デレマス短話集   作:緑茶P

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_(:3」∠)_今回は乙倉ちゃん回をチョイス。



大人の階段上る彼女をお楽しみくだされー(笑)



乙女はいつまでも 少女じゃ、いられない

「“乙倉さん“、なにかこの企画書に不備が……?」

 

「へっ!? あ、いえっ、全然そんな事ない素敵な衣装だと思います!!」

 

 プロデューサーさんの低く囁くような声はその大柄な体に似合わない不安げな色と気遣いが多分に含まれたもので、企画書に目を奪われていた私はちょっとだけ驚いて肩を跳ねさせてしまった。彼の執務室にある来客用のローテーブルの上に広げられているのは今度行われる私“乙倉 悠貴”の単独ライブの資料達。

 あまり大きなイベントではないとはいえ、それでもこうして自分だけの為に企画や華やかなステージ衣装を考案してもらえるというのは素直に嬉しいし、誇らしい。だから―――昨日から脳裏にチラつくイメージに惑わされるなんて準備してくれている人たちにだって失礼だと思って言葉を呑み込む。

 

「それならばよいのですが……もし、何か、思いつきでもぼんやりとしたモノでも感じたのなら気兼ねなく聞かせてください。ソレを形にすることが我々の仕事ですので、微力ながらも全力を尽くします」

 

「い、いやいやっ、そんな大層な事でもないし、本当に不満なんてないのでこのままお願いします!!」

 

「………そう、ですか」

 

「はい! 気を使ってくれてありがとうございます!!」

 

 大きな体と低い声よりも彼の真っ直ぐすぎる瞳がどこまでも真剣だという事が分かる圧力に息を呑みつつ、自分たちは恵まれているとつくづく実感する。こんな自分の半分も生きてない女の子にもココまで熱をもって向き合ってくれる上司がいて、憧れがいて、仲間がいて、負けてられないと思える後輩がいる。そんな彼に自分の中にある形も得ない想いで振り回す訳にもいかないので心配させないように元気よく、笑顔で答えて部屋を後にする。

 

 ちょっとだけ心配そうなその顔に苦笑を漏らしながら扉を閉めて廊下を歩きだせば、先ほど飲み込んだ子供っぽい妄想がちょっとだけ溢れてきてもう一度、クスリと笑ってしまった。あれだけ心配させといてどうかと思うが、さっきステージ衣装を見て思い描いたのは自分の舞台とは全く関係ない事だったからだ。

 

 ここに所属する前に見た楓さんや瑞樹さん達、年長の人達が歌の式典に呼ばれテレビに映された時の優美で可憐で、艶めいたドレスを着こなすその姿。それが今でも思い出したように自分の心を擽るのだ。そういう時に自分の衣裳を見ると綺麗で可愛いのは間違いがないしソレに憧れていたはずなのに、ちょっとだけ自分が子供っぽいのではないかと気恥ずかしくなる瞬間がある。

 

 通路のガラスに映る自分を眺めてみても身長以外は貧相な体に、化粧っ気も色気も無い自分の見慣れた顔が映るばかり。そんな現実にちょっとだけ心がしおれつつもゆったりと執務室の隣にある事務室の扉を開けようとし―――顔がふくよかな温もりに包まれた。

 

「わぷっ」

 

「あ、ごめんなさい、悠貴ちゃん。怪我はない?」

 

 柔らかく張りのあるその正体はさっきまで思い描いていた理想の女性の一人“川島 瑞樹”さんの双丘で、どうにも偶然に入れ違う瞬間がかち合った時にその胸に飛び込んでしまったようだ。よろめきそうになる体も柔らかく抱き留めてくれた彼女を改めてマジマジと見つめる。

 

 栗毛色の豊かな髪は細やかな手入れとセットがされているのか艶やかで、顔に施されているアイラインやチークその他は自分たちがお遊びでやるようなモノでなく洗練されたもので、ただでさえ整っている顔が更に彩られている。それに、今日は少しだけフォーマルな仕事が入っていたのか糊のきいたスーツを豊満な身体で瀟洒に着こなしていて、小物も香水も気取りすぎずに、かつ、抜けすぎていない完璧な配分。

 

 見れば見る程に引き込まれるその“理想の姿”に息を呑む。その上、気さくで世話焼きで優しくて、頭が良くて、歌も会話も誰もが認める実力なんてちょっと反則過ぎると思う。

 

 そんな感嘆を漏らしつつ見惚れていた私は――――お口が少しだけ緩くなっていたのか余計な事を零してしまいました。

 

 

「どうしたら、そんな綺麗になれるんですか……?」

 

「へ?」

 

 

