デレマス短話集   作:緑茶P

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なんでも許せる人向けっス。

ホラーっぽい何かを目指してた……はず。

頑張って読んでくれたらうれしいっす。


無垢なる薄幸少女

あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

武内P

 

 真面目で紳士。よく逮捕される。比企谷と一緒にいると囲んでる奴だいたい警察。

 

 仕事しすぎのワーカーホリック。好物はハンバーグ。

 

 

チッヒ

 

 「鬼、悪魔、ちひろ」で有名なあの方。武内Pと八幡と同じ大学のOB。その経験を生かした魔のカリキュラムで八幡をバイト漬にした諸悪の根源。

 

 

 シンデレラプロジェクトのやべー方。

 

 

三船 美優  女  25歳

 

 中途で”デレプロ”事務として入社した女神。

 

 最近、お疲れモード。

 

―――――――――――――――――――――

 

 秋雨降りしきる9月の事だ。

 

 しとしとと降り注ぐ雨は正午だというのに光を遮り、随分と陰鬱な空気を醸し出す。そんな中でもうず高く積まれた書類を捌く手を一旦止めて俺は深く息をついて天井を仰ぎ見る。

 

 無機質な天井はいつもと何ら変わらず、俺の気分を明るくしてくれるわけでもない。

 

 だからだろうか―――こんな事を呟いてしまったのは。

 

「これ、俺の仕事ですかね。ちひろさん」

 

 無意味だと知ってても、問わずにはいられなかった。そして、雷鳴の光の先に笑顔で佇むその人の答えだって――知っていたはずなのだ。

 

「勘のいいバイトは嫌いですよ、比企谷君?」

 

 

ふっざけんな。猿でも気づくわ。

 

 

「そう、バイトなんすよ。俺は。間違っても、でっかい会場の段取りとか、ライブの報告書とか、テレビ局の出演依頼の調整とか、衣装の進捗状況確認とか、常務からのお小言とか、諸々を処理するのなんざ契約外なんすよ。つまり、これは俺の仕事じゃないはずです」

 

 理路整然と自分の主張を山となった書類を指さしながら訴える。というか、武内さんも”次のライブが決定しました。昨年、会場として使用した〇〇ドームでの開催ですので、日程の打診と前回お世話になった設備・スタッフへの見積依頼の作成をお願いいたします”とか気軽にメールで送ってきたけどふざけんな。正社員だってんなもん丸投げされたら発狂するわ。

 

「んー、契約内容は”[アイドルの送迎(スケジュール管理)]及び[簡単な事務作業(会場確保・見積作成・先方への連絡)]、[書類の整理(企画書・依頼書の作成、整理)]、[設営のお手伝い(ライブ段取り)]”ですよね?どれも、違反しているようには思えませんねー」

 

「おい、かっこの中に何を含めた蛍光緑」

 

「頭をかち割りますよ?いいですからさっさと仕事に戻ってください!その分の給料は弾んでいるつもりですし、受け取っている以上貴方に拒否権はないんです!!」

 

「開き直ってブラックも真っ青なこと言い始めたなコイツ…美優さんもおかしいと思いませんか、こんな労働状況?」

 

 この金の亡者に一人で抗っても旗色が悪いらしいので、もう一人のこの部署の社畜仲間であるおっとり系お姉さんに水を向けて救援を求めてみると、彼女は困ったように苦笑してこちらに向き直って言葉を紡ぐ。

 

「あはは…。まあ、確かにこの少人数でみんなをカバーするのは大変ですけど、これがあの子たちのためになるならやりがいはありますね。あと、―――――前の職場を人間関係とか生ぬるい原因で辞めた事を反省してます。そして、かつての同僚をこの地獄に引きずり込んでやりたくてたまりません」

 

 

「――ほら、美優さんを見習ってください!こんなに立派にやりがいを見つけて頑張ってるじゃないですか!!」

 

「後半の闇を丸ごとなかったことにしやがった、コイツ…。あー、やってらんね。ふざけんな。金はいらねーから永久休暇か辞表受け取れカネゴン」

 

 虚ろな目で”嗚呼、仁奈ちゃんまだかしら。おかーさんって呼んで欲しい…”とかブツブツ呟き始めた美優さんを尻目に俺は書類を投げ出す。実際問題、この人数のアイドルをこの少人数で対応しているほうがおかしいのだ。給与の問題ではなく物理的な問題で死ぬ。

 

ていうか、こんなんだからたまに入ってくる増員だってすぐ蒸発してしまうのだ。いい加減に労働条件の改善を訴えなければキリがない。さらに言えば、俺の単位も蒸発しっぱなしでそろそろ俺の籍すら危うい。今日ばかりは、このエビフライから譲歩を引き出さなければ。

 

「…はぁ、分かりました。”庶務・雑務”の比企谷君にふさわしい仕事を与えてあげますよ」

 

 しばらく俺を怒ったように睨んでいたちひろさんは深くため息をついて、一枚の紙を手渡してくる。

 

「……なんすか、これ?」

 

「プロフィールですよ?今日の一時に413号室に来る予定なので346の施設の案内をお願いします」

 

「なんで?」

 

「新しく武内さんにスカウトされてメンバー入りするからですよ?」

 

「…………聞いてないんですけど」

 

「メールに書いてあったでしょう?」

 

 ホントに不思議そうな顔をするちひろさんを尻目にさっき武内さんから届けられたメールに再度目を通せば、膨大な報告とやっておくことリストの中に一文だけポエミーな”新たな星の輝きに導きを”というのが紛れ込んでいるのを見つける。時たま、意味不明なポエムを混ぜてくるので今回もその系統かと思っていたのだが……そういう意味か。わかるか、んなもん。

 

「馬鹿なの?死ぬの?」

 

「まあ、今回は聞かなかったことにしておいてあげましょう」

 

 というか、仕事の軽減化を訴えたのに結局変わってねぇじゃん。というか、さらに増やしてどうすんだよ。最近、見境なさすぎでしょあの人。

 

「……マジで退職していいですか?」

 

「”写真”をばら撒かれてもいいなら。あと、次のライブを楽しみにしてた”あの子たち”の悲しみを背負う覚悟があるならばいつでもどうぞ?」

 

「…………ろくな死に方しませんよ。あんた」

 

 端的な言葉に固まった体を何とか目線だけは殺意を込めて睨み毒を吐いてみるが、その能面のような表情は微塵も揺るがずににらみ合うこと数秒。深くため息をつく。

 

「んじゃ、諦めも付いた所でよろしくお願いしますね?」

 

「…いえす、まむ」

 

 満面の笑みで送り出す彼女を、心底憎らしく想いながら俺はけだるげな体を引きずるようにして席を立つ。

 

 今日も今日とて戦績表は黒をまん丸に塗りつぶされた。

 

 これはもうあれだな、みくにゃんのファン辞めよう。

 

 どこかで”なんでにゃ!!”とか聞こえた気がする。そんな空耳を背に俺は指定された部屋へと重たい足を向けてゆく。

 

 プロフィールに書かれたそのアイドルの卵の名前は”白菊 ほたる”。

 

 彼女は、どんなトラブルをこの部署に運んでくることやら。

 

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 さて、気だるげに足を進めて無駄にご立派なビル内を進んで目的地を目指しているとどうにも各所がいつもよりも騒がしい。

 

 あっちこちの部署からパソコンのデータが消えただの、急に仕事がキャンセルになっただの、謎の薬品が爆発しただの、フレデリカが失踪しただの、十時が半裸になっているだのと短い道中なはずなのだが随分とあちこちから阿鼻叫喚が聞こえてくる。

 

 大企業様のはずなのにそんなガバガバの状態なのだから世間という奴は分からないものだ。というか、後半はいつも通りの光景なのでそんな事をいまさら騒ぐとは随分と危機管理能力が足りてないな。さてはてめぇ等、にわか346社員だな?

