デレマス短話集   作:緑茶P

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今回はずっと考えていた個人的序盤のラスボス”十時 愛梨”編です。

設定やキャラの生い立ち改変はいつもの通りです。そして、胸糞設定もあるので苦手な人はプラウザバック。

ネタの為ならなんでも許せる方のみお進みください。

ちなみに、これだけでもなんとなく伝わればいいかなと思ってはいるのですが、

こっちを読んでからの方が流れは掴みやすいかもです。→「”灰かぶり”と”魔法使い”の始まり」/「sasakin」の小説 [pixiv] novel/9409626

それでは、今回も駄文にお付き合いしてくださる皆様に感謝を。


白き衣は他が為に

 

あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

十時 愛梨   女  21歳

 

 ”過疎化した故郷の再興”という夢を胸に”346アイドル部門立ち上げ”の最初期のオーディションに合格を果たしていたが、汚職に塗れた人選の中で武内Pが断行した人選の白紙により夢を一度断たれた苦労人。その後、”デレプロ”の前に961プロのアイドルとして、復讐者として、初期のラスボスとなり立ちはだかった。

 激戦の末、敗れて全てを失った彼女は差し出されたデレプロの参加への手を取り、”初代シンデレラ”の栄光を手にし、今の地位を手に入れた。

 

 その地位を生かし、地元や地方の広告に幅広く活躍しており日本中を忙しなく飛び回る日々を送っている。

 

 

 

――――

 

『アイドルマスター@シンデレラガールズ~八幡Pと!!~』各話から補足という名の過去ダイジェスト

 

――

 

 

第68話「正当なる復讐者」

 

「お久しぶりだね、”比企谷君”?」

 

 背後から掛けられたその声。それは、かつて聞きなれていたはずの声だった。だが、その声がもたらす印象はあまりに違いすぎ、聞くには痛々しい程に虚ろな物で―――自分たちの罪の深さを思い知らせるには十分すぎる物だ。

 

 息をゆっくり吸って、吐く。許されるならば煙草も一本吸わせて貰いたいがスタジオ内は禁煙。本当にやってられない。 

 

八「……久しぶりだな。”十時 ”」

 

 振り向いた先には、あの時の故郷を思って震える手を握り締めて輝く笑顔を見せていたあの時の彼女では無く――虚ろな瞳に能面の様な頬笑みを浮かべた”十時 愛梨”がいた。

 

美嘉「えっと、この人って961プロのアイドルさん、だよね?知りあいなの?」

 

十時「あれ、もしかして伝えてないんですかー?随分と冷たいじゃないですか。愛梨、”比企谷君”がそんな薄情だなんて思ってもみませんでしたよ?―――――自分たちが潰した”アイドル”の事ぐらいは教えておいてあげるべきじゃないですかねぇ?」

 

一同「っ!!!?」

 

 弱った獲物をねぶるかの様なその瞳と、甘ったるく脳髄を蕩けさせるその声の毒は確かにメンバーの心へと染み込み、皆が俺を見る。

 

 嘘であることを確かめる様に縋ってくる瞳に俺はもう一度大きく息を吐いて――真実を肯定する。

 

八「そいつの名前は”十時 愛梨”。お前らが選ばれる前の、本来のシンデレラプロジェクトのセンターを飾る予定で――――その直前に、デレプロを外されたお前らの”先輩”にあたる奴だよ」

 

 

―――――――――――――

 

 

 

第70話「十時 愛梨」

 

~八幡回想より抜粋~

 

   懐かしい、夢を見た。

 

 

―――私の故郷って秋田のすっごい田舎なの。小学校だって両手で足りるくらいしか生徒がいない笑っちゃうくらいの過疎地域。生きてくのだって精一杯の土地だけど、私はあの村が好きなんだ。

 

―――深い雪に埋もれちゃう山も、春に芽を出すフキノトウも、短い夏の川も、秋のふさふさに輝く一面の田んぼも、大好き。

 

―――ソレが無くなっちゃうのが凄い嫌。

 

―――だから、私がアイドルになってあの村の魅力を伝えられたらなって。

 

―――えへへ、偶然、相席になった人になに語ってるんだって自分でも思うけど、君も”故郷”が大好きなんだなって思ったから。自己満足だけど、自分のやりたい事を再確認できて勇気が出てきました。

 

―――え、う、うん。ありがとう。絶対に、合格してみせるね!!次会うときはテレビの向こうかも!!ふふふ!!

