口から零す吐息が白い靄となって小雪がちらつく夜空に線を引く。
故郷である秋田の湿った冷気とは違う乾燥したこの空気に上京したての頃は随分と戸惑ったものだけれども、今では眼を焼くような白銀の世界ではないこの季節にも随分と馴染んでしまった。
かじかんだ手をこすり合わせつつ、その吸い込まれるような暗さを宿した空を見上げて感傷に浸っていればポケットの中から震える携帯が通知を知らせ覗き込んで見れば仲間達から矢継ぎ早に送られる今なお寮で行われているであろう“クリスマスパーティー”の写真や動画達が目に入ってきてついつい笑ってしまった。
かつては、敵対した間柄。
もっといえば、手ひどく裏切られ、捨てられた過去。
そんな自分達がいまなお同じプロジェクトでこうして笑い合えているという現状は滑稽を通りこして不可思議なモノだと笑う他ないだろう。
そんな針の孔より小さな可能性と糸より細い奇跡を紡いで今、私はここにいる。
そして―――――ソレを文字通り、身を削ってソコへ至らせた気だるげな彼への想いがこの冷えた空気の中でも変わらず胸を焦がし続ける。
そんな自分は豪奢なライトアップによって彩られた街の灯りを受けて淡く輝く時計塔の足元からのそのそと歩み出てくる彼の足音にもう一度だけ小さく微笑んで携帯をポケットに滑り込ませつつ振り返る。
それにいつもと変わらないシャツと黒のスキニーパンツを厚手のコートとこの間あげた無個性なネックウォーマーで包んで、エントランスから一歩出た瞬間に襲い来る冷気に恨みがましく身を竦める彼。トレードマークのアホ毛だけはそんな中でも今日も可愛らしく揺れ――私を見つけた彼“比企谷 八幡”はちょっとだけ驚いた顔で疑問の声を漏らした。
「………寮でクリスマスパーティーしてんじゃなかったか?」
「ええ、ですので皆の王子様が逃亡しないようにこの“十時 愛梨”がお迎えに上がりましたよぉ?」
「―――余計なお世話なんだよなぁ」
お道化て優雅にお辞儀をする私に、ガックリと肩を落とし溜息を漏らす彼。
そんないつも通りのやり取りで、最近はメンバーが増えすぎて全く出来ていなかった私の密かなルーティーン。
私が甘えて、彼が何のかんのと答えてくれる。
そんなささやかなやり取りだけで胸に留めていた熱は体の隅々まで行き渡り、溢れる熱を彼の冷え切った体に寄り添わせて分け合わせるために腕を強引に取る。めんどくさそうに顔を顰めても振り払いはしないのは、それくらいには彼の中に自分の居場所を作れたと思う微かな優越感。
これだけで寒空の元、長時間待ち伏せした甲斐は合った気がするのは恋した乙女の特権という奴でしょう?
「さ、遅ればせながらもクリスマスデートと洒落こみましょう?」
「寮までの短い間だけどな―――いでっ」
聖夜の夜に短くも甘く、馬鹿みたいに無邪気な二人の声が響いた。
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「というか、別に顔出すくらいはするつもりだったからあんな寒いとこで待ち伏せしなくてもよかっただろうに…」
「まあ、その言葉の真偽は置いておくとしても――ハチ君はそういう所は相変わらずですねぇ……」
クソ忙しい年末のこの時期。バイトの身には余る溢れる依頼に調整、決算・報告などなどをえいやえいやと千切っては投げ、千切っては投げを繰り返した末にようやく一段落がついて帰路につこうとした時の事である。
無駄に豪奢な346のエントランスを抜けた先にはあでやかな栗毛をツインテールに纏め、整った顔立ちの鼻先を冬の冷気で赤くした“初代シンデレラガール”が雪空を眺めて佇んでいた。その顔は静かで、張りつめていて――粉雪も相まって彼女の普段の朗らかさを感じさせない静かな“美”というモノを感じさせる幻想的な風景だった。
だが、俺にはその顔には嫌な思い出が随分と多く息を呑んでしまう。
彼女を一番初めに裏切った時のあの涙も、二回目の邂逅で対立した時の微笑みも、3回目にプロジェクト解散を伝えられた時の前回のクリスマスの激昂も――全てはこんな透明な笑顔を浮かべていた。
だからだろうか
彼女が俺の姿を見つけた時になんの衒いもなく
いつもの様な朗らかな微笑みを浮かべてこちらに手を振った時に
心の底から、安堵の息を零してしまった。
この少女を、もう自分は傷つけなくていいのだと
傷つけてはいないのだと身勝手で、自己嫌悪すら感じるくらいに心の中で胸を撫でおろした。
それを誤魔化すように零したお辞儀する彼女への軽口とソレに返ってくる無邪気な声と温もりに苦笑を零しつつもその体温を享受しつつ、緩やかに真っ白な雪道へ足を進めていくついでに零した言葉に深々と溜息を吐かれてしまった。
「仕事終わりに女の子が身を震わせながら待ってるなんてロマンチックじゃないですか。そーういう演出って大切なんですよぉ?」
「それで鼻水垂らしてるんじゃロマンチックも台無しだな」
