最後はBGMと一緒に聞くともっと楽しめます(笑)
昔のお話によれば七日間で作られたという世界。ソレを行ったという神様を恨まなかった日は私の人生にはない。
七日で世界を創生するというならもっと試行錯誤と綿密な計画を立てるべきだと思うし、その内の一日を休みに費やすくらいならもっと時間をかけても良かった筈なのだ。そんな思い付きと中途半端な気持ちによって行動するせいで世の中は随分と不条理で意地悪なモノに仕上がってしまったのだと私は思う。
求めたものは与えられず、費やした努力はソレを嘲笑う様に掌から零れて周囲の嘲笑を誘い自らの心と意気地をガリガリと削ってゆく。望んだわけでないのにスタートラインから苦境に立たされている自分の横では何をした訳でもないのに悠々と人生の幸福が約束されている人がいる。求めて、努力して、苦労も重ねて、それでも叶わない想いばかりがこの世に蔓延っていてそう思うなというのはちょっと無理があるだろう。――――でも、ソレに捕らわれて努力を放棄する理由にはならないと私は思う。
笑いたければ笑ってくれればいい。
足掻く姿が見苦しいのなら素直に謝ろう。
でも、ソレを理由に自分の魂の在り方を変えるというのはどうしたって納得できないのだ。理由や理屈はなくても“そうでありたいと”願う姿に、理想の自分に近ずくために藻掻くことくらいはどうか見逃して欲しい。
身の程も知っている。
身長が180を超える女を“可愛い”という人はいない事を。
分も弁えている。
外人モデルすら珍しいこの体に合う“フワフワ”で“きゅるきゅる”な服を着るためにはオーダーメイドか、自分で作るしかないくらいには需要がないことも。
声だって全部聞こえている。
“もったいない”とか“うわっ”とか語られる事のない言葉の先に詰められた棘だらけの想いも全て承知の上。
それでも、でも、信じられない事がこの世には起こる。これこそが私が人生で一番神様という物を恨んだ瞬間だろう。
アイツはどうせ手を抜くのならば最後まで抜き切ればいい物を、諦めきった頃に蜘蛛の糸のような希望を目の前にぶら下げるという意地悪さだけはこの世にしっかりと組み込んでいった。
もう、諦めていた。やり切ったと思っていた。そんな時に―――生まれて初めて見る自分を見下ろす男性。それが、まっすぐとなんの疑いもない自分の理想の最高峰である“アイドル”という世界へ手を引っ張っていってくれる。そんな御伽噺のような“意地悪”を世界に組み込んだ神様はきっと相当に性格がひん曲がっていて、いつかあったら全力でぶん殴ってやろうと思うくらいにはムカついている。
でも、今までの苦しみがこの一瞬と、これからの未来への祝福であるならちょっとは許してやろうかなんて思ってしまう自分は相当に甘ちゃんなのだ。どれだけ、追い込まてきたのかも忘れてそう思っちゃうくらいには夢見がちだった。――――それが、もっとこの身を焦がす“苦しみ”の始まりだとも知らずに。
自分を魔法の城に導いて、夢に抱いていたドレスを与え、ありのままの自分を自然に“可愛らしい”だなんてこっちが赤面してしまいそうなくらいに真剣に言祝いでくれる王子様が―――既に結ばれていたなんてあんまりに残酷な結末だ。
柔らかな微笑み。
誰からも愛される朗らかさ。
息を呑む美貌に添えられた可憐さ。
魂を掴むようなその歌声と舞。
自分の理想が全て詰まったその女性と――― 一目で分かる程に職分を超えた親愛が籠った会話と雰囲気。
それを前にして私はようやく悟ったのだ。にっくいアイツは手を抜いた訳でもなく、こうして苦しむ自分のような人間を楽しむために趣向と手間を惜しまずかけてこの世界を作ったのだと。
だから、きっと―――朦朧とする意識と、気だるく体を起こすことも出来ない今の自分を不安そうに見つめ、何かできる事はないかと真剣に問うてくる想い人が
自分の枕元で声を掛けてくるなんて、きっと、また自分を貶めようとする趣味の悪い神様の見せた悪夢だろうと決めつけ――――私“諸星 きらり”は熱にうなされる思考のままその固く力強い手を握り、抱き込む様に体を丸めた。
冷えた手が火照った体から体温を奪っていくのを心地よく感じ、幻覚とは知っている癖に小さく呟いてしまった。
