デレマス短話集   作:緑茶P

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今日も明日もいつも通り脳みそすっからかんで妄想日和でいきいきましょー♡(なお、現実は見ないものとする




『その男、甘党につき』  新田美波の場合

 

 

 

「………不味くは、ないよね?」

 

 そんな誰に言うでもない一言を零しつつ首を傾げる私はかれこれ数時間も一人でキッチンに立ちその甘い匂いを発する黒い物体を前に立ち尽くしている。

 

 行儀が悪いと思いつつも指にとって舐めてみたソレは程よく甘く、ほんのりビターで口当たりも悪くない実に“優等生”の自分らしいお手本のような味わい。それでいいはずだし、そうなるように作っているのだが味見をするたびに頭をよぎる“あの人”の事を思えばどうしたってコレではいけない様な気がしてきてさっきから何度も味を甘くしたり、苦くしたりといったり来たり。

 

 悩めば悩むほどに正解が分からなくなるその憎い物体になんだかムカムカしてきて文字どうり“もうっ”なんて匙を投げた私は部屋のソファーに八つ当たり気味に飛び込んで不貞寝を決行する。

 

 声にならない呻きをクッションにもごもご上げて、最後に小さな溜息を漏らして天井を仰ぎ見る。

 

バレンタイン。諸説あるモノの親しい人に感謝と親愛を示して贈り物をする日。

 

 真っ白な天井を見上げてぼんやりカレンダーについた赤丸を恨めし気に睨んでしまうのは年頃の乙女としては仕方ない事ではないだろうか? それが、意中の男がいるのならもっと文句も募ろうというモノだ。

 

 もっとこう、チョコなんかと違い好みの分かれないモノであればこんな葛藤を夜更けまでする必要もなく、気軽にテンプレートに沿って熟せるのにそのおかげで世の乙女は無用の悩みと不安を抱える事になる。

 甘すぎるのは嫌いか、見た目が変ではないか。気合が入りすぎて重くはないか、かと言って平凡すぎては埋もれてしまいそうだし、凝りすぎても重たくて面倒だなんて思われたりかもなんて、どれが正解なのか迷いに迷って携帯で適当に調べて出たルーレットでは“市販の板チョコ”なんて出て一人で憤ったりと………思わず溜息だって出る。

 

 だが、ここまで泥沼にはまった今ではその時の判断が恨めしくもある。板チョコとまでは行かないまでもソコソコ有名どころの市販のチョコでもよかったのではないかと思わないでもない。

 

 いまからでもちょっと足を延ばせば大型のデパートならギリギリ間に合うかも、と考えてしばし――今度頭をよぎったのは彼の周りにいる並み居る強力なライバル達の顔に思わず眉間に皺が寄ってしまう。

 

 口うるさく素直じゃない上に可愛げのない自分とは違い、彼への好意も隠さずまっすぐぶつける彼女達。

 そんな彼女達はアイドル業界を見回しても文句なしのトップランカーで、愛嬌があり、思慮があり、勇気があり、何が勝てるかと問われれば自分でも思わず口を噤んでしまう他にないのが現状だ。

 

 そんな彼女達がこの機会を逃す訳もなく、愛情たっぷりの手作りに並べられる自分の味気ない市販品を思い浮かべるとなんとなく惨めで、他のチョコに顔を緩める彼の顔を想えばイラっとしてしまう。

 

「………なに、鼻の下伸ばしてるんですか」

 

 あの成人祝いのバーでの一件の後にあった“海での出来事”。

 

 あの日に自分は少なくともはっきりと彼に好意を伝えているし、答えはいまだ保留になっているとは言えこういったイベントの時くらいはもっと彼も自分に気を使って甘い言葉の一つでも掛けてくるべきではないだろうか?

 そうすれば自分だって普段から彼に―――いけない、思考がどんどん違う方向にそれていって本題から遠ざかっている今考えるのは後数時間後に迫った贈り物の中身である。

 

 溜め込んだ普段の不満がこういう時に八つ当たりのように漏れ出てくるのを諫めて、寄った眉間を揉み解して煮詰まった頭を切り替えるために部屋を見回せば、あるモノが目に入った。

 

 楓さんや皆が海外公演に行くようになってからお土産品は毎回くじ引きで配布されるようになった。そんな恒例のお楽しみ会で引き当てた瓶がオシャレなウイスキー。飲み会なんかではともかく、一人で酒精を嗜むほどにまだ親しめてもいないのでなんとなく部屋のインテリアになっていたソレ。

 

 丸みを帯びた綺麗な瓶に力強く駆ける馬のミニチュアが乗ったソレはなんだか今の気分を変えるには丁度よいものの様に見えてグラスを手に取って冷凍庫から女子会で残ったロックアイスを転がし、小指一本分だけ注いでみれば、飴色に近いその液体はぶわりと濃い木の匂いを部屋中に広げて、それだけで体温が上がってほろ酔い気分にさせられる。

 

