デレマス短話集   作:緑茶P

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(゚Д゚)連投だおらぁっ!!


さよなら は 始まりの徴

 

「ほんで、怒られる前に自ら出頭してきたん?」

 

「……まぁ、そういう事になるな」

 

 殊勝なんかふてぶてしいのか分からんなぁ、などと苦笑を漏らしつつコーヒーを俺に差し出しお気に入りのエプロンを畳む彼女“塩見 周子”は出会った頃と変らないくらい伸びた艶やかな銀の髪を緩く払って小さく溜息を吐き、俺の向いの席へと腰を下ろした。

 そのまま何をするでもなくぼんやりとコーヒーにミルクを足してゆるゆると描かれる渦を見つめて無言を貫く彼女になんだか胃がチリチリする謎の緊迫感を感じる。

 ソレを誤魔化すように俺も出されたコーヒーに口をつけ―――好みの甘さと温度に調整されている事に図らずもコイツとの付き合いの長さを思い知らされる。

 

 『塩見 周子』このかつて伝説のアイドルプロジェクトの頂点に立ったことすらある名前はもはや国内では知らない人間はいないだろう。だが、俺にとってはそんな誰もが知っている掴みどころのない風のようなタレントの顔よりも、こうしてエプロンと箒をもって気だるそうにこの346寮を練り歩いている姿の方が馴染がある。あるいは、出会ったあの頃の様に虚ろな目をしていたほっとけない家出少女だった妹分としての姿の方こそが自分にとっての『塩見 周子』と言えるかもしれない。

 

 そんな彼女がようやくコーヒーに口をつけ、悪戯気に頬を緩めた。

 

「くくっ、真剣な声で久々に電話なんてかけてくるから思わずプロポーズでもしてくるんかと身構えてもうたわ」

 

「エプロンとモップ片手に出迎えといてそんな事言われてもなぁ…」

 

「寮の管理人ってのも暇じゃないんだよ。育ち盛り、食べ盛りの子供たちがたくさんいる大所帯なんだからさ」

 

 そう言ってクツクツ笑う彼女が零す冗談か本気か分からない言葉に何とか絞り出した悪態。それすらも楽しそうに言い返してくる彼女にこっちもようやく張っていた肩ひじを緩めていつもの調子を取り戻して、軽口を何度も投げ合う。

 

 あの伝説の“デレプロ解散ライブ”以降、多くのアイドルが自分の道に進んでいった。役者になる者や音楽一本に絞る者、タレントやコメンテーターにとマルチに活動する奴もいればそのままアイドルとして残った者もいる。それ以外にも家業を継いだり、学業に専念したりと様々だが、コイツは―――正式に346寮の管理人になった。

 

 誰もが引き留める中で“自分は、やり切った”と清々しく微笑んだ彼女。そういって彼女はたまに技術指導で顔を見せる以外はここで新しいアイドルの卵たちの帰る場所であり続けている。

 かつて家族との訣別をもってここにたどり着いた彼女は家族から離れて暮らす後輩たちの“そういったモノ”になりたかったのかもしれない。そして、何よりもその傷を抱え誰よりも澱んでいた瞳をしていた彼女を導いたここの前任者への恩返しをできる形を選びたかったのかもしれない、と管理人室の片隅に飾られた写真に目を向け小さく目礼をする。

 

「ま、あの美城さんにそこまで言われるなんて大したもんやん? それに、こうして一番に報告してくれるんも素直に嬉しい。だから、別にしゅーこちゃん的には怒ってはないよ。むしろ大変なのは―――他の人やない?」

 

「………武内さんが怒鳴ってるの久々に見たな」

 

「うへぇ…」

 

 軽口の締めくくりに零された言葉はほっとすると同時に妙なくすぐったさを感じさせる。だが、そんなものを打ち消すくらいの憂鬱な話題に今度こそガックリと肩を落とした。そして、社長から出向の件を聞かされた武内さんの剣幕に思わず身震いをしてしまう。ただでさえ偉丈夫で目つきが鋭すぎるのに、それがいつもの三割増しの剣幕で社長室に飛び込んで地鳴りのような声を震わせたのだから普通に怖い。その後、短くメールで謝罪が来たのでおそらくは軍配は社長の方に上がったのだろう。これで近日中には正式に辞令として社内で公布され、更に部内の荒れようを考えると今から胃が痛い。

 

「まぁ、社内の事もそうやけどホンマにヤバいのは“みんな”の方でしょ…」

 

「…今から胃が痛くなってきた」

 

 皆って誰だよ、とかいつもの捻くれ回答も今日は役に立たない。少なくともあのチケットを涙目で俺に渡して来た全員との一悶着は確実で、いまだに社内で語り継がれる大事件・騒動は大体がアイツ等が巻き起こしたと言っても過言ではないくらいバイタリティー溢れすぎててもはやテロ予備軍まである。

 

「少なくとも暴れるのは早苗さんに心さん、その他一杯。大泣きするのもいっぱい。本気でヤバそうなのは―――いっぱい。……人気者は辛いねぇ」

 

