基本的には休載ということで
(休載とはいったい)
この時期、番長と愉快な仲間達は多忙を極めていた。
三学期が始まった圭一は、担任の鈴木先生に呼び出されていた。
「原くん」
「うっす」
鈴木先生は30代半ばの穏やかな人で、今は席を外している隣の教師の椅子に座らせると口を開いた。
「校長先生と教頭先生と相談して決めたことなんだがね」
「は、はい」
「君、今日から校長室で勉強しなさい」
「え……ええええっ!?」
驚きである。校長室学習とは、主に問題児の懲罰目的で行われることが多い。
「田中校長は教育学博士号を持っていらっしゃるし、君の良い講師になると思うんだが。この時期、通常の授業内容なんて疾うに通り越してるんだろう?」
「なるほど…………」
「いやあ、校長先生も晴嵐男子学校に編入生を送り出すんだ、と張り切っていてね。私も君の男気を見たいものだ」
「……わっ……かりました。ありがとうございますッス」
圭一はばっと立ち上がって、深々と頭を下げた。
そして、教室に戻って勉強道具を持って校長室に入って行く圭一を見送った後、鈴木先生は受話器を取り上げて、どこかへ電話を始める。
「もしもし。ああ、高菜さん、鈴木です。皆さんの提案通りになりましたよ。……ええ、学校ではお任せください。我々教育の専門家が、責任を持って学力アップに努めます」
そう。この校長室登校計画は、直哉等講師陣が導き出した作戦だったのである。
夏海を除く、四人の講師陣が学校に赴いて、鈴木先生と田中校長に直談判したのだ。
今頃、校長室の静かな部屋の中、少し緊張しながら勉強を教わる圭一と、教師のコネでテストの傾向を事前調査した田中校長とのマンツーマンでの勉強をしているだろうと。
鈴木先生は笑みを零しながら、マグカップのコーヒーを啜って空き時間を堪能していた。
――――――――
一方ギャルズ達は、受験対策授業が始まった授業を、真面目に受けるようになっていた。
後方に固まった席で、いつもケータイを弄ったり化粧をしたり、やりたい放題だった彼女達も、
人が変わったかのように勉強をし始めて、教師陣を始め史絵
本人達にとっては「今から本気出すだけ」と嘯いているが、
望はとにかく勉強漬けだった。休み時間も遅れていた分を取り戻し、お昼休みも食事をぱぱっと済ませると勉強に戻る。
判らないところをリストアップしてもらい、昼休みに担任の女性教諭・成原先生に提出した。
「横澤。これは、ほぼ
「うん」
その答えに蟀谷を押さえながら、苦々しい顔をした成原先生は、
「はー、しょうがないなぁ。この成原が、判り易く要点だけ教科書にマーカーを引いてあげよう」
「わぁい、成原先生大好き!」
「はいはい、これは齊藤からも頼まれてたことだからね。良い彼氏をお持ちになって。はー、あほらし」
「先生、荒れてるの?」
「はいはい。どーせ成原は、アラサーで彼氏もいないモテナイ女だよ。はー、くっそ」
半分不貞腐れた態度を取りながら、望の教科書をひったくると、
成原先生はぶっきらぼうで、一人称が『成原』と言う変わり者を自認しているが、面倒見が良く、生徒の人気は高い先生である。
「先生ってさぁ」
「何だい?」
「
そのど直球の質問に「はー」と態とらしく溜め息を吐いて、
「大学の時は、今の横澤みたいに遊んでたからね。
「い、今は遊んでないよ!慎くんじゃないとダメになったし!」
「はー、アホくさ。惚気はいいからさ、もっとこの成原に有益な話をしてくれないのかい?」
「有益な話ねえ……あ、彼女探してるパイセンいるんだけどさぁ?」
そう言って、隣の椅子に逆さ向きでどっかり座り込む望の顔を見ないで、教科書にせっせとラインを引いている成原先生は、
「へぇー、で、いくつ?」
「19かな?大学生」
「はー、10も違うじゃないか。聞いて損した、はいはい解散解散」