 

 そんな体たらくに深くため息をついていると、目の前に小さな影が立っていることに気が付いた。

 

 金というよりは透き通った髪の毛に、小柄で華奢な見知った少女”白坂 小梅”。彼女は不自然なくらいに満面な笑みで俺の行く手を塞ぐようにそこに佇んでいる。

 

「あ、は、八さん。こんにちわ」

 

「おう。どうした、小梅。撮影はもう終わったのか?」

 

 確か、彼女は午前中からPV用の写真撮影で近場のスタジオにいたはずだがなぜここにいるのだろうか?早めに終わったのだとしてもそのまま直帰していいことになってるのでここに来る必要はないはずだ。そう考え、とりあえず撮影の首尾をきいてみたのだが、一瞬だけ体を強張らせた彼女は何事もなかったかのようにこちらに近づいてくる。

 

「…うん、無事に終わったよ。それでね、八さん。今日は頑張ったから、その、ご褒美が欲しいな。いまから、私と遊びに行こう、ね?」

 

 その華奢な体で俺の腰に抱き着き、甘えてくる彼女がどうにも可笑しくて笑ってしまう。抱き着かれて分かったが彼女の体はしっとりと濡れていて、この雨の中でそんな事を伝えるためだけに走ってきたことが窺えてどうにも邪険にはしずらい。その上、彼女はドッキリ以外の嘘がとても下手だ。

 

「…小梅?」

 

「う、嘘は言ってないよ。…ただちょっと、自分の順番を早めて貰いは、したけど。あう」

 

 ハンカチを取り出してちょっと乱暴めに体を拭いてやっていると彼女は観念したように白状したのでご褒美にその頭を軽くこずいてやる。ただまあ、仕事を終わらせたのは嘘ではないのだろうし、そこまで目くじら立てることでもないだろう。野暮用の後にスタッフに軽く謝っておくことを記憶しておきながら、彼女をやんわり離れるように諭すがその手は離れない。

 

「いや、”小梅の日”はまた今度な?俺まだ仕事あるし」

 

「…だめ。ね、八さん。今日くらいは大丈夫だよ?」

 

 いつになく強情な彼女の説得に面を食らってしまうが、流石に待ち合わせをしといてソレを放置して遊びに行くのはさすがにまずかろう。意外とアレはやられるとキツイのだ。待ちぼうけした次の日、”アイツマジでずっと待ってたぜ!マジで気持ちわりーよなー!!”とか大笑いしてた高津君。お前は生涯、許すことはない。そんな自分の黒歴史を紙面でしか知らない少女に味合わせるわけにもいかず、俺は苦笑しつつそのことを彼女に言い聞かせる。

 

「流石に人を待たせてるから今回はダメだ。大人しく事務所で待ってな」

 

「…っ!!その子に、会いに行っちゃだめ!!」

 

 そう言った瞬間に彼女は切羽詰まったような声を出してさらに指の力を強める。不自然な笑みの下に隠れていた謎の焦燥感もどうやらそれが原因らしく俺は思わず笑ってしまう。

 

「あー、分かった。分かったよ」

 

「ほ、ほんとに?」

 

「新しい子が増えても遊んでやるから。今日は大人しく事務所に戻っとけ」

 

「全然わかってない!!」

 

 ぐずる小梅を笑いながらそのまま歩き出す。小柄な彼女は必死に腰にしがみついて俺を引き留めようとするが、笑ってしまうくらい非力なので何の支障もなく俺は目的地に進んでいく。まあ、多感なお年頃の彼女は遊び相手の俺が新しい子に取られてしまうかもしれないと思ってこんなささやかな妨害に出たのだろう。まったく、愛い奴だ。

 

 その道中も随分と社内は騒がしく、靴紐が切れたと騒いだり。

 

 靴ひもなしタイプの俺に死角はない。

 

 黒猫が横切ったりと騒いだり。

 

 あれは雪美のペロだ。年中うろついてる。

 

 その他にも”引き出しに幼女が入って寝ていた”だの、”三十路が廊下で酔いつぶれている”だの今日はホントに騒がしい。バイオテロやビーダマンで誤射事件が起きてないだけ十分平和だろう何に騒いでいるのやら。…なんで、いま俺を見て悲鳴を上げて走り去ったんですかね?掃除のおばさん。

 

 そんなこんなで騒がしい社内を通り抜け、ようやく待ち合わせ場所にたどり着く。

 

 そろそろ小梅にも離れてほしいのだが、慣れない駄々をこねて疲れたのか随分と青い顔をして汗を流している。体力は最初のころに比べて付いたと思っていたがやはり仕事とソレは別種のものなのだろう。そんな彼女を無理に引き離すのも申し訳なくなって、そのまま入室することにした。まあ、こんな根暗な男に案内されるよりも先輩アイドルと一緒に見たほうが緊張もほぐれるだろう。

 

 震える彼女が自分を止めようとするのを笑って遮り、部屋のドアを押し開く。

 

 雨の湿気のせいか随分とまとわりつくような重苦しい空気に包まれたその部屋の奥に、その少女は、静かに座っていた。

 

 まるで、精巧な日本人形のような黒髪と白い肌。

 

 そして、そのすべてを台無しにしかねないほどに沈んだその表情。

 

 もともとアイドルだの芸能関係に詳しくも興味もない俺が言うのも憚られるが、よくスカウトされたものだと思ってしまった。というか、小梅さん、いい加減しがみつかれてる所が痛い位になってきたので緩めちゃもらえませんかね?

 

 まあ、その辺に関してはボスである武内さんが決めることだ。あの人たらしの直感は今のところ外れたことはないし、魚の腐ったような眼をした俺がとやかく言うことでもないだろう。とりあえず、いま俺がすべきことは―――。

 

「あー、随分と湿気てるな。すまん、除湿に切り替えてから事務説明に入ってもいいか?」

 

「あ、はい、…すみません」

 

 エアコンの除湿を最大に設定してから彼女の前に座りなおす。除湿に設定したのに随分と冷たい風が吹いてくるのが気になるがまああと十分もいない部屋でそこまでこだわることもないだろう。改めて、彼女用の資料を広げて見てみるがその履歴は結構なものだ。今はなくなった所も多いようだが、錚々たる大手事務所から中堅までを渡り歩いているので未経験者というわけでもないらしい。説明が楽で非常に助かる。

 

「武内さんから聞いてるだろうけど”デレプロ”の比企谷だ。今日は簡単な説明と施設案内だな。分からないことがあれば随時聞いてくれ。あとは、まあ、そのままウチに入ってもらえるなら飲み会好きが歓迎会勝手に開くだろうからメンバーとの顔合わせは改めてその時だな。あとは――「あ、あのっ!!」

 

 唐突に遮られたその声の勢いに思わず言葉を呑んでしまった。

 

 そのまま視線を書類から彼女のほうに向けてみるが、彼女は歯切れ悪く俯くばかりで一向に言葉が出てこない。首を傾げて様子を伺っていると彼女はうつむいたまま言葉を絞り出す。

 

「…私、”白菊 ほたる”です。それでも、本当に―――大丈夫ですか?」

 

 絞り出すように問われたその言葉の意味が全く分からず傾げた首がさらに傾げてしまう。このままじゃ動物園の梟よろしく一回転しかねない勢いだ。自己紹介の機会がなかったのは確かにこっちの落ち度だが”大丈夫”と聞かれるのは何に対してなのか。”私にそんな態度取ってるなんてなめてるの?”的な意味だったら二代目時子様になっちゃうんだけどそれこそ彼女的に大丈夫なのだろうか?