「口が減りませんねぇ……それとも、ハチ君はもっとストレートに“ちょっとだけでも二人きりの時間が欲しかった”っていう言葉を引き出したいんでしょうか?」
「………そういう意味じゃねぇよ」
可愛らしく頬を膨らました顔も一転、ニマニマと意地悪気にこちらを覗き込んでくる彼女に心の中で“もう言っちゃってますよね?”なんて突っ込みつつも言葉は濁して逃げを打つ。
さすがにこれだけ長い付き合いで、分かりやすく感情を伝えてくる彼女からの思慕というモノに気が付かない訳でもないが――――ソレを勘違いして受け取れるわけもない。
アイドルに、ただのバイト。
シンデレラに、端役の小鬼。
一瞬の感情と特殊な環境から生まれた錯覚を勘違いして、彼女がそれこそ血反吐を吐いて築きあげた栄光に泥を塗る訳にもいかないし、俺もそんな関係になれるだなんて思いあがれる経験はしていない。
だから、コレは彼女の親愛表現なのだ。
そう、落とし込む。
勘違いしないように、踏み外さないように―――いつもの様に過ごせば、いつかはあの時の様に穏やかな終わりを迎えられる。
『怖い、怖いのよ――――比企谷君』
あの夕焼けに染まる屋上で瞳から雫を零して微笑んだ少女の一言が蘇り、痛む胸の奥底を誤魔化すために細巻きの紫煙と共にその後悔と羞恥、葛藤を白煙と共に吐き出した。
「さみぃんだから馬鹿な事いってないでさっさと行くぞー」
「あ、照れました? いま、照れましたよね!? えへへへ、素直じゃありませんね~。あっ、ところで一月下旬は秋田に来ますよね? というか、もうチケット取ってるんで今回こそはハチ君にスノボーの魅力を叩き込んであげますからね!?」
「うっざ……。いや、いいよもう。俺は一生ソリマスターで。この前も雪山に行って速攻で吹雪遭難したじゃん。山小屋があったから良かったけど、完全に一歩間違えれば死んでた。つまり、家の外には出ないで安全な千葉に引きこもるのがジャスティス」
「アレは長野だったからです!! 秋田のゲレンデは安心安全ですから大丈夫です!! 何なら雪かき体験までセットで楽しめる最高のプランまでつけちゃいます!!」
「いや、それ普通に罰ゲームだな……」
喧々諤々と、彼女と俺が馬鹿な話を繰り返し新雪に足跡を残していく。
寄り添う温もりと、彼女の微笑みに―――切なさを感じながらも
そんなひと時を楽しいと思ってしまう自分に烏滸がましさを感じつつも
足音は、賑やかで明るいクリスマスの会場へと進んでいく。
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~書こうとして諦めたクリスマスネタという名の種①~
あらすじ
両親と過ごせないクリスマスを仕事で楽しく過ごそうとする仁奈。だが、そんな悲しい少女のクリスマスを家族ガチ勢のハチ公が許す訳もなく動き出す。
346常務にご令嬢ズの権力・財力パワーを土下座交渉で借り、アメリカ支部の内匠たちの協力を得て彼女の両親を仕事終わりの仁奈の前に引きずり出した。
重なる貸し! 空飛ぶラプンツェルとイブの橇!! 炸裂するクラリスの元テロリスト(ガチ)流拉致監禁術!! サンバを踊るナターリア!! そして、苦労して取ったディナーの予約を譲らされご立腹のちひろ!!!
少女の幸せなクリスマスを彼は守れたのか!! メリー―クリスマス!!!
付録OVA『とある元ヤンと破天荒プロデューサー ひとときの聖夜の逢瀬』
アメリカ支部へ転属されてから会う事の出来なかった拓海と内匠の甘く、切ない物語がひっそりと―――
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~書こうとして諦めたクリスマスネタという名の種②~
世はクリスマス。子供ははしゃぎ、家族は微笑み合い、恋人は寄り添うそんな聖夜。そんな雰囲気は346のシンデレラプロジェクトにも広がっていたのだが、時はアイドル戦国時代。当然休みなどもなく各々が仕事に散っていて、そのアシスタントに当然ハチ公も連れていかれている中で
「クリスマスってーのに仕事仕事仕事……これじゃ、カリスマJKも偉そうな事いえないねぇ」
「良かったな、コラムに書く内容が一つ決まった。“盛るな、働け日本人”って見出しで世のパリピの眼を覚まさせてやれよ」
「………悪くない気がしてきたけど、却下」
お疲れのカリスマとダラダラ話す夜のどらいぶ
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~書こうとして諦めたクリスマスネタという名の種③~
寮でのクリスマスパーティーも終わり、大人組の飲み会に移行し始めた折に帰ろうとするハチ。
他の娘たちは全員泊まる予定なので帰宅するのは彼だけ。そんな彼が玄関を出た時にかかる聞きなれた声。
「おにーさん、ちょいと聖夜の散歩と洒落こみまへん?」
振り返った先には見慣れた狐目の妹分。
そんな冒頭から始まる、肌寒い季節の柔らかでゆるやかな二人のお散歩トーク。