「勘定が雑過ぎる」

 

 もはや何のために指を折る必要があったのか分からない雑な勘定に辟易としつつ、やけっぱちの様にコーヒーを流し込めば彼女も苦笑して答える。だが、少しだけその目にはからかいの他に柔らかい感情も隠されていて―――小さくウインクして彼女は携帯を手に取った。

 

「…………なにしてんの?」

 

「ん~? 私もやけど、こういうのは人づてになる前になるはやで解決しとくに限るん、やって―――と」

 

 ポチポチと携帯を弄る彼女が何かを送信した瞬間―――俺の携帯に引くくらいのアプリの着信音が連続で鳴り響く。もはや、なりすぎて“ポ“しか発さないその音に目を剥いていると周子がにやりと悪い顔して携帯の画面を見せてきて、送ったであろう内容を見せてくる。

 

 

“比企谷、出向するってよ”

 

 

 どこぞの小説の題名の様に書かれたその短文。そして、送り先は――かつて、仕事用に全アイドルが登録されたグループ。

 

 

―――こいつ、やりやがった。

 

 震え過ぎた携帯が、耳障りな音を立てて床に落ちた音が室内に響いたが、とりあえずこの性悪狐をとっちめるまでは開く気にはなれそうもない。

 

 

―――――――――――

 

 

 

「「「「「社長 ぶっころ」」」」」

 

 そんな剣呑な乾杯の音頭ってある?どうも、社畜の比企谷です。

 

 あれから、しばし。収集がつかなくなったアプリは我らが世界の歌姫で苗字も最近変わった楓さんによって発された飲み会の号令で一端の収束を見た。そこまでは良かったのだが、ただでさえ大所帯で誰もが多忙の売れっ子なのになんでほぼフルメンバーが揃ってるのだろうか? 部屋の隅では凜のマネージャーが泣きながら『先生、明日のフラワーアレンジメント全日本大会の授賞式を欠席するのは本気で不味いですって!!』と必死に説得を繰り返し、ジョッキを片手に既にかなり目が座った凜が『そんなの生理で出席不可にしときゃいいでしょ』とか滅茶苦茶な事を言って暴れている。……いや、プールの授業じゃないんだからそれは通らんだろ。

 

 その他にも似たような光景が散見しているので全員が似たようなモノなのかもしれない。そんな多忙の中でこんな木っ端社員の為に集まってくれるとは恐縮です。なんて現実逃避している俺の周りにも完全に目が座った方々に取り囲まれてマジやばい。これ、視線だけでしぬわ、べー、っじべーわ。

 

「比企谷さん、貴方、“待つ”って言いましたよね? それで、なんで手を出していい歳になった瞬間に他所の女のトコに行こうとしてんですか? 舐めてんですか?」

 

「ふふっ、千枝分かりました。―――要は、その事務所の子を徹底的に潰せば問題解決ですね? 今日の千枝は、ちょっとだけダーティです」

 

 それは、かつては年少アイドルとして活躍し、現在もアイドル部に所属し“ネオクローネ”として活躍する少女達であったり、

 

「はーちーくん♡ どうなってんのかちゃーんと愛梨たちにも説明してくれるんですよねぇ? これで裏切り通算何度目だと思ってるんですかぁ?」

 

「………ニコッ」

 

 大学を卒業後もあらゆる方面で活躍する元シンデレラと文学少女達であったり、

 

 

「はぁ、敵わんわぁ……。せっかく家業も順調、取引も上々やったのにこんないけずな事されるなんて思ってもみいひんかったわ。―――辛すぎて、うっかりこの間の大口契約のサインも“みす”してまいそうやなぁ?」

 

「……知ってました、比企谷さん? 日野重工って結構な額を346にスポンサーとして支払ってるし、株も結構持ってるんですよ。ええ、そうです。  人事に口を出せそうなくらいには」

 

 実家の家業に専念し始め、順調に実績を積み重ねてる日本を代表するご令嬢たちだったり、

 

「わ、わたし、なにか怒らせるような事しちゃったんでしょうか? こんなお別れ―――ひどすぎます」

 

「まぁまぁ、みんな少し落ち着きたまえ。こんな詰め寄っては息が詰まって話も出来ないだろう。――――なぁに、“説得”する時間はたっぷりあるとも」

 

 役者としてだったり、指導員としてだったりアイドルを卒業してから更に色気が増した年長組だったりと、実に多くの別嬪に囲まれて両手どころが全身が茨の筵に包まれているようで冷や汗が止まらない。がははは、―――こえぇぇ。

 

 というか、問い詰めて来るならまだいい方だ。奏とか美波とか一部のアイドルは虚ろな目でひたすら杯を重ね、俯いたまま鼻を鳴らしたり零れた雫を拭ったりしているのでまるで自分のお通夜が開催されているような有様。はちまんしんでないよ?―――♯もしかして? ♯これから?

