―J・P・サルトル―
「高菜二佐、湊子様。卯月は、こちらの鎮守府に来てくれる、と言うことなのです」
将棋の駒音が聞こえる部屋。戻って来た二人はそれぞれ、さっきまで座っていたソファに座り直す。
「そうですか、それは良かったです。卯月、宮戸島でも元気にやってくださいね」
「ぴょん、湊子様とお別れは寂しいぴょん」
少し寂しそうな声をするも、湊子は手に持っていた竜王を盤面にパシンと置くと、悲しそうに笑う。
「やはり、
「とんでもないぴょん!湊子様は良くしてくださったぴょん」
その言葉に、首をブンブンと振る卯月。
「なら、宮戸島鎮守府でも頑張ってくださいね」
「はい!」
力強く返事をする卯月は、さっきとは違っていた。
きっと電が、彼女の心を解き解してくれたんだろう、と高菜二佐は笑う。
「折角ですから、実家に立ち寄ってはいかがですか?」
「いいや。どうせ今は、兄貴に会社を任せて自宅でのんびり、一人悠々自適に書物に埋もれてるだろうから、いつでも会えるさ」
その、一人暮らしと言う言葉に、首を傾げる電。
「お母様はいらっしゃらないのですか?」
「亡くなったよ、だいぶ前に。ガンだった」
その言葉で、申し訳無さそうな顔をする電に、高菜二佐が頭を撫でる。
「人はいつか死ぬんだ。気にしなくていいよ。さて、我々は御暇させていただくよ。湊子様、ではまた何れ」
「ええ」
そう言って、制帽を被り直すと立ち上がった。
「さあ、行くよ。卯月もよろしく頼む。改めて、今日から君の上官となった高菜直哉二等陸佐だ。今日から、指揮命令システムなんて無粋なものとは無縁となったから、電の言うことを聞いて危ないことはしないように。いいね?」
その言葉に、キョトンとした顔になる卯月。
湊子は、その卯月の顔を見ながら楽しそうに、口元に手を当てて笑い始める。
「ふふ、言ったでしょう。彼は変わり者だ、と。艦娘の指揮統率を効率化させる為のシステムを、『あんな無粋な物は要らない』と、勝手に削除する人間ですよ。
「了解だぴょん!びしっ」
立ち上がり、敬礼をした卯月に続き電も立ち上がって、三人は退室して行く。
――――――
廊下を歩いていると、一等陸佐の階級章を付けた、メガネの男が歩いて来る。
「足立一佐!」
卯月が声を掛けると、足立一佐と呼ばれた男、大本営警務隊長の足立昭彦一佐が眉根を潜める。
「駆逐艦卯月一士。上官に声を掛ける時はまず敬礼だ、先日も言っただろう?」
「ごめんなさいぴょん、ビシッ」
「よろしい」
すっと背筋を伸ばして敬礼する卯月に、二人も敬礼する。
「足立一佐、お久しぶりです。遅くなりましたが、一佐昇進おめでとうございます」
「高菜君か、ありがとう。数年前の公金横領事件以来だな?」
「どういうことなのですか?」
事態が飲み込めていない電に、高菜二佐が笑いながら口を開く。
「いやあ。提督適性試験を受ける直前に配属になった、自衛隊施設での横領事件の解決にちょっと関わってね」
「全く。君は変わらんな。特別捜査官なぞと言う与太話でハッタリを決めて、連隊長を武力制圧する等と、私が証拠を抑えていなければ上官反逆だぞ?」
「その話はいいじゃないですか?記録なしの譴責処分になったんですから」
そんな高菜二佐の態度に、苦々しい顔をして窘める足立一佐に、苦笑いを浮かべる高菜二佐。
「足立一佐、その高菜二佐のところにお世話になるぴょん」
と卯月が報告すると、少し表情が和らぐ足立一佐。少し笑っているようにも見えた。
「そうか。万事型破りな男で苦労すると思うが、彼の鎮守府なら君を任せてもいいだろう。高菜二佐、私は見ての通り何事も型どおりの男だ。だが君は、柔軟な発想で自由に組織で動ける人間だ。君のような人材こそ、艦娘の提督には相応しいのかもしれん。私はやり過ぎる提督を掣肘し排除する存在だ、判るな?」
