夏が過ぎて秋になった10月半ば……宮戸島でサイン会騒動が起こってる頃。
旧浜松鎮守府庁舎改め、株式会社浜松警備保障本社社屋の社長室では、
代表取締役社長の三隈が、今度デスペランから入社して来る深海棲艦のプロフィールを見ながら、訓練方針を考えていた。
今度送られて来るのは、イロハ級駆逐艦の少女型深海棲艦50人である。
「どうしようね?恵美ちゃん」
元司令官執務室の社長室には仏壇が置いてあり、一人の少女の遺影と位牌が飾られている。
裏の警務隊時代に保護して、そして殺されて喪った少女である。
その遺影に語り掛けると、再び書類に目を落とす。
「おっす!社長、教育方針の件だけどよ」
バタンと、勢い良く扉を開けて入って来たのは天龍である。
天龍は、元々釧路鎮守府所属だったが、除隊して浜松警備保障に入社した。
現在は訓練部門の部長として、艦娘達や深海棲艦達の教導を行っている、いわば浜松警備保障の
皆、天龍の姐御と呼んでいる。
「今それを考えたのよ、姐御」
「社長まで姐御かよ……まあいいけどな」
副社長の最上と専務の曙の二人は、新事業の為に各地を飛び回り、忙しい日々を送っている。
艦娘や深海棲艦の艤装についての、法規的なものが決まった。
やはり、銃刀法によって規制されることになった。つまりは艤装は銃砲類に類することになったのだ。
自衛隊に所属していない艦娘等は、みだりに砲撃や雷撃を行うと銃刀法違反によって処罰される、と言うことだ。
そこで、浜松警備保障は大ピンチになるかと思われたが、同時に警備業法も改正された。
警備業を営む艦娘は、艤装武装の使用を『深海棲艦等害獣』に向けて
模擬弾に関しては、訓練時のみ許可されている。
余談だが、摩耶達はデスペランの所属の為、今回の規制には該当しない。
その改正を待っていたのは大手警備会社各社であり、艦娘による警備を模索していたが、結局は艦娘や深海棲艦の運用ノウハウが充実している浜松警備保障の存在が何歩も先を行っており、自社で艦娘を保有するのではなく、『警備会社のサービス』として、浜松警備保障との業務提携を結ぶに至った。
最初は、水上バイク便等の新事業も展開しようと思っていた三隈等幹部達であるが、今や警備業の方が忙し過ぎるのだ。
抑々の原因は、業務提携先にある。
業務提携先の一つ、警備業最大手である全日本警備保障が『パーソナル海洋警備』と言うサービスを打ち出し、各社もそれに倣ったのだ。
その結果、お金持ちや中小企業の直接依頼とは別に、一般の個人顧客の警備も、業務提携として行い始めたのだ。
報酬単価はあまり高くないとは言え、件数がとにかく多いのだ。要するに警備の下請事業である。
元請け側である警備会社も、艦娘のアドバンテージを理解していて、薄利で浜松警備保障に事業を卸してくれている。
この大変化が、約二ヶ月で発生したのだ。
非上場企業であるが、株主は当初の予定以上の配当金が期待できるだろう。
尚、パーソナル海洋警備の入れ知恵をした
艦娘達や深海棲艦達も、ブラック企業とは言わないまでも、休日出勤も多々ある業務環境で仕事をしている。
元々深海棲艦達は、海に出て戦うのが好きで、気質としては『残業休出上等』であるので、それで何とか賄えている。
取引金額は、三隈どころか飯村の予想を遥かに上回る規模に急速拡大して、200人まで増員した警備員も足りない、と言う緊急事態に陥っていたのだ。
常務取締役経理部長の五十鈴が、顔を青褪めさせるくらいの急激な事業拡大である。
艦娘や深海棲艦による
今や、艦娘よりも深海棲艦の方が所属としては多い。深海棲艦達が浜松に集まり住むようになり、浜松市は日本有数の外国人街ならぬ深海棲艦タウンとして名を馳せるようになった。
