デレマス短話集   作:緑茶P

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皆様、初対面の方は初めまして、いつもの方はお久しぶりです。

ようやく実家に文明の光が差し込んだので早速。

妄想の神が選んだのは文香たんでした(笑)

いつも通り頭を空っぽで文香沼をお楽しみください。

ちなみに、この選択肢を出すにはこのイベントが必須ですので回収の程よろしくお願いします(笑)→一匙の想い


捨てる神あれば拾うアイドルありて 前編

「は?明日からリフォームのための一時退去…すか?」

 

「あら~?二月前に説明と了承の印鑑もらったわよね~?」

 

 うららかな春先の昼下がり。晴天に俺の間の抜けた声がいやに響き、その声を受けた目の前にいる妙齢の女性が困ったように嫋やかな手を顎に当て、手元の紙を再び俺に見せつつ説明をしてくれる。

 

「このアパートも色々痛んできたから手当はこっち持ちで、二週間ほど部屋を開けてもらうって説明をしてたんだけど~。…その様子だとすっかり忘れてた感じかしら~?」

 

 大家さんの独特の間延びした口調と共にぴらぴらと振られる紙には工事における詳細やその間の手当てなどの説明が事細かに書かれているし、確かに二か月ほど前の連勤明けの早朝に訪ねてきた大家さんに寝ぼけ眼で勧められるがままに印鑑を押した記憶がうっすらとあったりする。……つまり、完全に忘れていた。

 

「…えっと、その…忘れてたのは本気で申し訳ないんですけど、これって…どうなるんすかね?」

 

「んー、比企谷君の部屋の荷物くらいなら依頼してる預かり屋さんが問題なく引き取ってくれると思うけど~、問題は仮住まいよね~?」

 

 特徴的なたれ目が俺の肩越しに部屋をのぞくのに合わせて振り返れば、レトロ感を醸し出す畳敷きの殺風景な2DKにある私物は本棚にパソコン、最低限の食器・家電に布団くらいしかない侘しいもんだ。一般的な社会人を軽く超える収入をバイトで得ているはずなのに、収入と対比して質素になっていく部屋の内装の相関図はきっとこの社会を取り巻く闇に至る真相を含んでいる気がしてならない。―――という現実逃避は脇に置いておいても、言われる通り問題はその間の仮住まいである。

 

 2週間程度なら実家から通えばいいかと思わないでもないが、緑の悪魔によって強制されてる過剰勤務を考えれば1時間の通勤によるタイムロスはあまりにしんどい。かといって、ほかに都合よく泊まれるような場所もぱっとは思い付かないのでどうしたものか?

 

 そんな風に頭をひねる俺を見た大家さんが苦笑しながら、尋ねてくれる。

 

「―――うーん、君くらいの年代なら実家や友達の家ってのが無難なところだけど、どうしても厳しそうなら………ウチに泊まってもいいのよ~?」

 

艶やかな黒の三つ編みを弄りながら、細い眼に窺う色を混ぜて問われるその視線にちょっとだけ息を呑んで彼女の体に不躾な視線を走らせてしまう。滑らかな白い肌に豊満な体を包む薄手のカーディガン。未亡人で一人暮らしという彼女との限定的な空間を思い浮かべ―――小さく苦笑した。

 

やりたい盛りの青年には垂涎ものシュチュエーションだろうが、自分はそんなものに妄想を抱くには少々ばかり此の世の苦い部分を知りすぎている。

 

「ありがたい申し出ですけど女性の一人暮らしに野郎が邪魔するわけにもいかないでしょうから、遠慮しときますよ」

 

「あら~残念。男手があると頼もしいと思ったんだけど~。やっぱり、いろはちゃんとか若い子と一緒の方がいいかしら~」

 

 軽く肩を竦める大家さんの様子にやはりからかわれていたらしい事に苦笑をこぼしつつ、彼女の口から洩れた隣室に住む後輩の名前に首を傾げる。

 

「一色?」

 

「あら~?なんだか比企谷君と仮住まいを一緒にするとかなんとか張り切っていたようだけど~。聞いてないの~?」

 

「……あぁ、そういや大学の学食で飯食ってるときに家賃が苦しいだか、ウイークリーマンションがルームシェアでお得だとかなんか熱弁してた気がしますね」

 

その時も寝不足で“実家から通えばいいだろ”って適当にあしらったら、えらい剣幕で怒っていた気がするが、あれもどうやら察するにこの一時退去からの話題だったようだ。だが、自分のように事情がなけりゃ普通に千葉から通ったほうがお得なのだからしっかり聞いていても意見は変わらなかっただろうけれども。

