デレマス短話集   作:緑茶P

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(・ω・)やあ、いらっしゃい。どうかそこに腰を掛けてくれ…。

ふふっ、まあそんな急かさずにこの一杯で喉を潤すといいよ。それで気分も少しは落ち着くだろう?

ここに来た君にはもう分かっている事かもしれないが――――さて、何処から話したものか。

いや、悪かった。遠回しな事は辞めてシンプルに行こう。

信じられないかもしれないが―――――今日は”鷺沢文香”の誕生日ではない。

何を言ってるかもう、本当は分かってるんだろう?

私の文香誕生日SSは―――脱稿したのさ。

間に合わなかった、いや、正確には完璧に忘れていたというべきかな?

昨日の夜、僕はワクワク妄想を膨らませビールを飲みすっかり気分が良くなってベットでTwitterを見て素敵な作品を見ながら―――熟睡した。

そういう事さ。

だが、大人ってのはそんなもんだ。

コレもいい経験になっただろう?

さて、今日は店じまいだ。よい子はこんなクソ小説に耽ってないでさっさとベットに―――あれ、ちょ、ちひろさん?その後ろの人達はなん、あ、アッ、いやっ、乱暴は、アー――――ッ!!!


―――――― 


チッヒ('ω')「皆さんお待たせしました!! 鷺沢文香生誕SSの入荷ですよ!! こぞってガチャに挑戦してくださいね!!―――ん? 当たった原稿に返り血? ………ああ、すみません。トマトジュースでも零しましたかね? こちらの新品と交換させて頂きまーす!!」




チッヒ(゜-゜)「………何か言いたい事でも?」


文香 生誕祭SS

 あっ、なんて間の抜けた囁くような声が県外のイベントからの帰り道で深夜の首都高の面白みのない風景に混ざって溶けた。

 

 そんな声に釣られるように目線だけを隣に座る沙耶の様な黒髪を湛えた女“鷺沢 文香”に目を向ければ、彼女はちょっとだけ照れるように頬を染めつつ携帯の光輝く画面をこちらに差し出してくる。勧められるままにその画面を覗き込めば、これでもかという程に連続で着信のランプが点滅し―――様々な言葉の祝辞で埋め尽くされていた。

 

「恥ずかしながら、また一つ……歳を重ねられたようです」

 

「ん、おめっとさん」

 

 次々と届く事務所の仲間からの祝辞のメールを嬉しそうに眺めながらそうしみじみと零す彼女に、若干短いながらも俺も祝いの言葉を紡いだ。

 

 時計の針を覗き込めば夜の頂点に達し、かつて文化の促進を目指して制定された『読書の日』へと踏み込んでいた。そんな日に恥じないくらいに本の虫である彼女が生を受けたというのも中々どうして面白い。だが、それはそうとそんな本だけに籠り切っていた彼女がこうして多くの人間にその日を祝って貰えるようになったというのは素直に喜ぶべき事なのだろう。

 少なくとも、それだけの数の人生と関り、影響し合ったというのはそうするに足る事だと俺は思うから。

 

 そんな独白を一人重ねながら再び首都高の無機質な街灯に羅列に視線を戻してしばし―――さっきまで嬉しそうに返信を返していたはずの文香からビシビシと視線を感じる。そりゃもう、見るまでもないくらいに真っ直ぐと物言いたげな視線。やだ、穴が開いちゃう。

 

「なんだよ」

 

「いえいえ…“明日、二人ともお休みでしたよねー”とか。“もうちょっと味気をたしませんか?”とか。“誕生日祝いは何かなー”だとか……そんな事は全然まったく考えていませんので――お気に召さらず」

 

「ほとんど言っちゃってるんだよなぁ……」

 

 コイツと知り合ってしばらく経つが、随分と太々しくなったものだと感心と呆れが同居してついつい苦笑を零してしまう。昔は不満があれば不貞腐れる様に読書に没頭するか、ホントに恨めし気な目でまんじり見つめてくるだけだったのに、今では口元を微かに綻ばせながらこちらを揶揄うようになじってくるのだからそこいらの童貞なら瞬殺されて速攻で勘違いしてしまう事請け合いだろう。

 

 だが、こちとらベテランボッチで鋼の理性を有する童貞。“童貞 of スチール(鋼の童貞)”とまで言われている男である。その他にもクズやドアホや変態、オープンムッツリなどと不名誉な呼び名は事務所のアイドル連中のせいで掃いて捨てる程に持っている俺はその程度の攻めに返す言い訳などしっかり用意済みなのだ。

 

「誕生日プレゼントは事務方から送り始めたらエライ出費になるから15人超えた辺りで禁止になっただろーが。ちなみに、言葉に味はついてない」

 

「でも、私が贈った眼鏡はちゃっかり使ってますよね?」

 

「……受け取り拒否しようとした時にめちゃくちゃ拗ねて脅してきた人間の言う言葉じゃないんだよなぁ」

 

 よく事務作業中なんかに使用しているイニシャルが彫られた黒縁の眼鏡。度は入ってないもののブルーライトカットの機能がついてるらしく目がしょぼくれる事が多くなった最近ではついつい多用してしまうのだが―――これが文香から送られたモノだというのは中々に突かれると痛い所ではある。

 

 誕生日プレゼント関係の送り合いは懐的に厳しかったというのもあるが、やっぱり形の残るものを送り合うというのはどうにも最近のコンプライアンス的には良くないらしい。

 