浜松市も市の事業として、深海棲艦専用の公営団地を作って深海棲艦をそこに纏めて住まわせる、と言う受け皿もあって、深海棲艦人口は浜松市がダントツで日本一である。
公営団地が、事実上の社員寮となった。
そんな状況に立ち上がったのが、デスペランである。
デスペランで養育している、少女型になったイ級に日本語を教えて送り込む、と言うのだ。
デスペランには訓練の鬼の神通がいるから、深海棲艦の質としてはまあまあだろう、と思いながらも、教育は引き続きして行かなくてはいけない。
そこで、自衛隊からヘッドハンティングしたのが天龍である。
駆逐艦達を引き連れ、遠征や訓練に勤しんでた彼女を『執行役員業務統括兼訓練部長』と言う肩書で引き抜き、現場を任せたのだ。三隈達が現場に出る時期は、早くも終わったのだ。
今までの給料の三倍以上の給料を提示された天龍は、相思相愛の妹龍田を残して浜松の地にやって来た。
今は深海棲艦専用の団地に特例で住み込み、団地の自治会長を務めながら深海棲艦の暮らせる環境を守っている。
そんな訳で、デスペランの駆逐艦ちゃん達を50人も受け入れる三隈達は、訓練計画に頭を悩ませていた。
連日、天龍と夜遅くまで会議会議の連続である。
社員の上位深海棲艦――姫や鬼といった個体もいる――にも意見を聞きながら、訓練計画を練り上げている。
そんな訳で、夏休みシーズンのクルーザー警備の一件から、三人は顔を合わせる機会が殆どなくなっていた。
ケッコンリングを付けて子供の準備は万端だが、子供はもう少し先だね?と、それぞれで話をしている。
そして、ついにデスペランの駆逐艦ちゃんズがやって来たのだ。
浜松の洋上に、ずらりと並ぶ少女型駆逐艦50名。
リーダー役である改イ級――一番最初の少女型改イ級――の初海がビシッと敬礼すると、
それに倣って、皆ビシッと敬礼する。
「本日よりお世話になります、改イ級一番艦初海以下50名、浜松警備保障に到着しました!」
『お世話になります!』
さすがは神通の教育である。
一気に増えたイロハ級を、ここまで教育したのだ。
イロハ級で姿形は似ているので、人型になった順番から何番艦というネーミングをすることにした。
初海だけは、特別に固有の名前をつけてもらった。
この中では、一番お姉さんなのだ。
「おーし!お前等。オレが浜松警備保障の業務統括兼訓練部長の天龍だ。いいか、上司の命令は絶対だ。右に行けと言えば右に行け、左に行けと言えば左に行け、空を飛べと言えば空を飛べ!」
『はいっ!』
「おーし、いい子だ!!」
にぃっと笑って、訓練が始まる。
まずは、硫黄島要塞に依頼して作ってもらった、量産型メカいなづまちゃんとの模擬戦である。
深海棲艦の艤装も、改良を加えれば模擬弾を搭載する事が可能になったので、デスペラン側で改良は済んでいる。
雷撃や砲撃をどんどん行っていくが、まだまだ量産型メカいなづまちゃんのほうが上手で、ボコボコやられて行く。
唯一強いのは初海で、それ以外は訓練がもっと必要だ、と天龍は感じていた。
「こりゃあ苦労しそうだなあ」
天龍は、用箋挟を片手に溜め息を吐いた。
――――――――
「それじゃあ、駆逐艦ちゃん達の入社を祝って……」
『かんぱーい!』
社長の三隈の乾杯の音頭の下、浜松警備保障の港の埠頭で浜焼きパーティが始まった。
会社の幹部である社長の三隈、副社長の最上、専務の曙、更に常務・経理部長の五十鈴、そして業務統括・訓練部長の天龍が、漸く一同に会した。
「いやあ、怒涛の二ヶ月だったね」
イロハ級ちゃん達がワイワイと浜焼きを楽しんでいるのを眺めながら、曙が大きな溜め息を吐いた。
艤装をスーツに着替えて、東京で大手警備会社との調整を一手に引き受けていたのだ。