 

「あー、すまん。よく分からんが―――いい名前だと思う。芸名が必要だとも思わないし、ウチではあんまいないけど希望があるなら……って、どうした?」

 

「い、いえ、ご、ごめんなさい。ふ、ふふふ、芸能関係の人で私の名前を聞いてそんな反応されたの初めてで」

 

 必死に絞り出したそれっぽい回答はどうやら大外れだったようで、陰鬱な顔をほころばして彼女はこらえる様に笑いをこぼしていく。どうにも笑われているのは釈然としないが、その笑顔を見てウチのボスの美少女センサーに感服してしまった。なるほど、これだけ可愛らしければ職質も恐れずスカウトもしたくなるだろう。

 

「いえ、すみませんでした。こんな私でもよければよろしくお願いいたします。”比企谷”さん」

 

 笑いすぎて目じりに溜まった涙をぬぐって、彼女は手を差し出してくる。どうにも笑ったり落ち込んだりと忙しい娘ではあるが、根が悪いわけでは無さそうなのでこちらも手をつかもうと伸ばし―――――震える小梅によって遮られた。

 

 

「八さん、そ、その子に関わっちゃダメ。その子は………なんで生きてられるのか分らないくらい、好かれちゃってる」

 

―――――――――――――――

 

 その言葉を発したであろう隣にいる彼女に目を向ければ、その顔は今まで見た事がないほどに真っ青に染まり、呼吸すらままならない程にその体を震わせている。その尋常ではない様子に一瞬息を呑みつつも、そっとその背中を落ち着くことを促すようにさすってやれば若干だけ呼吸を落ち着けた小梅は見た事もないほどに敵意のこもった意思を乗せて目の前の少女を睨みつける。

 

「ち、近づかないで。それ以上、この人に近寄るなら……本気で許さない」

 

 いや、正確には、目の前の少女の背面を。

 

 何もないはずの虚空に向かって彼女はその金色に爛々と輝く瞳と聞いたこともないほど低い声で言葉を発する。

 

 その迫力に、思わず俺すらも息を呑んでしまう。

 

 彼女には自分には踏み込めない領域があることは長い付き合いで嫌という程に思い知らされている。そんな彼女がここまで牙を剥かねばならない事態だとはさすがの俺でも理解ができる。

 

 だが、それでも―――――目の前の少女がようやく綻ばした表情を再び影らすにはちょっとだけ納得が足りない。

 

「新人を怖がらせてどうする、阿呆」

 

「あぐぅ」

 

 文字通り牙を剥いて喉を鳴らす彼女の頭をちょっと乱暴に撫でてやっていつもの緩い空気に戻った彼女を軽く笑ってやって重く澱んだ空気を散らす。そうして、最初と同じように深く俯く”白菊 ほたる”に問いかける。隣で唸り声を再び鳴らす小梅はこの際、後に置かせて頂く。

 

「すまんな。御覧のとおり、小梅はよくわからんモンに敏感だ。―――で、こういう事はよくあるのか?」

 

「…………そうですね。視えるという分類の方は大体にたような反応です」

 

「そうかい。神社のお祓いなんかは?」

 

「大本山の最高位の御坊に即身仏になって丁重に祀る、と言われてから諦めました」

 

「そりゃ賢い判断だな。美少女のミイラならみんな喜んでお布施を持ってくるだろうからな。体のいい見世物にされるところだ」

 

 俺の皮肉気な軽口に自嘲気味だった彼女はようやくその固く引き結んだ口角が緩んだのに俺も苦笑で答えると彼女は深くため息をついて席を立つ。

 

「今回のスカウト、ありがとうございました。最後の足掻きと思って来てみたのですが………同じ過ちを繰り返す前に目が覚めてよかったです。御覧の通り、私の経歴に書いてるプロダクション、大体が私が入ってからつぶれてるんです。だから、同じことを繰り返さずに済んで、よかったです」

 

 

 

「……まだ、事務説明は終わってないぞ?」

 

 

 

「「っ!!」」

 

 そう消える様に呟いて部屋を去ろうとする彼女を何てこと無いように引き留めた俺の声に二つの息を呑む声が部屋に木霊する。一つはかすかな希望と何かを必死に堪える気配。もう一つは縋るように俺の腕を握って考え直すように促すもの。片方の責めるような視線が随分と痛いがまあ、業務内容に関するものではないので今回は脇に置かせて頂く。

 

 それに、どうにもこいつ等は勘違いをしているらしい。

 

 それを教えてやるまでは結論を出して貰っては困るのだ。

 

 誤解は、解が出てしまっている。だから、問い直さねばならない。

 

 そのうえで、彼女がどうするかは彼女の判断だ。そこまでくらいのお節介は許されるだろう。

 

「まず、アイドルのスカウトはウチのボスの領分だ。小梅や俺が騒いだ所で裁量権はない。そんで、これが一番肝心なところだがな――――古今東西、お化けが憑いてるからって理由で面接を落とされるなんて事があってたまるか馬鹿」

 

 当たり前すぎる前提。だが、そんな事すら怒りを覚えることを忘れるくらい不幸なことや厄介事に慣れてしまったのだろう彼女はこの言葉を聞いてなにを思うだろうか?

 

 普通の人間が”貴方、お化けが憑いてますから不合格”なんて言われてみろ。普通は怒り狂って訴訟もんだ。それは日本国民すべてに認められた権利で、例外はありはしない。まずはそのことを思い出してじっくり彼女は考えるべきだ。そんな事を思って当たり前すぎることを改めて口にしたことが随分と間抜けに感じて照れ隠しに体を伸ばして彼女を伺う。

 

「……そんなこと、言われたの初めて、です」

 

「そりゃ随分と不幸な人生だな。だが、いっておくが、”不幸少女”程度のキャラずけじゃウチじゃすぐ埋もれるぞ?世界一可愛いを連呼しながらバンジーに飛び込む馬鹿や、週刊誌に泥酔シーンすっぱ抜かれて常務にぶん殴られるアイドルなんざ吐いて捨てる程にいる事務所だ。そんじょそこらの変態・色物程度で売り出せるだなんて安い事務所じゃなくてな?」

 

「ふふ、なんでそこで胸を張っちゃうんですか?」

 

 ようやく笑った彼女に肩をすくめて答えるが、そんなバカげた事すら誰も指摘しなかったのだろうから彼女の不幸も相当だ。こっちとしては如何ともしがたい。だが、そんな些事に構ってもいられないくらいこっちも毎日がてんやわんやだ。そんな日常に”ちょっとツイテない”(や、この場合は”憑いてる”か?)アイドルが混じった所でいちいち気に留めてもいられない。そう笑いかけると彼女はようやく年相応に笑って答えてくれる。

