日記シリーズ99話目
熊崎正志陸准将補は、釧路鎮守府の司令官職および、北海道地区統括責任者である。
そんな彼は自己の職権を利用し、脱柵した摩耶や多摩の支援を行って来ていた。
国家承認までのデスペランとの折衝も非公式に担当していたが、今やそれも外務省に移管されてしまった。
艦娘も、天龍・龍田が除隊してしまった為、秘書艦の不知火しか居なくなってしまった。
そして、12月に差し掛かったある日のことだった。
「人材交流ですか?」
「そう。デスペランとの折衝も、外務省に取られてしまったからね。暇で仕方がないからさ」
司令官執務室の椅子で、肩を竦める。
秘書艦で妻の不知火は、そんな司令官を見て咳払いをする。
「確かに、流入して来る害獣深海棲艦やDSビーストはデスペランが始末してくれては居ますから、現在釧路鎮守府は深海棲艦に対する拠点機能を失っています。申し訳ありません」
不知火は、
北海道地区では、ジレーネ戦争以前からDSビーストとも戦っていた。
不知火は、元々稚内鎮守府の所属だったが、DSビーストの最上位であるDSタイラントレギレクス級との戦闘で、轟沈してしまったのだ。
偶々艤装の完全破壊のみで、素体である不知火自身は僚艦に救われたものの、『艦娘としては失格』の烙印を押されていた。
海に浮けない艦娘に居場所はなかった。不知火は身を持ち崩し、一時期は風俗街で働いていた。
そんな時に知り合ったのが、熊崎提督だった。
熊崎提督は、すぐさま艦娘としての再登録を行い、秘書艦に据えた。
海に浮けない艦娘を秘書艦にすることには、他の提督からの異論があったが、
「『鎮守府の自由裁量』で、私の勝手だ。口を挟まないでもらおう」と。
そんな熊崎提督に、不知火が惚れない訳はなかった。
熊崎提督は、嫁の不倫により離婚したばかりだった。
不知火が、あらゆる手を尽くして結婚に漕ぎ着けたのは、ジレーネ戦争が終わった六月末だった。
「やることもないし、新婚旅行序に東北旅行、と行こうではないか。余った有休も、消化し無くてはならないしね?」
「確かに、大本営より有休を消化するよう、通達が入っておりました」
不知火は、鎮守府ではあくまで秘書艦の姿勢を崩さない。
『艦娘としては欠陥品』と言うコンプレックスから、そうさせている。
唯一の理解者であった、天龍・龍田姉妹が除隊してしまった為、その傾向に拍車が掛かっていた。
「今度、東北方面隊幕僚長・仙台駐屯地司令になられた、中岡慎之助准将にも会いたいしね?」
「お知り合いなのですか?」
「世話になった対番でね。本来なら、統幕に上がられる優秀な方なんだが、栄転の形で左遷されてしまったのさ。ジレーネ戦争でやり過ぎたからね」
「何をなさったんですか?」
「『民兵・不正規兵』を戦力として運用してしまったんだ。それだけ苛烈だったんだね、ジレーネ戦争は」
「……」
「それで、丁度前任者が定年退官されて空席になった、東北方面隊幕僚長・仙台駐屯地司令に補職された訳だ。進退伺は、陸上幕僚監部で破棄されてね。『楽して辞めることは許さん。定年まで働け』、と言うことなんだろうね。恐らくは足立陸将の手で、七原将補の後任に宛てるつもりだろう」
「それでは一休みポスト、と言う訳ですね?」
「うん。七原将補は、来年の11月に退官だ。60になるからね」
熊崎正志は、大きな溜め息を吐くと、コーヒーを飲み干した。
「今日も美味しいコーヒーをありがとう」
「不知火に落ち度はありませんか?」
「全くないよ」
その言葉に、不知火の頬が緩む。
「そんな訳だから、スケジュール調整を頼む」
「はい、落ち度無く調整いたします」
――――――――
