球磨が、他鎮守府に移籍する。
そんな噂が、真しやかに宮城県内の鎮守府に流れたのは、直哉が実家から戻って来た翌日の、
幕僚会議の席上だった。
「………ところで、何で夏海くんが居るのかね?」
羽佐間眞一郎陸准将補は、まず幕僚会議の席に奈々海ではなく、夏海が居ることをツッコんだ。
大村夏海の首からは、大貫 悟前幕僚総監印の、自衛隊施設入構許可証が下げられており、
艦娘の加賀を伴っての幕僚会議参加で、宮城駐屯地の隊員も、最早顔パスで通しているのだ。
「母は今ドバイですから。それに今、私も夏休みで……」
しれっと答える、眞一郎とは反りの悪い夏海。
そんな眞一郎は、妙高を秘書艦で伴っている。
「まあまあ。奈々海君も、ダンナとの逢瀬を楽しみたいだろうし、夏海ちゃんも夏休みだからのう」
そう取り成すのが、南三陸鎮守府の武藤二佐である。
秘書艦には、長門を伴っている。
「………」
どんよりしているのは、女川鎮守府の桐山二佐である。
未だに、神通は帰って来ない。
秘書艦代理は、金剛が務めている。
「ところで、球磨が異動になるって噂、本当なのかい?」
直哉が口を開く。直哉のところは輪番秘書艦制で、今日は薄雲が同行している。
「まあ確かに、艦娘が警務隊に居ることが異常だからなあ」
眞一郎が、従卒として将官権限で特任した紗花――階級はニ士――が淹れたコーヒーを啜りながら言う。
「抑々、宮城県内に異動と言うことは、あまり考えられないでしょう?」
夏海がこのコーヒーを飲んで、「美味しいです」と笑みを投げ掛けると、紗花もニコニコ笑顔を返す。
「うちに来てもらっても構わんが……居づらくなるだけじゃ、と思うがのう」
そう言うのは、武藤二佐である。
「レストランの従業員として雇う、と言うのはどうだろうか?」
南三陸鎮守府は、とうとうレストランを開いてしまった。ディナーのみの営業ではあるが、
艦娘と地域住民の触れ合いの一環で、当時の宮本一佐が許可したのだ。
「艦娘を、レストラン従業員に雇うってのはどうなんじゃろう?寧ろ、女川で欠員が出てるんではないかね?」
「………」
そう話を振ると、更にずーんと落ち込む桐山二佐。
「あれから、神通は帰って来てくれてないのデース。軽巡棲姫も、デスペランに帰ってしまったデスし」
「うおおおお!!羽佐間准将補と行った風俗が、そんなに気に入らなかったのかあ!?」
おいおい泣き出してしまうが、場の空気はぴしっと凍り付いた。
「眞一郎……風俗に行ったってのは、本当なんですか?」
紗花が、ハイライトの消えた目で見つめる。
「桐山二佐の付き合いでな」
責任を、人に擦り付ける酷い将官である。
「うふふふ……ちょっとその風俗店を教えてください。その風俗嬢をバラバラに切り刻んで、トイレに流して来ます」
「紗花さん」
夏海が立ち上がって、紗花に正対する。
「いけませんよ、所詮風俗嬢なんて身体だけの関係。心までは奪えませんよ。男という生き物は所詮、性欲に忠実なんですから、あまり目くじらを立ててはいけません」
「はぁい」
「でも、先日は危うく私と関係を持つところだっただろう?」
意地悪めかして眞一郎が余計なことを言うと、他の提督は冷や汗を掻き始める。
泣いていた桐山二佐も、顔が青褪めている。
「それは、賭けに負けたらの話ですし。抑々『男性嫌悪症』の『同性愛者』を、無理やり抱くのは酷過ぎませんか?」
「そうです、眞一郎。夏海ちゃんに手を出したら、いくら眞一郎でも『メッ』です」
「何だ、紗花。夏海には懐くのか?お前さん、女にモテたりしてないだろうなあ?」
誂う眞一郎に、少し考えると、
「一人だけいますよ、何度振っても根気強くアタックする子が。運動神経バツグンでかわいい、所謂『僕っ娘』が」
「そうなのか?ともかく、球磨の異動話だったなあ?」
答える夏海に、あまり興味が沸かなかったようで、話を戻す眞一郎。
「抑々、何で警務隊に入ることになったんでしょう………?」
加賀が、素直に疑問を口にする。
『………』
然も当たり前のように、球磨が警務隊にいたから、皆答えられないのだ。
そんな所に、この度東北警務隊長に昇格した、幸田美紅二佐が通り掛かった。
「幸田二佐」
「何でしょう?提督方がお揃い……で」
美紅が入って来ると、目に止まったのは夏海の姿である。
「なっちゃん、お母さんはどうしたの?」
「母は今、有給休暇を消化する為にドバイに行ってます。私が提督代理を仰せ付かりました」
「納得。ところでどうされました?」
立ったままで提督達を見回すと、
「何か、球磨が他の鎮守府に移籍するんじゃないか、って噂が流れててな?」
代表で、眞一郎が問い質す。
「はて。特にそんな予定は、小官の耳に及ぶ所ではありませんが?」
「異動予定はないのだな?」