 

 プロフィールで見た年齢は13歳。整った容姿と落ち着いた雰囲気に忘れそうになるがこれくらいの年齢にはこれくらい何も考えずに笑うくらいが丁度いい。そう思って笑う彼女を席に着くように促そうと思って口を開きかけると唐突に入り口のドアが勢いよく開かれる。

 

 あまりに勢いよく開かれたその扉に室内の視線が引き寄せられ、その先にいるのは小柄な体躯をあざやかな着物に包み込んだ少女が佇んでいる。あまりの勢いに唖然としている俺たちをものともせずツカツカと室内に踏み込んでくる少女の名は”依田 芳乃”。彼女はわき目も振らずにまっすぐに白菊の方へ進んでいき、目に見えない何かをいつの間にか手に持った玉串で払ってかくやぶつかるかと思うほどの距離で急停止し、彼女を上から下まで微動だにしない表情で眺めまわす。

 

 あまりの事に、部屋のだれもが言葉を紡ぐことができない程に緊迫した空気が流れ、彼女が小さく呟くように問いかける。

 

「其の名は?」

 

「し、白菊 ほたる、と言います」

 

「名づけは?」

 

「そ、祖母がつけてくれた、と」

 

「…山名はなんと申す?」

 

「…山名?」

 

「…よい。その首飾りは何処で手に入れた?」

 

「あ、これはおばあちゃんの形見で…」

 

「……その祖母は、ぬしが生まれる前に亡くなっておろう?どうやって受け取った?」

 

「…え?………あれ、だって、おばあちゃんが亡くなるときに手渡して   あれ?  手放すなって…  言われ、て」

 

「………………よい。大体わかった」

 

 緊迫した問答の末に頭を抱える白菊に深くため息をついた芳乃が、見た事もないほどにうんざりした顔を浮かべながらこちらへいつもに近い気の抜けた声をかけてくる。

 

「此の君よ~。この娘の問題は深く根付いております。神代に近しき奇跡の巫女の素質ではありますが………随分とうまくやられておるようで―。まあ、山の名も付けづに真名でこの世にいられるほうが救いではありましょう。ですが、関わらぬが吉でありますれば―。如何いたしましょう?」

 

「……………お前のソレは何をさしているかによるな」

 

「一思いに神代に送るか、苦渋の現世にとどめるかでありましてー」

 

 ……………なるほど、分からん。

 

 分からんが真剣にナンカを問いかけているのは分かるし、明らかに物騒なワードが入っていることくらいしか理解できない俺が答えられることなぞたかが知れている。

 

「穏便になんとかしとてくれ」

 

「此の君の言うことは何時の世でも残酷で、無理難題ばかりでありますればー」

 

「駄目そうか?」

 

「それが此の君の願いとありますればー」

 

 内容もよく分からんままに投げやりに丸投げした俺に彼女は困ったように苦笑を返して、力強くうなずいて返してくれる。

 

 困ったことにある小説によれば簡単に人を頼っている俺は昔に比べれば随分と人間強度が下がっている状態らしい。だが、それでも。頼った先に裏切られ、欺かれ、期待に背かれても、それをしょうがないと笑って済ませられるくらいには柔くなっている。だから、最近は自分に届かない事は届く誰かに頼むことにしている。

 

 進化か、退化か―――意見は分かれそうなものだけど。

 

 そう独白して苦笑する俺を横目に芳乃は巾着の中から携帯を取り出してどこかに通話をかける。

 

「あ、茄子殿~。今日はお暇でしてー?」

 

『……………………きょうの鷹富士は、久々の休暇で二度寝上等のためお電話にでられません。日を改めて「ほー、そうですかー。此の君と遊びに行くのでお誘いしましたが忙しいのでは仕方がありません」あ、間違えました!!今日はちょうど出掛けたくて仕方がなかったんです!!あー、ほんとに丁度いいですね!!いまからマッハで行きます!!マッハで!!!』ッブ!!

 

「…そういう現金なところは嫌いでもありませんが、同じ素質を持ちながらここまで違うというのも不思議なのでしてー」

 

 そう呟いて携帯を巾着にしまう彼女に思わず俺は問わずにいられない。

 

「――――えっ、いつの間に俺はお前らと遊びに行くことになってんの?」

 

「此の君が言い出したことでありましてー。ちなみに、今日は此の君のおごりであるのでしてー」

 

    早速だが、前言撤回だ。

 

 

  他人を無計画に頼るとこんな目に合う。

 

 

 これが今日俺が得た、貴重な教訓だ。

 

 

――――――――――――――

 

 

ほたる「はわわわ!!もうそれ以上は駄目です!!もう、あふれちゃう!!」

 

莉嘉「へへー、そんな事いってられるのも今のうちだよー。これが病みつきになっちゃうんだから!!」

 

みりあ「うわぁ、莉嘉ちゃん初めての子にそんな激しく行っちゃだめだよー、ふふ」

 

芳乃「いやだと言いつつも体は正直なのでしてー」

 

茄子「うふふ、精一杯広げてもこの大きさなんだからかわいいですねぇ。でも、最初は苦しくても味わう様にくわえちゃえば二度目からは自分からもっと大きく行っちゃうんですから観念してください」

 

 顔を真っ赤にする無垢な少女を囲むようにして経験済みの女たちはパンパンに張りつめた肉棒を突きつけ、その小さく可憐な穴の前で淫靡にゆする。少女”白菊 ほたる”は羞恥とこれから自分がすることへの罪悪感からか必死に目を逸らそうとするが、漂う強烈な匂いに体の奥から湧き上がる欲望が意思に反して目で追ってしまう。そんな葛藤を抱える彼女をあざ笑うかのように豪快にかけられた液体が持っていた手に滴り、それを美味しそうに舐めとった莉嘉に彼女は信じられないモノを見たかのように目を見張る。

 

 何かを口にしかけた彼女は、恍惚の表情でそれをしゃぶるその仕草に魅入られて恐る恐るといった感じに突きつけられた一物を見つめる。そして、ついには――――湧き上がる欲望に屈し、堕落にまみれたその肉棒を、自ら、くわえ込んだ。

 

 それをいやらし気に眺めていた乙女たちも、それぞれが確保していた肉棒にかぶりつき、数舜。

 

 

「「「「「「おいっしぃぃぃ!!!!!」」」」

 

 

 晴天の公園中に響き渡る華やかで、姦しい絶叫が耳をつんざいた。

 

 雨露が緑を輝かせ、ちょっと寒さを感じる気温は手に持つホットドックの温かさを示すかのように湯気を立たせてより魅力的に食欲を刺激する。

 

 店主ご自慢の特製ケチャップとマスタードはこれでもかという程に莉嘉にかけられたせいで指に滴りそうになるので零れてしまう前に豪快にかぶりつけば、はじけるソーセージの肉汁とソースがはじける様に口の中で暴れまわり、最高の快感を俺に与えて思わずすぐに飲み込んで次の一口へと誘っていく。

 

 どうやらソレは誰もが同じようで、アイドルという肩書をもつ彼女たちだって例外ではない。

 

 口の周りにソースが付くのも気にせずに齧り付き、ご満悦のご様子で大きめであろうホットドックをほおばりつつもお互いのそんな様子を笑いあって随分と楽しげだ。そんな様子を見ていれば肩に入っていた力だって抜けてしまう。姦しい彼女たちを見て小さくため息をついてしまう。