「傍に、いてほしい にぃ……」
「 」
幻聴。そうは分かっている。それでも、意味も分からず聞き取れない身近な言葉は確かに自分の冷え切った何かに滑り込む様に温もりを齎し、荒かった動悸と呼吸がちょっとだけ収まるのを感じつつ、私は意識を手放した。
――――――――――――
「………なんで、武ちゃんがここにいるにぃ?」
「その、お見舞いに来ましたら杏さんに通されまして……なんと言いますか、振りほどくのも忍びないと、その…思いまして……」
熱が出て起きたら想い人のプロデューサーが目の前にいて手を握ってたにぃ。何を言ってるか分からないと思うけどきらりも全く分からないので大丈夫。差しあたっての問題は、少しずつ困惑と尾を引いていた寝ぼけ感が抜けてきた事によって理解し始めたこの状況。冷静に考えればここは自分の部屋で、目の前には見舞いに来たという意中の人。だが、今、冴え始めた私の頭は最大限のアラートを鳴らしてこの緊急事態での最も気にしなければならない案件を矢継ぎ早に伝えてくる。寝起き すっぴん 雑多で片付けが行き届いていない部屋。何より、汗だくで寝ていたことによって張り付く寝間着と――――籠ってしまった自分の匂い。
どれもこれもが未婚の乙女が男性に、しかも、意中の相手に曝すには致命的な部分を見られ、感じられてしまった事に熱とは違った暑さが自分の顔を真っ赤に染め上げた。
「う、うきゃぁっ!? だ、駄目にぃ!! た、武ちゃんは一旦部屋からでてい―――てぇっ?」
羞恥と衝動、その他の複雑な乙女心の葛藤を経て私が出した答えは“仕切り直し”と“記憶の消去”。気だるさも何処かに吹き飛んだ体を弾けるように布団から起こして慌てて彼を廊下へ押し出さねばならない使命感と共に彼に向って手を伸ばそうとした瞬間に足からカクリと力が抜けた。当然、勢いよく飛び上がった中でそんな事をすれば普通よりかなり大きめのこの体は慣性に従って彼へと落ちていく。
数瞬後に来るであろう衝撃への恐怖と自分の迂闊さで彼に怪我をさせてしまうかもしれない事への深い後悔に目を固くつぶるが―――その瞬間は、訪れない。
代わりに自分を包んだのは、硬く、熱く、力強さを感じさせる体。そして、微かに薫るムスクと紫煙、そして、深く意識と印象に残る自分とは違う匂い。
脳内に浮かぶ自分に都合のいい予想と、ソレに期待なんかするなという過去の経験則。だけれども、恐る恐る目を開けて確認すればそこには見た事もないくらい近くにある彼の顔。ソレに、出会ってからずっと憧れつつも触れる事の出来なかったその自分より大きな体が自分を包み込む様に、怪我をさせないようにと細心の注意を払って抱きしめてくれているそんな状況にただでさえパンクしていた思考はあっという間にショートしてしまい彼の体に身を任せる様に掌を握り締める事しか出来なかった。
「……お怪我は、ありませんか?」
「……は、はぃ。その、ごめんなさい」
「いえ、勧められたとはいえ、許可もなく女性の部屋に入った自分の落ち度でした。――ベッドには自力で戻れそうですか?」
「………まだ、ちょっと力が入らなくて」
「そうですか……」
耳元で囁かれる低く囁くような声。自分の安否や文句よりも自分を優先してくれるその優しさ。匂い、感触、熱、吐息、鼓動、触感―――全てが私の体をじわじわと炙る様に、染み入ってくるように甘く、甘く犯してくる感覚に私は抗うことも出来ず息をするように嘘を吐いた。
もっと、もっともっともっと 貴方を こうして 感じていたい一心で。
そんな自分の浅はかな考えは―――あっという間に覆されてしまった。
ふわりと、宙に浮くような感覚と共に。
「た、たたたた武ちゃん!!??」
「今は貴女の体を養生することが最優先ですのでご寛恕願います」
支えられていた体はより強く抱きしめられ、それでも苦しさや痛さとは無縁の不思議な感覚で私の体は彼にいわゆる“お姫様抱っこ”という状態で持ち上げられていた。初めて見る景色に、味わう浮遊感と―――気恥ずかしさ。その全てに嫌でも心臓が高鳴って口が勝手に滑っていく。
「き、きらり、とっても重いから無理しちゃ駄目だにぃ!! じ、自分で戻れるから!!」
