内閣総理大臣が宮戸島にやって来る。
その情報は、宮戸島全土を駆け巡っていた。
目的は、宮戸島鎮守府の視察。
今国会での重要課題に、改憲議案が持ち上がっていた。
曰く「自衛隊を国防軍に改組する」案である。
こちらは、スピード施行された艦娘・深海棲艦基本法とは異なり、じっくりゆっくり審議して行くつもりである。
最大与党の『日本国民艦娘会議』と、連立を組んだ公民党で改憲委員会を発足させ、
お付きの法学者を複数招いて、議論している最中の訪問である。
……とは言っても、『自衛隊員と首相の間柄』ではあるものの、
今回は私的な目的だろう、と言うのが大方の予想である。
そんな湊子がやって来る。宮本議員を伴って。
今日は、長閑な鎮守府にも緊張感がある。宮戸島は、東松島市に属している。
市長や市議会議員がやって来ているのだ。
直哉も輪番秘書艦の電も、仕事をしない訳には行かず、慌しく今日の為に貯めておいた仕事をこなしている。
薄雲と卯月は、保護して預かっている子日と哨戒に出掛けている。
「総理のご到着はもうそろそろかね?」
市長である黒井が、執務室をウロウロしている。
「もうそろそろ到着されますね。と言うか市長、落ち着いたらどうですか?」
「そうは言っても、君にとってはご学友で義理の姉かもしれないが、私にとっては元皇族で総理大臣なんだぞ?雲の上の存在だよ」
「そう言うもんなんですかねえ……?」
黒井が、汗をハンカチで拭いながら右往左往しているのを、苦笑いを浮かべながら眺めている直哉。
車がやって来る音が聞こえると、直哉は立ち上がる。
今日はいつもの作業服ではなく、常装第三種夏服である。
電が立ち上がり外に出て行くと、皆もそれに倣い外に出て行く。
外に、首相公用車と議員公用車と車列警護車が停まると、車列警護車から見知った男性が出て来て、扉を開ける。
村上浩助であり、スーツを身に纏っている。上着の襟には、SPバッジが付けられている。
中から、有紀と内閣総理大臣高菜湊子と艦娘・深海棲艦基本法担当大臣三友優衣が降りて来て、議員公用車からは宮本議員が降りて来る。
島民が、総理の顔を一目見ようと集まっている中、地元警察が入って来れないように警備をしている。
直哉と電が敬礼し、黒井市長や市議が深々と頭を下げる。
今回参加した市議は、日本国民艦娘会議の会派議員で固めている。
「宮戸島へようこそ、総理。私が東松島市長の黒井誠司と申します」
「わざわざのお出迎え、有難うございます。奇跡の地宮戸島に、総理大臣として訪れることが出来て光栄です」
両者はがっちり握手をする。
「さあ、どうぞお入りください」
直哉が促すと、一同は中に入る。警護官は、浩助と有紀だけが中に入る。
執務室の勉強テーブルに椅子を買い足して、真ん中に湊子、右に優衣、そして左に宮本議員が座る。
その対面に、それぞれ黒井市長、直哉、議員先生が座る。
浩助と有紀は入り口に立っている。
暫し歓談が行われる。
黒井からは、鎮守府と行政についての説明が行われ、宮戸島から民間交流のモデルケースとなって欲しい旨を伝えられると、
「分かりました、
「有難うございます」
「やはり艦娘を社会に浸透させるには、民間人の受け皿が必要ですね。提督とだけでなく、例えば結婚を希望している艦娘と、民間人の結婚とか」
直哉も度々、その歓談に参加する。
そういった話を、湊子は頷きながら聞いて、隣にいる優衣がメモを取る。
宮本議員は、終始にこやかに聞いている。
電はお茶汲み係である。
会談は一時間に亘り、宮本議員と市長と市議の先生方は、別件で先に退場する。
漸くお偉方が居なくなった。
「しかし、お前等何やってんだ?まあテキトーに、ソファにでも座ってくれ」
直哉が、村上兄妹に声を掛ける。
「
湊子がうふふっと笑みを浮かべると、有紀がソファに腰掛けながら、
「そういうことですの。最上に三隈、それに曙は除隊して、それぞれ民間人の方と結婚して幸せな生活を送っていますわ。浜松市の街コンで知り合った方だそうです」
と答えると、浩助も続く。
「そうだね。ある日突然、湊子さま……総理が直接、浜松にオファーに来たんだ。警護官をやってくれ、って」
「しかし、すごい転職だな。お転婆湊子姫は健在か」
直哉は笑いながら、電も座るように促すと、隣に座らせる。
「で、どうだい?国会運営は」
「そうですね、野党の方々にも勉強させて頂いてますわ」
「日本国民艦娘会議が、だんだん地方にも根付いて来たし、崩れかけの元与党から離党して、うちに入って来る人も多数いるよ?」
湊子も優衣も甘い人間ではない。日本国民艦娘会議に入党するに際しては、最低限の基準を設けている。
艦娘や深海棲艦との融和策に賛同する人間。たったそれだけである。
その為、日本国民艦娘会議でも他の政策については多種多様な意見があり、国会では活発な議論が推奨されている。
また、党議拘束が緩いのも特徴の一つである。
その為、国会では政局よりも議論が優先される風潮になっている。
特に、まだ過半数を取っていない参議院でその傾向が顕著で、今までにない活発で健全な政治が展開されている。
参議院で否決された法案については、その気になれば衆議院で再可決できるが、湊子はそれを良しとはせず、廃案にして新たに野党の意見も踏まえた上での再提出を行う方針だ。
とは言え、まだ政権発足二ヶ月目である。
