デレマス短話集   作:緑茶P

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_(:3」∠)_お待たせしました、かなでかわいい


かなで うぃーくえんど 後編

 生活というのは忙しなく、月日の流れとは早いもんで奏の奴に宣告された土曜日はあっという間に訪れた。

 普通の大学生といえば日々を遊び惚けて愉快に過ごすのが常であるのだろうけれども、社畜バイトの俺といえばこんな週末の一日の休みを捻出するのも一苦労で大学の講義を何コマかサボらねばならない羽目になってしまった。こんな労働環境、絶対間違ってるよ!!

 

 とまあ、嘆きなれた愚痴を零しつつ電車で揺られること数十分。

 

 普段が愛車バン君での移動に慣れてしまったせいか人の多い電車に乗ることに微妙な息苦しさを覚えつつ、指定された待ち合わせ場所に少し早めに到着したのだが―――待ち合わせの時計塔には既に彼女はいて、イライラと何度も時計を見ては足踏みを繰り返していた。

 

 えぇ…行きたくねぇなぁ……。

 

 待ち合わせは10時で間違いないはずで、時計はそれより20分も早い。これだけ早めの到着をしているのにあれだけ苛立っているというのならどんだけ前からいたんだよ。最近の子は10分前集合とか反対派じゃなかったのん?

 

 そんな遠目にも分かる彼女の動向にげんなりして行くべきかどうか判断を鈍らせていると、その脇でひそひそと何か話しつつ奏を盗み見ていた男二人組がひょこひょこ寄っていくのが見えた。金髪のベッカムヘアーと茶髪のロン毛、服装は少しチャラいものの奇抜過ぎない今時の若者といった風情の二人組である。

 

 ほう、なんて間の抜けた感嘆が漏れてしまった。

 

 普段が近すぎて感覚が麻痺してしまっているが奏を始めとするウチのアイドル達は100人いれば97人が振り返る美人揃いで、残りの3人は他のメンバーに目を向けるという魔窟である。そんな逸材が街中であからさまに“待ち人こず”な状態で待ち合わせスポットに居ればこんな風になるのかと謎の新鮮味を感じてしまったせいかもしれない。

 

 そんな呑気な思考の元でぼんやりとその光景を見学してみる。

 

 まずは先制のロン毛がイライラとする奏に気安く声を掛けるも睨まれ勢い減退。ソレを取りなすように金髪が笑顔で割って入り明るくアピールトーク。なんだか普段はこんな事しないだとか、奏の容姿を褒めそやしたり等の多様な切り口で警戒を解きほぐそうとするが、それすらも奏の冷たい目線に少しづつ減退していく。

 

 いや、リア充の世界などとんと知らぬままここまで年を重ねてしまったが聞いてる限りは全然減点対象な部分が無い見事なトークであったと思う。それですらこんな冷たい扱いを受けるのだから世のナンパ師はマジで凄いと尊敬の念を抱かざる得ない。俺なら速攻で引きこもって後は家から出ないまである。

 

 それでも挫けぬファイティングスピリッツで何とかお茶に誘うチャラ男2人組を心の中で応援していると―――――ギロリとコチラに奏の冷たい視線が突き刺さった。

 

 あ、やっべ。

 

 ツカツカと凄まじい勢いで猛進してくる奏の迫力に押されながら、何か言う前に耳を掴まれズルズルとさっきのナンパされていたチャラ男達の前に引きずり出される。

 

「悪いわね、ツレが来たみたいだから遠慮して貰えるかしら?」

 

「奏、奏さん? いたい、めっちゃ痛いっす。あれ、聞こえてます? かなでさーん?」

 

「「…………え、コレ??」」

 

 まさかの現代で市中引き回しにあった俺が耳を引っ張られたまま必死に懇願を繰り返していると、チャラ男コンビが呆然といった風体のまま失礼にも指を指してくる。人に指を指すなって教わんなかったのかい? 俺は後ろ指刺されないように生きなさいと母ちゃんに言われて育ったがどうにもこの様子では守れなかったらしい。残念、無念である。

 

「これよっ!! 文句ある!!?」

 

「「…………いや、うん、すんませんした」」

 

 ぶち切れ気味の奏の一喝にしばし顔を見合わせたコンビがなんだか申し訳なさそうにすごすごと帰っていく最中に『特殊性癖じゃしょーがねーよな~』とか呟いてるのだが、俺の顔見てその反応は中々に傷つくんだぜ? どういうことだってばよ……。

 

