翌早朝、直哉は食堂で目を覚ました。
昨夜の祝勝会は深夜にまで及び、全員が食堂でダウン、と言う形でお開きになった。
……とは言え、直哉は一番遅くまで起きており、眠っている皆に布団や毛布を掛けてから眠ることになったが。
「やれやれ、死屍累々とはこのことか」
隣で一升瓶を抱っこしながら眠っている電を見ながら、直哉は大きな溜め息を吐いていた。
電の荒れようは酷かった。
レ級から「最強の駆逐艦(笑)」と指差して煽りに煽られ、
「レーちゃん、そういうのはだめ!真愛はたまたま勝てたんだから!」
と言う謙虚な真愛に、更に煽られる形で飲酒を進めて行ったのだ。
「全く。やれやれだな」
「そうだねぇ」
大きな溜め息を吐いていると、レ級が起き上がっていた。
「何だ、レ級は起きていたのか?」
「僕は、あれくらいの酒量じゃ二日酔いする訳ないさ。起きてもすることがないから、横になってただけだよ」
電の横には、卯月と子日と薄雲がくっ付いて寝ている。
「そうそう、ルビィは埠頭に出掛けて行ったよ」
「ん。一番の早起きは、いや、二番目の早起きはルビィちゃんと言う訳か」
「まあ、そういうことだね。提督は迎え酒でもやる?」
「いいや、やめておこう。ところで、昨日の演習で思うところがあったんじゃないのかい?」
直哉がそう言うと、レ級は真面目な表情になった。
「いやあ、トシには勝てないね。万全の提督なら、あんな策見抜いているだろうからね?」
「それは買い被り過ぎだよ。私とて万能じゃない」
それを否定する直哉に、レ級は頭に手を組んでニヤニヤ笑う。
そんなレ級に、直哉は意地悪く問い掛けてみた。
「レ級、君ならどうしてた?」
「そうさなあ。僕なら、対空迎撃は薄雲の
「ただ?」
「愛は、逆にそれを誘っていたように思うんだ。アイキャンフライ砲のパージは二の次でね」
「なるほど。やはり、ルビィちゃんと愛ちゃんが組んだら、私では敵わない、と言うことだな?」
苦笑いを浮かべる直哉は立ち上がる。
「愛とルビィ、それになっちゃんはやっぱり
「そうだねえ、そうしようか?じゃあ行ってくるよ」
「はいはい。僕は、もう少し横になっているよ」
もそもそと布団の中に戻るレ級を尻目に、直哉は外へと向かって歩いていた。
――――――――
埠頭では、ルビィが外を眺めていた。
「ルビィちゃんは早起きなんだね?」
そう声を掛けると、ルビィが振り返り答える。
「今日はいつもより早く目が覚めたので。高菜提督も早いですね?」
直哉はボサボサの髪を掻きながら、
「自分も目が覚めちゃってね。テレポーターの方は順調かい?」
そう問い掛けると、ルビィは少し寂しそうに、
「さっき、明石さんからあと少しで調整が完了する、って連絡がありましたよ。皆が起きる頃には終わってると思います……今日帰っちゃうんですか?」
「そうだね。こっちの世界でのんびり暮らすのも悪くないかもしれないけれど、あっちの世界でやり残したことがまだあるからね」
そう。直哉には、まだ導き手という役割が残っている。
「そうですよね…愛ちゃんともっとお話したかったなぁ」
折角会えた同世代の提督。昨晩も様々なことで話を交わしたが、それだけでは全く時間が足りなかった。
そんな会話を、直哉はブランデーを飲みながら優しく見守っていたのだ。
「ルビィちゃんと愛は、しっかり打ち解けられたようで良かったよ……あ、日の出の時間だね」
二人の見つめる先では、水平線から太陽がゆっくりと姿を現し始め、新しい一日が始まろうとしていた。
――――――――
『いただきます!』
「あ、頭が痛いのです…霞ちゃん、水を取ってくださいなのです」
「それは、昨日あんなに飲むからよ…はい、水よ。それにしても、こんなに大人数での食事も今日で最後だ、と思うと少し寂しいわね」