「貴方をもう一人抱えたとしても問題ないくらいに鍛えていますのご安心ください。それに―――いつも人を気遣っているのですから病床の時くらいは素直に頼ってください」
「―――っ!!」
ジタバタと暴れたくなる体を必死に抑え込んで絞り出した抗議はクスリとした微笑みひとつでいなされ息を呑んでいると、本当に軽々とベットまで運んだ彼の手があっという間に離れていってしまう。そのことが、当たり前の事なのに無性に悲しくて寂しく思えてしまう自分はやっぱり風邪で少しだけ頭がおかしくなっているのかもしれない。
「……その、ごめんなさいだにぃ」
「貴方がそこまで疲労している事に気がつけなかった私が謝ることはあれど、貴方が謝ることなど一つとしてありません。それでは―――」
再び伸ばしてしまいそうになる手を膝を抱える事で堪えて絞り出した謝罪ですら、彼はむしろ自分の責務だと言い切る。そのことが更に申し訳なくなっていると彼が視線を合わせるため曲げていた膝を伸ばすのに小さく体が震えてしまった。当たり前だ。自分の見舞いとしてきただけの彼は杏ちゃんの思惑があったとはいえ自分が手を握って離れられなかっただけで、本来はすぐにでもここを出て仕事に戻らなければならなかった筈。ソレが済めば後は、帰るだけだ。
そんな当り前のことが、今はとても苦しい。
「まずは、杏さんが用意してくださった替えの寝間着に交換してください。ボディペーパーもそちらに準備してくださいましたし、脱いだ衣類はこのボックスに入れてくだされば彼女が後でかたずけて下さるそうなのでご安心を。その間に自分は台所をお借りしておかゆを温めなおしてきます」
「へ? いや、あの、今日は平日だからお仕事に戻るんじゃ……」
また、塞ぎそうになった自分に掛けられたのはあまりに的確で無駄のないお世話の内容で、その予想もしなかった言葉に無自覚に返した返答に彼は困り果てたような顔で首筋を触りながら事情を説明してくれる。
「それが、その…諸星さんの状態を確認してから、戻るのが遅れる旨を比企谷君に連絡したのですが『今日の内容程度なら個人で対応可能ですので、そちらを優先してください』との返信が来まして。他にも三船さんからは“半休申請受理済み”だったり、アイドルからも多数の厳命が送られてきまして―――このまま追い出されると手持ち無沙汰になってしまう状態なのです」
「―――っふ、ふふ、気を遣うのなら女の子はもうちょっとロマンティックなのがうれすぃ~んだよ?」
「以後、精進します」
赤面したり、浮かれたり、喜んだり、沈んだりと自分でも忙しいと思うのだが溢れる感情もパンクしたまま一周すれば笑いに代わるのだと必死に自分に気を使わないように言い訳を重ねようとしてくれる彼に思い知らされる。それでも、素直に受け取るのも味気ないし、久々に自分に構ってくれそうな彼にちょっとした意地悪も含めてそういえば、彼も苦笑で返してくれる。
やがて、彼が部屋から出ていった後に着替えようと汗で濡れてしまった寝間着を脱いで鏡に映った自分と目が合った。
日本人離れした長く、スラリとした体。それに可愛いかどうかと問われれば大体の人間が“綺麗”と答えるであろうシャープな顔立ちに空色の瞳。自分が理想とする小さくて、可愛くて、誰にも愛される愛くるしさを持たない体はずっと神様を恨み続けた要因の一つ。
いつもは鏡で見るたびに頬が軋んで上手く笑えなくなりそうになるのだが、今日は頬に少しだけチークのような朱が入るだけで何故か自然に笑えている気がする。
映った体を眺めながら先ほど彼に掴まれた部分を撫で、その感触を思い出す。
自分の体より、大きく、強い体。
飾ることも無く、彼の前では素直に寄りかかれる。
世界で、たった一つの安らぎは一度味わってしまったあの甘い毒としてずっとそこに宿り続けている。ソレを自覚しつつ小さく瞳を閉じてクスリと笑いが漏れ、そのままベットに倒れ込む。
やっぱり、神様は悪趣味で陰険な奴だと思う。
諦めさせてくれればいいのに、こうやって甘い蜜を垂らして邪魔をしてくる。そして、そんな頼りない蜘蛛の糸を辿った先での諍いや混乱を楽しく高みの見物をするために私たち人間にこんな不釣り合いな想いと体を与えたに違いない。
いつもはそこで終わる思考と恨み節。でも、今日は天井のライトに向かって伸ばした手と同様に思考もちょっとだけ進めてみる。
