(/・ω・)/というわけで、アンケートに勝った周子ちゃん編。ほんのりと切ない二人の絆と出会い。それと、想いも感じ取って頂けたら幸いです。
周子ちゃんが家を出たきっかけなんかはこっちを読むと書いてます(ステマ→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12918597
年末年始という忙しなくも華やかな季節が過ぎ去り、一年で最も冷え込む大寒がその名に恥じない冷え込みを引き連れてやってきた頃にようやくこの寮にも平穏な日常というモノがやってきた。
人気アイドルグループの女子寮というには少々だけ年季が入りすぎているここも年越しの前後は家に帰る暇のない忙しいみんなが入れ替わり立ち代わりに仮眠だったり休憩だったりを繰り返してまるで野戦病院の様に力尽きたメンバーのお世話にも奔走していたせいで除夜の鐘が鳴ってからようやく年を越したことに気が付けたくらいの白熱具合だったのだ。
そんな忙しい日々が過ぎ去ってようやく遅れてやってきた正月休みに入った頃、一人、二人と収録が終わり帰省していき空っぽになったこの寮で――帰る場所のない人が寄り集まって、ようやく小さな休息を迎えたのであった。
――――
「いやー、やっぱり寒い冬は鍋だよな。あんな豪勢なのもう二度と食えないかも?」
「むぅ、涼さんが一杯盛るから……お腹いっぱいになっちゃった」
「別にもう映画見るだけなんだからいいじゃねぇか。小梅はもう少し食って肥えとけ」
全国の特産品の残りをこれでもかと詰め込んだ豪勢な鍋に、千代婆が腕を振るったサイドメニュー。それらを〆までペロリと平らげて舌堤を打った食後の事。誰もがまぁるくなったお腹に満面の笑みで笑い合うそんな平和な光景にこちらも気が緩むのだが―――
「………なぁ、もうソロソロ突っ込んでもええかな?」
「「「なにが?」」」
談話室の大きなテレビの前で小梅ちゃんを膝に乗せて抱っこするおに―さんに、更にその後ろから抱きすくめる様にソファに座っておにーさんの首に腕を回している涼さん。そんな謎の親密度Maxの状態で本当に不思議そうに首を傾げるお馬鹿三人組に私のこめかみがひくつくのは関西の血が騒ぐからか、理解不能な行動を当たり前とされている呆れからかはちょっと判別がつきがたい。
「いや、いやいやいやいや―――近すぎん? ホラー映画をいまから見るにしたって近すぎん?? アンタら、むしろそういうの上級者ちゃいますのん?」
「「――――っふ」」
もはや堪えきれない関西の血に従ってツッコミを入れれば、涼さんとおに―さんが小さく遠い目をしつつ小さく笑って答える。
「お前は、小梅の気合の入れて選んだホラーを見た事なかったんだっけな」
「いや、まあ、好んでみるか言われたら見るほうではないけど」
「はははっ、私もさ…ホラーは結構好きで大抵の事ではビビらない自信があったんだ。でも―――小梅の“逸品”はマジでやばいんだ」
「…………………参考までに聞くけどどれくらい?」
「「体の穴という穴から体液が漏れ出るレベル―――あと、偶にマジで出てくる」」
「……………あー、あはは、周子ちゃんだけ仲間外れとか嫌やわぁ。ちょい、おに―さんは男なんやからソコのきや」
「やめろ。ここは前後で人身御供を供えてる唯一の安全地帯。新参者のお前の特等席は一番前の小梅の膝枕だ。このジェットストリームフォーメーションの真ん中は不動の俺だ」
「理由がクズ過ぎるわ!! というか、一番前とか絶対にヤバい奴やん!! アカン!! そんなん絶対アカン!! じゃんけん!! そう、じゃんけんできめよーや!! ほんなら恨みっこ無しでええやん!!」
「やだよっ!! お前が素直に最前列に行けよ!! 俺はここを絶対に動かんぞ!!」
“出る”って、何が。いや、マジで何が???