 

 あれからホントにすぐに会社にやってきた茄子が合流し、たまたま仕事が開いて廊下でブラブラしていたみりあや莉嘉も合流して本当に遊びに連れて行かされることになった。

 

 そこから何をするかとなったのだが、どうにも白菊の話を聞けば”遊び”という物に随分と縁遠い生活――というより、ほんとに何時代から来たのかと思ってしまう程に規則正しい生活を送っていたらしい彼女へ手始めに”買い食い”という物から体験させてやることにした。

 

 天気も茄子が来てから丁度よく晴れ間が覗いていたので、会社からほど近くに公園にあるホットドックの屋台に連れて行くことにしたのだ。これまた運のいいことに店じまいの途中だった店主がこれでもかとサービスしてくれたおかげでデカめのホットドックにかぶりつけている訳だ。

 

ほたる「ううう、こんなのおばあちゃんに見られたらおこられちゃいます…」

 

莉嘉「アハハハ、大丈夫だって!バレたら皆で謝りに行こうよ!!それでも駄目だったら、ハチ君のせいにしてみんなでにげちゃおう!!」

 

みりあ「あー、また莉嘉ちゃんそんな事いってる!!美嘉ちゃんに言いつけちゃうよ?」

 

莉嘉「ちょ、それはやばいって!!」

 

 二人のそんなじゃれ合いに困惑したように俯いていた白菊も思わずといった風に笑って口元を抑えて笑っている。そんな様子で和やかな雰囲気を眺めながら苦笑しつつ細巻きに火をつけて、不機嫌そうに自分の後ろに引っ付いている小梅に声をかける。

 

ハチ「ほら見ろ小梅。お化けが憑いてようが、不幸だろうが別に困ることなんざないだろ?」

 

小梅「…………」

 

 沈黙を貫いてホットドックを小さく咀嚼する彼女に肩をすくめて口元をハンカチで拭ってやると彼女は不機嫌そうにしつつも嬉しそうに目じりがピクピクしているのでその様子に笑ってしまう。

 

茄子「んーーーーー」

 

ハチ「………なんだ?」

 

茄子「んーーーーーーっ!!」

 

 ソースでべたべたに汚れた口元を突き出してタコみたいな変顔をしている鷹冨士が何かを唸っているが、正直まったく意図が分からない。何してんのこの人。あと正直、いい歳した美人が口元ケチャップだらけとかいままで何を学んで生きてきたのかといつめたくレベル。

 

 妖怪タコ女に思わず冷たい目を向けていると、袖が緩く引かれるのでそちらに目を向ければ芳乃が口元を指さしている。

 

芳乃「此の君ー。口元が汚れてしまいましたー。拭くものをかしてくだされー」

 

ハチ「へいへい、今拭いてやるからジッとしてろよ。―――おし、いいぞ」

 

茄子「扱いが違いすぎません!?ひどいです!!私にも”しょうがない奴だなぁ、ほら動くなよ特別に唇で拭ってやるよ”―――みたいなリップサービスがあってもいいと思います!!唇で拭うだけに!!」

 

ハチ「……発想がきもいし、昼間の公園でなにいってんだお前」

 

 なにやら激昂して掴みかかってくるソースまみれの茄子の手を華麗に捌きながら、距離をとる。フツーに汚いし、発想もドン引きだ。そんな風に間合いを詰めさせまいとにらみ合う俺の袖がもう一度引かれるが今は構ってやれそうにないのでそっけなく対応する。

 

芳乃「此の君ー。お伝えすることがー」

 

ハチ「なんだ、歌舞伎揚げなら今日はないぞ?」

 

芳乃「あちらから常務の気配をかんじまするー」

 

 

「「「「げっ!!?」」」」

 

 

ほたる「?」

 

 一人可愛らしく首を傾げる白菊以外の行動は実に迅速だった。出たゴミを手早くまとめてゴミ箱に投げ捨て、置いてあったバックや荷物をまとめ素早く撤収を開始。だが、呆けた白菊の手を引いて走り出す前に無情にも体の底を震わす冷ややかな声が耳朶を叩いた。

 

常務「ほう、会社が未曾有の厄介ごとでごたついている時に呑気にサボっている程に余裕があるとは敬服に値するな。そんなに手が空いてるなら―――って、貴様らぁっ!!!」

 

 

「「「「お疲れさまっでした!!新入生教育の途中なので失礼しまっす!!(全力疾走」」」」

 

ほたる「え!に、逃げちゃっていいんですか!?え、えらい人なんですよね!!」

 

みりあ「それは違うよ、ほたるちゃん!!怒られることが確定しているなら今を全力で楽しむの!!怒られるのはきっと思い切り遊んだ後でも遅くはないんだよ!!だから、これは戦略的撤退だよ!!」

 

莉嘉「さらに言えばあのオバさん、機嫌でお説教の長さと厭味ったらしさが変わるから機嫌がいい時にしおらしく謝りに行くとちょろいからすぐ終わるよ!!」

 

ほたる「え、えぇぇぇぇ………」

 

小梅「あ、常務こけた。大丈夫かな?」

 

 涙目で”後で覚えてろ!!”とか”なんで今日はこんなついてないんだ!!”とか喚いている声が聞こえるがピンヒールで全力疾走しようとすりゃそりゃ折れるし、こけた件については同情はできない。それよりも純情だったみりあや莉嘉がいつの間にか強かになっていることに胸が痛む。誰だあんなくそみたいな理屈をふきこんだのは。と、憤っていると全部俺が教え込んでいた事を思い出してしまった。何たることだ。

 

 この後、かかりまくってくるであろう鬼電に備えて携帯の電源を切って俺はアイドルの成長を嘆きつつ走る。

 

 今日は随分と騒がしい。

 

―――――――――――――

 

 

ほたる「……ここですっ!!」

 

 呼吸を詰めて真剣に目を凝らした彼女が目を見開き、裂帛の気合を込めてその手を振るう。

 

 その彼女の意思を受けた無感情な機械仕掛けの腕はゆっくりと振り下ろされ―――見事にかすりもせずに空を切った。

 

ほたる「あぁ…今度こそ行けたと思ったんですけど……」

 

ハチ「いや、かすりもしてねえんだけど……」

 

 賑やかな騒音の中で真四角の躯体”UFOキャッチャー”の前で何度目かもわからない肩を落とし呟く彼女に、こっちも憮然と返すしかない。なにせさっきから10回以上もチャレンジしてかすりもしないし、それが俺の財布から出費されているのだからこうもなろうという物だ。最初は周りで応援していたり、一緒に落胆していた他の奴らも5回目あたりから目の無さを悟って思い思いのゲームに向かって散っていってしまった。子供って残酷である。なんなら俺も去ろうとしたのだが”こ、今月はお小遣いに余裕がなくて…”と涙目で袖を引っ張られるのだから渋々現状に至る。

 

 全力疾走で常務から戦略的撤退を成功させた俺たちは息を整えていた場所で白菊が物珍し気に指さしたゲームセンターへとなだれ込んでからこのありさまだ。

 

 何が気に入ったのか分からないが変な顔をした熊のストラップに一目ぼれした彼女は俺に”借金”という名の駄々をこねてまでここにへばり付いている。難易度だってさして高い物でもなく、設定も引っかかればとれるくらいに甘いようなのでここまで壊滅的に取れないという事はもはや不幸うんぬん以前の素質の問題だろう。

