今日も高菜直哉は、いつもどおり執務机で
最早、ブランデー入り紅茶ではなく
輪番秘書艦である電は、いつもの時代小説を読みながら、おいおい泣いている。
「千鶴さんが……千鶴さんが可哀想なのです」
そんな言葉に、直哉は肩を竦めながらこう語る。
「歴史は、大小の悲劇によって作られてきた。昔も、今もね」
「ぐすん……そうなのですか?」
「四国の戦争だって、もう100年もすれば、歴史の悲劇として語られるだろうね」
「……そうかも知れないのです」
そんな中、駐在さんがやって来た。
曰く「浮浪者と艦娘が図書館に来て書物を読み漁り始めている」と。
「あ、まさか……?」
「なのです」
一応、鎮守府
満足したところで、鎮守府に顔を出すように伝えてもらうよう頼んだ。
高菜源一郎と青葉は、早速地元の本屋で、宮戸島に関する本を一通り買い揃えた。
『浮浪者が本を探している』、そう言う噂が島中に伝わり、
小学校は集団登下校になるくらいだった。
そして一軒一軒民家を訪れて、宮戸島大避難について訊き始めた。
ある意味恐怖である。
風体が浮浪者な、自称ヴィダルサスーン愛用者が古民家を訪れて、宮戸島事件のことを訊き始めたのだ。
そんな話は直哉の耳にも入って来たが、訴え出て来た島民には、「うちの親父です」と説明し、安心させて帰らせた。
更に図書館に常駐して、資料集めである。
それに飽き足らなかったのか、手に入らなかった書物を求めて、再び一軒一軒民家を回り始めたのだ。
島民は、高菜直哉の父源一郎の風貌に恐れを抱いていたが、
美代おばあさんの家にやって来た時に、彼は蔵書の多さに歓喜した。
「おお、こんなに絶版の書物が………」
「これはねえ、死んだ旦那がコツコツと集めたものなんですよ。あの人は、ここの風土を気に入ってらしたので……」
「そうだったのですか。では、形見も同然ですなあ」
残念そうにしている源一郎に、美代おばあさんはフフッと笑った。
「お世話になっている高菜提督のお父様ですから、好きなだけお譲りしますよ?」
「おお!でも、それでは
「そうですねえ、宮戸島の昔話でも付き合ってもらいましょうかね……これは、母から聞き伝えられたことなんですが……」
宮戸島と太平洋戦争のお話を、延々と話をしていた。
源一郎も知識の蒐集者ぶりを発揮して、話は大いに弾んだ。
その頃青葉は、もう一人の大長老大五郎さんの家で、将棋を指していた。
将棋を指しながら、宮戸島全島避難についての生の声を聞いた。
そして、大五郎さんの口から衝撃的な事が語られた。
「あれは、侵略では無かったように思える」
「えっ?」
青葉は、勢いよく打とうとして持っていた飛車を、取り落とし掛けた。
「ほれ、直ぐに取り返しただろう?どうも深海棲艦の目的が、島以外にあるんじゃないか、と思えてのう」
「確かに、おっしゃるとおりかもしれません」
「そうなると、壮大な茶番だった、と言うことになるのぉ……フォフォフォ」
「あはは……」
島民でも、気づいている者は気づいているのだ。
慎重に聞きながら、青葉は宮戸島事件のことを取材して行った。
「どれ、折角将棋を指してくれたお礼じゃ、土蔵の古書を持って行くがいい」
「えっ、古書ですか?」
土蔵に案内された青葉は、その古書の年代に驚愕していた。
「明治出版の古書……解体新書まである……これはのらくろ上等兵の初版……!?よろしいのですか?最早、歴史的価値のある本ですが………」
「ホッホ、この土蔵も取り壊そうと思っておったからな。若いのに本の虫で、将棋も上手い、と言うところが気に入った。好きなだけ持って行くが良い」
「き、恐縮です」
「うちは、伊達家に連なる家の分家でのう。どれ、本家にも何か譲れる資料があるか、聞いてやろう」
「そ、そこまでは恐縮で……」
大五郎さんの太っ腹ぶりに、こちらは恐縮しっぱなしの青葉であった。
――――――――
島民を、
「お久しぶりなのです」
「ようこそだぴょん」
「こんにちは」
「初めまして。新しい嫁の、子日だよ!」
最後の子日の自己紹介に、源一郎は一瞬目を丸くするが、
「不肖の息子を頼むよ」
そう言って、子日の頭を優しく撫でる。
「えへへっ」
少しはにかみながら笑うと、直哉は大テーブルを勧める。
「直哉も、きちんと仕事をやっているかね?」
「恐縮です、館長。宮戸島の英雄が、そんなサボったりしないですよぉ」
その言葉に、直哉と嫁艦は目を逸らした。
「ところで、大貫 悟伝進んでいるかい?」
「うむ。最近行き詰まっておってな、それで方々を回って本集めを再開しておる。ところで、直哉に訊きたいと思っておったのだが、宮戸島の一件は茶番だな?」
「大正解」
真っ直ぐ直哉を見遣る源一郎に、両手を上げて降参する。
そんな頃に、いつもの番長と愉快な仲間達がやって来る。
「お、オッサン誰だ?」
「圭一!失礼です」
「こんにちはぁ?」
「こんにちはー」
「お前等、お客さんなんだから失礼のないようにな?どうも」
『こんちわー』
「ああ、この浮浪者はうちの親父」
と紹介すると、史絵がじーっと源一郎の顔を見る。
「も、もしかして!?