 

そんな事を呟く俺を何とも言えない憐みの目を向けてくる大家さんは“かわいそうに…”などと呟き、頭を小さく振って気を取り直したように俺に持っている紙を押し付けてくる。

 

「まあ、その辺は触らないでおくけど~…明日には一時退去が始まるわ~。いまからでも頑張って探してみなさ~い?ダメなら、強制的に年増のおねーさんと共同生活よ~?」

 

などと、大家さんから鼻先に指を突きつけられたのが二時間ほど前の話。

荷物の引き取り・梱包等は大家さんが代理で立ち会ってくれるそうなので本当に最低限の衣類や日用品だけをボストンバックに詰め込んであちらこちらの店舗を巡ってみても折り合いが悪かったのか、それとも日ごろの行いのせいか手頃なウィークリーマンション類はすべて埋まってしまっていて、短期の賃貸も品切れ状態。

 

かといって高価な所を取るほど切羽詰まってもおらず、安価な郊外の物件を借りるくらいなら実家の方がマシという微妙なバランスにどっちつかずのまま見送り続けて昼下がりの公園にて紫煙をふかして難民状態なうである。

 

状態としては手続き等を考えれば今日中に何処かに決めなければ、家無し八幡になり勢い余って何処かの妙齢の大家さんに拾われてしまいそうな勢いだ。美人の大家さんに世話をされる馬鹿げた妄想を小さく冷笑で笑い飛ばして、ない脳みその中身を整理してみる。

 

まず、現状としては賃貸関係が全滅に近いのだからほかの手段を考えるべきだ。

 

友人関係もそこまで迷惑を掛けられそうな材木座や戸塚あたりも住んでるところを考えると好条件ではないし、そもそもそこまで迷惑をかけるのも申し訳ない。というか、戸塚と共同生活を二週間?無理だね。確実に一線を越えちゃう自信がある。せめて、自立して貯金が一千万を超えてから……まあ、普通に急に言うようなことでもないしな。

 

それで実家も不便、となると早々に八方ふさがり感が出てくる。そのうえ、まあ最悪の場合はネカフェでも、ビジネスホテルでも取ればいいかと思えば緊迫感はどうしたって薄くなってしまう。幸いにも金に困ってる苦学生というわけでも、自宅になどへの帰巣本能が旺盛なわけでもなく、家にいる時間も元々寝に帰るくらいのものだ。それならば、いっそ面倒なく346の仮眠室で凌ぐこともできなくはない。

 

そう考えれば、ほんとにたまの休日をこんな事で悩むのも馬鹿らしくなって俺はバックを枕に公園のベンチに寝転がる。

 

深く肺に入ってくる紫煙と春独特のむせ返るような草木の匂い。穏やかな葉のさざめく音が響くうららかな昼下がりとあたたかな木陰。歩いて凝り固まった体を目一杯伸ばして脱力すればあっという間に目を開ける気力は消え失せてそのまま意識はまどろんでゆく。

 

手放そうとした意識を引き留めるように額にひやり、と固い何かが押し当てられる。

 

穏やかな安眠を妨げられた不快感を隠さずに目をうっすらと開けた先に佇むのは――――見慣れた特徴的な缶コーヒーと

 

 

・狐のような瞳に悪戯気な色を抱えた銀糸の少女だった。

 

→・沙耶のような黒髪の奥から透き通るような青い瞳を覗かせる本を抱えた少女だった。

 

 

 

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「こんな所で寝てしまうと、風邪をひいてしまいますよ?」

 

 ちょっとだけの苦笑と呆れを含んだ囁くようなその声は涼やかでどこまでも澄み切っていて、安眠を妨げられ微かにささくれだった気持ちも溶かされてしまう。それに、普段物静かな同級生“鷺沢 文香”のその行動にちょっとだけ毒気を抜かれてしまった。

 

「残念ながら帰る家も二時間ほど前に無くなった家なき子なもんでな」

 

「家なき子…ですか?」

 

 軽口をたたきながら額に当てられたマッカンを受け取り、起き上がると隣に腰を下ろした彼女が、小首をかしげる。幼げなその動作とふわりと薫る柔らかなスズランの香りにちょっとだけ意識を奪われつつ、ここまでの経緯を簡潔に伝えると彼女は今度こそ困ったように苦笑を零す。

 

「忙しくされてるのは分かりますが……それはちょっとだけズボラが過ぎると思います」

 

「自分でもそう思うよ。――まあ、なんにせよこうなっちまった以上は適当に何とかするさ」

 