なら、存分に笑わせてあげよう。
無様で、結果は見えている勝負でも可能性が髪の毛一本分でもあるなら私は手を伸ばし必死に食らいついて見せるとも。
笑って、笑って、笑って―――最後にその度肝を抜くような逆転劇を。
私だって―――“シンデレラ”なのだから。
そんな独白と共に、私“諸星 きらり”はちょっとだけ可愛くない笑顔で不敵に笑い声を漏らしたのだった、とさ。
=今日のおまけ=
轟く大歓声が舞台裏まで響いて、その熱気は肌を焼くプレッシャーそのものへと変わっていく。普段でもここまで鬼気迫る観客やファンは珍しいが今日ばかりは特別だ。なにせ、数多のシンデレラの中から自分が最も大切にしているアイドルが頂点に輝くかもしれない日なのだから誰もが死力を尽くして声援を送る。
それに―――今、歌っている女性はこのプロジェクトの顔ともいうべき存在で世界にその名を轟かし、実際にかつて頂点に君臨してもなお上位に食い込み続ける正真正銘の怪物だ。
「そーんな人の後にわざわざ順番を入れて貰うなんて杏には理解できないよ、きらり」
「ソレでも今日はこの方が一番燃えるんだにぃ」
自分の理想全てを詰め込んだような親友が呆れたように溜息を吐くのにちょっとの苦笑で応えつつも髪をゴムでかっちりまとめ直して気合を入れ直す。相も変わらず無駄に大きくて、可愛げない自分。だけど、最近はちょっとだけ心の中にあった羨望や嫉妬という物は随分と薄くなって久しい。
最後のチェックに鏡を覗けば、自分の個性を誤魔化すように着飾っていた装飾は全て取り払われてむしろスタイリッシュさを感じさせる衣裳。それにただでさえ高い身長を底上げするピンヒールは普段の自分の姿を見慣れている人間には目を疑う光景だろう。
選挙前の悪あがきと言われるかも。
主義を変えたと嗤われるかも。
色んな悪いイメージは飲み込んで小さく頬を張って息を吐く。
可愛い物は、好きだ。そうなりたいと今でも強く思う。それでも、それはきっと自分の一部なのだ。カワイイにカッコいいに綺麗の全部が一緒になったとしてもいいじゃないか。自分は恵まれた事にソレを出来るだけの体を持っている。無かったのは――――ソレに踏み込む覚悟だけだった。
背筋を伸ばし、ステージへと視線を向ければちょうどステージから下がって来る“楓”さんと行き会い、それが交錯する。ニッコリと無邪気に可愛く綺麗に、カッコよく微笑む完璧な“アイドル”がそこにいた。少なくとも、私の欲しい物はここまで至らなければ手に入らない事を改めて思い知らされるが、伸ばした背を丸めて歩くのはもう辞めた。
ピンヒールで嵩増しした自分の身長はちょうどあの人と同じ高さ。心と体どっちも背伸びをする私を存分に笑えばいい。滑稽に舞う私に、眼を釘づけろ。
私は―――戦うと決めたんだ。
そんな思いを乗せて微笑んだ私に一瞬だけ目を見開いた彼女は、何も言わずにすれ違う。それをどう取ったのか分かりはしないけども、私はスタンバイのマークが付けられた位置に立ち静かにその時を待とうとしたが背中に小さな手が添えられ、謳う様な親友の激励が
耳朶を揺らす。
「きらりはさ、やっぱ不器用だよ」
「…うん」
「優しくて、戦うのも競うのも本当に大っ嫌いな癖に」
「うん」
「…でも、それじゃ納得できないくらい大切な事なんだよね?」
「うん!」
「――――なら、全部ゼンブぜんぶぜーんぶぶっ飛ばしてきなよ」
「うんっ!!」
「きらりが!! 世界で一番かわいくて、カッコよくて、最高なんだって―――思い切りぶちかまして来てやんなよっ!!!!」
「―――うんっっッ!!!!」
背中に奔る小さくて、温かくて―――実は誰より世話焼きな親友の声と平手を背に私はステージへと駆けていく。
誰もが自分の姿に目を剥き、驚愕に息を呑んだ。
でも、止まらない。
大音量で流したBGMを全身で受け、ただ自分の全てを絞りだす。
ただ、届け。世界にたった一人の貴方に。
“My Sweet Darling”
貴方と生きるためなら、こんな不都合な世界全て壊したって構わないから。
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