デレマス短話集   作:緑茶P

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欲しいのは、ありふれた幸福じゃなくて…。


無価値な寵愛

あらすじという名のプロフ

 

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

鷹富士 茄子   女  21歳

 

 言わずと知れた”神に愛された女”。歩けば大金を拾い、座ればアイドルにスカウトされ、立てば拝まれる病的なほど神に愛されている。本人もその事に自覚があり、何があっても特に焦ることがない大物感を漂わせている。そんな彼女である為に縁起を担ぐ年末年始は引っ張りだこで、本当に寝る暇もない。

 

 そんな縁起のいいい彼女だが、どうにも上手くいかないことが一つだけあるようで―――?

 

――――――――――――――――――――――

 

 駅のホームに降り立つと、暖房に包まれていた車内に慣れた身体を包む冷え込みに思わず身体を振るわせてマフラーを引き寄せてしまう。ちょっとだけそのまま立ちすくみ、その寒さが和らいだ様な気がして、小さく息をついて首をめぐらしてみる。

 

 新年が明けたばかりの時は凛と引き締まり、誰もがしゃきしゃきしていた雑踏もひと月たった今ではチョットだけ気も緩んで誰もが気だるげだ。そんな中で、一際気だるそうに自分と同じようにマフラーに顔をうずめて身を震わす”お目当ての人”を見つけて思わず笑ってしまう。

 

 待ち合わせをしたわけでもなく、狙った訳でもない。それでも、世界は随分と自分に優しくて願いを簡単に叶えてくれる。

 

 今日も自分の”幸運”は絶好調。

 

 そのままいつもの調子で頼みますよっと、心の中で唱えながら壁に張られた鏡で自分の最終チェック。

 

 短めのショートに同年代に比べたら幼げな見慣れた顔、ちょっと気合いを入れて選んだ大人っぽい白を基調としたコートに気どり過ぎないマフラー。入念にチェックを重ねるが、アイドルとしてやっていけるくらいには整っているはずだと自己暗示して一息。そのまま、ぼんやりと立ちすくむ彼に駆け寄って―――思いっきりその腕に飛びつく。

 

茄子「ひっきがやサーン!」

 

ハチ「っ!!…って、ナスビか。てっきり、痴漢冤罪かと思ってビビったわ」

 

茄子「トップアイドルの一人に抱きつかれての第一声がそれってのはどうなんですかねぇ…。と、い、う、か!!いつも言ってるじゃないですか!私の名前は”ナス”じゃなくて”カコ”です!!ついでに言えば、二人っきりの時は”ヨイチ”って呼んでください!!」

 

ハチ「まだ言ってんのか、ソレ。というか、歌って踊るアイドルが舞ってる人の脳天打ち抜く人の名前で呼ぶのをせがむってどうなのさ…」

 

茄子「私が打ち抜くのは貴方のハートですけどね!!」

 

ハチ「うるせぇよ!!」

 

 気だるげで淀んだ眼に、特徴的なそのアホ毛。この人は私が所属するアイドルグループのアシスタントを一手に引き受ける”比企谷 八幡”さん。いつものお決まりのやり取りを終えた彼が疲れたように深く溜息をついて肩を落とすのを見て小さく笑ってしまう。

 

 最初から随分と面白い人だと思っていたのだが、この人の下の名前を知った時に思わず思いついたその呼び名は今だに呼んでもらった事がないのが酷く口惜しい。だって、”鷹冨士 茄子”に”八幡”だ。ここまできたら”与一”とだって呼んでもらいたくもなる。ソレに、二人だけの密かな呼び名だなんて随分と楽しそうではないですか。

 

 そんな身勝手ながらも慎ましい願いは残念ながら次回に持ち越すとして、げんなりしている彼の腕を引いて急かす様に歩を進めていく。時計を見れば待ち合わせの時間は随分と迫っているし、何より今日という日を待ちに待ったので気持ちだって随分とはずんでいるのが知らずとそうさせてしまう。

 

 

 何と言ったって、今日は”初詣”。

 

 

 昔からこの日にかけての私は最高潮。

 

 

 彼との、いつもとは違う展開が待っていると期待してしまうのも仕方ないでしょう?

