デレマス短話集   作:緑茶P

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(・ω・)溜まったので投稿再開!!

_(:3」∠)_紗枝さんとの出張デートから、夜のお散歩でかつての傷に向き合う事になった八幡の出した答えとは…。


Moon light river

 立春が過ぎ去って久しいこの時分。昼間の京の賑わいは夕暮れの訪れと共に少しだけ収まりを見せて、それと同時にしとりと肌に汗を浮かべるような熱気も今は涼風に冷やされて旅館の浴衣と羽織一枚では少し肌寒く感じられるくらいである。だが、彼女“小早川 紗枝”に挨拶回りだと強制的にあっちこち連れまわされた末にたどり着いた立派な旅館の贅を凝らされた夕食に舌触りのいい清酒。そのうえ、貸し切りに近い状態であてがわれた内風呂の露天風呂にすっかりと浸かった体には随分と心地いい。

 

 緊張による気疲れと振り回されて京都中を練り歩いた疲労感からフカフカの布団に潜り込む寸前にかけられた散歩の誘いもこうしてゆったりとした時間を感じる事が出来たのならば引きずり出された甲斐は合ったのだろうとしげしげと一人思いつつ、自分の数歩前で木下駄を優美に鳴らして歩く少女に声を掛けた。

 

「おい」

 

「この渡月橋はなぁ亀山天皇はんが――――――なんですのん? こっからがええ所なんに……」

 

「で、結局はこんな“挨拶回り”なんてこじつけしてまで俺を連れまわしたのは何だったんだ?」

 

「………はて、急になに言いはりますん?」

 

 つらつらと得意げにこの橋の由来を謳うように語っていた彼女は水を差された事にちょっとだけ不満げな瞳を俺に向け、続く言葉にこてりと首を可愛らしく傾げる事で応えた。本当に何の事か分からずに困惑している風情まで出すのは流石の芸の細かさだが、今日の行動を思い返せばちょっとだけ無理がある。

 

 たった数件の小早川コーポレーション関係の人間に挨拶回りをするだけの事をあれだけゆったりとしたスケジュールで組み、それも雑談や挨拶を交わしつつすぐに解散する程度のモノにわざわざ自分なんかを呼ぶ必要は無かった筈だ。そのうえ、空き時間や残り時間はわざわざ紗枝持ちで領収書まで切ってただただ観光しただけといっても過言ではない。

 少なくとも、そんな“お遊び”のような時間を理由もなく過ごすほどにこの少女は暇でもなく、緩い思考で生きていないことを俺は知っている。たった15歳で親元を離れ、東京支部の代理人としてその職責を全うしつつアイドルまで兼任しているコイツが―――なんのメリットがあってこんな事をしたのかが単純に気になったのだ。

 

 彼女の小芝居に付き合う事もせず、いつもの様に紫煙を細巻きからけぶらせて返答を待っていれば、いよいよ観念したのか可愛らしい微笑みを崩して彼女は小さく溜息を零した。その後に続くのもいつもの様にな笑みでも、怒った時に見せるジト目でもない本当に言っていいのか迷う様な逡巡を湛えた表情で――。

 

 

「だって、比企谷はん―――京都の事、嫌いでっしゃろ?」

 

 

 寂しげにそう呟き、俺の息を呑ませたのだった。

 

 

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 無言を貫く二人の間に、風の音がさざめき、川のせせらぎに虫の歌が寄り添ってしばし。詰まった息を瞑目と深くヤニを吸う事で無理やり抑え込んだ俺がゆったりとソレを吐き出しても彼女は流してはくれないらしく苦笑を零して言葉を紡いでいく。

 

「初めは、いつもの捻くれかと思ってたんよ? いつもみたいに人込みが―、とか 有名どころ過ぎるーとかそんな益体もない理由でいいよるもんかと。 でもな、ある日、ココの話題が急に出てきた時に偶然やけど辛そうに顔を顰めるのを見てから本当にそうなんか分からんくなってもうた。

 

 ただの嫌そうな顔ならそれまでやったのにあんな悲しそうな顔を見たら、そんな単純な話やない。だから、武内はんや会社のみんなに無理言ってまで本当に嫌いなんか確かめたくなった。――――いや、それも建前や。いっつも飄々としてるアンタはんがなんでこんなになってるのか知りたくなった……ただの野次馬根性、やね」