「いかにも。よく判ったのぅ」
高菜源一郎は、読書狂いとは別に作家の貌も持っている。
今までに出した時代小説や歴史小説は、地味ながらヒットを出しており、
メディアにあまり露出しない作家として、有名なのだ。
勿論、この奇抜なペンネームは、高菜源一郎のアナグラムである。
「この間の古本屋長兵衛シリーズ、読ませていただいてます!」
史絵は目をキラキラさせながら、両手で握手をする。
中学生で時代小説を読む史絵に、源一郎も破顔する。
「こんな若いファンには、せっかくだからプレゼントをしないとのう。最新刊は買ってもらえたかな?」
「はい、持ち歩いています」
文庫を取り出す。夏向先生は、文庫書き下ろしも多い作家なのだ。
その奥付の後ろのページに、名前を聞いてから『草加史絵さん江』と書いてサインを入れる。
「わぁ、一生の宝にします!」
大喜びの史絵に、
「良かったな」
と、頭を撫でる圭一。
「ところで、うちの息子は本を大切にしなくてな?」
「そうなんですか?」
史絵が、ジト目で直哉を見ながら聞いている。
「ちょっと待て!私は電子書籍派なだけで、本を大事にしないとは言ってない!」
直哉も堪らず反論すると、
「本は本で、手に取って紙の手触りの良さとか、ページを捲る楽しさがあるんです!」
「そうじゃそうじゃ、もっと言ってやれ」
史絵まで加勢してしまった為に、直哉も両手を上げて座る。
「わかったわかった。親父達の言うとおり、両方の良さを分るようにするよ」
「うむ。電子書籍のみの出版も増えて来たからな、わしもとうとう電子書籍デビューしたんじゃ」
「ほれ見たことか。結局は時代の流れなんだよ」
今度は、直哉が勝ち誇る。
そんな論争をぶった切るように、ギャルズの望が、
「エロい本ないの?」
と言い出すと、慎がボカッとド突く。
「アホか?ある訳無いだろ?」
「いいえ、ありますよ」
「官能小説も書いとるぞ」
「電子化もしてるし、読んでみるかい?これは確か、船宿のお話だったかな?」
慎に史絵、源一郎、直哉が言うと、
「マジっすか?」
と、慎も少し驚く。
「何を驚くことか。人間の営みには不可欠のものだからな」
源一郎がそう言うと、直哉が電子書籍のタブレットを操作して、望達の前に差し出す。
「何か、難しい言い回し多い……」
そう言いながら読み進めて行くと、三人共ちょっと顔を赤らめる。
「何か、直接的な物がないほうがエッチだ……」
「それな」
「うん……」
読み終えると、史絵が自分のことのように、
「夏向先生は、そういう描写がとてもお上手なんですよ」
と、自慢気に言うと源一郎もニコニコしている。
「他にも、高菜源一郎名義でノンフィクションも書いてるよ。最近書いたのは、「艦娘の新たな形―浜松警備保障ー」だったかな?」
「うむ。ノンフィクションは、本名で出してるからの」
「館長のお手伝いを始めてから、意外と多忙だと分かりましたよぅ」
直哉が他の出版本の紹介をすると、史絵も興味を持ったらしくて、
「今度買いに行きますね?」
と意気込んでいるのを見て、源一郎は、
「青葉。車に、今度のサイン会の分まだあった筈だから、一冊分けてあげなさい」
「了解です!」
そう言って車に戻ると、一冊の本を持って来て史絵に手渡す。
「わぁ、本当に有難うございます!ところで、先生の今後の作品は、何かご予定があるんですか?」
「うむ。今のシリーズの他には、ノンフィクションで『大貫 悟伝』を書こうとしておる。神谷事件のことを、明日にでも聞いて回ろうか、と思っておる。神谷 徹が、何故この地にやって来たのか?息子への復讐だけでは、説明が付かないからのう」
「神谷事件なら、健太と愛ちゃんなら何か知ってるかもしれないなあ。今度LINEして、訊いてみるっすよ」
「おお、すまないねえ。何か分かったことがあったら、直哉に伝えてくれ」
圭一が会話に加わって、愛達に聞くことを約束すると、圭一の頭を撫でながら優しく笑みを浮かべる源一郎。
こうして、番長と愉快な仲間達の趣味に「読書」が加わったのは言うまでもない。
夏向作品の一部は、コミカライズもしていて、ギャルズ達はそっちから入って、
今活字に移行しているところである。
――――――――
「しかし、親父が宮戸島に来るとは思わなかったなあ」
「やっぱり、蔵書集めは足だからなあ」
「ロングドライブでしたよぅ」
嫁達が寝静まった夜、ブランデーを片手に三人で語り合う。
「ところで、『大貫 悟氏』は本当に死んだのかねえ?」
直哉がポツリと漏らすと、青葉と源一郎は直哉の方を見た。
「大貫 悟は、最初から自分の世界を諦めてこの世界にやって来た、と言う考えは出来ないだろうか?だったら、あんな中途半端で終わらせる人間じゃない。きっと、どこかで生きて見守っていると思う」
その言葉に、源一郎は一瞬ヒゲの奥の口元を歪ませた。
「ふむ、その考え方もあったか。いい勉強になった。どうせ、大貫 悟伝は自費出版で締め切りもない。私の寿命が尽きる前に完成させたいものだ」
「そうだね。協力できるところは協力させてもらうよ」
「うむ。最近足立総監とも仲良くなってなぁ……」
親子の語らいは、夜遅くまで続くのだった……
美代おばあさんすっかり忘れてました。約40話ぶりの登場
お題「ビブリオマニアの父、宮戸島に来襲」toshi-tomiyamaさん提供
→蔵書を探しに宮戸島に来た直哉さんの父、源一郎さん……
宮戸島中を、神谷事件とは別の意味で「恐怖に」怯えさせる……
初期のお題でたいへんお待たせしました。