切ない系
11月も下旬になろうとしていた。
「ええっ、進路変更するの!?」
3年B組の教室。
ギャルズの望が「フーミン、進路どうするの?」と訊いたことが発端だった。
『金と銀の瞳の竜の物語』が発売されて、扶桑咲花と言う名前は一躍有名になった。
……が、それが草加史絵だと知っている人間は少ない。
クラスで扶桑咲花の話題になっても、興味なさそうに自分も書店で買った『金と銀の瞳の竜の物語』を読んでいる。
「フミえもーん!」
「どうしました?のんちゃん」
放課後、次作である艦娘をモデルにした小説『小さな提督の物語』の構想を考えていると、横澤 望から声を掛けられる。
「先生から『お前はどっこも入れない』って言われちゃった」
「そうなんですね……今から頑張らないと」
「それな」
「だね」
ギャルズのもう二人である、奈緒子と櫻子も同意する。
「ところで、フーミンは進学校に通うの?」
「それなんですけどね、進路を変更しようかなって……」
『ええっ、進路変更するの!?この時期に!?』
「はい。東京の高菜一佐のご実家に下宿して、都内の高校に越境入学しようかと」
その言葉に、三人は深刻な顔になる。
「圭一はどうすんのよ?」
「それな」
「うん……あれから会ってないんでしょ?」
それを言われると辛い史絵は、机に顔を突っ伏す。
「だって、圭一が会わないっていってるんですもん…………」
そうぼやくように言うと、三人はうーんと唸りながら、この問題を考え込んでいる。
「抑々、何で高菜一佐に『会わないほうがいい』って言われたんだろ?」
「それな」
「うん」
「それが分かったら、苦労しないですよぅ」
史絵は、顔を突っ伏したままで大きな溜め息を吐いた。
――――――――
「…………てな訳なんだけど」
望は、慎をハンバーガーショップに呼び出して、経緯を説明した。
「それな、俺も気になって圭一に訊いたんだよ。そしたら『俺の史絵が遠くに行ってしまった感じがしちまって、本当に付き合うべきなのか解らなくなった』って言い出したんだ。ほら、圭一は番長だろ?お前等の事件がきっかけで」
そう言われると、ギャルズ達はかなり申し訳無さそうな顔をする。
「まあ、番長になっちまってそのままやってるのは圭一の選択だからいいんだよ。だけど、そういう連中を切って愛を貫くか、それとも、自分と史絵さん……というより、扶桑先生とは釣り合わないと身を引くべきか、悩んでんだよ」
「それでも、フーミンだって悩んでるんだよ!夢を優先して東京の高校に行くか、圭一を優先して夢を後回しにするか!」
ずいっと身を乗り出して主張する望のおでこを、指で抑えて座らせる。
「分かってる。圭一も分かっている……と思う。だからそんなにエキサイトしないでやってくれ」
「だって……」
「このままじゃあ」
「フーミンも圭一も可哀想」
この三人が悲しそうに言うのを見て、約半年前には思いもしなかった事だろうな、と考えながら、慎はフィッシュバーガーを口に運ぶ。
「圭一も可哀想なのは俺も理解してる。圭一は最近苛立ってるから、寛太と優花ちゃんに様子を見てもらってるからな」
『うーん…………』
四人は、唸りながら考え込んでしまった。
――――――――
そんな頃、圭一は岩沼鎮守府にやって来ていた。
出て来た今日の秘書艦の那智によって、応接室に通される。
圭一が座ると、羽佐間眞一郎と羽佐間紗花がやって来て対面に座り、那智はそこに控えている。
「圭一くん、君がここを訪ねて来るとは珍しいこともあるものだ。本日突然やって来て、面会をしたいという理由を聞かせてもらおう。私も暇ではない身分……」
そう言い掛けたところで、那智がオッホンと咳払いをする。
執務などしておらず、正妻である紗花と愛を育んでいたのである。