曙の、無自覚ながら艦娘等事業を独占している、と言う強気な態度から、有利な条件での業務提携を決めたのだ。
もちろん、大株主の三高ホールディングスから社員を出向させて、交渉補佐をしての条件勝ち取りであるが、強気に出た曙の寄り切り勝ち、と言う側面も否定できない。
「最初はローカルな会社で、三世帯慎ましく食べて行ければ良い、と思ってたんだけどね。ボクは」
最上は、自衛隊大本営との交渉を主に行っていた。補給と修理は、工廠でないとできない。
もちろん本社の自社工廠も可動しているが、補給と修理の委託契約を結んだのだ。
自衛隊にも手数料が入る、浜松警備保障側にも実質的な拠点が全国に広がる。
Win-Winな契約だった。
これも、未だに残っている大本営・鎮守府の自由裁量を上手く活用した形である。
「業務規模が倍々算で増えて行くから、どうしようかと思ったわ」
五十鈴は、一時期最上達と同僚だった艦である。浜松鎮守府の前々任司令官の暴力を受けており、耐えかねて脱柵した、と言う艦である。
一時期は、人間と偽って小さな会計士事務所に勤務していたが、三隈達が会社を立ち上げたと聞いて、原隊……消滅した浜松鎮守府の代わりに大本営に戻って、正式に懲戒免職処分を受け、やって来たのだ。
三隈は、簿記もできる五十鈴に経理を全て任せ、今では経理部の社員を統括する立場として、常務取締役になっている。
彼女が経理になってから、税務・法務関係のことは外部に任せずに良くなったのだ。
「まあ、新入社員のチビ共は、これからビシバシ研修して、使い物になるようにしねえとな?」
業務統括と訓練部を任された天龍は、いわば現場監督である。
早速、イロハ級の子達に懐かれている、優しく厳しい教官である。
「まあ、街コンの時には思いもしなかったことよね?」
社長である三隈が、この怒涛の二ヶ月を思い返すと、溜め息を吐いた。
本当なら、妻である三隈が家事を引き受けるところだが、今は規が家事をしてくれている。
経営コンサルタントである彼は、基本在宅業務が多いので、助かっている。
「てんりゅーぶちょー、こっちにきていっしょにたべましょー」
ロ級一番艦の子が、天龍を呼びに来ると天龍は、
「おっ、そうだな。今日の主役は、お前達だもんな」
と、手を繋いで皆の所に向かう天龍。
「関係は良好みたいね。実に良いことだけど」
五十鈴がそれを見送りながら呟くと、皆が頷いた。
「折角、デスペランから50人も人材を送ってくれたんだから、大事にしないといけないわね?」
三隈も、見送りながらビールを飲み干す。
「ところで、秋冬はどうするのよ?」
曙が、海のレジャーシーズンが終わったこれからを問うて来る。
「船釣りはなくなりはしないし、小さな海運護衛も今後も継続して行われし大丈夫よ。ね、五十鈴?」
「今までが異常過ぎただけで、問題ないわ。深海棲艦共生モデル事業で、国と市から補助金も毎月出てるし」
三隈と五十鈴が答えると、最上が話に加わる。
「暇だからと言って、パーソナル海洋警備は月々の掛金だからね、こっちにも収入は入って来るよ」
「そう言った道筋を付けてくれた三高ホールディングスには、感謝しか無いわ」
最上の言葉に、三隈が頷く。
「それにこの際、一般警備も視野に入れるべきね。艦娘や深海棲艦は頑丈だから」
曙の提案に、今度は三人が頷く。
「今までより、更に責任が重大になって来たから、しっかり気を引き締めなくてはね?」
三隈の言葉に、気持ちを新たにする幹部達であった。
本日のお題「浜松警備保障の新入社員研修(お題未到達)」toshi-tomiyamaさん提供
→デスペランから、「人型化深海棲艦」を新入社員として受け入れることになった浜松警備保障……
その新入社員研修とは……
まさかのお題未到達。
研修は研修でまた次話に持ち越しです。