ジレーネ戦争で馘を覚悟し、『自衛隊をクビになるかもしれない』と、妻に告げた中岡慎之助は、進退伺を提出した。
しかし大本営の横槍が入り、進退伺は陸上幕僚監部によって破棄された。
丁度、定年退官で空席になった東北方面隊幕僚長・仙台駐屯地司令の席を用意したのだ。
再び、単身赴任の身になった慎之助は、姉さん女房の妻・悠から、
「クビにならなかっただけマシです。喜んでお行きなさい」
と送り出されて、東北の地にやって来た。
「いやあ、大変でしたね。中岡准将閣下」
「なのです」
直哉が、慎之助を誂いに電と顔を出していた。
防衛大学校時代に、教官と生徒と言う間柄で知己を得て、その後、第20普通科連隊連隊長横領事件でも、足立と共に世話になったり、直哉にとっては頭の上がらない大先輩である。
「ジレーネ戦は後輩の坂本は死んじまうし、勝手に暴走族やヤクザが出しゃばって来るし、最悪だったよ。どうせクビになる、と思ったら、今度は東北に赴任だ。どうも足立陸将が横槍を入れたらしい」
「多分次のポストは、大本営警務本部長でしょう。何なら、一休みポストとして満喫したらどうですか?」
「なのです」
「ところで、その大本営所属の宮戸島鎮守府司令官が、こんなところで何をしているのかね?」
「いやあ、熊崎提督が提督交流序に旅行でお見えになるので、お迎えがてら大先輩の不景気な顔を拝謁しに来た、と言う次第で」
直哉がニヤニヤ笑いながら言うと、慎之助は少し驚いた顔を浮かべる。
「何だ、熊崎も来るのか?」
「きっと、後輩としては先輩の不景気な顔を拝謁しに……」
言い終わる前に、ノックもせずに司令執務室の扉が開かれる。
「先輩、不景気な顔を拝謁しに来ましたよ」
「提督っ!我が提督が失礼をしました。申し訳ありません、不知火の落ち度です」
熊崎提督が陽気に声を掛け、慌てた不知火が頭を下げる。
「まあ熊崎も、相変わらず元気そうで何よりだ」
「熊崎提督、お久しぶりですね?」
「高菜君も元気そうでよかったよ。タイラントレギレクスを狩ったんだって?」
『提督、知り合いなのですか?』
お互いの秘書艦が、同時に首を傾げる。
「熊崎提督とは、ネット将棋で知り合ってね。ほら、ベアーさん。アレが熊崎さんだよ」
「おお、この間は良くもケチョンケチョンにした上に角不成をやってくれた、ベアーさんなのですか?」
「あれは、打ち歩詰め回避の角不成だから、許してくれよ」
「初めまして。熊崎准将補の秘書艦をしています不知火です」
「高菜准将補の筆頭秘書艦、電なのです」
秘書艦同士の自己紹介が終わると、慎之助は、
「さあ、仕事のジャマだから、
そう言って、執務室から追い出す。
――――――――
「それじゃあ、宮城の鎮守府をご案内しますよ」
「なのです」
「よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
早速やって来たのが、岩沼鎮守府だった。
岩沼鎮守府では、日本刀を持ったお腹ポンポコリンの紗花が、羽黒の羽交い締めで入り口に止められているのを目にした。
「あれは……?」
「あれは何ですか?」
同時に問い掛けた熊崎と不知火に、直哉は大きな溜め息を吐いた。
「日本刀を持ってるのが羽佐間夫人、羽交い締めしてるのが多分、今日の秘書艦の羽黒だと思いますね」
「なのです。紗花さん、どうされたんですか?」
電が紗花に声を掛けると、ハイライトのない目で電を見る。正直怖い。
「うふふ、眞一郎が昨日女子高生と…………」
「私が、検診で紗花さんと同行したスキにナンパされて、ホテルに行ったらしく…………」
「とにかく。その
電は、日本刀と鞘を取り上げると日本刀を鞘に収める。