そんな紗花は、もう妊娠九ヶ月目。大きいお腹をニコニコしながら擦っている。
あの岩沼鎮守府騒動から、早半年も経ったのだ。
「まあ、話を聞かせてもらおうか。高菜一佐には聞き辛い話なのだろう?」
「おれ、史絵と別れたほうがいいんすかね?」
『えっ?』
全員が絶句した。紗花は、圭一をよく知っているから余計に驚きである。
「や、藪から棒に何を言い出すんだ?」
「圭ちゃん、何があったの?」
「まさか……他に男ができるような子でもあるまいに?」
三人三様の言葉に、ツッコミを入れず圭一は続ける。
「何だか史絵が遠くに行っちまう感じで、おれと釣り合わないんじゃねえか?って考えるようになったんすよ」
その言葉で、長い話になりそうな予感がした那智は、コーヒーを淹れに一旦席を外した。
眞一郎は、その話に笑みを湛えて目を伏せて、しみじみと語り出した。
「ふふっ、いやあ失礼。私も青春時代を思い出してね。君と同じこともあったものさ、付き合っていた彼女と別れるか別れまいか悩んだ時があってねぇ?」
その瞬間、紗花の目からハイライトが消えた。
「眞一郎、その女は今どこに居ます?バラバラに切り刻んで海に流しますが?」
「紗花さん、いくら何でもそれは……」
圭一が宥めようとした時、眞一郎は、
「
そうポツリと呟いてから、那智が戻って来てコーヒーを配り始めたところで語り出した。
「私の時分は、まだ自衛隊に対する偏見もあった時代だ。私が防衛大学校を志したのは、お前さん達も周知のことだろうと思う。当時付き合っていた彼女、雪絵の両親は政治思想的に左派の家庭で、自衛官を志すやつと付き合うなんて言語道断だ、と言われた。電話はもちろん取り次いではくれないし。今のようにネットもない時分だからなぁ」
そう懐かしそうに語ると、紗花の目のハイライトは戻り、再びお腹を擦り始める。
「私は父が自衛官だった、それで憧れもあったんだろう。どうしても防衛大学校に行きたかった。雪絵とも別れたくなかった。それこそ、今の圭一君のように悩んで悩んで悩み抜いたさ。そこで私は、雪絵を誘拐同然で連れて行く計画を立てた。東京には親戚も居たからな。しかし、事前にそれが露見してしまった。それからは、雪絵は家を出ることも許されなくなった」
眞一郎は寂しそうに、秋から冬に変わる夕暮れの空を窓から眺めた。
「こんな秋の空だった。全てに絶望した雪絵が、首を吊ったと知らされたのは…………」
全員が絶句した。
「
「眞一郎、そんなことはないです。雪絵さんは自殺して……!」
「紗花……」
その言葉に口を挟んだ紗花を、那智が首を振って諌める。
「私が殺した。それは紛れもない事実だ。
「眞一郎。それが原点だったのだな?」
那智の言葉に、眞一郎は頷きながら口を開いた。
「雪絵の葬式は酷いものになってしまったよ。私は雪絵の父と殴り合い、塩を撒かれて追い出された。雪絵の母からは『二度と来ないで、墓参りも結構』そう言われて以来、お線香も上げられずにいた。そして私は防衛大学校に入った。空虚な気持ちで。女遊びを始めたのもこの頃だな」
「…………」
圭一は、そこまで重い話になるとは思ってもみなかった。
それでも、眞一郎は語りたかったのだろう、自分の前で。そう思い、黙って聞いていた。
「それじゃ、雪絵さんがあんまりです……」
紗花がボロボロ泣き始めるのを、那智が紗花の背中を擦る。
「そうだな。でも眞一郎も充分に傷ついた。
「はい…………」
「それでだ、余計な話をしてしまったが、君はどう悩んでいるのかね?」
「もちろん史絵と一緒にいたいのは間違いないっす。だけど、俺は番長として付き合っている連中を切って愛を貫くか、身を引いて扶桑咲花先生の邪魔にならないところで史絵の幸せを祈るべきか……」