「そのように申し上げた筈ですが?」
「抑々、どうして球磨は、警務隊にやって来ることになったんだね?」
「それですか………」
美紅は、大きな溜め息を吐いて語り出した。
「元々は、札幌鎮守府で深海棲艦やDSビーストとの戦闘を行っていたようですが、大貫前総監に呼び出しを受けてから戦闘に従事しなくなり、陸の害獣を倒したり、鮭を捕まえたりしていたようです」
「大貫さんか……」
直哉が、溜め息を吐いた。
「それで、警務隊が各地区に分かれるようになったところで、札幌鎮守府より大貫総監のご指示で異動になって……然も当然のように監査をしているから、なんの疑問を持っていませんでしたが」
「それで、球磨からは転属願い等は出ているのか?」
「いいえ」
眞一郎の質問には、首を振りながら答える。
「では、何でそのような噂が流れたか?と言うことになりますね。球磨自身が海に戻りたがっているのではないですか?」
夏海が、メガネを掛け直しながら問い掛けると美紅は、
「今の暮らしが気に入ってるらしいので、それはないと思うのですが……」
そう答えると、提督全員は大きな溜め息を吐いた。
「ただ、除隊という可能性はなくはない、と思います。所謂『大貫の告白』で脱柵した摩耶や多摩、除隊した青葉のように、自衛隊を辞めて違う途を進む、と言う可能性もなくはない、と思います」
「或いは、PMSCsのコントラクターのように、艦娘という特性を一匹狼でやるか……か?」
美紅の見解に対して、直哉の呟きは、他の提督も興味を唆るのに十分な話だった。
「まあ、幸田二佐も座ってください」
夏海が席を勧めると、幕僚会議は今後の大本営の、未来予想図展望になる。
「現状、害獣化した下位深海棲艦とDSビーストとの戦闘だけだから、それこそ民間に鎮守府機能を移してもいい、とは思うんだよ。それに抵抗するのは、政府のお歴々さ。元々反艦娘派が、何故艦娘の社会進出に抵抗したか?それは、艦娘にこの国が乗っ取られない為さ。それともう一つ、私は疑問に思っていることがあってね」
直哉はそう言うと、周囲の艦娘達と提督達を見回す。
「なぜ、艦娘は誰も妊娠していないんだ?」
『あっ……』
百合の夏海のところの加賀以外の艦娘達は、はっとした。
「それで、うちの弟子が三人の娘に一発命中だろう?うち一人は深海棲艦だ。それで考えられるのは、大貫 悟もまだ何か隠したまま死んで行った、と思うほかない。或いは、大貫 悟は影武者で、真の大貫がどこかで生きているのではないか?まあ、私の言いたいのは、なぜ艦娘に生殖機能がない、或いは妊娠の可能性が殆ど無いのか?明石を捕まえて、吐かせる他ないか。艦娘建造システムを作ったのは明石だからな」
その言葉に、全員が頷く。
「話を戻そうか。何故、鎮守府機能を民間に委託できないか?それはやはり、艦娘が強大な軍事力を持っているから、日本としても手放せない、と言う背景もあるだろうね。艦娘利権と言うものもあるかもしれないなあ。いずれにせよ、前政権と今の艦娘融和政権の考えが一致しているところは、『艦娘という軍事力は、政府がコントロールする』ことにあるんだよ。その為の警務隊で、相互監視に艦娘を配置したところで、別におかしくはない」
「………その発想は、ありませんでした」
直哉の仮説に、美紅は目からウロコが落ちる思いだった。
「いずれにせよ、私の父が『大貫 悟伝』なるものを著すと息巻いているし、彼の軌跡とやりたかったことの仮説が揃うのは、もっと先の話になるだろうね。さて……」
そう言っている間に、通り掛かったのは球磨だった。
「おーい、球磨」
直哉が呼び掛けると、球磨も敬礼して会議室に入室する。
「球磨、自衛隊辞めるって?」
「はぁ?誰がそんなこと言ったクマか?球磨は、ずっと東北警務隊クマ」
「何かね、そういう噂が宮城県内の鎮守府で、持ちきりになっててね」
「女川に来てくれないか、ってオファーはあったけど、断ったクマ」
その言葉で、視線は桐山二佐に集中した。
「桐山先輩……あんたって人は………」
直哉が、ジト目で見遣る。
「もしかして、神通さんが抜けた穴埋めですか?」
無表情で薄雲も見つめる。
「本当に、神通と離婚するつもりなんじゃないだろうねえ?」
「場合によっては、ちょっと庁舎裏でお話させてもらうぞ?」
武藤二佐と長門も、珍しく怒っている。
「………サイッテーです」
夏海は、吐き捨てるように叩き付けて、ゴミを見るような目で見ている。
「……夏海さん、どうか落ち着いてください」
加賀は、夏海が本気の本気で怒っていることを心配している。
「桐山二佐、原因の私が言うことではないが、それは不味いんじゃないかね?」
「ちょっと、神通さんが可哀想過ぎます」
「桐山二佐、ちょっと殺していいですか?」