 

「も、もう一回お願いします!!っていたぁ!!?」

 

「これ以上は金の無駄だ、ポンコツ少女」

 

「ぽ、ぽんこつっ!?」

 

 頭をひっぱたかれた彼女はひどく心外そうな顔をして涙目で俺を睨んで噛みついてくる。

 

「い、いきなり叩くなんてひどいです!!それと、私はポンコツなんかじゃありません!!すっごく意地悪なこの遊具が悪いんです!!」

 

 まるで癇癪を起した子供みたいな彼女の仕草がおかしくて思わず笑ってしまうと、さらに激昂した彼女が頬を膨らましてそっぽ向くと今度こそ笑ってしまう。―――最初のお澄まし顔はどこへやら、ずいぶんと年相応な顔もできるじゃないか。

 

「馬鹿いえ。この機体だったら300円くらいで取れるようになってんだよ。貸してみろ」

 

 むくれる彼女を脇に寄せて100円玉を機体に放り込むと気の抜けるBGMと電飾が流れる中で、彼女の狙っていた不細工な熊に狙いをつけて操作していく。 

 

 閉じていく爪に熊が引っ掛かり一瞬だけ浮くが滑り落ちていく。

 

「ほら!!難しいんですよ、これ!!」

 

「300円つったろーが。黙ってみてろ」

 

 ドヤ顔で勝ち誇る彼女にため息交じりに答えてもう一枚放り込む。

 

 思った通り、随分と緩い設定の様なので上手くいけば恥をかかずに済みそうではある。―――しかし、美少女でもドヤ顔ってムカつくもんなんだな。とか思ってみたが、わりかし周子をどついてるのはドヤ顔してる時だったことを思い出していまさらな発見だった。

 

 そんなどうでもいい事を考えつつ、微調整したアームが熊をがっちり掴んで持ち上げた。

 

「あぁっ!?――――ふぅ」

 

「……君、この熊を取りたいんですよね?」

 

 掴んでいたアームが制動の振動で揺れ、熊があと一歩の所で滑り落ちていくのを見て安堵の息を漏らす彼女に思わず突っ込んでしまう。もはや、どっちかってゆーと俺をこき下ろすほうが主目的になりつつある彼女に思わず笑ってしまう。だが、残念ながらこの程度なら裏技を使うまでもなく――――余裕だ。

 

「ぐぬぬぬーーー」

 

 三枚目で軽くつついてホールに落とした熊を彼女に放り投げると、嬉しそうで悔しそうな随分と複雑な顔をして唸る彼女に肩を竦めて苦笑していると店の奥が随分騒がしくなっていることに気が付き、そっちに目を向ければコインがぎっしり詰まったケースをカート山盛りで押してくるあいつ等がこっちに戻ってくるところだった。

 

茄子「ちっ、サービスのなってない湿気た店ですねぇ…」

 

莉嘉「いやー、私が店長でも追い出すと思うなー?」

 

芳乃「過ぎたるはなんとらでございましてー」

 

小梅「カート、重いぃ…」

 

みりあ「あ、ハチくーん。茄子ちゃんがスロットで大勝しすぎちゃって出入り禁止になったから次いこー?」

 

 ぶっちゃけ、超関わりたくない集団だ。というか、後ろの店長泣いてるぞ。

 

 そんな嫌そうなオーラ全開をおもんばかってくれるわけもなく、彼女たちが合流して次の場所を相談し始める。人の金だと思って随分楽しげなのが腹立たしいが、勝手に決めてくれる分には気楽なので黙っておくことにする。そうこうしていると、小梅が怪訝そうに白菊の背後の虚空を睨み小さく呟く。

 

「…さっきより、弱ってる?」

 

 不思議そうに紡がれた言葉に芳乃が景品の飴を舐めつつ興味なさげに答える。

 

「茄子殿や私の気にあてられているのもそうでしょが、何より必死に”呪”で純白に保ってきた依り代が俗によって汚されているのですからあちらは憤懣やるかたないでしょう。よい傾向でしてー」

 

 見えない何かを語る二人の中二っぽいワードの羅列にこっちはさらに首を傾げるしかないが、まあ、焦ったようすもないのでべつにきにする必要もないのだろうと意識を相談している少女たちに戻せば、意外な所から声が上がっていた。

 

「あ、あのっ、私、行きたいところがあるんです!!」

 

 手に入れた熊の人形をだきしめ何かを決意したような白菊が、力強く次の目的地を告げる。

 

――――――――――――――

 

 さてはて、ところ巡って鼻息荒い彼女の先導に付き従ってたどり着いたのは何処にでもあるようなカラオケ屋。

 

 それどころが、入店の際に何度も人数を多く数え間違える店員を雇っている分少しだけマイナス評価だ。”あの人、私が一人で来ても毎回数え間違えるんです”と笑って話す白菊となぜか唸る小梅でひと悶着あったが室内に入ればまあ、彼女のお気に入りになるのも分かるくらい設備が充実している。まあ、個人的には思ったより安く済んで一安心だ。

 

 いそいそと全員分のクッションやリモコンを準備する彼女の様は我が家の如しで、さっきの一人カラオケ発言からなんだか彼女の”友達いないんじゃないか説”が濃厚になってきたので余計な心配までしてしまう。そんな余計な心配をしているウチに準備が整ったことに満足いったのか彼女は小さく頷いて、マイクを手に取る。

 

「えっと、その、急な我儘に付き合って貰って、すみません…。でも、私だって鳥取の女です。ポンコツ扱いを受けて黙って引き下がるわけには――――行かないんです!!」

 

 そんななぞの啖呵を切る彼女に訳も分からないだろうにやんややんやと声援を送る少女たち+α。楽しそうで何よりである。

 

 自分で始めといてちょっと照れる彼女の後ろから伴奏が大音量で流れ始める。

 

 そして、気弱で自信なさげな表情が――――瞳が一変する。

 

 細く、頼りなげな声が――――力強く、生まれ変わる。

 

 澄み切っていながらも心を震わせる、昂ぶりをもたらす。

 

 ”境界の彼方”へとすら導くその歌に、誰もが息を呑んだ。

 

 それこそが、彼女の本質であるとどんな自己紹介よりも深く知らしめる。

 

 これは、確かに彼女に謝らなければならないだろう。彼女は”ポンコツ”と呼ぶにはあまりに輝く原石でありすぎる。だが、それ以上に()()()()()()()()()不幸少女であることを認めねばならない。

 

 伴奏が終わり、彼女の伸びやかな声が静に消えて紅潮した頬と荒くなった息、そして、ちょっとだけ誇らしげな雰囲気だけが部屋を満たす。

 

 そんな中、二人分の乾いた拍手が、響く。

 

「すっごいねー!こんなに歌が上手いなんて!!」

 

「ほんとにね!こんなの最初に歌われたら緊張してきちゃったー!!」

 

 莉嘉とみりあの無邪気な声が響き、顔は満面の笑みで新人の実力を讃えている。だが、それでも、瞼の奥の瞳は獣のようにギラつき、無邪気な声はあまりに白々しい響きを隠せてはいなさすぎた。そんな二人の白々しい会話は途切れることなく続き、ほかのメンバーはこの先の何度も見た結末に静かに冥福を祈って口をつぐむ。