「会うだけ会ってみない?」
興味が失せたように切って捨てる成原先生に、望はニヤニヤしながら続ける。
そんな望に、少しだけ考える成原は手を休めずに、
「会って、お茶でもしばいて、遊ぶだけなら考えてみようかなぁ?」
「そうそう。意気投合して、ホテルにでも行ってさぁ」
「はー、悲しいなあ。10以上年下の小娘に恋の指南を受けるなんて」
ぶっきらぼうな態度ながらも、口元に笑みを浮かべながら要点をラインで引いて、コメントをフリクションペンで書き加えて行く。
「そうだ、確認なんだけど、横澤は本命はあの二人と一緒の公立高校で良い訳?」
「そうそう、滑り止めで私立の女子高受けるけど」
「田中から聞いた。二人も同じ併願で横澤が落ちたら一緒に女子高通うってさ。はー、良い友情だねえ」
「だってアタシ等、三人で一人みたいなもんだし?」
「はー、若いねえ」
成原先生は、クルクルフリクションペンを手元で回転させながら、態とらしく大きな溜め息を吐く。
「先生はどんな子が好みなの?」
「そうさね、日本人で日本語通じるヤツかな?」
「どゆこと?」
「最近の若いヤツ――つっても成原も20代のぺーぺーだけど、人の話を聞かないヤツっているじゃん?横澤みたいに」
「うんうん」
「うんうんじゃないが」
「あはっ」
ツッコむと笑う望を見ながら、成原先生は大きな溜め息を吐いた。
「はー。この成原は、進路担当だから三年生全員の進路と約1名の進路を考えてやらないといけない立場だ。皆、笑って無事卒業できるようにね。一番の頭痛の種の横澤がこれだから困ってる、と言うことを文脈から読み取ってはくれないのかい?」
「あはっ、ごめんなさーい」
「はー、この貸しは本命合格で返してもらおうかね?まずは来月の滑り止め、そして三月の本命の一般入試、
「そ、それは解ってるよ」
心外な!と憤る望の顔を見ずに、ふっと笑みを浮かべる成原先生。
「数学はこれでいいか?これから数日間、この成原の貴重な休み時間を潰してあげるんだから、精々足掻いて頑張ることだね」
「はーい!それじゃあ、デートのセッティング位はして置くね。今週末でいい?」
教科書を受け取ると、望がスマホを取り出しながら楽しそうに操作し始める。
「はー、成原は女子バスケ部の顧問だからね。夕方なら、空けられなくはないよ?」
「夕方ね。解った、連絡して置く」
「期待しないで置くよ」
この時、それが成原先生にとって
――――――――
「で、どうだった?」
その翌週の放課後、教室で補習を受けながら、望は土日の件を訊いてみた。
「
「で?で?」
「付き合うことになったよ。はー、ありがと」
「良いパイセンでしょ?」
「今まで、お手付きされてなかったのが奇跡だよ。彼も不幸だね、こんな
そう言って、二人目を合わせてふふっと笑うと、成原先生は、
「さあ、
「はーい!」
――――――――
各々受験勉強をしながら日時が過ぎ、鎮守府教室も圭一と史絵にとっては、後一回になっていた。
圭一と史絵は明日から東京に向かい、土日を挟んで圭一の編入試験、そしてその週末、史絵の都立高推薦入学試験がある。
圭一は史絵の傍にいる為、試験終了後も一週間、学校を休んで滞在する予定らしい。
これは、成原先生の提案に乗った形である。
今日は、講師陣五人全員揃っての授業となり、
圭一と望を集中的に教えて行った。
「これで、圭一と史絵ちゃんは鎮守府教室終了だね」
「二人共、一生懸命頑張ったのです」
「がんばったぴょん!」
「お疲れ様です」
「試験も頑張ってね!」
直哉の宣言に、アシスタント役だった電達も労いの言葉を掛ける。
「圭一くん、史絵先輩、後はやるだけです」
「やるだけやってみな」
夏海と奈々海母娘の激励に、頷く二人。
「受験には魔物が潜んでいるから、十分注意しなさいな?」
「私達も合格を祈ってます」