 少しだけ拗ねたように答える俺に彼女はおかしそうに口元を押さえて笑い、ひとしきり笑った彼女はゆっくりとコチラを見回したあと、不思議そうに首を傾げて問うてくる。

 

「余計な心配とは思うのですが、随分と身軽な荷物ですね。…それ以外はどちらに?」

 

「あぁ、なんでも梱包込みで業者が預かってくれるらしい。今頃は全部詰め終わって運んでくれているんじゃねぇの?」

 

 まあ、確かにボストンバック一つを抱えて家がないって状況は女子から見れば不思議な光景なのかもしれないが野郎一人が生きてくにはこの程度あれば後はなんとでもなるし、最悪は買い足せばいいくらいで考えてるので「大学のレポートが今週末に提出だと記憶しているんですが………参考書などはどちらに?」――――問題大ありだった。

 

 無言で頭を抱えた俺を見て彼女は今度こそ呆れたような眼差しと共にため息をつく。

 

 近年まれにみる彼女の鋭い視線がチクチクと刺さってくるが、構っている余裕はどうしたって今は出てこない。

 

 というか、完全にバイトと自分の寝床の心配しかしてなかったせいで大学の方を完璧に失念していた。そもそもがブラックすぎるバイトのせいで大学に週数回顔を出せばいいような生活を送っている社畜生活は完璧な代返と、出席数無視のレポート重視の神講義を完璧にこなしていることの上に成り立っている。この単位を落とした時点で留年待ったなしである。

 

 速攻で大家さんに連絡を取るが、無情にも預かり屋はプロの手腕ですでに撤収してしまったらしく荷物自体も県外での保管になるらしく取りに行くには明日以降で手間暇も結構なものらしい。

 

 手帳を見返してみてもみっちりと詰められた予定に空きはなく、芸能関係のサガでもないだろうがこの予定が簡単にタイトに切り替わるのもいつもの事だ。つまり―――レポートに必須であろう参考書を手に入れる機会はどうしたって得られそうにはない。

 

………まじか。

 

 呆然とする俺に小さな溜息と、ちょっとだけ遠慮がちな声がかかったのは天啓か、同情か。

 

「ひとつだけ…解決方法を提案でき、ますよ?」

 

 囁くような声を追って視線を向ければ、前髪の奥の視線を遠くに向けた文香が小さく言葉を紡いでゆく。

 

 

 

「狭い古本屋でよければ……レポートも、住む場所も、微力ながらお手伝いできると思うのです……けれども」

 

 

 

 明後日の方向を向いた彼女の沙耶のような黒髪の奥の頬は果実のように紅く染まって、紡がれる声は蚊の羽音よりもか細い。

 

 それでも、こちらを伺う様に向けられた視線だけは―――断りがたい熱のようなものを感じ。

 

 俺は――――――――。

 

 

 

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fumika side

 

 

“義を見てせざるは勇無きなり”という言葉があります。

 

 元は孔子の格言で“人として行うべき正義を行わないのは勇気のない事と同じである“、という訓示を含めた言葉です。

 

 懲悪勧善ものの文学などでは多く使われるので知っている人も多い事でしょう。

 

 そんな訓示を残した偉人の太鼓判を貰って、必死に言い訳を重ねて絞り出した自分の言葉にいまだに胸の鼓動は収まってくれそうにありません。

 

 その原因であろう気まずそうに眉根を寄せて隣を歩く彼を見てソレはもっと大きくなります。

 

 私の提案を頑なに拒む彼に考え付く限りの理由を並べて押し切ったその言葉が“義”などということばに程遠い私欲が混じっていたことがその大きな要因でしょう。

 

 最近は、言葉を交わすことすら久しくなるほどすれ違う日々が続いていました。

 

 同じ大学で、同じ職場に通い―それでも、彼の声を聴くこともできません。

 

偶然通りがかった公園で彼がベンチで寝転んでいるのを見かけたとき、思わず駆け寄ってしまうくらいには彼との会話を求めていたのでしょう。

 

本当に、いつ以来かも思い出せない程の思い人との二人きりでの邂逅。

 

そこに転んできたあまりに都合の良い彼の状況に付け込んでしまったのは―――恋する乙女としては仕方のない事ではないでしょうか?