 さてはて、そんな茶番劇に終焉を迎えて何より一件落着と相成る訳もなくいまだに俺の耳をひっつかんだまま睨みつけてくる奏もとい今日のご主人様がおもむろに口を開く。

 

「いつからいたの?」

 

「……イライラしてチャラ男に声かけられるあたりから?」

 

「ほぼ最初からじゃない……」

 

 イライラも一周回ると消沈してしまうモノらしく、ガックリと肩を落とす奏にようやく耳を開放される。流石にこれでやったぜと喜べるような経験をしていないので神妙に気を付けの態勢を取り、これから来るであろうお裁きを右から左へ聞き流す準備を整えた。

 そんな俺の思惑もお見通しなのか深く溜息を吐いた彼女はそれでも何とか口を開く。

 

「言っても無駄だろうけど……女を待たせるなんて落第レベルよ?」

 

「すんません」

 

 そっちが早く来すぎだというツッコミは藪蛇である。ここ、テスト出ますよ?

 

「私がついて行ってたらどうするつもりだったのよ?」

 

「……事務所に報告?」

 

 流石にふざけ過ぎたのか頭を叩かれた。いや、でも、結果の分かり切っている事を心配するのも無駄な気がするのだから答えはあんまり変わらないだろうけれども。そんな事をぶつくさと呟けば、キョトンとした後に少しだけ頬を染めて口をもごもごさせるのだからやはり年頃の乙女というのは分からない。

 

「とりあえずは、ひねくれた信頼の形という事にしておいてあげる。それよりも―――問題はその服よ!!」

 

 なんだか良く分からないが不問にされたみたいなので胸を撫でおろしていると、また何かの怒りが再燃したのか奏は俺を指差し睨んでくる。コロコロと感情表現が激しい奴だ。

 

 彼女に指摘された自分の格好を確認すれば、千葉県民の正装である千葉Tシャツに少し年季の入った愛用のパーカーとそれに小町がとりあえずこれだけ着ておけば何とかなるというウニクロプレゼンツである黒のスキニーパンツ。足元はどっかのスーパーで投げ売りしていたオシャレスニーカー。

 

 この無難な格好の一体何が彼女の逆鱗に障ったのか、解せぬ。

 

「………一応、聞いておくけど。普段の仕事着の方がまだましだっていう自覚はある?」

 

「いや、動きやすい分だけこっちの方が好みの格好ではある」

 

 そんな俺の答えにいよいよ頭を抱えて深い溜息を漏らし始める奏をぼんやり眺めていると何も悪くないはずなのに罪悪感を感じるから不思議なモノだ。ちなみに、もっと言えば普段のバイトで着ている白シャツに黒のスキニーだってチッヒに怒られて着せられるモノなので好んで着ている訳でないのだ。

 

 送迎や裏方業務に、何ならたまに設営の手伝いだってするのだからジャージでもいいくらいなのだがいつの間にか打ち合わせや交渉なんかまでやらされるようになった都合上でアレになっているだけなのである。……いや、いまだに考えてもバイトにさせる仕事じゃないでしょコレ。

 

 そんな自分の仕事に対して疑問と愚痴を脳内で零していると、息を吐き切った奏が顔をあげ無言で俺の手を引いて歩き始めた。

 

「予定変更よ。ホントは映画の時間まで私の買い物に付き合わせるつもりだったけど―――連れまわす奴隷があまりにみすぼらしいんじゃ私の方が笑い物だわ」

 

「どこ行くんだ?」

 

「貴方の服を買いに行くのっ!!」

 

 奏は額に青筋を浮かべながらズンズン足を進めながら、普段は足を踏み入れることも無いお高めのデパートに俺を引っ張っていく。その光景を見ている周りの人々の視線は嗤っているというよりはなんだか生暖かいものばかりで俺まで居心地が悪くなってしまう。

 それならいっそ、ココで解散した方が有意義なんじゃない? とか言ってみる勇気はプンプンしている彼女に対してどうにも出てこなかった俺ガイル。

 

 どうにも、今日も優雅な休日には程遠い一日になりそうだと俺は小さく溜息を零した。

 

 

------------------

 

 

 

「コレと、コレと―――コレを合わせても彼氏さんに似合いそうですよねっ!」

 

「……いいわね。それも一揃えこの人のサイズで用意しておいて」

 

 と、奏のお気に入りのブランドという店に連れ込まれてからしばし。しばらく奏の着せ替え人形とかしてあれこれ試着させられていたのだが、興味深げにこちらを覗いていた店員達も販売チャンスだと思ったのか自分のオススメを山と抱えてソレに加わってもはや俺の理解のキャパシティはとっくに超えてしまっている。