 

 あー、だの、うー、だのひたすら滴る汗を拭いながら必死にあちこちに視線を巡らして活路を見出そうとする。だが、こういう時にこそいつもの様に暴れて空気をリセットしてくれる酒クズ`sはワイワイと普通に久々に集まったメンバーとの交流を楽しんで呑んでいる。違うでしょ? いつもは座れって言っても座らないのに何急に大人しくなってんの? 的な視線を偶然目があった佐藤に必死に思いを伝えれば冷たい目で“じ、ご、う、じ、と、く”とアイコンタクトで返された。解せぬ。かくなる上は――――

 

「………ちょっと、トイレに」

 

「「「「「ココでどうぞ?」」」」」」

 

 鬼かよ。

 

 

――――――――――――

 

 

「あー、しんど」

 

 ほうほうの体で何とかベランダの喫煙所に逃げ出した俺は深く吸い込んだニコチンにほんの少しだけMPを回復し、宴会場の方を振り返る。当時は見慣れた顔ブレだった筈が最近では中々に集まることも少なくなったせいで随分と新鮮に見えるから不思議だ。それは彼女達も同様なのか俺が月2回は報告でこっちに戻ってくる事を知った後、必ず飲みに行くことやその他もろもろの条件に引き出した後は久々の再会を楽しむ様に会話に花を咲かせている。

 

 そんな見慣れたはずで、でも、いつの間にかなくなりつつあった光景はそんな年でもないのに回顧を抱かせるには十分だった。そんな感傷を笑い飛ばすように紫煙を深く吐き出して夜空でそんな自分を嗤っているだろう星をけぶらせて遮る。そんな俺の横に、大きな影が並び立った。

 

「一本どうです?」

 

「……頂きます」

 

 いつもはピンと伸びた背も今日ばかりはしおれたように縮められ、声はいつも以上に囁くような武内さんに緩く苦笑を零して細巻きを進めれば珍しくソレを受け取った。楓さんと結婚してからはめっきり吸わなくなっていたので久々のやり取りはなんだかくすぐったい。

 

 一息で1/3ほど吸い込んだ煙を彼は一気に吐き出しす。

 

 成人してから、社会に出てから―――こうやって溜息を紫煙で誤魔化すように散らすことが当たり前のようになった。だが、まあ、自分達もこうやって大人たちが知らない所で気張って強がってくれたお陰で安穏と過ごしていたのだからいよいよ自分の番が来たのか、くらいで受け止められる様にも成った。良くも、悪くも――痛みに慣れてしまった。

 

「社長に随分とコテンパンにされたみたいですね」

 

「……“そもそも、お前の不始末だ”と言われた時に自分は、ソレを認めたくなくて憤っていた事に気が付いてしまいました。もちろん、反論も言いたい事も多岐にわたってあります。そもそもの部門の成り立ちから、状況、獅子身中の虫が蔓延る環境。そんな多くの不条理に囲まれ何も信用できなくしたのはお前らだと叫びたかった。

 

 ですが、それは言い訳でしょう。

 

 結局の所、自分は有頂天になっていたのです。苦心の末に全てのシンデレラを送り届け、そのうちの一人と結ばれた。仕事に障害は無くなり、初めて思ったままに企画を進行できる快感。そして、煩わしい雑務は自分より知見に優れた部下が全て解決してくれているそんな今の現状に――――満足して、酔いしれていた。

 

 今回の件は、上司の役目である“次代の教育”という物から目を逸らし続けて受けた、とびっきりのしっぺ返しです」

 

 項垂れ、悔恨するように懺悔した彼はもう一度深く――今度こそ溜息を吐いた。

 

 そんな見た事もないくらい弱り切った魔法使いの初めての弱音に、つい、笑いが零れそうになる。どんな時でも背筋を伸ばし、一貫して意思を貫き、不器用ながらも誰よりも情の深い男が8年近く一緒に仕事をして初めて見せた姿。それは、本来は部下なんかに見せるべきではない“弱さ”。それが、今回のような事を挟んでようやく会社の上下でない部分に踏み込んだのだと感じてしまった。

 

 たったこれだけの事に8年近く掛ける、お互いの不器用さは笑ってしまうには十分なネタだろう。だから、俺はいつもの様に意地悪気に頬を吊り上げて――軽口をいつもの様に叩こう。

 

「案外、あの人も社長職が暇すぎて現場に出たくなっただけかもしれませんよ?」

 

「………くくっ、それは――あり得そうですね」

 

 そんな阿保みたいな言葉に一瞬だけ目を白黒させた武内さんは今度こそ笑って答え、二人で下らない馬鹿話や、常務の悪口。来週に控えたアイドル部門の内輪の送別会の内容なんかで煙草を何本も吸いきるまで語り合った。

 

 馬鹿な学生の様に、思慮も遠慮もない言葉が―――楽し気に夜に溶けていった。

 

 

 新天地がどんなとこかもまだわかりはしないが―――少なくとも俺は随分とこの場所を気に入っていて、もうしばらく離れる気分になりそうにない事だけはたしからしい。

 




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