 そのまま飲めば自分には濃すぎてむせる事は明白なのでグラスを揺らして氷の音を楽しみながらゆっくりと溶かしてゆく。

 そうすれば濃厚だった香りは柔らかく、頑固さすら感じる飴色は柔らかい琥珀を溶かしたような優し気な色に変わる。

 

 恐る恐る、舐める様に味わえば―――口内にふれたところからゆったりと温かさと独特の甘みが広がっていき思わず小さく息を零してしまう。

 

 甘く、辛く、それでいて――柔らかい。

 

 そんな不思議な感覚は妙に親近感のあるモノで首を傾げて数舜、すぐにソレに思い当って笑ってしまう。

 

 まるでこれはさっきまで自分を悩ませていたにっくい男のようではないかと、酔いも手伝ってクスクスと笑いが零れるのを止められない。

 誰よりも甘い癖に偏屈で頑固。斜に構えて皮肉気に辛辣な文句を零す癖に憎みがたい。味わえば味わう程に他にはどんな楽しみ方があるのかとこっちも面白がって深みに嵌っていく謎の中毒性。

 

 偶然とはいえ、随分とおかしな物だと思い一人笑いながらも胸の内にある負けず嫌いが頭をむくりともたげるのを感じる。

 

 やられっぱなしは性に合わない。悩まされっぱなしというのも腹が立つ。

 

 無垢な奉仕というのはどうにも自分には向かないという事がいま分かった。

 

 馬のミニチュアの上に跨るジョッキーを軽くつつきながらニンマリと笑いながら私はさっきとは違いウキウキとした足取りでキッチンに向かう。

 

 悩まされるよりも悩ますように、跨られるよりも跨って鞭で急き立て、酔わされるよりも抜け出せなくなるくらいに酔わせて中毒に。

 

 守ってばかりで気を揉むくらいなら切り込んで点を取った方がずっと気が楽な性分なのだから―――今日くらいは悪ふざけさせて頂く方に回らせて頂きましょう?

 

 

 さっきまでの唸り声とは対照的な陽気な鼻歌がひっそりと夜のキッチンに響き渡った。

 

 

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 例年、この時期は事務署内が騒がしくなるのはいつもの事だけれどもプロダクションも軌道に乗り合併・吸収を繰り返した上にウチのボスが見境なくスカウトしてくるせいか結構な人数になった今年は例年の比でないくらいに姦しかった。

 

 事務方のいるデスクを一枚隔てた所にあるアイドル達の休憩スペースからは友チョコだのなんだので大々的に交換会が行われ、歓声や悲鳴と笑いが絶えず零れてきてその甘い匂いが絶えず流れてきていたくらいである。

 

 だが、まあ、昔ならば自分には縁もゆかりないイベントだったこの日。あるはずもないのに意味もなく下足棚を覗いてしまい、最終的には小町に強請るか母に貰うだけという悲しい過去に比べればお義理でもアイドル達からチョコを貰える今は世間的に見れば世の男衆から縊り殺されかねない環境なのだから文句を言えた立場でもないだろう。

 強いて言えば、頭のおかしいナスビが原寸大チョコを台車に乗せてきた時に思わずラリアットで即座に粉々にしてしまったハプニングがあったくらいの平和な一日だった。

 

 そんなこんなでも仕事はいつもの様に山盛りにある訳で、あっちこっち走り回り書類に頭を悩ますウチに日も暮れてそんなもう一つの恋人たちの聖夜とやらは忙殺されているウチにあっという間に後数時間という所。

 

 武内さんを巡っての恋の鞘当ては延長にもつれ込んでガチ勢たちに引っ張られとっくにドナドナしてしまったし、他の大人組からは“アローン会”という名目で飲み会を開いているらしく事務所でポチポチしているのは俺だけとなっている。さっきから喧しく鳴り響く酒クズどもの呼び出しコールに溜息を一つ漏らしながらも、俺も最後の書類を添付したことを確認して帰り支度を進める。

 

「―――ま、贅沢な悩みか」

 

 職もあり、義理チョコを貰えるくらいには知り合いもいて、偶に煩わしくもなるが酒を飲みかわす誘いが貰える。ボッチとしては弛んでいると言わざるを得ないが―――大学の単位以外は“世は事も無し”で回っているのだから、難しい事はうっちゃって久々に飲みにでも行くとしようとした時に声が掛けられた。

 

「こーんな一杯のチョコを貰っといて、何が“悩み”なんですか?」

 

「………今日は直帰じゃないっけ?」

 

 独り言を拾われた気恥ずかしさと、誰もいなかった筈なのにいきなり自分の真後ろに立っていた所属アイドルである“新田 美波”に思わず跳ね上がったのを誤魔化す様に問いかければ今度は向こうが優し気に垂れた目尻を吊り上げてくる。

 

「いられると何か不都合でもあったんですか?」

 

「まあ、独り言を聞かれるっていう実害は出たな。……んで、なんか忘れもんなら早めにとって来てくれ。俺ももう上がるから手早くな」

 