不良中学生の真面目な、真面目な吐露に、三人は一斉に考え込んでしまった。
「それで、恋愛の名人である羽佐間さんなら、何かいいアドバイスを貰えるんじゃないか?と思って来たんすよ」
「申し訳ないが、私も月並みなことしか言えないよ。『いかに二人が後悔しない生き方をするか』私としては、私と雪絵、それに雪絵のご両親のように、後悔を背負った生き方を君にはして欲しくないなぁ?」
「後悔をしない生き方……っすか……?」
真顔で答える眞一郎に、圭一はコーヒーに視線を落として呟く。
「そう。後悔をしたところで、過去をやり直せる訳ではない。私は艦娘達や紗花のおかげで幸せになったが、それでも今も悔やんでいる」
「…………眞一郎。それが前線に出る理由か?」
「…………」
那智の鋭い言葉に、眞一郎は否定も肯定もしなかった。
「肯定と看做すぞ。今後、前線に出るのはやめていただきたい。これは嫁達の総意だ」
「…………わかった。それよりも圭一の相談だ」
「そうだったな。申し訳ない、圭一くん」
頭を下げる那智に圭一は、
「いえ、大丈夫っす。でも俺は、どうしたらいいんすか?」
「お前さんはどうしたいんだね?」
「史絵と付き合いたいです。史絵の処女を貰ったのも、童貞をあげた責任も無くはないっすけど。史絵と付き合いたいっす」
「ならば不良たちとの付き合いをやめるか?」
「それで、そいつらと険悪になるのも本意じゃねっす」
「そうだよな」
二人して、大きな溜め息を吐いた。
「急に押し掛けて、すみませんでした」
「いや、私もあまり役に立てずに申し訳ない」
圭一は、悩みを解決できないまま、岩沼鎮守府を後にした。
――――――――
その頃史絵は、自宅で夏海とインターネットビデオ通話をしていた。
『こんばんは、史絵さん。新作読みましたよ、さすがは新進気鋭の作家先生』
パソコンのモニタには、ヘッドセットを付けた夏海が映し出されている。
「いえいえ、誂わないでください」
史絵が、顔を赤らめて手をブンブンさせると、夏海は笑みを浮かべる。
『ところで、どうされました?』
「私と、圭一。別れた方がいいんでしょうか?」
『えっ?』
画面の中の夏海が絶句する。
『先輩、何があったんですか?』
「実は、圭一が悩んでるんです。私と付き合うか、別れるか……私の作家の夢の障害になるかもしれない、と」
『ふむ……私の彼女の一人は、私に365回も告白しましたよ?』
「結有先輩ですよね?」
『そうです』
「それと私、進路を変えようと思ってるんです。夏向先生の下で、小説を教わりながら学校に行って、文芸を極めたいんです」
『そうなると、遠距離恋愛になる……か』
「はい…………」
二人共、深刻な顔になる。
ひょいっと、結有が顔を出す。
『要するに、夢を優先したいか、愛を優先したいか、だよね?』
「結有先輩……そうなんです」
『僕は愛を優先したけど、史絵ちゃんには才能があるもんね?』
「才能なんて…………」
謙遜している史絵だったが、結有は、
『書き上げて夏向先生に認められたことを、才能と言わずして何なのさ?』
「…………そうだったとしても、私は夢を選ぶか、圭一を選ぶか…………」
『そこが間違いなんだよ。
そんな提案をし出す結有を、夏海が諌める。
『結有、抑々圭一のご両親がいい、と言う保証もないですし、受かる保証もないんですよ?』
『まあそうなんだけど………』
二人で言い合っている画面を見ながら、史絵は軽く笑って、
「ありがとうございました。充分参考になりました」
『そ、そうですか?すみません。ですけど、後悔だけはしないでくださいね?』
真面目な顔で言う夏海に、史絵は頷いた。
インターネット通話を切ると、史絵はドサッとベッドに倒れ込んだ。
「圭一…………私どうしたらいいの………?」
二人の苦悩はまだ続く…