 

 木下駄をからりと鳴らして欄干に掴まって俯く彼女は自嘲するようにそう呟いてこちらにその深い鳶色の瞳を向けた。申し訳なさそうに、怯えるように、それでも、引くような諦めを宿すことなく俺をその視線は貫いていく。

 自らを“野次馬”だと、外野からの不躾な詮索だと知った上でも踏み出すその図太さに俺も詰めていた息をついつい苦笑に変えて漏らしてしまった。

 

 いっそのこと、そこまで言い切られるとこちらも清々しくなってくるのだから不思議なものだと思ってその少女の隣へと歩を進めて、欄干から夜空に我が物顔で鎮座する大きな月に煙を吹きかけつつ彼女の問答に問いを返した。

 

「で、実際に京都を連れまわした結果には満足したか?」

 

「相も変わらず、いけずやね。……楽しそう、に見えたから困っとる。ついでに言えば ここじゃない何処か遠くを見ているみたいな時は、懐かしそうで、嬉しそうやった」

 

「そうかい」

 

 問いに問いで返す言葉に頬を膨らませる彼女はそれでも素直に白旗をあげて自分の印象をそのままに伝えてくれる。そんな姿を見ればやっぱりこの娘も年にすれば高校生なのだとホッとする反面、本質を見抜く瞳は傑物の一人なのだと実感させ、だからこそ、答えが得られずに彼女はこうして参っている状況が面白かった。だが、いつまでも焦らしてむくれられても困るのでさっさと答え合わせと行こう。――――どうせ、大したことも無いボッチの ただの昔話だ。

 

「京都は、好きだぞ」

 

「――――きゃっ、ちょっ」

 

 だけど、捻りもなく伝えるのは芸がない。

 

 その証拠に、眼を見開いてどう感情を整理したらいいのか戸惑う美少女の顔が見れるのだから、と一人意地悪気に頬を吊り上げて彼女の頭に羽織を掛けてその視線を遮ってやる。風が更に冷え込んだのもあるが、昔話をするならこんな浴衣一枚ではちょっと体が冷えすぎるだろう。

 話を逸らそうとしたと思ったのか少し怒り気味に眦をあげてモガモガと掛けられた羽織から顔を出した彼女に小さく苦笑を零して独り言のように記憶という泥濘の奥に眠る果実に手を触れる。自分自身が、どんなものだったかを確かめる様に。

 

「最初は、お前の言う通り好きでもなんでもなかったけどな――修学旅行で来たときは素直に綺麗で圧巻されたし、すげぇって思ったよ。ラーメンも美味かったしな」

 

「………ほんなら、なんで」

 

 本当に楽しそうに当時の事を思い出す俺に自分な審美眼がおかしかったのかと微かな不安を抱き始めた紗枝に小さく苦笑を零して―――少しだけ逡巡する。

 

 だが、まあ、それも当時はともかく青春の形だったのだろう。結局は間違えだったか、正解だったかも空欄のままで残してしまった俺たちの解答。それでも、なんども消して、やり直した痕跡だらけの答案用紙だけは自己満足と共にこうして俺の胸を今も擽るのだから。

 

「くだらない事で“友達”と拗れてな。……ま、それはきっかけで元々掛け違えていた部分がハッキリしたってだけだったんだが当時は随分と尾を引いた」

 

「………“友達”?」

 

「おい、その疑わしい視線を止めろ。いいだろ、俺にだってそういう言葉を使う権利くらいは認められているはずだ……多分」

 

 ジトっとした目でこちらを睨んでくる紗枝にちょっと傷つくし、恥ずかしい。いや、普段からボッチを自称してる人間がそんな真剣十代な某番組みたいな事を言い出したなら気持ちは分からんでもないが、辛いのでやめてくださいぴえん。

 

「そう言う意味やないけど……ほんで?」

 

 なぜかちょっと不機嫌そうな空気を纏った紗枝が二の腕を緩くつまんできたが、一通り折檻が済んで気が済んだのか小さく息を吐いて続きを促してくる。だが、そこから先は語るには随分と赤っ恥が多すぎるし、振り返っても面倒な感情と事情が入り乱れてる。なにより、その回答欄は―――いまだに空白では語ることも少ない。