そんな焦燥感から暴れる私とおに―さんを優し気な微笑みで“今回は、大丈夫だよ?”なんて小さく呟く小梅ちゃんと、遠くを諦めたように見つめる涼さんの横顔を尻目に―――人がいなくなったこの寮に、今日も賑やかな声が喧々諤々と響き渡ったのであった、とさ。
-----------------------------------
恐怖のホラー映画鑑賞会も終わり、小梅も草木も眠る丑三つ時、というには少し早い夜の時間。クソ寒い癖に妙に煌々と輝く月夜に響くのは湿気た100円ライターの着火音と季節外れの蛍の様な赤い光点だけだ。
深く、深く息を吸い込んで流れ込んでくる紫煙の甘さを味わいつつ吐き出して、さっきまで緊張の連続で凝り固まった体の力をゆっくりと抜けば今更になってようやくクソ忙しい時期に区切りがついたのだと自覚した体にドッと疲労と気だるさが追い付いてきて紫煙が切れても詰まっていた溜息とやらは長く続く。
それがようやく切れた頃に、軋んだ非常口の音が響いて管理寮唯一の喫煙所に意地悪気な細眼を携えて顔見知りが現れた。
「部屋におらんと思えば、こんな所におったん?」
「寝る前の一服がないとどうもな。……ほんで、お前は? まさか怖くて眠れなくなったわけじゃないだろうな?」
“アホ言わんといて”なんてクツクツ笑いを零しながら俺の隣に腰を下ろした“周子”が差し出してきたのは小さく湯気を燻らせるマグカップで、紫煙の煙ったさに仄かに甘い香りが混じった。
「お酒はお酒でも、“甘酒”なら乾杯したって文句はないやろ?」
「……ま、寝酒にしては少し甘すぎる気もするけどな」
悪戯気に笑ってこちらを見てくるのは日頃から禁酒を言い渡している意趣返しのつもりなのかどうか。そんな彼女の屁理屈に不覚にも笑いを引き出されて素直にソレを受け取りつつマグカップを軽く交わした。
「今年も一年間、お疲れさまでした~ん」
「ん、お疲れさん」
かちり、と味気ない音を立ててぶつけてみたはいい物の何に対する“乾杯”なのかしばし首を傾げてしまっていると彼女が軽やかにそう告げたのに反射的に反応して素っ気なく返すのみに留まってしまった。
そうしてチビチビと甘酒を啜る彼女を横目に改めて気が付く――――この狐目の少女を拾ってから、早くも3年が経つのだと。
あまりに近くで、あまりに自然に横に居続けたせいかそんな実感を今更ながらに抱いたが、思えば彼女を拾ってここの管理人見習に押し込んでから随分と激動の日々を過ごしてきた。十時がいた時の騒動から、一期生が活動を始めて軌道に乗るまで。そして、トップアイドルになってからは二期生の加入や炎陣、クローネとの激闘―――その中のメンバーの一人にこの不良娘まで含まれて危うくプロジェクトを潰されかけたという、つい最近の大惨事まで含めて言われるまで忘れてしまっていた。
喉元過ぎればなんとやら、とは言うがちょっと自分の無頓着さに呆れてしまったのは無理もない事ではなかろうか。
思い出したら腹が立ってきたので嫌味の一つでも言ってやろうと甘酒を小さく舐めて唇を湿らせていると隣に座る彼女の横顔。それが、見慣れたモノではなくなっていた事に気が付かされた。
細い眼は月明かり以外の灯を宿し、無造作に肩まで伸ばされ括られていた白銀の糸の様な髪は過去を断ち切るようにバッサリとうなじのあたりで揃えられ、その顔は酷く憑き物が落ちたように涼やかだ。
少なくとも、くたびれた衣服で、全てを諦めたように澱んだ虚ろな瞳で皮肉気な嗤いを浮かべていた“家出少女”はそこにはいない。
それが、なんだか自分の功績でもないのになんだか嬉しくて、ちょっとだけ妬ましく思う卑しさに零れた苦笑を噛み殺しているウチに考えていた嫌味は―――どこかに溶けていってしまった。