 

―――あれ!?なんでここに君がいるの!!?え、バイト先で今日から部署換え?もう!!でも、346に来るって分かってるなら言ってくれてもいいのに意地悪ですね~。まあ、でも、私たち同期って事だね!!よろしくね”アシスタントのハチくん”!!

―――ふふ、なんか運命感じちゃうなぁ。え!!いや、な、なんでもないよ!!

 

―――ハチ君!!やったよ!!レッスンの選考で私がセンターだって!!やった!!やった~!!これもハチ君が毎日練習に付き合ってくれたおかげだよ!!ありがとう!!え?近い?私たちの中でそんな硬い事いいっこ無しだよ!!見ててねハチ君!!わたし、絶対にこのままトップアイドルになって見せるから!!

 

―――あ、ハチ君…。え、調子悪そう?……や、やだなぁ。そんなことないよ!!ちょっとセンターの重圧にへこたれてただけだから、はは!!こんなんじゃ、ダメだよね。しっかりしなきゃ!!

 

――――ねぇ、ハチ君。今日、偉い人とお話をしてんだけど、さ。………いや、やっぱなんでも無いよ。ダメだよねこんなことじゃ。夢を叶えるのには、必要な事なんだもん。弱音なんて、私らしくないよね!!もうすぐデビュー楽しみだなぁ!!

 

―――君は、どんな私だって、分かってくれるよね?

 

 

―――ずっと、支えていてくれるよね?

 

 

 

 

………

 

 

 

 

―――――――――え、選考が白紙って、どういうこと、ですか?

 

―――ふ、ふざけないでください!!

 

―――あれだけ努力して、期待させて、そんな一言で納得しろなんて意味が分かりません!!理由を説明してください!!

 

―――そ、それは。…ああ答える以外にどんな選択肢があるって言うんですか!!みんな半端な覚悟でココに来ている訳じゃないんです!!例え汚れたって、ソレだって飲み込んで進むぐらいの理由があって―――ッツ!!?

 

―――は、ハチ君。ち、違うの。いや、そうじゃなくて!!―――君なら分かってくれるよね!!私には、やらなきゃいけないことがあるって君なら分かって………はち、君?

 

 

―――なんで、君がそっち側に、いるの?

 

―――だって、ずっと味方でいてくれるって、支えてくれるって…。

 

―――そう、か。君も汚れたあたしなんて見たくないんだね。薄っぺらい言葉を信じた私が…馬鹿だったって訳だ。

 

―――うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!裏切った癖に気遣ってる振りなんかしないで!!

 

――――私は、私たちは、アナタ達を許さない。

 

 

――――私たちは、あなた達の玩具じゃありません。

 

 

 

 見慣れた天井を隠すように手のひらで視界を隠せば今でも思い浮かぶあの無邪気な笑顔。そして、苦悩し、最後にこの世の全てを恨む様な怒りを灯した瞳。

 

 その全てが過ぎ去ったあとにあの虚の様な底冷えする様な頬笑みが何時までも俺を――責め立てる様に浮かんでくる。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

第74話「スリーピングフォレストガールズ”眠れる森の少女達”」

 

 

 

小梅「あの人たち、す、すごい」

 

幸子「ええ、確かにずば抜けています…でも、それ以上に…」

 

茜「…胸糞悪いですね。99:1で勝っているくせに観客のアンコールを誘って引きずり出して、叩き潰すなんてスポーツマンシップに反します」

 

瑞樹「スポーツでは無いけれどもわかるわぁ…。アレは、まあ、ありていに言って見せしめでしょうね」

 

文香「あるいは私たちへの”メッセージ”でしょうか。”お前らもこうしてやるぞ”と」

 

美嘉「趣味が悪いね。名前も、やり方も」

 

美穂「私、あの人達の笑顔が怖いです。何で本番の時よりも今の方がずっと深く笑ってるんですか…?」

 

楓「……………」

 

 

 

――――――――――――――――――――――

第76話 「眩き光」

 

 

 