眞一郎も諌めるように言い、妙高も抗議を言い、紗花は殺意全開でニコニコしている。
「い……いや……そういうつもりではなく……艦隊の……」
しどろもどろになる桐山に、黙っていた金剛が口を開く。
「デスペランに行っても、迎撃されて近づけないのデース。どうも神通は、デスペランで皆に慕われているママになっているようで、摩耶曰く戻る気一切ないそうなのデース」
『……………』
全員が、大きな溜め息を吐いた。
「わっ、私としては謝ってもいいのだが………」
その言葉に、夏海がキレた。
「桐山提督が2000%悪いのに『謝ってもいい』?本当にサイッテーですね、ゴミ以下です。いえ、ダニ以下です」
「夏海さん。流石に、それは言い過ぎです」
若い女の子にまでゴミ呼ばわりされた桐山二佐は、テーブルに突っ伏しておいおい泣き出してしまう。
さすがの大暴言に、加賀は夏海を諌める。
「球磨は、桐山提督に、神通の席は空けておくべきだ、と言って断ったクマ」
「なるほど」
球磨の言葉に、直哉が納得した。
――――――――
「………と言う訳なんですが」
単身、ビーストハントのお礼も兼ねてデスペランを訪問した薄雲は、ことのあらましを神通に話した。
「ママ、帰っちゃう、だめ!」
日本語が、ちょっと上手くなった幼児体イ級の一人が、薄雲を睨み付ける。
「こら、お客様に失礼ですよ?」
「ごめんなさぁい」
神通に叱られ、しょぼんとする幼児体イ級がそこに正座すると、
「戻るつもりは一切ありませんが、もう崇に対して怒ってはいませんよ」
「では何故………?」
「そうですね、崇が迎えに来たらきちんとお話します。……が、それは彼の意思で迎えに来た時に。男にもプライドがあるように、家出した女にもプライドがあるんですよ」
「お互い、不器用ですね」
薄雲の言葉に、神通はフフと笑った。
「私はそれほど分からず屋ではないんですが、どうしても退けない部分もあると言うことです」
「分かります」
「わるいこと ごめんなさい する」
幼児体イ級が口を挟むと、二人は顔を見合わせてふふっと笑う。
「ちょっとお出掛けしてきましょうか?イ級、一緒に行きましょう。ちゃんと、服着てね」
「あい」
「漸く和解ですか?」
「ふふ、提督、ちょっと出掛けて来ます。今日は、お泊りになるかもしれません」
そう声を掛けると、深海提督の「はーい」という声が聞こえて来る。
薄雲はそれに満足すると、宮戸島へと帰って行った。
――――――――
「結局、週一回帰ることと、旗艦代理に妹のようにかわいがっている軽巡棲姫を派遣することで、話が纏まったそうですよ?」
直哉がいつものおさぼりタイムで、南三陸の武藤とダベリ中である。
『おお、それは良かった。これで一安心じゃな』
「そうですね。桐山先輩も変なところでプライド高いんだから……世話を焼かせます」
『まあそう言ったらいかんよ。彼の性分というものもあろうて」
「そうですね」
『それじゃまあ、そろそろレストランの準備もあるし、切るぞ?』
「はい、お疲れ様です」
電話を切ると、ふうっと溜め息を吐く。
今日の輪番秘書艦は薄雲で、紅茶を飲みながらヤクザ映画を見ている。
「薄雲もご苦労だったね」
「私は何もしてません。イ級ちゃんのおかげです」
「なるほどね。デスペランの、深海棲艦人間型養成事業か……害獣化する深海棲艦を減らす…そしてなくなる。そうなったら、何れ艦娘も真の意味で社会の一員となるだろうねえ。大貫 悟の描いた未来とは異なるかもしれないけど」
「いいえ。或いは本当に、第二の大貫 悟が居るのかもしれません」
「親父の『大貫 悟伝』に期待だな。まあ、親父は暇ならいくらでもある人だ。精々余生を楽しんでくれればいいさ」
「ところで、最近変な夢を見るのです。南緯47度9分 西経126度43分の海底、ポイント・ネモに何かあると……」
「………まあ夢の話だろう、忘れたほうがいいよ」
「………そうですね」
「「ただいまなのです!」ぴょん!」
哨戒に出ていた二人が帰って来る1500。
「さて、そろそろ番長達がやって来る時間かな?じゃあ業務終了!」
業務切り上げを宣言すると、執務室の扉が開かれて、賑やかな番長と愉快な仲間達が入って来る。
今日も楽しい一日だ、と直哉はふっと笑いながら出迎える。
「こんにちは、皆」
――――――――
薄雲にルルイエの呼び声が聞こえる……
「球磨の異動騒ぎ」toshi-tomiyamaさん提供
今回は
「球磨、異動するの?」
「しないクマ」
これで終わる話をどう広げるかが意外と苦労して面白かったです。
脱線していく提督たちの話に、真相がわかったときのなっちゃんの男嫌いっぷりが発揮して
最近桐山さんがかわいそうなおじさんになりつつある今日このごろ。
とはいえ、今後の伏線をいくつか落としてみました。