「やっぱり、もう少し防衛省に予算が欲しいねえ。鎮守府運営もギリギリだからね?」
「なのです」
「とは言え、四国の復興も優先しませんと。デスペランとの戦いで疲弊し切っていますし」
「そうだね。海賊化した艦娘の対策も考えないといけないしね?」
そう。『大貫の告白』による摩耶のような脱柵者は、他にも居るのだ。
一部の艦娘は海賊化して、ソマリア沖で商船を狙って暮らしている。
「まあ、二人共元気そうでよかったよ。姉さんは
「まあ、現職議員のファースト・レディってのもそれはどうよ?って話だけど、ダンナ達も忙しいからねえ?」
高菜直樹は、とうとう経団連の役員に名を連ねるようになった。
若い風が経団連にも入って来た、と国民は歓迎しているが、彼は孤軍奮闘していて、
古い体制を変えるには、もう少し時間が掛かりそうである。
それを支えるのが、三友龍太郎である。
若い経営者同志支え合って、日本最大の複合企業グループ・三高ホールディングスを経営している。
政治にまで口を出している暇がない、と言うのが実情なのだ。
「ところで、湊子や姉さんは、大貫 悟についてどこまで知ってるんだい?」
直哉は、少し考えてから切り出してみた。
「謎の多い人でしたわね。目の前じゃなく、もっと遠くを見ている人……内親王時代から、いろいろなことを教えてくださいました。艦娘の未来やジレーネ……それと平行世界論。とにかく、遠くを見据えていた方でしたわ。亡くなってしまったのは残念ですけれど」
湊子は残念そうに答える。
「すると、ジレーネの存在は最初から知ってたのかい?」
「はい。ジレーネの存在を明かすタイミングは、ジレーネが現れてから。と言う約束でしたので、誰にも話せませんでしたが」
「結局、宮戸島の奇跡も茶番だったんだろう?」
「……ええ」
「全く、余計なことをしてくれたもんだ」
肩を竦める直哉に、
「そうでないと、電とは出会えなかったのです。茶番でも良かったのです」
と力説すると、皆がどっと笑う。
「そう言えば、親父が大貫 悟伝を書くと息巻いていたが、何か聞いてるかい?」
「ええ、何度か防衛省に取材に訪れて、足立総監と会談なさってたそうですよ」
「大貫 悟は『本当に』死んだのか?」
『えっ?』
直哉の疑問に、全員が言葉を失う。
「大貫のオッサンのことを、全て知ってる訳じゃないが、『全てを無責任に放り出す人』でもないと思うんだよ。真の大貫 悟は、どこかで今の日本を見守っているのではないか?私はそう考える時があってね」
直哉の言葉に、湊子が思い出したように口を開く。
「そう言えば、あの《大貫の告白》前日に電話がありまして『もし私に何かあったら、立ち上がってくれ。私は、遠くより見守っている』と。その言葉通りに、立ち上がった結果がこれですわ。日本国民艦娘会議も、草案は大貫さんが生前送り付けて来た『大貫ノート』を見ながらやっていますもの」
「大貫さんは『民主主義の真髄』を、国民に知らしめる為に死んだのかもしれないね?」
「『民主主義の真髄』か……確かに、市民派議員の多い今はそうかも知れないけど、湊子も優衣も心に留めておいて欲しい。組織と言うものは、生み出された時点で腐敗が始まる、と」
優衣の言葉に、直哉は頷きつつも警告を与える。
「自衛隊も腐敗していた、残念ながらね。利権や欲と言ったものは、人間には甘美な毒だからね?」
「なのです。そんな小難しい話より、お二人の近況が聞きたいのです」
電の言葉に、早速優衣が口を開く。
「妊娠八ヶ月目で、お腹ぽんぽこリーナよ。ギリギリまで国会議員頑張るけどね」
自分のお腹を擦ると、あははっと笑う。
「高齢出産なんだから、あまり無理するんじゃないよ?」
姉さんは無理するんだから、と直哉が付け加える。
「そうですわよ。いつでも、産休して下さって良いんですからね?」
「それで、どっちか分かったのですか?」
「んー、女の子。龍ちゃんに似て、賢く育つと良いね?」
「それじゃあ、直哉には可愛い姪が生まれるのです」
「そうだねえ。もし何なら、宮戸島でお産すれば良いんじゃないかな?今、頑張ってる産科医が居るよ」
「それもいいわねぇ。東京は何かと騒がしいし、龍ちゃんも忙しいし」
「そうですわね。
楽しい談笑は、数時間に亘って繰り広げられた。
「総理、そろそろお時間です」
有紀が立ち上がり、時間を促すと、
「あら、もうそんなお時間ですのね。それでは、
「またお産の時に来るから、その先生にも宜しくね?」
「そうだね。私も、ここは第二の故郷だと思ってるから、いつでもおいでよ」
名残惜しそうに出て行く湊子達を見送りながら、直哉は呟いた。
「人や世の中は変わったってのに、私は変わらない……か」
「それも良いのです」
寄り添いながら、直哉と電は二人笑うのだった。
「さ、そろそろ卯月達が哨戒から帰ってくる頃だ。出迎えるか?」
「なのです」
今日も、宮戸島は平和である。
本日のお題(toshi-tomiyamaさん提供)
・湊子殿下の宮戸島訪問記
→結婚で皇族から民間人になった湊子(元)殿下の宮戸島来訪の顛末……
こぼれ話《宮戸島の誇り》
東松島市防災課によると、市内で東日本大震災の犠牲となった人は1千人を超えるが、宮戸島で避難した人は全員無事だったという。
「犠牲者が出なかったことは、宮戸の誇り」チリ地震が教訓となったそうです。
なんとなく宮戸島のことを調べて初めて知りました。