楓「ふぅ、ふぅ、私たちの、勝ちです、ね?」

 

十時「…………そうですね。完敗、です」

 

 輝く電光板に示される数字は、残酷にその結果だけを映し出す。

 

 技術も、歌唱力も、ダンスも全てが私たちが上回っていた。それでも、あの一言が、観客の心の全てを引きつけた。

 

楓『んー、五回も幸子ちゃんを蹴った甲斐がありました。皆さんの誤解も解けた様ですね?』

 

 『皆さん、さっきから掲示板やダンスばっか見てらっしゃいますからね。幸子ちゃんや、私たちの顔、ちゃんと見てます?』

 

 そんな下らない。本当に下らない言葉に、会場中にかけた呪いを解かれてしまった。

 

 圧倒的な勝利を納め、圧倒し続ければ誰もが人は私たちを基準とする。そうなれば、対戦相手の荒さがしに観客は躍起になる。”私たちよりどんなミスをしたか?”、”何処らへんが劣っていたか”と必死になってその穴を探して勝手に私たちを押し上げてくれる。その結果で私たちが勝てば勝つほど満たされるその醜い優越感を求め更に加速していくその味は、甘い他人の不幸”リンゴ”。

 

 その悪酔いの様な呪いを解かれた先にあるのは”張り付けた様な偽りの笑み”と”目を眇めてしまうほど眩い笑顔”。

 

 歌も、技術も、連携も、ステップも、全てが未熟。

 

 それでも、心を、想いを届けようと全力で舞うその姿に、誰もが息を呑んだ。

 

 それこそが、歌手でも、ダンサーでもない。

 

”アイドル”のあるべき姿だと、誰もが思い出した。

 

 自分たちすら、忘れかけていたその姿を前に――――どうして負けを認められずにいられようか。

 

 自分たちは、もう―――”アイドル”では無かったのだと、思い知らされた。

 

 

楓「さて、決着は付きましたけど…まさか、これで終わりだなんて思っていませんよね?」

 

 

 脱力した私たちの肩にその声が重くのしかかる。

 

 因果応報。

 

 自分たちがやってきて、やられないだなんて虫の良過ぎる事があるわけがない。順番が回ってきただけだ。

 

 鉛の様に重い身体を引きずり、膝をつくメンバーを立たせ自分たち最後のステージとなるであろう処刑台へと―――顔を向けたほっぺを思い切り潰された。

 

愛梨「ふぎゅ!!」

 

楓「なんて顔をしてるんですか?ここはステージで、アナタ達はアイドル―――ならもっとふさわしい表情があるでしょう?」

 

 正面から覗き込んでくるそのチョットだけ色合いの違う瞳は、悪戯に微笑んでそう語りかける。

 

楓「詰まんない理屈をこねるのは大人の証拠です。でも、シンデレラは理屈なんてこねません。アナタがファンに届けたいと願っていたのは小難しい理屈ですか?」

 

愛梨「…分かったひょうなこと、言わないでください」

 

楓「ふふ、全部が分かってたらつまらないじゃないですか。分からない事を楽しみましょう?」

 

 そう言って彼女はその手で軽く頬を撫でてステージを降り立って行く。

 

 振りむけば、他のメンバーもデコピンや張り手や、噛みつかれたりと様々な活を入れられて呆然としていて―――思わず全員で笑ってしまう。

 

”後輩”に揃いも揃って叱咤されている自分たちの情けなさと、難しく考え過ぎていたその馬鹿馬鹿しさに。

 

愛梨「くくくく、……はーあ、揃いも揃って情けないですねぇ。ま、私たちを本気にさせた事を後悔させてあげましょうか?」

 

 そう言って私たちはステージへとかけ上がって行く。

 

 生意気な後輩達に、私たちの本当の実力ってモノを思い知らせて上げなければなりませんからね?