 ぶつかった後に動かない私を心配そうに眺めていた瑞樹さんが予想外の言葉に目を丸くし―――事務所にたむろしていた他の年長組もその騒ぎになんだなんだと顔を覗かせるのを見て、私は自分が何を言ったのかを理解して真っ赤になって俯いてしまったのでした。

 

 

 

--------------

 

 

 

「はー、なるほど。まあ、悠貴ちゃんぐらいなら興味持ち始めちゃう頃よね」

 

 結局あの後に部屋に連れ込まれた私はいつものソファーで皆さんに囲まれ洗いざらいはかされて顔を真っ赤にしつつも説明を終えると、早苗さんは得心が行ったようにカラカラと笑いつつそう呟いたのに皆さんが同意します。

 

「懐かしい。あの頃は華やかな大人が同じ生物とは思えないくらい綺麗に見えたんですよねぇ」

 

「ふふ、鏡の前で母親の化粧品を勝手に使ったりして怒られたりなんかもしたものさ」

 

「鏡の前で背伸びして買った大人っぽい服を何度も見直してニマニマしたりとか鉄板だよな☆」

 

「私は海外のモデルさんの雑誌を見て憧れたりしましたね」

 

 誰もがかつての自分を思い浮かべているのか無邪気に笑い合って当時の事を振り返りますが、私からすればこんな美人な人たちがそんな時分があったという事に実感が持てなくてなんだか騙されているような気分になるのはちょっとだけ恥ずかしさで気分がやさぐれているせいでしょうか?

 そんな誰もが賑やかに語り合う中で慈しむような温かい目をこちらに向けている瑞樹さんと目が合った事で少しだけバツが悪くて目を逸らしてしまいます。なんとなく、この先に言われる言葉も予想して、聞きたくない気持ちも多分にあった。

 

「でも、大丈夫よ悠貴ちゃん。大人になんて―――焦らなくたって勝手になってしまうモノだもの」

 

 諭すように、あやす様に語られるその言葉はなんだかいつもの様には自分の中に染みこんでいく事はありません。それはきっと、憧れている人から認めてもらえない悔しさだったり、自分の欲しい物を全部持っている人からの押し付けがましさを感じてしまったからかもしれません。でも、確かに、自分のようなひょろ長い体の女の子が、今のこの人たちにそんな事を語った所でこうなることはなんとなく分かってました。

 

 いつか、きっと、焦るな、ゆっくり。掛けられる色んな言葉はきっとみんなの善意しか詰まっていなくて。皆が顔に浮かべる郷愁を含んだ苦笑もきっと経験からの優しさであることも分かっています。だから――――私が素直に頷けば収まる話だというのも知っています。

 

 

 納得しきれない感情に笑みを張り付けて、出来る限り無邪気にお礼の言葉を彼女達に返そうとした瞬間――――力強く両肩に添えられた手がソレを遮った。

 

 

 驚きに俯かせかけた顔を上げれば、不敵に笑う“木場 真奈美”さんが上から私の顔を覗き込んで言葉を紡ぎます。

 

「確かに、年齢というのは良くも悪くも平等に流れて身体を変えていく。だけれども、年齢を重ねるだけが“大人”の条件ではないと思うんだ。思いを重ね、抗い、積み重ねた行動と結果こそがソレに至る道だと私は信じている。――――それに、皆だって幼い頃に大人に頭ごなしに言われたその言葉に納得するタマではなかったろう?」

 

 朗々と語られる淀みないその言葉に、私も、皆さんも、誰もが息を呑んで引き込まれ、最後の茶目っ気を添えたウインクを皮切りに小さく空気を揺らす波が生まれ、それはやがて部屋中に響くくらいの笑いと変わってそれが収まるのを待たずに皆さんが席を立ってそれぞれのバッグを引き寄せます。

 

「くくくっ、そういえばそうだったわ。雑誌を読み漁って、着飾って――」

 

「母親の化粧品を隠されてからは先輩や同級生で分け合って使ったりしてな☆」

 

「初めて引いた口紅も全然綺麗じゃなくてしばらく嫌になったりしました」

 

「誰に何を言われようと、止まったりなんてしなかったものだ」

 

「何より、好きな男の子が自分以外の子に目移りしないように――なんてのもね?」

 

 誰もがバッグから多種多様で色鮮やかな化粧品を取り出して壮観といっていいほどの量が机の上をあっという間に覆いつくしました。それぞれに、それぞれが自分の好みや体質に合わせて自分を飾り立てるために揃えたその品々の数。それら一つ一つの積み重ねが―――彼女達をあんなに綺麗にしていたのだと今更ながら気が付かされた。

 

「皆は乗り気の様だが―――瑞樹さんも一口のるかい?」

 

「――――もうっ、分かったわよ。でも、ここまで来たからには徹底的にお姫様にしてあげるから覚悟してね、悠貴ちゃん?」

 