「足立一佐、人は自由という刑に処されている、という言葉もあります。提督の自由裁量の意味は分かっているつもりです」
「サルトルか。それを弁えているならよろしい、駆逐艦卯月一士、達者でな」
フッと卯月に笑みを見せると、再び真面目な顔に戻り、背中で手を組み背筋を伸ばして歩いて行く。
それを敬礼で見送ると、高菜二佐はあの人も笑うのか、と笑みが零れる。
――――――
「さあ、宮戸島に帰るとしよう」
統合幕僚監部の庁舎から、三人で出た時だった。
「艦娘はんたーい!人道を守れー!」
「戦争はんたーい!軍国主義を許すなー!」
庁舎前では、多数の人間がプラカードを掲げて、デモを行っていた。
「やれやれ、またか?さっさと行ってしまおう」
「なのです」
「あれは何をしているぴょん?」
デモ隊を無視して、ポケットに手を突っ込んで歩き始める高菜二佐に、あとから従いて行く二人。
そして、少し歩いたところで卯月がデモ隊をちらりと振り返って、高菜二佐に訊いた。
「あれはだね。艦娘が人道に反している、或いは軍国主義の復活だから、艦娘制度を撤廃せよ、と主張している、有志の市民の方達だよ」
「どゆことぴょん?艦娘がいなくなったら、どうするぴょん?」
納得行かない顔をしている卯月に、高菜二佐は心底不愉快そうに口を開く。
「さあ?連中は、そんなことなんて考えていないだろう。連中が戦地で深海棲艦と殴り合って倒してくれるんだったら、喜んでやってもらおう。我々自衛官だって、好きで艦娘に頼っている訳じゃない。できれば、こんな可憐な娘達には争いなんて危ないことはやって欲しくないところだ。だが、深海棲艦は艦娘でなくては倒せない。無論、自衛官でも倒すことが出来ないかは研究中だが、まあ現状で、モアベターな方法が今の方法だと、広報は何度もあらゆる手を尽くして広めているのになぁ」
「なら、何でああ言うデモをしているぴょん?」
「何でだろうね?彼等に訊いてみたいものだよ、より完成された対案の一つでもあるのかと。私は、あの手の連中が心底嫌いでね。安全な場所で艦娘が戦うのを崇高な戦いだ、と持て囃す連中も、ああやって、やはり安全なところで対案のない批判だけをする連中も。それが平日の昼間にやることか?やることはもっと沢山あるだろうに。艦娘達がシーレーンをなんとか守ってる現状、経済活動を活発化させるのは民間にしか出来ないというのに、全く碌でもない」
「そう言ってやったらどうなのですか?」
ブツクサ文句を言い始める二佐に、意地悪そうに声を掛ける電。
「その時は、退職金を片手に論破してやるさ。今のところ、私は自衛官だ。思うのは勝手だが、我々の責務は、ああいうのも含めた国民の生命と財産を守ることが本分さ」
肩を竦めると立ち止まり、二人を振り返る。二人も立ち止まる。
「それが自衛官という宮仕えの仕事さ。私はなりたくて自衛官になったんだから、自衛隊の本分は守らねばね。我々が日陰者でいる時が、皆は幸せなのさ。ただ本音としては、文句の一つも言いたい訳さ」
そう言って、制帽を取って頭を掻くと、再び駐車場に向かって歩き出す。
やりたくて自衛官をやっている、と言っておきながら怠惰な一面も見せる矛盾の男。
そんな変わった…変わり者過ぎる上官に、二人の艦娘は顔を見合わせて笑ってから、従いて行くのだ。
《こぼれ話》
デモ隊に対する四者四様
湊(小さな版) :(非難されても)皆を守ってることをそれでも誇りに思いなさい
未来(日和版) :内心バカにしているが、理解もしている。
海来(新日和版):確かに言うことも一理ある
直哉(今作) :だったら対案の一つでも言ったらどうだ、碌でもない。
Tips《提督の自由裁量》
艦娘に対しての裁量権はすべて所属提督に一任する。
ただし自衛隊の信頼を損ねる行為を戒めている