 ましてや、それが――――

 

「ちなみに、他の子達がこっそり勝負の日に持ってる“モノ”に気が付いてないと思ってるなら―――ちょっと、女性を舐めすぎですよ?」

 

「………記憶にございません」

 

 日頃から愛用してくれているモノだとバレたりした時は、こういう変な勘繰りを受けてしまうのでやっぱり宜しくない。というか、アイドル達のおねだりに押し負けてついつい贈ってしまった過去の俺はもっと反省すべき。

 そんなんだから、こうして粛々と背筋を伸ばして疑惑の視線から目を逸らさなければいけなくなるのだ。

 

「ふふっ、まあ、仕事柄では大っぴらには出来ませんけど、隣人の記念日を祝わないというのはやはり少し寂しいものだと思うので……私は“比企谷”さんのそういう身内に甘い所は、もっと誇っていいと、思います」

 

 ジト目でこちらを睨んでいた文香が根負けしたように小さく吹き出して、柔らかな笑顔でそんな事を呟いたのでこちらも詰めていた息を吐き出してちょっとだけ早まった鼓動を落ち着ける。勿論、気まずさでだ。仕方なさげにこちらに微笑む笑顔のせいでは断じてない。

 

「なので、私の軽い口にもきっと重しを乗せてくれるでしょうから、ね?」

 

「………望みを言えぃ」

 

 これはもう白旗をえいやと上げて無条件降伏をした方が早そうだと観念した俺はガックリと肩を落としつつ消えた久々の休日を悼んだ。

 

 君(休日)に会いたい。2020年夏―――全日本の社畜が泣いた超大作、公開。

 

 そんな感動のノンフィクション作品の構想を脳内で練って、原作料でいくらもうけられるかと皮算用を楽しんでいるとあっという間にチッヒが値切っていったので徒労だけが残った。おに、あくま、ちっひ!!

 

「…そうですね。とりあえず、お家に叔父が出版社から貰ってきた美味しいお酒があったはずなのでそれで久々に呑みましょう。それで、明日は朝から久々に店の掃除と家事をこなして、気ままに買い物に行って、適当な映画見て、ご飯はちょっとだけ奮発して――― 一緒に夕方から寮で開いてくれる誕生日会に参加、というのが理想の誕生日プランでしょうか?」

 

「………欲張りすぎでは?」

 

「そうなっていいと、皆が教えてくれましたから」

 

 つらつらと指折り数えていく希望の多さがようやく頭打ちになった頃に彼女にチクリと嫌味を零せば、華が綻ぶような艶やかな笑みで応えてくるのだから敵わない。だが、敵わなくても立ち向かわねばならない時があると自分を奮い立たせて、適当な言葉を口づさむ。

 

「今からって、車はどうすんだよ」

 

「今日はレンタカーですから延滞金くらいは払いますよ。返すついでに移動もできますしね」

 

「家事とか掃除はともかく、買い物は一人で行けるだろ?」

 

「誕生日プレゼントを選んでくれる人がいなくなったら意味ないじゃないですか」

 

「…映画は要らんだろ」

 

「小説の映画化って、外れだった時に誰かに八つ当たりできないと辛いんです」

 

「飯はサイゼ一択だろ」

 

「長野料理専門店というのをこの前、見つけたので行かねばなりません」

 

「…………誕生日会は俺が行かなくてもいいでしょ?」

 

「駄目です。――――といった所でそろそろ諦めて貰えましたでしょうか」

 

 可愛く小首を傾げてこちらを伺って来るけどもう後半は理由付けとか関係なくごり押しのパワープレーなんだよなぁ。そんなあどけない顔の裏で確信犯的にほくそ笑んでいる彼女が憎らしくも強く拒否できないのは長い付き合いで生まれた心のノイズのせいか、単純に自分の意思が豆腐レベルの薄弱さのせいか―――おそらく両方なのだろうと小さく溜息を吐いて最後に嫌味を投げかけてみる。

 

「重しってレベルじゃなくて埋め立て工事レベルの口留め料じゃねぇか…」

 

「ふふっ、漏れの無い様にしっかり、丁寧な施工をお願いします。なんたって今日の私は―――“お誕生日様”ですから」

 

 街灯のみの代わり映えのしない道が開け、闇夜に燦然と輝く首都の街並みが広がったその中で―――彼女は悪戯を成功させた少女のように無邪気に、穏やかに微笑んで俺を笑うその光景はなぜだか妙に俺の鼓動を跳ね上げる。

 

 そんな自分の深くに沈めた何かがその揺らぎで疼くのを感じながら俺は努めて夜景の眩さだけに集中して、もう一度だけ小さく溜息を吐いて小さく苦笑を零した。

 

 どうせ無駄な抵抗なら、今から噂の美味い酒とこの同級生の作るちょっと味の濃いおつまみに想像を膨らませて腹を空かせていた方が有意義だ、なんて心の中で今日も言い訳を唱えて車を走らせた。

 

 

 

――蛇足―― 

 

 

「あ、それともう一つだけ」

 

「…まだなんかあんの?」

 

「今日一日は言葉にもお砂糖を一匙分お願いしますね?」

 

「………善処は、します」

 

 

 そんな言葉が車内で交わされ、その後は砂糖一匙を忘れると拗ねたりしたり、とかしなかったりしたそうな……。

 

 

 




今日もがんばるべいっ

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