 

 謎の緊迫感の中、白菊だけが戸惑ったように立ち尽くす。

 

 そんな中でも無邪気な声に交じって、莉嘉が手繰っていたリモコンの送信音が響いた。

 

「あー、あー、あー、…私たちもまけてられないね?」

 

「うん、最初が肝心だってハチ君に習ったしね?」

 

 ステージの上に立つ白菊を追いやるように上った彼女たちは―――満面の笑みで、うなずき合い。

 

 言葉を発した。

 

「「なめんなよ、新人?」」

 

 爆音で流れる伴奏。流れる様に決まった中指を立てたそのポージング。

 

 そこから完全なハーモニーで歌われる歌と振り付け。

 

 揺らめく炎のように輝く金と赤銅色の瞳。

 

 圧倒的な実力差を見せつけるその完成度に、白菊は茫然とする他なくなってしまう。

 

 笑顔あふれる二人のライブはまさに”ジョイフル”を体現したかのような完成度なのだが、こっちは額に手を当て頭痛をこらえるのに精いっぱいだ。基本的に純真で人畜無害なこの二人だが才能と闘争心が異常なほど溢れているせいか、才能のある同年代が入ると時たまこういう事をやらかす。これがこの二人以外だったら平和に称賛をうけるだけで済んでいたのだろうが、たまたま偶然会って、たまたまカラオケに来てしまうとは本当に彼女は運が悪い。

 

 だがまあ、この二人が本気で潰しに掛かるくらいには認められたということでもあるし、遅かれ早かれ受けていた洗礼ではあるのだろう。新人教育としての本分はこれで大体全うした感はある。

 

 

 ”不幸少女”なんてすぐ埋もれるほどゲテモノがそろった事務所ではあるが、それ以上の輝きがあるからこそ彼女たちはあそこに立ち続けているのだ。

 

 茫然と立ち尽くす彼女がここで潰れないことを祈って俺はため息を深くついた。

 

―――――――――――――――――

 

 

「うう、調子にのってすみませんでした…。”運がわるいだけで実力なら誰にも負けない”とか内心思ってるからいつまでも私はポンコツなんです。私なんて鳥取砂丘にでも大人しく埋まっていればよかったんですぅ…」

 

 さっきまでのドヤ顔は何処へやら、完全に自信を叩き潰された白菊は俺ですら分かるような澱んだ空気の中で壁にのの字を書き続けるオブジェへとなってしまっている。彼女をこんな風にした元凶どもは茄子が歌うまんまるお腹の半魚人の歌に無邪気に合いの手を入れてたりする。……自分達がクラッシュした新人に関してはまったく悪びれた様子もないのがマジで恐ろしい。

 

 一体だれが彼女たちをこんな化け物にしちまったんだ、ベニー…。

 

 そんな風にいつまでもたそがれている訳にもいかないので、なんとか言葉をしぼり出そうと頭をひねるがここでさらりと慰めの言葉が出てくるようならこちとらぼっちをやってないのである。―――なので、でてきたのはありきたりな言葉だ。

 

「あー、その、まあ、上級者向けを一発目でひきあてるとか逆にすごいな。”不幸”の看板に偽りはなかった、ぞ?」

 

「うぅーーーーーーっ!!?」

 

 おかしいな。慰めるつもりが煽るような感じになったせいで、さらに心を閉ざしてしまったようだ。やっぱりなれない事なんてするもんじゃない。仕方ないので、なじみのあるいつもの手法に切り替えさせて頂こう。

 

「…まあ、これで折れるようなら今のうちにしっぽ巻いて逃げといた方が利口だな」

 

 小馬鹿にしたように、あきれたように息をつきながら小さく、本当に小さく呟く。

 

 貝のように膝を抱えて動かなかった彼女の肩がわずかに動くのを見逃したりなどは――しない。

 

「大手だったていう他のプロダクションでの実績てのも怪しいもんだ。この程度でデビューさせるなら馬脚を現す前に早々につぶれて良かったかもな?逆に運がいい―――――「あの人たちを悪くいうのは止めてください!!」

 

 いままでの声の中で、もっとも力強い声がカラオケ内に響き渡る。

 

 息を荒げて、瞳に明確な怒りの炎を宿したその声はさっきの小綺麗な歌声よりもずっと、芯に響き渡る。

 

「私に、空っぽだった私に、夢を持たせてくれたあの人たちを、悪く言うのだけは――やめてください」

 

 ただ、内気な彼女がその激情を恥じ入るように尻すぼみに小さくなっていく様子に俺は小さく苦笑を漏らし素直に言葉を紡ぐ。

 

「――なら、ちょっと叩き潰されたくらいでへこむな。その選択が間違いじゃなかった事はせいぜい自分で証明してくれ」

 

 その言葉に彼女は、悔し気に、それでも明確な敵意とも呼べる光を持って睨み返す。ここでやっていくならば、実にいい傾向だ。そう思ってこちらも口の端をひきあげて不敵に応えてやって視線を交錯させていると、涼やかな鈴の音がそれをさえぎる。

 

「ほー、あれだけ薄弱な自我をこんな短時間でここまで情動を引き起こさせるとは見事でありますればー。白く無垢なる依り代は俗世に触れつながりを持ちー、欲という願いの感情を宿し―、情動によって我を自覚しましたー」

 

 詠をよみあげるような芳乃の声は、鈴の音と相まって不可思議な緊迫感を齎す。

 

 誰もがそれに引き付けられるように自然と彼女を見つめる。

 

 その中で、鈴の音をさえぎるかのごとく耳障りなハウリングが唐突に鼓膜を突き刺すように鳴り響く。耐えかねた莉嘉が音響の電源を消してもその音は鳴りやむことなく、さらに音量をあげていく。

 

「神代の巫女よー。そなたの首飾りは祖母の形見ではないのではー?もう一度、思い返すがよいー」

 

「な、なにを、いってるんですか?だって、これはたしかに―――――あれ?」

 

 芳乃の問答をかき消すかのように大きくなる雑音はいよいよ頭が割れそうなほどになり、鈴の音はそれに抗うかのようにさらにはげしくなってゆく。

 

「そちが多くを言い含められた”祖母”とは、どんな顔であった?」

 

「ーーえっ?それは、  あれ?    なんで、顔がおもいだせ    なんで、顔が    ないの?」

 

「遺影の祖母と そちを縛るかのように”しつけた”祖母は      違ったであろう?」

 

「うそ、だって、毎日、毎日、  私を叱ってたのは ―――――――だれ、なの?」

 

「お、おいっ、白菊―――っ!!」

 

 頭を抱え、自らに問い続ける白菊ははっきり言ってまともな状態とは言い難い。さすがに見かねて頭痛がする頭を押さえつつ彼女に駆け寄ろうとしたが、はじける様に割れたカップにその気勢は遮られてしまう。

 

「そなたは幼き頃、山に呼ばれ、森で彷徨ったであろう?」

 

「し、知りません!!そんなの、覚えてません!!」

 

「此の世と 彼の世の 狭間で必死に走り回ったそちは呼ばれるがままに社に駆け込み、誘われるがままにその首飾りを身に着けた。――――――それが、性質の悪い末路わぬモノの呪物とも知らずに」

 

「やめて、ください…。おもいださせ、  ないで」

 