 

 フォーマルな奴にカジュアル、アメカジ系やスポーツ色などはまだわかったがノームコアだのなんだのと出て来たあたりで訳が分からなくなり、試着するたびに営業そっちのけでカメラのフラッシュを焚く女衆。仕事しろ。

 

 流石に、ロック系の革ジャンまで持って来られた所で拒否をした。そうしてようやく着せ替え遊びから真面目なコーディネートに移ったは良いのだが―――さっきからバカスカ籠に突っ込んでるその服は誰が買うの? 一、二着の話かと思ったら既に一週間日替わりで着まわせるぐらいセットで購入してない?? 店員さんも笑顔でホクホクが止まらなくなっちゃってるよ??

 

「………おい、そんなに要らないだろ」

 

「駄目よ。貴方、こんな機会でもない限り絶対にまともな服なんて買わないんだからこの機会に一通り気分で選べるくらいは揃えなさい」

 

「お前は俺のカーちゃんかよ。いや、というか、別におかしな服では無かったでしょ……千葉T」

 

「「……………」」

 

 なんで店員さんまで揃って哀れさ満点の溜息を吐いてんだよ。

 

 おい、シレっと服をまたツッコむな。

 

 そんな俺の真っ当な主張は誰にも聞き遂げられることも無く、キャイキャイと服の話題で盛り上がる姦しい声にかき消されるのであった、とさ。

 

 

―――――――― 

 

 

「うん、今日はこんな所でいいかしら?」

 

「ふふっ、これで今度からのデートもばっちりですね」

 

 心行くまで彼の着せ替えで遊んだ私の満足げな一言に、一緒にコーディネートしていた馴染みの店員さんが茶目っ気交じりのからかいを掛けてくる。自分がアイドルだと知らない訳ではないのだが、嫌味も無く普通にそう声を掛けてくれるのがなんだか少しだけ気恥ずかしくて微笑むだけで返事とする。

 

 そんな私にニコリと笑いかけて籠を持って会計に離れていく彼女を見送った後に自分の後ろで不機嫌そうにしている今日の連れ合いである“奴隷”君に目を向ける。

 

 いつもと変わらない澱んだ気だるげな眼はガラスの双眸に遮られ柔らかくなり、後ろで結わえただけの髪は一度解いていつもよりずっと高い位置でポニーテール風に括り直す。それだけでも普段の陰険さが無くなり知的な風貌に見えるのは惚れた弱みか、単純に彼の顔の作りの良さかは判断に迷う所だ。

 

 それに何より、一番の成果といえばその服装だろう。

 

 最初に来た時の近所のコンビニに行くのですら躊躇うようなくたびれたパーカーに謎の地元Tシャツ。普段から見ているスキニーよりもずっと使い込んでるのか毛羽だったパンツ―――――あれをナンパ男たちの前に出さなければいけなかった自分の恥じらいをいかばかりこの男は理解しているのかいないのか。

 

 それが尽力の結果、今ではこのまま撮影だと言われても何とかなりそうなくらいまでには至ったのである。

 

 清潔感のある白いシャツに網目が大きめのニットカーディガンで甘すぎず、締めすぎず纏めたトップスに、なんだかんだとスタイルのいい彼の足を見せられるタイトなグレーのスラックス。

 

 現場で見る無難なシャツ姿も嫌いではないのだが、こういった甘さが混じる服装の彼が隣を歩くというのはなんだか特別な関係でしか見れない一面を知っている優越感を私にもたらしてくれる。それに、慣れないオシャレにブスッとした表情を浮かべる彼はなんだかお仕着せされて不機嫌なブルドックの様で少しだけ可愛く思えてしまうのだから私の脳みそも大概にやられているみたいだ。

 

 そんな“自分専用”の彼を満喫するように周りをゆっくり眺めまわしていると後ろの回った時に目が惹かれたある部分。

 

 いつもはその無造作に纏められた髪で隠れている―――うなじ。

 

 その見慣れない白く滑らかな曲線が目に入った瞬間になんだかゾクリとした感覚が走り、知らず食い入るように見つめてしまう。

 

 誰も見たことのないであろうこの無防備にさらされた首筋。これに自分の口紅で証をつけたらどれだけ気持ちいいだろうか? 噛み跡が残るくらい強く噛みしめたらどんな声を出すだろうか? 今日だけでなく自分の“モノ”として―――首輪をつけて括れたらどれだけの多幸感に包まれるだろうか?

