「ええ、先日の公演については惜しくも見に行くことが出来なかったのですが舞台の上での泰葉さんの活躍を耳にして無念に思ったものです」
「本当に酷いです。自分が取ってきた最後の集大成ともいえる舞台をこっちに丸投げしておいて舞台後まで来てくれないなんて―――随分とこっちの新しい子達に夢中なんですね?」
「い、いえ、申し訳なくは思っているのですが、そういったつもりは……いえ、コレもいいわけですね。本当にすみません」
「……くくっ、相変わらずですね」
年頃のように可愛らしく拗ねる様に頬を膨らませた少女“岡崎 泰葉”に対して、その偉丈夫とすら言える巨体を気まずさからか縮こまらせて折り目正しく謝罪する我らがボス“武内”さんの様子が楽しくてしょうがないといった風に頬を綻ばせて許しと意地悪な言葉をじゃれる様に投げかける。
和やかで、気心が知れてる間柄にしか出せない穏やかな空気の中二人が楽し気に隣り合った席で言葉と笑顔を交わすこの空間は―――絶対零度の冷たい雰囲気に包まれているのを気が付いていないのは当人達だけだ。
ほんわかぱっぱな空気を醸す二人の向かいにはニコニコと能面のような笑みでソレを見守る世界の歌姫“高垣 楓”と、この巨大なプロジェクトの財布と計理の全てを鬼のように管理する金庫番“千川 ちひろ”の“武内ガチ勢”筆頭のご両人が揃っていて、想い人に現れた新たな刺客を値踏みするようにその細めた眦の奥で見極めに入っている。
表面上は和やかに見守る二人だが醸し出す空気はもう地獄さながらの冷たさ。なんならちょっと前の夏でもこんな居心地の悪い冷房は即リコール対象なまである。
「…おい、佐藤。お前が引き込んだんだから何とかしろよ」
「“しゅがは”だっつってんだろ。……いや、ここはハチ公が漢気見せて切り込んでけよ。正直、はぁともこんなん完全予想外だぞ☆彡」
そんなTHE“修羅場”みたいな空気から脱出を図るためその地獄の卓を応接室の端っこで同じく佇んでいる“佐藤 心”に突撃させて隙を作ろうとするがさっきのエントランスでの威勢はどこへやら、完全に掌を返して逃げの姿勢に入った馬鹿と肘で不毛な小競り合いをしているウチに楓さんが舞台を動かした。
「ふふふっ、お二人ともとっても仲が良いんですね? 良かったら―――私達にも紹介して頂けませんか、彼女の事」
この時の俺と佐藤の衝撃をなんと表したらいいだろうか?
小競り合いしていた肘を思わずお互い怖すぎて組んじゃったレベルの戦慄。
楓さんが、ダジャレを―――挟まなかった だと?
冷たい空気が一転してひりつくプレッシャーに塗り替えられ、部屋中の酸素すら一気に薄くなるような息苦しさ。普段のライブバトルですらココまで相手を威嚇する事のない彼女が切った先制攻撃は並みの新人なら踊る所か歌う事すら満足にできなくであろうそんなレベルの圧力だった。
もっと分かりやすく言うならば――――“私の男に気安く触るな”。
そんな殺意にも似た分かりやす過ぎる暗黙の警告だった。
俺と佐藤がプルプル震えるしか出来なかったそんな圧力の中で――岡崎 泰葉は楽し気に愉悦を湛えた笑みでニッコリと意味ありげに微笑み、一言だけで端的に答えた。
「 私、武内さんの“初めて”の相手なんです 」
空気が、しんだ。
俺と佐藤も、恐さで思わず泣いた。ひぃん。
小町……お兄ちゃん、平和な千葉が恋しいや……。
「そうですね、“初めて”武内さんがプロデュースしたのが『落ち目の子役だった』貴女、岡崎さんでした。―――随分と懐かしいお話ですね」
そんな死に切った世界でパーテーションの奥で盗み聞きしていたアイドル達も泡を吹いて失神しそうな壮絶な空気をニコニコと毒をたっぷりと塗った言葉で切り裂いたのは我らが守銭奴“チッヒ”大先生であった。
問題は全く空気が柔らかくなっていない事と、火花が余計に散っていつ大爆発するか分からない恐怖が増したことくらいだろうか? うん、悪化してるね…。
「落ち目というには彼女を取り巻く環境が少しだけ特殊なだけだったと自分は認識しています。岡崎さんは、私がこの“デレプロ”のプロデューサーとして抜擢される前に在籍していた“アクターズ部門”で初めて担当させて貰った方なのです。
幼年期から子役やモデルとして活躍していた彼女が成長したその後の方向性を決めかねている時期に丁度、私がその任について色々と彼女と試行錯誤させて貰いました。自分の未熟さもあり、かなりの遠回りをさせてしまいましたが―――彼女は今や346のジュニア部門ではトップランカーとして活躍してくれているのは、自分の誇りです」