 

・・・・・・・・・・

 

 

「…よう、いいステージだったな」

 

「皮肉にしては、随分と容赦がありませんねぇ。比企谷君」

 

 誰もいなくなった控え室。去って行く皆を見送った私だけが静かに佇むその部屋に入ってきた彼が、迷った末に絞り出した言葉に思わず苦笑してしまう。

 

 相も変わらず彼の言葉は不器用で、大切な部分が全然足りていない。そのことがおかしくて、零れた溜息と共に必死に張り詰めていた糸も切れてしまった様で私は力なく椅子へと腰を下ろす。

 

 最後のアンコールに答えたステージ。

 

 余分な事を全て投げ捨てて、あの頃の様に純粋に歌とダンスと――観客に向き合った。

 

 ソレに、観客も全力で答えてくれる。

 

 そんな単純な事を何時しか自分たちは忘れてしまっていたのだと、気がつかされた。

 

 まったくもって無様な結末だ。

 

「あんな醜態をさらした私たちは961プロを除名だそうです。皆も、ソレを受け入れて散って行きました」

 

 最初からやり直すと決意した子も、もう自分はアイドルでは無いと悟って去った子も、誰もが清々しい顔でここを後にした。そんな彼女達を見送り、自分だけはいまだに動けずにココに立ちつくしている。故郷の事も、自分の事も―――もう、なんにも分からなくなってしまった。

 

「…そうか。それで、お前はどうする?」

 

「……本当に、優しくありませんね。ここは傷心の元カノを優しく抱擁でもして慰める所じゃないんですか?」

 

「誰が元カノだ、記憶をねつ造すんな。―――コレ、見たか?」

 

 端的なその言葉を茶化して苦笑を返してみると呆れた様な溜息と、一枚のプリントされた用紙を渡される。訝しげにその紙に目を移してみれば、ネットニュースがとある地方をピックアップしている記事。胡乱気にその記事に目を滑らせて――――目を見開いてしまった。

 

 その記事に取り上げられているのは、私の地元だったのだから。

 

「お前の街の蔵が”重要文化財”に指定されたらしいな。御蔭で今は観光客やらなんやでてんやわんやだそうだぞ?」

 

 彼のそんな気だるげな声も聞きながし、何度も見返す。だが、何度見返しても、間違いなくそこは自分が守ろうと必死にあがいた愛しい故郷で、そんな必要はもう全くなくて――力が全身から抜け落ちていく。

 

 そいえば、実家からやたらに掛かって来ていた電話をずっと無視していたことを思い出す。記事の先で誇らしげに笑う両親や地元の顔なじみの彼らの笑顔が何故か今は憎らしい。

 

「お前が全部を擲って守ろうとしてた故郷はお前が思ってたよりも随分と逞しかったみたいだな」

 

「そう、みたいですね。本当に、肝心なところで間抜けな自分が嫌になっちゃいますねぇ…」

 

 肩を落とす私に彼はもう一度苦笑し、更に言葉を重ねる。

 

「これでお前はようやく、自由に自分の選択が出来る訳だ」

 

「……例えば?」

 

「タダの大学生に戻ってパリピな生活を送る、または、地元に戻って親父さんと観光に力を入れるのもありだろうし…こっちで資格でもとって普通に就活するのも有りだな」

 

「そこでさらっと口説けないのが”ハチ君”のダメな所ですねぇ」

 

 例えば、”普通の女の子に戻って彼氏と幸せに暮らす”なんて甘い誘惑されたら弱ってる私なんて一発でしょうに。そんなヘタれな彼をからかう様に笑えば彼は肩をすくめてはぐらかすばかり。本当に、あの頃から彼は憎らしいほどに変らない。そんな彼は最後にポケットから一枚の用紙を取り出して、言葉を紡ぐ。

 

「そして、労働条件最悪の事務所で”アイドル”としてやり直すって選択もな」

 

「………」

 

「武内さんから、臨時面接の招待状だ」

 

「…本当に、あのプロデューサーもいい性格してますよね?」

 

「同感だな。まぁ、ソレもお前の好きにしたらいい。破られて当然だとも思うしな」

 

 そう言って私の視線から逃げる様に目を逸らす彼に溜息をつく。

 

 大切なことをこの男はいつだって言葉にしない。

 

 

"『戻ってきてくれ』と囁いてくれればいいのに”

 

 女の子の扱いだって全然なっちゃいない。

 

 

”『もう無理するな』と抱きしめてくれれば良いのに”

 

 

 本当にダメな王子様。

 

 

 肝心な所は引っ張ってくれず自分で決めるまで黙っている間抜けなくらいお人好し。

 

 そんな彼に苦笑を零して、チョットだけ想像力を働かせてみる。

 

”故郷”という大義名分を無くした”十時 愛梨”は、

 

 ――――どうしたい?

