今日も脳みそ空っぽでいってみよー!!☆彡
「いやー、いい画が撮れて最高だったよ! 贔屓にするからまたよろしく!!」
「はは、こちらこそよろしくお願いいたします」
快活な笑顔で俺の背を叩きながら激励を飛ばしてきた髭面のディレクターに、いつものごとく気だるげな声で返せばいつも通りの覇気のなさに大笑いしながら去っていく。
豪快さと怖いもの知らずな企画をぶち上げる事で有名な彼は細かい事をネチネチ絡んでこないので割かし好感を抱いている業界人の一人ではあるのだが、いかんせん、その後処理にまで気を回さない所までその性格通りなのは困りものだ。
そう、例えば―――自分の後ろで怒ってますと言わんばかりにブスッと頬を膨らませているミステリアス系アイドル(笑)“速水 奏”という今回の被害者のご機嫌伺いなんてその最たる例だろう。
「おーい、いい加減に機嫌直せよ」
「……………ふんっ」
そこまで分かりやすいリアクションが返ってくると怒りよりも愛嬌の方が勝るのだから美人というのはつくづく得な生き物だと苦笑を零しつつ、彼女の隣に腰を下ろす。
多少、ポンコツの気はあるモノの基本的に冷静で落ち着きのある彼女がココまで臍を曲げているのはさっきまでの収録が大いに関係している。そう、さっきの監督が極秘裏に進めていた企画の餌食に選ばれたのが彼女だったのである。
始まりは東北のグルメリポートの仕事が彼女の元に舞い込んだトコから始まる。
今まで、そういった仕事にはとんと縁が無かった彼女は喜び勇んでその新しい経験を承諾し、ベテランである瑞樹さんなどからその極意やカメラワークへの配慮に至るまで細かく聞き出して今日という日に備えてきた。
その成果は見事なもんで本当に初めてのリポートとは思えない精度で撮影をこなしていくのでスタッフ全員が目を剥いて、感心してしまう程であった。
これが―――普通の撮影だったなら、の話だが。
さっきのディレクター、業界では知らぬ人のいない“ドッキリ仕掛け人”なのである。
つまり、そういうことである。
スムーズに街並みやグルメのリポートを熟していく彼女の元に事件が起きたのは椀子そばの老舗に入ってからの事。店の内装やちょっとした風情を感じる庭の感想を述べる彼女の姿は実に堂に入っていてこれからはこういう路線もありだななんて思わせる出来のまま訪れた実食の時。
笑顔で差し出された椀子そばを軽快に呑み込んで行き―――10杯目に盛大にむせた。
それもそのはず、出されたのは激マズで有名なお茶で出汁を取った特製悪戯ソバなのだから。だが、彼女もプロである。飲み込むどころが口に含むのも苦痛であろうソバを気合で呑み切り、笑顔でむせてしまったと仕切り直す。単純に凄い。
だが、相手もさるもので想定の範囲内だったのか次に差し出されたのはお酢の原液ソバである。
再び盛大にむせる奏。眉間に皺をよせ涙を溜めて、口元から零れそうなソバを必死に押し隠しつつも何とか完食しようと努力するアイドル的にはギリギリ感と涙ぐましさを感じさせる画が撮れた所でネタばらしをされた。
大爆笑に包まれる会場の中でタレントとしての最後の意地か面白ろ可笑しく“騙された”ことをネタに怒る彼女にシーンを収めた所で無事に収録は終わったのだが―――帰りの車に戻って来てから彼女はずっとこんな感じである。
いや、うん………あの努力を知っている身からすればもうなんも言えねぇっす。
助手席に座る彼女の機嫌が直るまでそっとしとくべきかどうか迷っているとポスリと肩をグーで殴られる感触。恐る恐るそちらを見やれば、涙目でこちらを睨んでる奏さん。
「私……今日の為に滅茶苦茶に勉強してきたわよ?」
「……はい」
「収録中もずっと失敗してないかドキドキしながらリポートしました」
「………はい」
「最後の激マズ蕎麦もお店に迷惑が掛かっちゃいけないと思って、頑張って食べきって穏便に済ませようと必死に頑張ったの」
「…………はい」
「貴方――――最初から知ってたわね?」
「………………………いや、まあ、はい」
「このっ、ばかーーーー!!!!」
「いでっ、ごめっ、悪かった!! 悪かったって!! ここまで大掛かりな奴とは聞いてなかったんだ!! あだっ、あだだだだだ!!!」
ふつふつと今まで堪えていた怒りを一気に爆発させた奏が掴みかかって来てひっかいたり、殴ったりと俺の事をけちょんけちょんにしていく。割かし本気で痛いのだが目に涙一杯溜めて、顔も真っ赤に怒る彼女の今日まで重ねた努力を知っている身としては反撃なんて出来るはずもなく彼女の気が済むまで付き合ってやるしかない。
いや、まあ、普通に申し訳なく思ってるしね?
そんなこんなで俺の事をボコボコにした奏は疲れたのか、溜飲が下がったのかは分からないが赤い顔のまま膝を抱えて蹲ってしまう。
重ねた努力が笑い物にされるためだけに使われるなんて、普通に考えれば許しがたい行為だ。だが、彼女が生きているのはそういう事もままある芸能界という世界。こういう時に彼女に求められるのは素早く切り替える精神性なのだろうけれども―――木っ端アルバイトの俺がそんなプロ精神に則った言葉なんて零せるわけもなく、遂には白旗をあげてしまう。
「………いや、ホントに悪かったよ。ドッキリ以外の部分もちゃんと使って貰えるように念を押しとくし――――その、なんだ、ご褒美って訳じゃないけどなんかして欲しい事とかあるか?」
情けなく白旗を上げた先に出てくるのがこんな言葉しかないのだから俺も大概だ。今時の幼稚園だってこんな慰めは鼻で笑うだろう。
「―――どうせ、口ばっかなんでしょ?」
「いや、俺で可能な範囲の……休暇作るとか、やりたいって言ってた歌番組に出るとかくらいなら」
「ふーん、乙女の純情を弄んどいて仕事で穴埋めするつもりなのね?」
「む」
言われてみればそうである気もする。そもそも仕事嫌い人間な俺からすれば今の提案はキツイ現場の対価に楽な仕事を用意すると言われたようなものだ。普通に考えればソレは対価でもなんでもない気がする。
とはいえ、だ。
それ意外と言われれば俺に出来る事なんて一気に無くなる。まさか、都内のオススメラーメンMAPを渡して彼女が喜ぶわけでは無いだろうし、一気に手詰まり感が出てくる。がはははっ、どうにもならんなコレ。がはははっ。
「本当に、反省してる?」
「まあ、それなりには……」
困り果てて脳内でから笑いをして思考放棄しているといつの間にかこちらに詰め寄った彼女の琥珀色の瞳で真っ直ぐに睨まれつつそう問われ、思わず頷いてしまう。
その返答を聞き遂げた彼女はさっきまでの不機嫌さは何処へやら―――ニンマリと意地悪気な笑顔を浮かべて俺の鼻先に指を突きつけ、何てことの無いように言葉を紡いだ。
「じゃ、来週末は貴方は一日――― 私の奴隷ね?」
「は?」
間抜けな俺の声と、彼女のクスリと蠱惑的で艶のある声が夕凪にひっそりと溶けて消えていった。