「そちを 森へ引きずり込んだ 化生と   のっぺらぼうの祖母の後ろに佇む怪物は   同じ姿では  ないのか?」

 

「い、や、――――いや―――――――――――――っ!!」

 

 ついには絶叫をあげて半狂乱になる彼女に俺は飛び散る欠片も気にせず駆け寄って暴れようとする体を無理やりに抑え込む。その細い体の何処にそんな力があるのかと思う程の力で爪を立てられ歯を食いしばってこらえつつ芳乃に怒鳴るようにといかける。

 

「おい、芳乃!!なにがなんだかさっぱり分からん!!どうすんだこれ!!あと、鈴とハウリングがめっちゃうるせぇ!!」

 

 

 急に爆発するカップに、ライブだったら賠償金物の音響機器。さらに腕に食い込む痛さと、唐突な若者のパニック症状への混乱でこっちだって正直パンク寸前だ。これが収まったら全部のメーカーにクレームいれてやることを心に刻みながら芳乃に視線を投げれば呆れたような顔でこちらを眺められた。解せん。

 

「この状況で気にするのはそこではない気もしますがー。まあ、よいでしょー。最初に言ったようにこの娘の問題は根深いのでして―。幼き頃から依り代として憑かれ、そのために厳重に呪をかけて生かされておりますればー。俗世にそめー、神性を落としてもなまじ信仰を集めたせいか最後の楔が足りませぬー。とはいえ、その楔は非常に重く覚悟のいるものでありますしー、私としても気が進まぬ方法ですのでー、いっそここで辞めておくことをお薦めしたい気分でありましてー」

 

 煮え切らない芳乃の反応にだんだんとこっちまで苛立ってくる。こっちは現在進行形で肉をむしり取られそうになっているのだ。結論だけさっさと行ってくれ。

 

「芳乃」

 

「………むー、承知なのでしてー」

 

 俺の短い一言で返答を察してくれたようで彼女は可愛らしく頬を膨らまして渋々といった感じで答える。

 

 ちなみに、可愛らしくむくれる彼女をよそに、俺が白菊を抑え込んでからハウリングは最高潮だし、部屋中あらゆるものが揺れまくってるし、砂嵐となったTVには変な模様がうつってるし、小梅は大粒の涙ながして震えてる。ちびっこ二人は顔も真っ青だ。――――頭のおかしいナスビだけが平然とポテトを食ってるけどなんなのこいつ?――――まあ、端的に言えば、芳乃先生。早めの解決おねしゃっす。

 

 そんな他力本願が伝わってしまったのかジト目で睨みつつも深くため息をついた彼女がやる気なさそうに指示をくちずさむ。

 

「では、此の君―。目を瞑って、正面ちょい下を向いてくだされー」

 

「あ?なんで?」

 

「いいからはやくでしてー」

 

 唐突な意味不明な指示に思わず聞き返せば、無情にも早くしろと顎をしゃくられた。なんなんだよ…。とぼやきつつも目を瞑ってちょい下をむく。てっきり、どっかの寺生まれの人みたいにちょうぜt―――「そいや」  気の抜けた掛け声と共に頭を細く小さな何かに掴まれ押し出される感覚と    

 

       唇をきるような固い何かとぶつかる衝撃と

 

              遅れてやってきた    やわらかななにかの   感触。

 

 

「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 

 唇に滲む痛みで涙にぼやける視界の先に映るのは

 

 同じように衝撃に目を見開いて硬直する   白菊  さん。

 

 

 

 

「「「「っーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」」

 

 

 

 途端に響いた甲高い絶叫はさっきのハウリングなんて目じゃないほど脳を揺らす。いや、ごめん、これ声のせいじゃなくて白菊がノーモーションで振りぬいたビンタのせいだわ。

 

 ぐらつく頭で認識できる限り、部屋の中はさっきとはまた別の意味で阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。

 

 真っ青な顔をしていたちびっこ二人は興奮で顔も真っ赤に手を取り合って意味もなく絶叫し、茄子はこっちを指さし訳の分からない言語で発狂し、小梅はハイライトが消えた目で何処から出したのかナイフを片手にブツブツ呟いている。―――それ、ホラーグッズの玩具ですよね、小梅さん?

 

 いまだぐらつく視界を正面に戻せば、おもっくそ機嫌の悪そうな芳乃と顔も口を金魚みたいに真っ赤にパクパクさせている白菊が映る。口の端に紅のように伸びる血の跡が自分の口に広がる鉄っぽさと合わさってさっき何が起こったかを嫌でも現実だと認識させる。

 

「な、はっ、―――――な、は、はじめてだったのにどうしてくれるんですか?!」

 

 さっきまでの危なっかしいほどの均衡だったパニックはどこへやら、怒りと羞恥と、その他諸々の乙女心が最初にしぼり出したのがその一言なのだから彼女の心労は推して知るべしだろう。罪悪感や気まずさ等が錯綜するなかとりあえず元凶である下手人をにらんでみる。

 

「神性の最も代表的なものに穢れがつけば依り代としての価値はまったくでしてー。祭壇を失った末路わぬものなど此の世では空気と変わりませぬー。こうなってしまえば、呪具とてーーこの通りでしてー」

 

「あ、あれ?お、御守りが!?」

 

 彼女が怒り心頭の白菊の首元を鈴で軽くはたけば、深い緑を湛えていた首飾りの石は風化した石ころへと変わり果てていたことに気が付かされる。それだけでなく、部屋の中で起っていた異常現象は嘘のようにピタリとやんでさっきまでのおもかげも無く静まり返っている。

 

 どうやら、本当にあれが今回の事件解決の方法だったらしく一気に脱力していると芳乃に頬をつねられる。

 

「最初にもうしましたのでしてー。非常に気が乗らない、とー。それに、”重く覚悟がいる”ともー」

 

 被害者はこちらのはずなのにジト目で上から物を言われるとなんとなくこっちが悪いことをしてしまった気分になる小市民な俺ではあるが、今回ばかりは頷く訳にはいくまい。それにさっきの説明でさらっと汚いもの扱いされていることに異議を込めて彼女を睨もうとするもほっぺをそのままひねられ視線を逸らされる。――――その先。

 

 

「せ、責任問題です!!わ、私もうお嫁にいけなくされちゃいました!?」

 

「リップサービスしろと言ったのはそっちじゃなくてこっちですよ!?なにしてるんですかうらやまけしかりません!!」

 

「………killkillkillkill」

 

「きゃーーーーー!!ハチ君たらだいたーん!!」

 

「アハハハハハハハハ!!いーってやろう、いってやろう!!おねーちゃんにいってやろー!!」

 

 

 

「警告は致しましたので―、今回は自業自得ということで頑張ってくだされー」

 

 荒れ果てた部屋の中でいまだ荒ぶる彼女たち。

 

 さっきまでのホラー展開はなんだったのかと思う程に姦しい少女達。そして、さっきよりひどくなるこの頭痛。

 

 いまだにつねられる痛みに眉をしかめて現状までに至る過程を思い返す。

 

 女の子たちに引きずられ、美味しいものを食べ。遊び歩いた果てにたどり着いたこの惨状。

 

 その結果としてお化けを退治したという成果からひとつの答えが導き出される。

 

 

 ”お化けはリア充が嫌い”

 

 

 そんなどうでもいい教訓にちょっとだけ退治されたお化けに共感を覚えて深くため息をついた。


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