 

 

――――――――

 

 駅から十分ほど他愛もない軽口を交わしながら歩いた所で見えて来る赤い大きな鳥居。その下にはもうメンバーの皆も集まっているようで随分と賑わっていた。そんな中であっちもこちらを見つけた様で軽く手を振っておくと、髪をピコピコと動かして”幸子”ちゃんがこちらに近づいてくる。

 

幸子「もう!遅いですよ、二人とも!!何時集合だと思ってるんですか!?」

 

八「なんだよ、まだ集合時間まで30秒もあるじゃん。余裕のスケジューリングだな」

 

幸子「なに馬鹿な事言ってるんですか…。いい年した大人なんだから15分前行動を心がけてください」

 

八「30秒あれば世界を支配できるぞ?例えば、お前は30秒後に”そんな事より可愛い僕に何か言うべきことがあるんじゃないですか?”という」

 

幸子「はー、そんな事より可愛い僕に何か言うべき事があるんじゃないですか?―――はっ!!」

 

茄子「馬鹿な事して遊んでると本当にあっちで待ってる皆に怒られちゃいますよー?」

 

 わなわなと震える幸子ちゃんに勝ち誇ったような顔を浮かべる彼に苦笑を浮かべながら、向こうで待ってる皆の元へと促せば二人もじゃれつきながらも歩を勧めていく。そうして、鳥居の元に辿りつけばメンバーの誰もがそんな二人に苦笑しつつも、チョット遅めの新年の挨拶をして私たちの事を迎えてくれました。何人かの視線が私が組んでいる彼の腕に突き刺さるのはご愛嬌という奴でしょう。いつもは遠慮しているのですから今日は無礼講なのです。

 

 

 なってみて知ったのですが、アイドルというのは年末年始は忙しすぎて自分達の行事に頓着している暇など無いほど目まぐるしい予定に追われる運命の様で、”それならいっそ皆で初詣は落ち着いた頃にやろう!!”となったのが今回の集まりの始まりです。調べてみれば年が始まってから初めての参拝なら”初詣”。そんなガバガバなこの国の宗教観が私はわりかし大好きです。

 

 さて、閑話休題。

 

 思い思いの格好をした華々しい皆さんが最初に目指したのは社務所。お目当てはもちろん年内の運勢を占ってくれる”おみくじ”です。結構な人数の美女が並んでその結果に一喜一憂するその光景を尻目に私はほくそ笑みます。何せこの”鷹富士 茄子”短い人生ですが、大吉以外を引き当てたことなど無いのです。その結果なんて見るまでもなく今回も例に倣ってそうなる事でしょう。問題は、その後の彼が引いたくじによって変る夜な夜な考えた”私の幸運、比企谷さんにも分けてあげますね?”プランか、”貴方が隣にいるからこんな幸せなくじが引けたのかも?”プランの違和感を感じさせない繋ぎ方です。

 

 コレによって存外ウブな彼の顔を赤らめた貴重なシーンを確保できるかがきまるので失敗は許されません。

 

 

 そう自分の中で決意を新たに、結果を見て真っ青になる瑞樹さんや和久井さんを努めてみない様にして、その列をゆっくりと進んでゆきます。―――そして、遂にその時が来ました。

 

 引き当てたくじの内容は当然の様に”大吉”。それも、頭にもう一つ”大”のついた特級です。その結果に周りの皆が感心したように沸き立ってくれて、思い思いにその結果を喜んだり感心してくれるのは本当に嬉しいのですが、今はソレどころではありません。

 

 その喧騒に紛れていつの間にか確保していた彼の腕を見失ってしまっていたのです。

 

 自分の犯した大失態に私の心は非常に焦ります。

 

 コレは早急にCプラン”これだけ恵まれておいてなんですけど…本当に欲しいのはコレじゃないんですよね…”というしっとりプランで彼の甘い言葉を引きだす計画に移らねばこの結果は無為となってしまいます!!そんな焦りと共に、おみくじの交換を迫ってくる年配…ゴホン、失礼。オネーサマズを掻き分けて必死に彼を探します。そして、ようやく見つけた彼に駆け寄ろうとした瞬間―――思わず、足を止めてしまいます。

 

 

 その目線の先にいたのは、自分と対極の存在ともいえる―――可愛い妹分とも言うべき”白菊 蛍”ちゃん。俯き、うかない表情で隅っこに寂しそうに佇む彼女に近づいていく彼を見つけてしまったから。

 

 

八「くく、あれだけ朋やら小梅達と開運グッズを買いあさってお御籤に挑んだのにな?」

 