 

「……普通に仲直りした、といっていいのか? 分からん。分からんけど、無理矢理に当て嵌めた何かで誤魔化そうとも思えない。だから、それでいいんだと勝手に俺は思ってるし―――アイツらもそうなのかもしれないと勝手に期待している」

 

 そんな年を食っても変わらない自分の脆弱さと夢見がちな青臭さに気持ち悪さを超えて滑稽さを感じる。だが、それでいいのだとも思える。というよりも、諦めが良くなっただけなのかもしれない、などと一人でクツクツ笑っていると小さな溜息と共に自分の肩に温かく小さな頭が寄りかかるのを感じた。

 

「煙草の匂い移るぞ?」

 

「今更でっしゃろ?……いろいろ言いたい事はあるけど、今は堪忍したります。だから、一つだけ」

 

 その沙耶の様な髪を結い上げたお団子から薫る水仙の香りに軽口を叩けばぺしりと叩かれ、そのまま月を眺めつつ彼女は独白のように言葉を紡ぐ。

 

「ウチは、ココで生まれ育ったから正直、好きとも嫌いとも言えまへん。そんな簡単に括れないくらいに良い事も悪い事も、嬉しい事も悲しい事もたくさんあったさかい。

そんでもな、地元の話が出るたびにあんな顔されるのは御免やと思うくらいには愛着も持っとります。それに、わるぅ思ってない方にそんな顔させてると思うと原因は何であれ悔しいし、悲しいんどすえ?」

 

 そんな悲喜こもごもな実感の籠った彼女の言葉に俺はただ黙って耳を傾ける。返す言葉もないならせめて邪魔はしないようにするべきだとそう思ったから。そんな俺に彼女はクスリと笑いを零して微笑んで、更に体重を寄せてくる。

 

「だから、比企谷はん。ええことも、悪い事も全部ぜんぶを味わって―――ここに馴染んでくれると嬉しいわぁ」

 

 “まるで、嫁いできた人間に言う言葉みたいだな“なんて思いつつ苦笑を零しているとゆったりと華奢な腕が自分の欄干に置いていた肘を引きずり降ろして無理くりに腕を組んでくる。嫋やかな動きの癖に全く抵抗が出来なかったソレに目を剥いていると悪戯っぽく微笑んだ彼女がこちらに瞳を合わせてきた。

 

「な、今回はウチのお勧めを回らせて貰いましたけど――次は比企谷はんの“でーとぷらん”で回りまへん?」

 

「……次回もあんのは確定なの? 大丈夫? 無駄な経費じゃない?」

 

「なにゆうてますのん、次は比企谷はんの甲斐性の見せどころやで?」

 

「まさかの自腹…」

 

 余りに無邪気に人を貶めようとする腹黒京乙女から逃げ出そうかと画策するが、組まれた腕がかっちりと“AIKI”なるもので固められ逃げられない。そんな俺の絶望を嘲笑うかのように楽し気に今回の出張という名の旅行の感想を求めてくる少女を横目に小さく溜息を吐いて、俺は燃え尽きた細巻きを携帯灰皿に片付けた時に、ふと思い出した。多大なゴタゴタがあってすっかり忘れていたが―――あの日、初めて京都に降り立ち紅葉に染まる山々を見て俺は確かに感嘆と納得をしたのだ。

 

 疲れ切った大人たちが、こぞってここに来る理由もわかる、と。

 

 あれから、数年経ってすっかりくたびれた大人になりつつ俺だったらあの頃よりももっとあの景色に感動をするようになったのではないかと少しだけ好奇心が湧いてきた。それを試す際に―――無視したら後が怖そうだからこの少女にも声を掛けて見ようかと思える程度には、今日、彼女の言葉に過去の若造の自分は救われたのかもしれない。

 

 そんな身勝手な思い付きと、あの時に回れなくて心残りだった名所に思いを馳せつつ流れる川に映る月の橋に小さく嘯いた。

 

 

 俺の青春ラブコメは、そんなに間違っちゃいなかったのかもしれない。

 

 

 月が、馬鹿にしたように揺れた。

 




続編:秋の京都編は紅葉が色ずいた頃にでも、きっと、多分、めいびー……

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