 

 そんな彼の尊厳を貶める冒涜的な思考が粘り気の強い甘味の様に私の思考を犯していく。

 

 それに釣られるように無意識に伸ばしたその指が彼に触れるか否かの境目で―――彼が振り向いた。

 

「もう気が済んだならいいだろ。これ以上は流石に付き合えん」

 

「――――っ、あ、な、何を言ってるのよ。まだ、肝心の私の服を選んでくれてないじゃない」

 

 呆れたようにこちらを振り向いて肩を竦めるいつもの動作。それなのに自分好みに整えた見た目とさっきまでの思考の危うさから跳ねあがる心臓をなんとか押さえて、それがバレないように咄嗟に近くにあった二着の服を手に持って彼の前に突き出す。

 

 苦し紛れのその行動に彼は一瞬だけ怪訝そうに眉を寄せたが、しばしその二着を見比べた後におもむろに左の方を指さした。

 

「どっちでもいいが……まあ、そっちの方が無難なんじゃねぇの? しらんけど」

 

 いまさらながらに突き出した服を自分で確認してみれば右は肩ぐりから胸元までが大きく開いたデザインで、左の方はゆったりとしながらも落ち着いたデザインのものだった。その選択に自分で聞いたくせに意外そうに眼を見開いてしまう。

 

「聞いといてあれだけど、もっとおっぱいが零れそうな服が好みだと思ってたわ…」

 

「お前は俺の事をなんだと思ってるんだ……」

 

 げんなりとした顔で肩を落とす彼だが、こちらにだって言い分はあるのだ。

 

 彼の周りには多くの好意を持っている女の子が多数いるのは今更の事だが、その中でも露出の多い女の子と話しているふとした瞬間に彼が胸やお尻を目で追っているのを気が付かないとでも思っているのだろうか? 

 

 そんな思考は口に出さずとも目で十分に伝わるようで、彼は呆れたように言い訳を口から零す。

 

「いや、“本能的動き”と“好み”は別問題でしょ……。そういうのが無いとは言わんが、普通に隣を歩く分には色々としまっておいて貰った方が気が楽なのは確かだな」

 

「………ふーん、そういうものなのかしら」

 

「男は色々と繊細なんだよ、っと」

 

「あ、ちょっと!」

 

 なんだか分かったような、分からない様な彼の説明に首を傾げていると苦笑を零した彼が私からさっきの服を奪い取って会計の方へと向かって行ってしまう。

 

「それは、自分で買うわ!」

 

「もう流石に付き合いきれんからな、会計も一緒の方が早く済む。映画を見る前に飯くらいは食わせてくれ」

 

 慌てて追いかけて抗議する私に彼は取り合うことも無くカウンターでさっさと会計を済ませてしまう。私の静止も聞かずにカード決済をニコニコと済ませてしまう顔なじみの店員さんに恨みがましい視線を送りつつも彼はワシワシと私の頭を掻き交ぜる。

 

「この後の飯はお前の奢りな」

 

「…………服代だって半分は出すつもりだったわよ」

 

 私の負け惜しみの様な呟きに、今度こそ店員と彼は声を出して笑う。なんだか、それが非常に居たたまれなくてまた彼を睨みつけようとするのだが―――いつもよりずっと柔らかいその表情に毒気を抜かれてしまった。

 

「会計まで出番を取られたんじゃいよいよ男の立つ瀬がなくなるからな、素直に奢られとけ」

 

 そんな一言に、私はなんとなく拗ねた子供の様に顔を逸らすことでしか答えられなかったであった、とさ。

 

 

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「………映画って、まさかこれかよ」

 

「最近話題だし、丁度いいでしょ?」

 

 そんなこんなで服を買い終えた私たちは彼が無性に食べたくなったというピザを二人で食べている時にこれから見る映画の話題になったのだが―――どうにも彼の反応が芳しくない。

 

 流行というのもあったし、彼もこの映画の話題で奈緒や比奈さんと語っていた事があったのを覚えているのでハズレではないと思うのだが、そんなに不味かっただろうか?