ほたる「…比企谷さん。今は、ちょっと、その…笑えそうにないので…すみません」

 

 俯く彼女が持っているお御籤に書かれているのは案の定”大凶”を示した紙。

 

 自分が大吉以外引いた事がないとすれば、彼女は間違いなくその逆を引き続けていたのでしょう。そして、ソレを挽回するために彼女と親しいメンバーが様々なお守りや、祈願をしていたのは記憶に新しい。だが、その結果を問うのはあまりに大きく書かれたその文字は残酷だ。

 

 静かに俯く彼女の姿に、浮かれていた心も沈んで息を呑もうとした――――その時。

 

八「…ちょっと、ソレ貸してくれ」

 

ほたる「え?」

 

 俯く彼女からひったくるようにその札を奪った彼は自分の札と見比べる。ここから見える彼の結果は”小吉”。そんな自分にとっては平凡とすら言えるその結果を見比べてしばし、彼は近くで談笑していた彼と最も親しいキツネ目の女性に声を掛ける。

 

八「おい、周子。お前はなんだった?」

 

周子「ん~、中吉やった~ん。なんとも微妙な結果だよね。”待ち人、立ち去る、悔いなく尽くせ”って何の事やろか?」

 

八「”中”か。…まあ、足し算すりゃなんとかなんだろ」

 

周子「は?って、ちょっと!!ウチのおみくじ~!!」

 

 呑気に答える彼女のお御籤をさらっと抜き取った彼は自分とほたるちゃん、そして、周子さんのソレを重ねて細く束ねて近くにあった梅の木の手の届く一番高い枝へとあっという間に結んでしまう。そんな突然の行動に唖然とする、ほたるちゃんに彼は意地悪げに笑って答える。

 

八「まあ、上から十番目の”大凶”も六番目の”小吉”と四番目の”中吉”混ぜときゃ”平”位にはなんだろ。あと、高いとこに結んどきゃ神様が早めに見つけてくれるらしいぞ?…いや、正月終わってからまで仕事してるかは知らんけど」

 

ほたる「あ、えっと、その…ふふっ!ご、ごめんなさい!!ホントに凄く嬉しんですけど、クッ、くくく、ひ、比企谷さんってたまに小学生みたいな理屈こねますよね。…ふ、ふふ、あはははは!!ご、ごめんなさい!!あはははは!!!」

 

周子「もー、そういうことなら最初にいやええのに、この腐れ目はホンにしょうもないなー。てか、迷わずうちのお御籤掻っ攫ったのはなんなん?もっと運勢のいい子はおったやろ?」

 

八「俺の中で最も罪悪感なくお御籤の運勢をチャラに出来る掛け替えのない捨てキャラだった」

 

周子「いてこますぞ!!お前ほんまに!!!」

 

 そんな賑やかな雰囲気に皆が集まり、そのお御籤に次々と重ね合わさり、皆の運勢は良いも悪いも混ぜ合わされ―――梅の枝がしなって一番下まで垂れ下がったところで大笑い。いつも通りのハチャメチャなのだと誰もが笑った。

 

 

―――何だろうか、この敗北感は。

 

 

―――妹分に手を噛まれるとは、このことである。

 

 

 そんな誰もが笑っている空間に静かな怒りと、空しさが私を支配する。

 

 

 手に持った”大吉”。その意味する所に、私の求める物は全くない。というか、そんな気障な事をするならば、自分のお御籤を使うのが最も効率的でしょうが。ソレを選ばないカレに、いい様のない怒りを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………まあ、いいです。

 

 

全然、構いませんとも。

 

 

 たまたま?そう、たまたまです。

 

 

 自分より早く、近しい場所にいた周子さんが気を負わせずにほたるちゃんを励ますことができた最善の一手だっただけです。

 

 

 

 ええ、そうですとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう小さく呟き、もっと小さく舌を鳴らして手に持って居た”大大吉”を破り捨てた。

 

 

 

 その小さな紙の行方は、

 

 

 

 

     醜いほどコレを求めていた年配の方も

 

 

 

 

私も

 

 

 

 

       誰も興味は

 

 

 

 

 

 持ちませんでした。

 

―――――――――――――――

 

 

 さあ、新年早々に鬱々してる場合ではありませんね!!彼の視線を一人占めにするプランはこんな想定外すら見越して何重にも用意してますから、気持ちを切り替えて望みましょう!!