 

 そんな自分への自問自答はあっという間に答えが出てしまう。

 

 つまり、気付いていなかっただけでもう随分前に心の中にこの答えはあったのだろう。

 

 故郷も、輝くステージも、舞う喜びも―――好いた男の子も手にしたがる渇望も。

 

 その強欲さに、思わず笑ってしまう。

 

 

「私ってすっごい欲張りですからね。ぜーんぶ食べきっちゃってから後悔しても遅いですよ?」

 

 

  ”覚悟してくださいね?私の、アシスタント君?”

 

 

 そうして城への招待状を掻っ攫って不敵に笑う私に、彼はもう一度苦笑を零した。

 

 

――――――――――

 

 

第128話 「栄光のシンデレラ」

 

 

 その眩いガラスの靴は、煌めいて。

 

 

 流れた滴と、同じ色をしていた。

 

 

 

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細かい文字の羅列に目の奥がじんわりと気だるさを纏い始めている事を自覚し、大きく身体を伸ばす。伸ばした拍子に身体のあちこちから小気味よい音が響くのにうんざりしつつ大きくため息をついて、身体の力を抜く。時計を眺めれば結構な時間となっていて、気がつかないうちに随分と長く机にかじりついていたらしい。

 

 そのまま、首をほぐすついでに、なんとはなしに事務所内に視線を巡らせる。

 

 付箋だらけの自分の机に、山と重なった書類の数々。アイドル達が持ち寄った思い思いの私物。それぞれの事務方の性格が現れたように整理されたデスク。アイドル達の活躍が綴られた色鮮やかな雑誌。

 

 そして―――自分以外に唯一灯りの灯った、そのデスク。

 

 自分が没頭する前と変らぬ姿勢で膨大な資料を片手に、一心に何かを書き綴る彼女。

 

 肩を回すついでに外を眺めてみれば雨粒がゆるく窓を濡らしていて、ソレを一つ重ねるごとに秋の訪れを感じさせる様な冷やりとした空気へと塗り替えている。そのせいか、随分と部屋も冷え込んでいる事に気がついて小さな溜息と共に俺は席を立ち、給湯室へと足を運ぶ。

 

 彼女が戻って来てから習慣となりつつあるこの行動に苦笑を洩らしつつも、俺は今日もヤカンに火をくべる。

 

 

―――――――

 

 

「おい、そろそろ終電なくなるぞ?」

 

「…え、あれ、ハチ君?」

 

 差し出されたマグカップに並々とつがれたココアの湯気を不思議そうに眺めていた”十時 愛梨”が数瞬遅れて、俺の存在に気がついた様に声を上げる。どうにも集中し過ぎてまだ意識がこちらに戻り切っていないその間抜けな顔に思わず笑ってしまう。

 

「影が薄くて悪かったな」

 

「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて…って毎回分かって言う君も意地が悪いよね?」

 

 嫌味っぽく言った俺のひと言に彼女は一瞬焦ったように言葉を重ねようとするが、すぐにソレがからかわれている事に気が付いて拗ねた様にこちらを睨んでくる。そして、小さく感謝を伝えつつもそのマグカップに口を付けて小さく息をつく。

 

「で、今度は何処の過疎地域の特番なんだ?」

 

「んー、まだ迷ってるんだけどココの県かなぁ」

 

 彼女のデスクの上に広がるそれらは民族学に始まり、都市政策論に農業、観光雑誌。その他大量の資料に――ソレを上回る出演依頼の山が広がっていた。その中から彼女は大きく付箋の貼られた一枚の手書きで丁寧に書かれた事が窺えるモノを迷いなく抜き取って差し出してくる。

 

「…こりゃまた辺鄙な所にある村だな」

 

「ふふ、そう言う番組だし、調べた中ではまだ可能性のある方だよ?」

 

 そう言って彼女は小さく苦笑して乱雑に書かれた夥しい資料を手遊びの様にぺらぺらと捲っては閉じていく。

 