 

「いや、というか、お前ってこの作品好きだっけ?」

 

「まあ、隠れオタクの教養として原作漫画は基礎知識として読んでくらいね。映画版やアニメはあんまり好みじゃなかったから見てないけど―――結末は大体一緒でしょ」

 

「奏」

 

「へ、って、ちょっと! 急に何よ!?」

 

 伸びるピザのチーズを零さないようにハムハムしながら食べつつ彼の質問に答えていると真剣な顔の彼がこちらに詰め寄って来てまっすぐに見つめてくる。

 

 いや、そういうのも求められればやぶさかではないのだけれども今、このピザであぶらっぽくなった唇同士でファーストキスというのは乙女的に最悪だ。せめて、やるにしてももっとシュチュエーションで雰囲気を考慮した流れで――――等々と暴走気味の思考で顔を真っ赤にしていると彼が口を開いた。

 

「やめとけ」

 

「――――へ? やめとけって、この映画の事? なんでよ?」

 

「語ることは難しい。でも、せめて見るなら歴代の映画版を見てからの方がいい」

 

 私の思考をぶった切る様に言葉短くそういった彼。だが、こっちの質問にも碌に答えることも無くもごもごと言い渋る彼の態度が自分の勘違いも含めて、なんだか可笑しくてつい笑ってしまう。

 

「ふふっ、まあファンからしたらいきなり最終章をみるってのが邪道に感じるのも分かるけれども大丈夫よ。ほら、SWだってどこから見ても面白いし、多少の突飛な話の変更は映画化にはよくある話じゃない。―――なにより、B級映画で鍛えた私ならどんな展開もカワイイ物として見逃してあげられるわ!!」

 

「いや、むしろ完全に初見の無知識状態なら俺もココまで止めないんだが―――いや、マジで止めといた方がいいって」

 

 しつこく食い止めてくる彼にこっちも溜息一つで答えて最後のピザを飲み込みつつ席を立つ。

 

 

 

「大丈夫だって。それに、この機会を逃したら貴方だっていつ見に来れるか分からないでしょう? ほら、そろそろ開場時間だし行きましょ――――シン〇ヴァンゲリオン」

 

「……………」

 

 

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 ぞろぞろと流れる人込みに乗って俺らも映画館の外に出たのだが、その間は終始無言である。

 

 外に出てしばらく、意識も怪しい奏は手を引かれるがままに俺の後を付いてきたのだがついにその手を引き止められる微かな力に俺も素直に足を止めて振り返る。その先にいたのは映画館に入る前は嬉し気にニコニコしてたはずの奏が―――無表情でこちらを見つめている。

 

 可哀そうな事に、あの場にいた多くの人間同様に脳みそを破壊されてしまったらしい。

 

 かくいう俺も今すぐ材木座あたりに電話してネタバレと感想を超早口でまくしたてたくて仕方がない気持ちで一杯になってしまっている。この胸の中に渦巻く糞デカ感情をあのデブをネタバレ殺しでむせび泣かせることで発散したくてたまらない。

 

 そんな俺自身も平常状態とは言えない中で何とか奏が次の言葉を発するまでを根気強く待っていると―――ついに彼女が口を開いた。

 

「……いますぐ、」

 

「は?」

 

「今すぐ、全編見直ししに行くわよ!! ビデオ屋―――いや、いまからじゃ借りれない。いえ、どうせ貴方の事だから全部DVD持ってるんでしょ!? デートなんて中止よ、中止!! ここからは徹夜で全て見直して、徹底討論するわ!!」

 

「お、おいっ、俺の家に来るつもりか!? 絶対やだぞ!! 貸すから家で一人で見てろ!!」

 

「ふざけんじゃないわよ、家で一人で見たら感想も討論も言えないでしょ!? ああっ、もうっ、こんな事になるなら先に言いなさいよ馬鹿っ!!」

 

「いったけど? 八幡ちゃんと止めたけど?? あ、ちょ、服伸びるのびる!!」

 

 もはや、発狂に近い形で俺の袖をつかんで駅に走り出そうとする奏と抵抗する俺。だが、不思議な事に映画館から出てくる人々は誰もがそんな光景に奇異の眼も向けることなく訳知り顔で微笑んで通り過ぎて行く。―――コレが、魂の浄化を受けた人類の余裕か。いや、そんなんでいいのか人類。もっとちゃんとしろ、人類。

 

 

 結局のところ、暴走した奏を止める事は叶わず必死の折衷案として家の近くにあるレンタルルームを借りて徹夜の作品完走耐久走が始まって、俺も奏も寝不足のまま出勤・通学をするという何とも嬉しくない“朝帰り”とやらを決める事になるのだが―――ソレはまた別の話だろう。

 

 今回得られた教訓は―――シリーズ物映画は余裕を持って復習する事と、デートにはオシャレをしていかないと女の子に怒られる、というこの先のボッチ人生ではあまり使えないモノばかりが残ったのであった、とさ。

 

 

ちゃんちゃん♪

 

 




_(:3」∠)_だれか、ほめて…

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