 

 ココに取り出したるは魔法瓶!!

 

 この中に入っておりますのは~なんと”手作り甘酒”なのです!!

 

 ”年末年始”に”神社にお参り”と来たらコレでしょう。寒い気温に二人で除夜の鐘を聞きながら身を寄せ合って来年・新年を語りながらコレを呑めばあっという間にそのまま”himehajime”待った無しと言われるまである”飲む点滴”と呼ばれるコレ!!

 

 身体もあっちも暖まる最高の飲み物だと―――十時「みなさーん、実家から送られて来た酒粕で”甘酒”を作って来たので良かったら是非のんでくださーい。まゆちゃんや雪乃ちゃんの東北ガールズ謹製の特別盤ですよぅ~?」―――は?未成年もいるのにそんな物を配るとかマジで何考えるんですかね?品性を疑います。やっぱ東北の人は雪しか積もりませんからそっち方面にしか冬はたのs(以下自主規制。

 

 

―――いけませんね。どうにも、思考がやさぐれ気味です。

 

 

 良いじゃないですか。可愛い女の子達が季節の旬のものを、今日という日の為に作って来てくれて、親しい人に心ながらも配ってより良き日にしようとしてくれた。それだけの、喜ぶべきことです。

 

 

……………十時さん、なんで彼にだけ甘酒を手渡すのにそんな長い時間がいるんですかねぇ?後がつかえてますけど?

 

 

 

・・・

 

 

・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 その後も、私のA~Zまで用意した策は、泡と消えて―――遂には、実を結ぶことは、ありませんでした。

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 そんな様々な徒労を重ねて、あがき続けて、遂には―――最後のイベントとなってしまいました。

 

 本殿。神がおわすとされている神社の存在意義であろうそこへ向かってデレプロのメンバーが綺麗に整列して誰もがプロデュサーが鳴らした鈴に真摯に手を合わせ、祈りを奉納します。

 

 

 誰もが、真剣に、その願いの―――心に、自らに、刻みこみます。

 

 

 この儀式が、昔から自分には不思議でした。

 

 

 願った物は全て手に入り。

 

 

 望んだわけでもなく、幸運に守られてきました。

 

 

 そんな人生を送ってきた自分には、彼女達が何を願っているのか分かりませんでした。

 

 

 今だってソレは、変わりません。

 

 お御籤は最高運。甘酒は人より多く配られ、プロデューサーからは内密に次のドラマの主演の内定を伝えられました。そのうえ、気まぐれに買った宝くじは確認してみれば一等当選。さっきから携帯は今が旬の若手俳優からお誘いがひっきりなし。

 

 普通の人生ではありえない幸運が、ひしめいています。

 

 

 その中で、―――――――私は、何を、こんなに苛立っているのでしょう?

 

 

 やがて、静寂は過ぎ去り、誰かの息をつく声と共に皆が朗らかに話しだす。その暖かな雰囲気を別世界を見ている様に感慨もなく眺めていると、虚無の中から怒りが沸いてきます。何に対するものなのか、分かりもしません。でも、誰に対するものなのかだけは驚くほどハッキリしています。

 

 自分で自覚するほどに恥ずかしくなります。

 

 なんせ、自分はこんなに分かりやすいほどに―――”拗ねている”んですから。

 

 私の誕生日は1月1日。

 

 私がもっとも主役として取り立てて貰えるのも元日。

 

 そんな大切な日を”仕事”で”好きな人”と過ごす事が出来なかった私が楽しみに待っていた今日という最大の甘えられるチャンスに、あろうことか別の女といちゃつく…いちゃつきまくる彼に心底頭に来ているのです!!

 

 

 子供っぽく、我儘に。

 

 

 本当に情けないほどに自暴自棄に。

 

 

”私だけを見て欲しい!!”そんな我儘が今日の全ての不快感の原因なのです。こればっかりは祈った事のない神様から他の何を”幸運”で宛てがっても満たされる訳がありません。だって、――――私が祈るのはこの想いの届け先である、彼にだけなのだから。

 

 

 そんな結論を得た私は、現金に、実直に、改めて祈り始める事に致しましょう。

 

 

 

 

 

 まずは、彼に思い切り抱きついて、”好き”と叫んでみることから初めて見ましょうか?

 

 

――――神様と違って、こっちは声に出さなければ振りむいてもくれない朴念仁なのですから。

 

 


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