その騒動は知ってるわよ。島を上げての大騒動だったもの。『あの学校ドラマがリアルになった』って」
「そうだねえ。村で、賛否両論巻き起こってたもんねぇ」
泰子の告白に、てしっと裏手でツッコむ麻衣。それに、懐かしそうに語る宗太郎。
「そろそろ診療所閉めて、ご飯にしませんか?」
めぐみが時計を見ると、そろそろ午後七時である。
――――――――
勉さんと合流すると、近所の居酒屋にやって来る。
珍しく、一人で酒を飲んでいる直哉を見つけると、麻衣が声を掛ける。
「あら、高菜一佐。一人でお酒とは、珍しいですね?」
「いやあ、嫁達は番長と愉快な仲間達と一緒に遊びに行ったよ。艦娘・深海棲艦基本法で成人として扱う、と布告されたから、保護者役として街に出て、カラオケでもやってるんじゃないかなあ。まあ、10時までには家に帰るだろう。薄雲が車を借りて行ったから」
合流すると、さっきまでの話を直哉に披露する。
「そういう騒ぎがあったんだねえ。そうなるとベンさんは困っただろう。何せ――」
その先を、麻衣が続ける。
「ベンちゃんと私、同級生だったからねえ。アラサー男が中学生妊娠させたって。危うく逮捕モンよ」
「でしょうねえ」
そんな麻衣に、直哉は苦笑いを浮かべる。
「困った困った、本当に困ったよ。僕は泰子の両親に殴られる、うちの親父にも殴られて土下座して嫁に貰え、と言われるし」
「元からそのつもりだったですよ。わ・た・し」
「だったら、何で羽佐間さんに誘惑されたんだよ?」
「そっ……それは………」
困った顔を浮かべる勉さんに、自慢気に言う泰子。それを突っ込む直哉に、しどろもどろになる泰子。
「健太に話したら『呆れてものが言えません』だそうだよ?」
「けっ、健太に話したんですか!?」
意地悪い顔をしてそう続ける直哉に、泰子は焦り全開で狼狽える。
「愛ちゃんのコメントは『相手が羽佐間さんなら仕方ない』だったよ?」
「あの馬鹿……」
お気楽なコメントを残した娘に対して、頭痛がする思いの麻衣。
「あーあ、私も恋人欲しいなあ」
そんなぼやきをするめぐみに、麻衣は意地の悪い笑みを浮かべる。
「そんな暇、ある筈ないくせに。産婦人科医専門医でしょ?それに小児科専門医でしょ?生涯お一人様コースを覚悟しないとね?」
「もう!私だってすごい人見つけますよ!」
そんなめぐみに、どっと笑う皆だった。
――――――――
翌日。
「さて、行きますか?四国に」
「よろしくお願いします!」
こうして、アラサー女子二人の四国への旅が始まった。
一路東京へ南下する車中、めぐみが運転する泰子を見遣って口を開いた。
「今日は、東京に泊まりですよね?明日、三高ワンダーランド寄りませんか?」
「いいわね。どうせ高菜さんから、例のパス借りたんでしょう?」
「はい。東京での宿泊も、高菜さんに口利きしてもらいました」
二人の女子はふふっと笑うと、東京へ向かって走り出すのだった。
ナレーション「後半(中学生提督日記第16話)へ続く」