「昔な、お前を拾った時に自分を重ねてた」
「……………おに―さんが身の上話なんて珍しいやん」
代わりに零れたのは 身勝手で自己嫌悪に満ちた戯言だ。
周子は一瞬だけ肩を強張らせ、なんでもない様に月を見上げながらそう答えた。俺も、彼女の方なんか見ることも無くただ月に上る湯気を追いかけながら零れるままに言葉を紡ぐ。
どうせ、ちょっと大きな独り言だ。答えなんか――求めちゃいない。
「身勝手で独りよがりの幻想を信じ込んで、そんなもんありゃしないって何度も思い知った癖に目の前にぶら下げられりゃ阿呆みたいに期待を寄せて勝手に失望して――救いようもない馬鹿だった」
「…………この話、やめへん?」
「だから、お前が濁った眼でヘラヘラと見知らぬ男に声を掛けてきた時に正直に言えば少しだけ救われた。手放したくないもんを諦めて、自棄になっちまおうとする人間が自分だけじゃないと思えて楽になった」
「そんなん、ちゃう。おにーさんは……勘違いしとる」
いつしか、月すら眼をそむけて俯く彼女が絞り出すように零した言葉を無視して俺は言の葉を紡ぐ。紡いでいく。
「お前を拾って、馬鹿みたいに騒がしい毎日で、何時しかお前は普通に笑えるようになって―――アイドルにまでのし上がった。お前は俺みたいな道を歩まずに済んだ―――だから、もう、 「そんな立派なもんやないっ!!」
滔々と語る俺の言葉は、周子の切り裂くような剣幕の声に遮られてた。
遮られた先にあったはずの言葉が宙に浮いて行き場を失くしているウチに彼女は滾った激情を小さく溜息と共に吐き出して、疲れたように声を絞りだしながら俺の肩にその小さな頭を寄り添わせた。
「私な、ここに来る前に人生の全部を否定されたと思ってん。否定した許せん人の保護が無ければそれこそ自分の食い扶持も手に入れられないって現実に押しつぶされてた。
だから、自暴自棄になってどうなってもいいやって思った先でおに―さんに連れられてきたココで“自分自身”を見て、評価して、叱ってくれる人がいるってのが本当に嬉しかった。誰も、私の過去なんて覗かないで今を見て話してくれるのが楽やった。
そんでもな、どんなに皆と楽しくやってても、過去なんか関係あらへんと思っても――皆にはある帰る場所が私には無かった。
おに―さんのいる場所しか、私には安心して帰って来れる場所が無かった。だから、管理人としておに―さんを見送っていくうちにアイドルの皆と一緒にどっかいってしまわれるのが怖くて、離れたくなくて――アンタを追っかけてここまで来た。
今のウチがおにーさんからそう見えるなら―――ソレは全部、おにーさんのお陰なんよ」
「……………それこそ、救いようのない勘違いだな」
「ええよ。それで――ええ。だから、一生勘違いさせてーや」
弱々しく、それでも決して離さないとでも言うかのようにいつの間にか彼女に握り込まれた手を小さな溜息と共に緩く握るでもなく、離すでもなく俺はそのまま好きにさせた。
もう、俺がココに居られる時間は長くない。
そんな当り前のことを何故か改めて告げる事が出来ずに俺はソレを誤魔化す様に冷めた甘酒を啜って誤魔化した。
染み入る様な冬の冷たさがじわじわと体に伝う中で温もりを伝えてくるその少女を振り払う事も、抱きしめる事も出来ずに俺は小さくこの少女が寄り添う必要のないくらいに暖かな“春”が来ることを祈る。
どうか、この少女が―――凍えないで朗らかに一人でも生きていけるように。
俺は、真摯に祈るのだ。
_(:3」∠)_評価……いつも、みんな、ありがとう!!