「はぁい。眞一郎は今、他の皆さんがお説教している所かと」
「それでは、さっさと案内するのです」
「はぁい」
くるりと背を向けて、中に入って行く紗花。
「羽佐間准将は女好きで有名だったが……ここまでとは」
「正直、私は好きにはなれません」
それぞれの感想を述べながら、直哉と電と共に執務室に案内される。
扉を開けると、羽黒以外の妙高姉妹に説教されている眞一郎が居た。
因みに窓の外には、埠頭で扶桑と山城が現実逃避して、空を見上げているのが見える。
「おお、高菜。丁度よかった。何とか言ってくれ?」
「あんたは、まだ懲りてないんですかね?残当」
「同歩なのです」
助けを求める眞一郎を、冷たくあしらう直哉と電。
応接室に場所を変える。
先に、応接室のソファに腰掛ける熊崎と不知火。
直哉と電は、埠頭で妙高と足柄と一緒に、扶桑・山城姉妹を慰めている。
羽黒が紗花に付きっきりなので、那智が代わりに、秘書艦代行として応対する。
「お見苦しいところを見せて申し訳ない。私が秘書艦代行の那智だ」
「私が、宮城県地区の提督の統括をしている、岩沼鎮守府の羽佐間眞一郎准将だ」
二人が挨拶すると、熊崎達も挨拶する。
「いえいえ、こちらこそ。何と言うか、私は北海道地区の統括をしている、釧路鎮守府の熊崎正志准将補です」
「私は、秘書艦の不知火です」
「しかし、いきなり修羅場を目撃して、びっくりしたと言うか何と言うか」
「僭越ながら、妊婦の奥様がいらっしゃる上で
不知火が、鋭い眼光を見せる。
「いや、今回ばかりは私も反省している。ナンパされると、なかなか断りにくくてな。今までの女癖で慣れてしまったようでな」
「確かに、羽佐間提督は伊達男ですからな」
「私は嫌いです、こんな不潔な男」
「不知火、流石に言い過ぎではないか?」
フォローする熊崎に、遠慮なく物を言う不知火。それを諌める熊崎。
「いや、もっと言ってくれ。眞一郎は全く女癖が治らない。困ったものだ」
「反論が出来ないのは残念だが、熊崎提督のところも大変そうではないか、現有戦力が……申し訳ない」
途中で言い掛けて、不知火が艤装を持てなくなった艦娘だ、と言うことを思い出して詫びる眞一郎。
「いえ。不知火が、
「不知火くん、自分をそう言う風に卑下するものではないよ。熊崎提督の側にいて、役に立っているではないか」
「ですが、事実です」
「それを言うなら、私だって
そう言うと、先日圭一に話した思い出話を、二人にも話した。
「…………そんなに重い背景があったとは思いませんでした。不潔な男等と言って、申し訳ありませんでした。不知火の落ち度です。お許しください」
不知火は、深々と頭を下げた。
「そんなに頭を下げてもらうと、私が困るよ。それにだな、愛に飢えているのは間違いない。七人も嫁がいるのに情けないことだ」
「那智さん、一つお伺いしてよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「嫉妬はされないのですか?不知火は正志の妻ですが、もし複数お嫁さんが居たら、嫉妬してしまいます」
「私達が普通じゃないのかもしれないな。眞一郎の愛を埋めるには、一人では足りないのだ」
「…………正志が夫でよかったです」
「おいおい、不知火。あまり照れることを言わんでくれんかな?」
熊崎がそう言うと、不知火は顔を赤らめ、眞一郎と那智は笑った。
「さて、次は宮戸島鎮守府をご案内しましょうか?」
「なのです」
「その前に観光をして行きたいから、私の方から立ち寄らせてもらうよ」
「了解です、お待ちしております」
二人、寄り添いながら出て行く熊崎と不知火を見ながら、二人の提督はその初々しさに少し羨望を持っていた。