 

そんな自己弁護を繰り返して仏頂面を浮かべる彼にちょっとだけ悪戯心をくすぐられて彼に声をかけます。

 

「ここまで来てそんな顔をしないでください。―――食べれないものってありませんでしたよね?」

 

「……トマト」

 

「くふっ」

 

 渋々といったふうに呟く彼に思わず吹き出してしまった私に恨めし気に睨まれてしまいました。悪いと思っても何処からかこぼれ出てくる笑いは止まりません。普段の達観したような雰囲気を醸している彼の子供っぽい一面に、どこかくすぐったい感情が湧き上がるのです。

 

それから、取り留めない会話を重ねているウチに下宿させてもらっている叔父の古本屋が見えてきます。

 

「ここまで来てそんな顔をしてもだめですよ?もう叔父さんにも連絡してしまって楽しみにしていますから、諦めてください」

 

「…だがなぁ」

 

 渋面を浮かべる彼の言葉を努めて聞かないように―――その手をゆるりと握って彼を引き込むように歩を進めます。

 

暖かで、見た目よりも骨ばったその感触に頬に一気に熱がこもるのを感じます。

 

真っ赤になったその頬を彼に気づかれないように前髪で覆い隠して、反論を遮るようにちょっとだけ強引に進みます。最近は顔を隠しこの世界と自分を閉ざしていたこの陰鬱な前髪にもこんな使い方があることをしり、随分と重宝しています。

 

こんな事を考えるようになった自分は随分とずるくなった気もします。

 

でも、その変化を悪いことだとは―――思えないのです。

 

 

 ちょっとだけ建付けの悪い引戸を開ければ、親しんだ古書の濃厚な香りと木造と土間の独特な雰囲気が包み込み、燃えるようだった頬と破けそうだった鼓動はほんの少しだけ収まって愛想の欠片もないような叔父がねめつける様な視線をこちらに寄越し、つまらなそうに鼻を鳴らします。

 

自分も人の事を言えた義理でもありませんがこの不愛想はどうにかならないものでしょうか?これでこの日本有数の古書通りで多くの常連を抱えているというのだから商売とはわかりません。

 

「ここに泊まるんだ。宿代代わりに前に置いてった書きかけの文くらいは完成させて置いていくんだろうな?」

 

「いや、別に無理に泊まりたいわけじゃ「―――あぁん?」

 

 問われたことにめんどくさそうに答える彼に叔父がドスの利いた声で凄みをかけて睨みつけ早口で“書きかけの文を放置するやつがあるか!!そもそも――”と続く罵倒を耳を塞いでやり過ごす彼にもっとヒートアップしてゆきます。

 

気難しいことで有名な叔父は彼の事は随分と気にいっているようで、ちょくちょくここにレポートや本を探しに来るたびに絡んでいるようです。その傾向は彼が友人に付き合って書いていた小説を読んでから随分と顕著になりました。

 

“彼ら彼女らは千葉を愛しすぎている”という一風変わった題名から始まる彼の小説は諧謔的で皮肉気な少年が千葉を愛する部活を通して人とかかわりを持って、少しずつ変わってゆくという変わった切り口の小説です。あまりに癖の強い内容の中に人との距離に戸惑う少年の繊細さと、故郷への愛を伝える仲間のまっすぐさ。それらと実際に起こりうる問題への具体的な対策案は随分と引き込まれるものがありました。

 

ただ、無念なのはそれが最終章の見せ場を終えたその後の彼らが書かれぬままに彼が筆をおいてしまったことでしょうか。

 

曰く、“知り合いが挫折したらしいから辞めた”とのこと。

 

 ここまで引き込ませておいて最後の余韻の部分が雑に切られた彼の書きかけの文に当時は自分も随分と恨みがましく思ったものです。

 

ちょっとした期待を乗せて彼に目を向ければ彼はめんどくさそうに肩を竦めるのでこちらも諦めと共にため息を漏らして、盛り上がっている彼らを置いて台所へと向かいます。

 

 天邪鬼な彼の事ですからせっつけばせっつくほど意地になって書いてくれなさそうな気もしましたし、何より、ここにいる時くらいは普段せわしい生活を送っている彼にゆっくりしてほしかったというのもあります。

 

―――自分が読書よりも優先したい何かを見つけるなんて、昔の自分が見たらどう思うでしょうか?

 

 そんな独白に一人でクスリと笑みを零してエプロンを巻き付けつつ冷蔵庫を開きます。

 

 

 普段は少しだけ面倒に感じる家事は胸のときめきに合わせるような鼻歌と共に軽やかに進んでゆき、自分のその現金さと、後ろから聞こえるその喧騒に胸はもっと温かくなる。

 

 

 

 こうして“鷺沢 文香”と“比企谷さん”との短くも長い共同生活は騒がしくも温かく始まりを迎えたのです。

 

 

 

 


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