デレマス短話集   作:緑茶P

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(・ω・)たとえば、ね?


【そうは成らなかった物語】 【佐藤 心の場合】

 

 

 黙々とデッサンを書き連ねる者、虚ろな目で方々に調整や確認の連絡を入れる者、またはちょっとだけ危なげな光を宿して自分の作品を見て悦に入る者。取り組んでいる作業は様々なのだが、そんな彼女達の手が無駄に荘厳な音を響かせる終業の鐘と共に一斉に止まり―――それなりに広いこの部署を見渡せる位置にある私のデスクへとお伺いを立てる様に視線を集めてきた。

 

 この後の台詞も大体がお決まりの物なので聞かなくても結構なのだが――

 

「「「「佐藤部長!! もう一時間だけ居残りさせてくださいっ!!」」」」

 

「駄目だつってんだろ☆彡」

 

 揃いも揃って同じことを口ずさむ彼女達へ満面の笑みで応えてやれば誰もが頭を抱えて項垂れた。そんな終業直後の恒例のやり取りを尻目にいつまでもデスクに縋りつこうとするここ“346服飾デザイン部”の部下たちのケツを叩いて追い出しにかかる私の最後の大仕事が始まった。

 

「ほれ、たためたため~。翠ちゃんはその寝不足でハイになったデッサンを良―く寝てから見直してみな。多分、死にたくなるからよ☆彡。 紺ちゃん、調整もいいけどまだ不確定な企画を扱ってるときは様子見も大切だぞ~? ほれ、紅。渾身の傑作に悦に浸るのはいいけど、いい加減目を覚ませ」

 

 これだけは、これだけは、なんて言って立ち上がろうとしない部下をばっさばさ切り捨てて帰り支度を促していく。本来なら定時で帰れなんて言われて喜び勇むべきだろうに仕事熱心な彼女達のワーカホリックぶりに思わず苦笑してしまう。

 だがまあ、自分の所属する346プロダクションの服飾デザイン部は手前味噌だが芸能関係の服飾関係に携わる者にとっては最頂点に位置する場所だ。並々ならぬ努力とセンス、そして熱意を買われたモノだけが入れる場所に来る人材といえばそうなるのも止む無しなのかもしれない。

 

 そんな部署の取り纏め役なんかに自分が収まっているのはひとえに偶然の代物以外の何物でもないというのだから苦笑はもっと零れてくる。

 

 フリーランスの服飾デザインをしていた私が路頭に迷いかけていた時に偶然の出会い。それは、当時誰もが顔を顰める悪名高かった“デレプロ”との邂逅だった。それが今では“伝説”だとまで言われるようになった彼女達との日々は細々と地下アイドルなんかをしていた自分の心をへし折ってこの道一本に絞ることを決めさせるくらいには眩い光たちだった。

 

 夢を諦めないというアンチテーゼとして守っていた髪形ときゃぴきゃぴした服を脱ぎ捨て、真っ白なブラウスにビジネススカートの仕事着でひたすらに彼女達と舞台を彩る衣裳の作成だけに邁進した日々。そのお陰か、自分はこんな身に余る肩書を手に至るまでになったというのだから人生分からないものだ。まあ、ただ―――やっぱり、足掻き続けた夢を捨てる時に絶望を感じなかった訳ではない。

 

 やけにもなった、泣きもした、当たり散らして全部を投げ出そうとした。

 

 ただ、そんな自分をギリギリいっぱいで踏みとどまらせたモノがある。

 

「う~、そんな事言いつつも部長が愛しの旦那様と子供と早く会いたいだけじゃないですか~」

 

「あったり前、私がこんな身を削って働く理由が他にある訳ないだろ☆彡」

 

 “か~、惚気られた~”なんて頭を抱えるカワイイ馬鹿共を引き連れつつぞろぞろと豪奢な廊下を全員で帰宅の途について行く。独身組は羨ましそうだったり、悔しそうだったりと複雑な顔でそのままエントランスに向かっていく。残りの既婚者組は足取りも軽くもう一つの施設に足を急がせ、その先にある看板には“346 Nusery”――託児所である一室からお迎えはまだかまだかと顔を覗かせる愛しの怪獣達が急かすように手を振っているのにお互い顔を合わせて苦笑する。

 

「お~そ~い~!!」

 

「鐘が鳴ってからまだ15分経ってねぇぞ、っと☆彡」

 

 扉を開けた瞬間に思いきり飛び込んでくる可愛い息子を抱き上げ、生意気な口を聞いた罰としてその餅のようなほっぺをムニムニしてやる。たったそれだけの事なのに楽し気に大笑いをする彼にこちらも自然に笑ってしまった。

 

「年々とジャッジが厳しくなっていくな……おちおち残業もしてられん」

 

 そんな私たちの後ろからこの十年で甘い声も、厳しい声も、悲し気な声も随分と聞き馴染んだ声が掛けられた。それに吊られるように振り返れば、気だるげな眼にちょっとお高めのスーツはなぜか少しくたびれ加減で着こなした男が自分達に苦笑を零しつつ歩み寄ってくる。

 

 それは、自分が頭を抱えていた自分をドーナツ屋でスカウトした時とも、自分が夢を捨てて自暴自棄になって暗い澱みに捕らわれていた時に一緒に落ちてくれた時とも変わらない姿で―――それでも、あの時よりずっと優しい顔を浮かべるようになった愛しの男の姿だった。

 

「あっ、父ちゃん!!」

 

「今日はそっちも早いじゃん。ハチ公」

 

「たまにはこんな日があってもいいだろ。……腹すかしてる長女もそろそろ学校上がるだろうから飯でも食いに行くか?」

 

「あいよ☆彡」

 

 久々の外食にテンションを振り切る我が子が旦那に突進していくのを苦笑と共に見送りつつ小さく笑いつつ、胸の奥の罪悪感がちょっとだけ疼く。

 

 あの日、心がポッキリと折れた私は―――泥酔したまま、彼に迫った。無理やり連れ込んだ宿で“抱かなければ今すぐ死んでやる”なんて脅迫まがいの事を涙でぐしゃぐしゃになりながら体を押しあて、強姦するように彼を貪り、自分の中にぽっかり空いてしまった虚無感を埋めようとひたすらに肉欲に浸って脳を無理やり麻痺させた。

 

 そうしなければ、頭が狂ってしまいそうだったから。

 

 そこからは、泥沼だったと思う。普段と変わらぬ態度で仕事に打ち込むことで思考をかき消して、それが出来ないくらい心の奥から漏れ出る汚い感情が溢れそうな時は彼を脅してひたすら体を重ねた日々。場所も、時間も、避妊も関係なくただ自分の体でもたってくれるくれるぐらいの価値があるのだと確認するだけの自傷行為にひたすら付き合せ―――当たり前のように妊娠した。

 

 そこからは、まあ、なんやかんやで今に至る。

 

 正直、死のうかと思った。誰にも言える訳もなく、一人の優しい男に依存しきった末に受けた自業自得の結末。それを止めてくれて、あっちこちに地面に頭をこすり付けて方々を走り回ってくれた彼。

 

 そんな彼の努力もあって、周りの協力もあって―――私は裁きを受けないまま

 

 

 今日も、幸せを享受している。

 

 

 このわだかまりはきっと――― 一生、拭える事は無い。

 

 

【佐藤 心 BAD END】 終わりん♪

 




(・ω・)さとぉ……

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