「い、いえ、今の私があるのは武内さんのお陰です。……貴方がいなかったら、私はきっと潰れていました」
「「………」」
チッヒの悪意ある補足にその三白眼にいつもの小さく、それでも全てに火を灯す様な熱量を湛えた瞳と声で堂々と武内さんはそう宣言した。その顔は若かりしき頃の失敗と後悔。ソレを超えてなお諦めずに彼女と共に歩んだ軌跡に恥じるところは無いと言わんばかりに胸を張りこの男は言い切るのだ
その姿に隣で彼の腕を組む岡崎は蜂蜜を溶かしたような甘い微笑みでその熱で頬を染め、向かいに座る二人は酷い頭痛を抱えるかのように額に手を当てて深く溜息を吐いた。
「……なるほど。そういった思い入れがある武内君と久々の再会ならちょっと甘えてしまうのは仕方がないですね。ところで、海外公演から戻って早々に次の公演依頼が来てましたよね。その打ち合わせをしたいので部外者の彼女にはちょっと席を外して貰った方がいいかもしれませんね?」
「あ、いえ、海外公演はやはり心身共に負担が大きいのでその話は完全休業日3日を挟んでからでも――――「早めに聞いた方が心の準備も出来ますから」――は、はぁ…」
「そうですね、段取りや演出も今回は先方の要望が特殊なので早めの本人の要望を聞きだしておけば逆にゆっくり段取りを詰めれるのでその方が休暇としては気が休まるかもしれません」
もはや、あれこれ考えるのも面倒になったのか力技に出た楓さんの圧力に流石の武内さんも息を呑んで頷くしかできない。ココで肝なのはタレントとプロデューサーである二人の距離感を責めればかつての謀反事件のように自分が火傷しかねないのであくまで“お前はもう部外者だ”という所を押し出している所だろう。
実際に、世間ではそんな休業日を挟んでいる場合ではないくらいに楓さんは今や時の人として引っ張りだこだ。その世界の歌姫の公演依頼に売れっ子とはいえ一俳優が首を突っ込める領分ではない。
それに便乗したチッヒがいそいそと自分のデスクから山済みのファイルの中から引きだしてきたものを机の上に広げて援護する。
普段は犬猿の仲なのにこういう時は完全なるコンビネーションを発揮するので恐るべきは女子の呼吸というべきか、恋の業の深さというかは傍から見ている俺には何とも言えない。だがまあ、これでこの息苦しい空間から解放されると思えば文句はないし――所詮は他人の色恋事情。馬に蹴られたくない俺は今後二度とこの件に関わらないように気を付けるので後はどうぞ好きにさや当てを楽しんで頂きたい。ガハハハッ、こりゃ勝ったながはは。
「……あぁ、すみません。では、手短に私の要件だけを済ませてしまうのでちょっとだけお時間を頂きます。それで、―――武内さんはいつ頃、“私の”担当に戻ってくれるんですか?」
純粋な瞳で、本当に不思議そうにそう問う少女に 誰もが息を呑んで、偉丈夫を―――見つめた。
―――――――――――――
「岡崎さん――――それは、現状では難しい……かと」
そう、苦し気に答えた声に詰めた息を吐いたのは誰だったのか――俺には分からなかった。
パーテーションの向こうで聞き耳を立てているアイドル達なのか、相対する席でその言葉を聞き遂げた二人なのか、恐怖から肩をぴったりくっつけていた元同僚・現衣裳原案担当 兼 アイドルの佐藤からなのか―――それとも自分の物だったのか。
誰の物かは分からないが、きっと全員が零した物だったと変な確信があった。
誰もが知っているから。
この人たらしは、自分たちのプロデューサーは―――誰よりも義理堅く、不器用な人間であると。
そんな男だからこそ誰もが盲目に、熱狂的に彼が用意する道は真摯に自分たちが駆け上がるために用意されたものだと信じて駆け上がることが出来た。どんな道化だとしても、未知の領域だろうと、自分の求める理想とかけ離れていると感じてもソレをこなして見せた先には自分だけではたどり着けない頂に必ずたどり着けると信じられた。
だからこそ、そんな男だからこそその言葉は衝撃的だった。
かつて、自分達よりもその道を共に歩んだ少女のその一言は。
誰も知らない時期に自分達よりも先にその道に進んだ人間の言葉に彼はどっちを選ぶのかという不安は、その一言によって払拭された。そして――――その苦し気に拒絶の言葉を吐いた彼の苦悩と、そんな予想だにしていなかった言葉を掛けられた少女の絶望は想像に難くなく自分たちを苦しめた。
安堵と、憐憫。それが絶秒に交じり合った空気の中―――少女は、透明なガラスのような表情で静かにひとひらの雫を零し、こう呟いた。
「約束したのに――――嘘つき」
その声は、何処までも遠く深く―――全員の胸に響いて溶けていった。
(´ー`)切ない