笹野診療所の医師コンビがそれに続く。
「おうっ!やって来るぜ!」
「頑張ります!」
――――――――
当日、仙台駅には見送りがいっぱい来ていた。
そんな中、三島達のチームも応援に駆け付けて来た為、奇妙な集団となっていた。
「三島さん」
「おうっ?」
そんな中、スーツ姿の圭一は三島に声を掛けて、
「一発気合を入れてください」
「おうよっ!」
そう言うと、背中をバシーンと叩いた。
「ぐうっ」
「圭一!?」
「へへっ……三島さんの気合が入れば、勝ったも同然だ」
その後も家族達や皆の声援を背に、二人は仲良くホームへ向かって行った。
――――――――
土日を高菜家の高菜図書館で勉強して過ごした後、圭一は一人で受験会場である、晴嵐男子学校中等部に向かった。
通り掛かった、青いブレザーの男子生徒から向けられたのは、明確な
絶対に平均点を越させないぞ、と言う敵意だった……
他の生徒からもそんな敵意を向けられて、圭一は少し
試験は、一日掛けて別室で行われ、数人が試験を受けていた。
他の受験生は富裕層っぽく、服も良いものを身に着けている。
(負けてたまるか……!)
圭一の負けん気の強さが、怖気と緊張を解き解して、試験はスムーズに終わって行った。
そして、次は史絵とギャルズの入試である。
東京と東松島で試験が行われた。
――――――――
その翌週、圭一は合格通知を受け取っていた。
だが、圭一の心持ちは重かった。後二年間、敵意を向けられながらやって行くのか?と思うと、自然気が重くなる。
そんな中、進路担当の成原先生に呼ばれた。
「成原先生、何の用っすか?」
「合格おめでとう。原」
「ありがとうございますッス」
「ところで、君は特進コースを、選んでも
成原先生は、晴嵐男子学校の編入要項の
そこには、特進コース編入合格者は一般コースに編入すること
「先生、それはどう言う……」
「成原は百合根女学園の出身だからね、特進編入組がプレッシャーに耐えきれなくて辞めて行くのを、何人か知っているんだよ。一般コースなら、成績の振れ幅も広いからね。元々
「そっすね、一般コースにするっす」
「賢明な判断だね。では、一般コースを選択するよう、先方に連絡を入れて置こう」
「お願いしますッス」
「ところで、草加も平岩も田中も合格したんだが……問題は……」
「ん?どうしたっすか?」
「いや、成原の独り言だ。原は教室に戻るといい」
「うっす」
――――――――
「落ちてたのか」
「落ちてたのですか」
「落ちちゃったぴょん?」
「やばいじゃん、滑り止めだよ?」
「皆さん。望さんにとどめを刺さないであげてください」
「えうー……」
不合格通知を隠して、まだ同居している面々には伝えていない望。
望は、真っ先に学校をサボって鎮守府にやって来た。
今にも泣きそうな望に、直哉は大きな溜め息を吐いた。
「まあ、兄さんも晴嵐の特進を滑り止めに、都立特進を選んで晴嵐落ちてるから、大丈夫だよ」
「あんな天才と一緒にしないで!もうだめだぁ、おしまいだぁ!」
わんわん泣き出す望に、やって来たのは慎だった。
「だろうと思ったよ」
「慎くん……」
「泣いてる暇があったら、学校に来て授業を受けろ。成原先生からの伝言だ」
「えうぅ………」
「奈緒子と櫻子も史絵先輩も、もう知ってるから一緒に勉強するからおいで、って言ってるよ?」
「……うん、学校行く……」
望が立ち上がると薄雲が、
「学校まで送って行きましょう」
と、車の鍵を持って外に出て行く。
――――――――
鎮守府学校の講師が二人増えた。推薦合格している史絵と、晴嵐男子学校の一般コースに編入を決めた圭一である。
圭一と史絵のカップルが二人で教えている間に、講師陣は残り二人の本命の、県立高校受験へ向けての対策を教える形になった。
こうして季節は、冬本番の二月になっていた。