電は、如何にも頭が痛そうな顔をして水を取ってもらう。そんな電に溜め息を吐きながら水を渡す霞。
ルビィ達が朝日を眺めてから三時間程過ぎた頃、鎮守府では最後の晩餐ならぬ最後の朝食が摂られていた。
「間宮さん、おかわり!」
「足柄さん、昨日あんだけ飲んでまだ食べれるんですか!?」
「甘いわね潮。お酒なんて、一回寝ればリセットされるのよ」
「す、すごい…って、響ちゃん寝ないで!髪がお味噌汁に入っちゃうよ〜!」
艦娘達が和気藹々と朝食を摂っている様子を、ルビィ等提督達が微笑ましく眺めていると、完徹によって逆にスッキリとした顔をした明石が近づいて来た。
「提督の皆さん!漸くテレポーターの調整が終わりましたので、ご報告しておきますね!」
「ありがとう明石さん。徹夜させちゃってごめんね?」
「いえいえ!抑々、今回の騒動の原因は私にある訳ですし。またテレポーターが誤作動しちゃうといけないので、お早めにお願いしますね?では、自分は工廠で待ってますので」
「うん、ありがとうね」
こうしてルビィと直哉、それに愛との物語もいよいよ終わりを迎えようとしていた。
――――――――
「では、テレポーターを起動するので離れてくださーい!」
明石がそう叫ぶと、テレポーターが唸りを上げながら起動した。六本の筒からなるテレポーターの中心が光り輝く。
「テレポーターの持続時間は1分ですので、早く中心地点に集まってください!」
その言葉で電達宮戸島艦隊、そしてレ級やビスマルクは中心地点へと歩みを進める。最後に残ったのは愛と、直哉だった。
「ルビィちゃん!また会おうね!!約束だよ!?」
短くそう言うと、愛はテレポーターへと駆けて行った。
「愛ちゃん、泣くところを見られたくなかったみたいだよ。…ルビィちゃん、君はいい提督になれる。また会えたら一戦交えようか?」
直哉はそう言ってルビィの頭をくしゃくしゃっと撫でると、テレポーターへとゆっくり歩いて行った。
「では、テレポート行きまーす!3、2、1!」
明石のカウントダウンが0になった時、工廠全体が光に包まれた。
――――――――
直哉は、硫黄島要塞に飛ばされていた。
愛達土佐鎮守府組は、土佐鎮守府の埠頭に
同じように、電達も宮戸島鎮守府に飛ばされていた。
「ああ、やっぱりこれは、仕組まれたことだったんだね?」
明石と夕張、それにその隣の男の姿を見ると、直哉は大きな溜め息を吐いていた。
「ノックスの十戒その1 犯人は、最初から物語に登場していなくてはならない」
「確かに、私の物語に
その隣の男は、満足そうに笑みを浮かべた。
「ある時は、大貫 悟、ある時は
「高菜源一郎、あんたが蜘蛛だったんだな?」
「そのとおり。私は、
「私にとってはいい経験だったよ」
「なら良かった」
源一郎は満足そうな笑みを浮かべると、
「兄が財界を、姉達が政界を握った。弟には軍事を掌握してもらいたい、と思ってね。大貫くん、いや、大垣 守と足立総監の
「きっと既定路線なんでしょうね?」
「そうだな。足立さんも後一年と少しで定年だ。そうなった時……」
「宮戸島での物語も終わりを告げる、か」
溜め息を吐くように話す直哉に、明石が口を挟む。
「いいえ。今年の4月付で、高菜准将補は准将に昇進し、大本営幕僚総監
「なるほどね。愛ちゃんなら、充分託せるからね。まあ、私は大貫 悟の正体は聞かなかったことにするよ。知らなくていいことだからね」
「直哉がそれでいいなら、私も大貫 悟伝は世に出さないでおこう」
似たもの親子とは、このことである。
悪い笑みを浮かべながらそう言うと、
「さて、帰る―――」
直哉の姿が、硫黄島要塞から掻き消えていた。
――――――――
直哉が気がつくと、宮戸島鎮守府の埠頭にいた。
「直哉、おかえりなさいなのです」
「ああ、ただいま」
残りあと僅かな、宮戸島での生活が再び始まるのだった。