 最後に皆を呆れたように見ていた瑞樹さんがからかう様に真奈美さんから掛けられた声に観念したように手をあげて自身のバッグから化粧道具を引き出してくれます。ただ、その表情はさっきの少しだけ切なそうな物ではなく―――まるで、同年代の女の子のように無邪気な笑顔が輝いていたのが、やっぱりしばらく敵いそうにないな、なんて思っちゃいます。

 

 

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 気だるい外回りも終わり、最後の業務である日報とメール確認をするべく事務所に戻ると扉の向こうから随分と姦しい声が聞こえてきた。聞こえてくる声はいつもの動物園のような年少組・年中組でもなく、珍しい事にいつもは落ち着いた木場さんや美優さんの声まで混じった年長組の物だった。

 飲み会等ではうるさくて仕方ない人たちだが、意外と事務所などでは省エネモードな事が多いので今回は何を騒いでるのかと不安と胃痛を感じつつ扉を開けば―――見慣れない美少女が煌びやかな深紅のドレスに身を包んではにかんでいるのが目に入った。

 

いや、正確には その少女“乙倉 悠貴”が見た事もない華やかで艶やかな装いをしていた事に目を瞬かせることしか出来なかったというべきだろうか。

 

 いつものボーイッシュな動きやすさ重視の服装ではなく艶やかなパーティードレスに身を包みながらもそのしなやかで長い手足を引き立てる様にさらされ、ハイヒールによって少しだけ高くなった瞳の位置は彼女の年齢を忘れさせるくらいに大人びて魅せた。そして、その首元で揃えられていた髪はカチューシャをつけたのか伸ばされ、丁寧に後ろで編みこまれていてそのうなじの白さを際立たせ――薄いながらもしっかりと施された化粧は“少女”と呼ぶには少しだけ大人びた風情を醸し過ぎていた。

 

 そんな、どこぞのお姫様のような彼女の周りをニヤニヤとしながら囲むお供によって腕を無理くりひきずられ彼女の前に背中を押しだされた。唐突な状況に、ただただはにかむ彼女。どうしていいかも分からずそのまましばしの時間を彼女の艶姿を眺めるだけで過ごしていると―――意を決したように彼女が口を開いた。

 

「そ、その、どう、でしょうか?」

 

 不安と期待が入り混じったかのようなそんなか細い声。真っ赤な顔から遂には目尻に涙っぽい物まで溜まり始めた彼女にどう答えるべきかない頭で悩んで、答えを絞りだす。

 

 いつもの癖で頭に伸びかけた手を引っ込めた俺に悲しそうな顔を浮かべるが、早とちりは良くない。つい昨日まで無邪気に健全に育っていた少女の色づきに応えてやる行動として頭を撫でるなんてのはちょっと失礼だ。だから、俺は自分の人生で一番カッコいい生き方を教えてくれた恩師ならきっとこうするだろうという行為で応えてやる。

 

 もう一歩だけ踏み込んだ事により近づいた分、華やかな香水の匂いが強くなるのをかんじつつ、不安に揺れる少女に向けて目線を合わせる様に背を屈め、その細く自分の胸元に握り込んだ手をゆったりと取る。

 

「見違えた。この後、せっかくならお高い飯でも食いにいこうぜ?」

 

「――――――――っつつ!!!??」

 

 少女ではなく最高の別嬪を前に口説かないというのも失礼な話だとあの人なら言うはずだと心の中で苦笑しつつも、自分の思いつく限りに気障な動作でさらっとデートのお誘い。ドン引きされたらそれはそれで傷つくのだがここまで顔を真っ赤にして初心な反応が返って来るなら恥のかきがいもあったのだろう。そう思って、あわあわとする乙倉を眺めていると両脇からガッツリ首にヘッドロックみたいに腕が絡んできた。

 

「未成年への売春容疑で逮捕よ、逮捕。このロリコン」

 

「おーい、褒めるだけでいいのに何さらっと口説いてんだ☆彡 当然、その店には私達も招待するんだよなぁ…?」

 

 ギリギリと頭を締め付けてくる二人に遂には頭から湯気まで吹き出した乙倉。それにさっきまでよりも一段と姦しく騒ぐ年長の声が際限なく事務所に響き渡って俺は小さく息を吐いた。

 

 

今日もこの部署は、にぎやかだ。

 

 

 そんな事を考えつつ、今からこの大人数で入れるレストランなんて近場にあっただろうかと心の中で首を傾げたのだった、とさ。

 

 

 

 




ーオマケという名の蛇足ー



ゆうき「あ、あの、コレはちょっと盛りすぎでは……」


早苗「成長期なんだから見込みよ、み、こ、み!! これくらいは大きくなるわよww」


ゆうき「きゃ、ちょっ、……うわわわ///」

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