 とときら学園に始まり、多くの番組を抱える彼女が自ら企画し、運営しつつある番組”カントリーロード”。明るく、華やかな印象の強い彼女が始めた”過疎地域の復興”をテーマにしたこの番組。決して明るくも華やかでもないその内容は良くも悪くも多くの反響を呼びつつも今日まで続いている。

 

 その地域の特色や、文化、歴史。あるモノ全てを徹底的に議論し、可能性を探して行く事は生温い事ではない。

 

 お蔵入りになった者には”他所者”と謗られ、追い出された事だってある。それでも、彼女は頑なにこの企画を続けている。そして、いまや知らぬ人間の居ない”シンデレラガール”が起こしたこの企画に一縷の望みを掛けて依頼を出してくるものだってけして少なくはない。

 

 その依頼の全てを彼女は自分で精査する。知らないモノは調べ、分からないことはあらゆる方面に聞き、関連のある著名人は徹底的に洗い出す。そうして、ほんのわずかでも可能性のある場所を長い工程を経て見つけ出し、ようやく番組作成へと移って行く。

 

 そんな工程を彼女はずっと繰り返している。

 

「天下の”シンデレラ”がそう言うなら、大丈夫なんじゃねえの?…知らんけど」

 

「激励だと思って受け取っておきますよー、だ」

 

 その覚悟に俺が言える言葉など多くはない。だが、彼女はそんな無責任な言葉に毎回のように微笑んで答えてくれる。そんな情けない顔を浮かべているであろう俺を見た彼女がもう一度だけ笑って言葉を紡いでくる。

 

「そう言えば、今度の連休ってハチ君空いてます?」

 

「あん?…同人誌の即売会があるから空いてないな」

 

「良かった、暇なんですね!!」

 

 質問に予定を思い出しつつ答えると、花の咲くような笑顔を向けられる。ホントに素晴らしい満面の笑顔で思わず胸キュン思想になるのだが、問題が一つだけある。―――話を全く理解してくれてない事だ。

 

「一応、聞いてやる。なんで?」

 

「お盆に帰りそびれてたので帰ろうかと思ってたんですけど、両親がハチ君も連れてきなさいって言ってるので旅行の準備しといてくださいね?」

 

「……いや、納豆に砂糖をぶっかけて食べる家にはちょっと。ほら、糖尿病も心配だし」

 

「馬鹿みたいに甘ったるいコーヒー缶を呑んでるよりは健康的ですよ?」

 

「「あん?」」

 

 いや、マジギレテンションで俺も返しちゃったけどマジでビビったからね?収録で着いてった流れで泊めて貰った(強制)けど、何故か炊かれた赤飯も甘いし、リンゴも甘いし、何?甘いモノとびっくりする程しょっぱい味付けに当時はどうしたらいいのかマジで分かんなかったからね!!やっぱり、千葉の小町が作った飯が最高だと痛感しましたまる。

 

「てか、俺がついてく意味全くないじゃん!!しかも、馬鹿みたいにみんな酒飲むから前回ひで―目に会ったのに行こうとする訳ないじゃん!!」

 

「何言ってるの!貧困な地域だったからこそお客様への振る舞いは最高のもてなしなんだよ!!てか、途中から美味しい美味しいって言って自分から飲んでたの覚えてるんだから!!とにかく、チケットはもうとってるんでコレは決定事項です!!”シンデレラ”の言う事は絶対なの!!」

 

「やっす!!シンデレラの栄光をその辺の王様ゲームレベルに引き下げやがった!!」

 

 

 静かな秋雨が冷ややかな風を運んでくる中、薄暗く静かだったこの部屋。ソレが、騒がしい馬鹿話で途端にけたたましく、その温度を振り払う。

 

 

 塗炭に塗れた険しい道を乗り越え、栄光を手にしたシンデレラ。

 

 純白のドレスに、美しい城。そして、多くの羨望を集めたアイドルの頂点に立った彼女。

 

 だが、彼女は―――その白き衣を誰かの為に汚すことを躊躇わない。その汚れこそを何よりもの誇りとするのだ。

 

 ”泥だらけのシンデレラ”と誰かがそう嘲笑った。

 

 だが、その事に胸を張る彼女こそを――俺は心から尊く思うのだ。

 

 そんな彼女が、その思いが――ずっと輝く事をそっと祈った。

 

 

 

 


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