 わりかしいつもプリプリしているので何が地雷かも警戒する気が失せているので俺も無遠慮に言葉を投げかけられるのだが、向こうももう手慣れたもんで小さく溜息を漏らす程度のモノだ。そんな呆れたような彼女が疲れたように肩から下げたバッグから小さな箱を取り出して俺の前に差し出す。

 

「これが、今日の忘れ物です」

 

「んぁ、お前も律儀だね」

 

 どうにもこの女、わざわざ直帰の現場からこれを届けに会社まで戻ってきたらしい。明日でもよかろうにそんな生真面目さが彼女らしくてつい笑ってしまったが、手間暇かけて届けて来てくれたのだから素直に受け取ろうと手を伸ばしたら――その手は空を掴む羽目になった。

 

「………今時、小学生の悪戯だってもう少し優しいぞ?」

 

「誰が悪戯ですか、だ・れ・が」

 

 肩透かしを食らった俺が消えたチョコの箱を目で追えば彼女はソレを片手で遠ざけ、俺の手をぺちりと叩き落とした。てっきり、期待させて落とす昔懐かしい小学校の頃のイジメをリテイクされているのかと思って悲しみにちょちょ切れそうになっていると彼女は呆れたように俺の持っている袋に指を指す。

 

「どーせ、いま渡したって雑にその袋の中に突っ込む気なんですよね?」

 

「まあ、この量は流石に一気に食えないし……」

 

「 それじゃ、 駄目です 」

 

 問われた事に正直に答えればジトリと半目で睨まれ、目の前で綺麗なラッピングをバリバリ破いた彼女はその綺麗な指がショコラで汚れる事もいとわずに俺の前に突き出してくる。

 そのいきなりの出来事に一歩たじろげば、更に詰められ。二歩下がれば、大きく寄られ遂には自分のデスクに当たり逃げられなくなるほどに追い詰められて仰け反る俺を机の上に乗せた膝で逃がさないとでも言わんばかりにのしかかってそのチョコを突きつける。

 

 口から洩れる言葉は文句か、恐怖か、混乱か―――意味を成すことも出来ずにその突きつけられた劔の切っ先の様なチョコと、差し込んだ月明かりの先でニンマリと微笑みを浮かべる意地悪気な彼女が映る。

 

「ちゃーんと本命用なんですから、私の前でしっかり味わって、とろかして―――酔いしれてくださいね?」

 

 それが、“答えを保留にしてやっている利息だ”と囁く悪魔の様に妖艶な彼女に抗う事も出来ずに口の中に指ごと滑らかなその甘味が差し込まれた。

 

 口に含んだ瞬間に解けていくくらい口当たりのいいショコラはココアパウダーの程よい苦みとその下に隠れていた甘みが程よく調和されていてこんな状況なのに思わず舌が勝手に求めてしまうくらいの完成度。その蠢きと熱によって一気に溶けた先から―――とろみのある液体が舌を焼いた。

 

 甘く、ほろ苦いカカオ類の甘さではない喉と鼻を抜けるような樽木の香ばしさと、酒精独特の甘美。その意表をつく味わいに驚き、それでも抗えずに味わい切った先には細くしなやかなのにヒヤリとした指。その指先に含まれた塩分のせいか微かな塩気が全ての余韻を響かせ思わず唾を呑んでしまった。

 

 まるで、もう一つと強請る浅ましい犬の様に。

 

 そんな俺の様子に満足したのか俺に跨る彼女は普段の健康的な美とはかけ離れた淫靡で意地の悪い微笑みで俺を見下ろしクスクスと笑いを零す。

 

「私と、比企谷さんには一番相応しいチョコじゃありません?」

 

「お前に酒を奢ったのが今の所、人生で一番の失敗かもしれん」

 

 あの酔いつぶれた彼女が零した告白と、ソレを泡沫の夢とはぐらかしたことから始まったあの騒動。その時から時を重ねるごとに彼女は大きく、強く、誰よりも艶めかしく月夜で輝くようになってきた。その発端となった俺に課されたこの刑罰のなんと重たい事か。

 

 俺の上に跨った彼女はそんな小鬼の戯言にもクスリと笑いを零すだけで答えて次の一欠けを俺の前に差し出してくる。

 

 今度は押し込めることも無く、唇の一歩手前で焦らすように―――“今度はお前から食らいつけ”と言う様に。

 

 差し込む月夜に、口に残るショコラの甘み。そして、またがる彼女から伝わる熱と揶揄う様でいながら真っ直ぐと俺を貫くその瞳はさっき飲み込んだウイスキーボンボンのせいか熱を帯び始めた脳内で一枚の絵画の様に見えて思わず眼を瞬かせてしまった。

 

 そんな俺に彼女は優し気に微笑み、一言。

 

 

「存分に―――私に酔ってくださいね♡」

 

 

 

 いくら俺が甘党とは言え、ちょっとこれは―――舌が焼けそうだ。

 

 そんな馬鹿な俺の妄言を聞き遂げることなく二つ目の“彼女”が俺の口に放り込まれたのであった、とさ。

 


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