デレマス短話集   作:緑茶P

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(・ω・)さて、皆様の日々の彩りになれれば幸いと思って書いてる美波√もいよいよクライマックスに向けてはしりだします。もう少しだけお付き合いいただければ幸いでありんす♡


( *´艸`)今日も脳みそ空っぽでいってみよー!!


ハチP@公式 ED→https://twitter.com/OW_LieMaker/status/1355799942850203651



美波√ =そして、新田 美波は夜を駆ける= chapter③

「んじゃ、これでこの現場は上がりになる。サンプルは近日中に届けてくれるそうだから事務所に届き次第、確認頼む。お疲れさん」

 

「………あの、」

 

「あぁ、すまん。この後も何件か回っていくから送迎は無しだ。直帰で宜しく」

 

 淡々と述べられる事務報告は言葉を差し込む隙間なく完結されて、それでもと思って言葉を振り絞ろうとした時には彼はもう現場スタッフや鳴りやまない電話に呼び出されてなんの感慨も無く私にその背を向け、去っていく。

 

 伸ばしかけた手は何を掴むでもなく茫洋と漂って力なく空を握って項垂れた。

 

 仕事に忙殺されてしまったのもあるが、時間の流れはあっという間に過ぎ去って自分が成人を迎えたあの日からもう二月も過ぎ去ってしまった。その間に何が変わった訳でもなく、彼との関係はあの日のままだ。

 

 直接的な拒否すらも無く、ただ自分との間に見えない幕を張ってしまった彼は本当に自然に自分との距離を保ち続けている。傍目から見れば何も変わらない事務的に仕事を熟す彼に、タレントとして十全にサポートを受けている自分。

 

 この環境に、誰が文句をつけられるだろうか?

 

 だって、彼はアシスタントで――――私はアイドル“新田 美波”だ。

 

 本来はコレが正しく清い関係なのである。

 

 それが途方もなく悲しくて、虚しいと感じてしまうのは私が彼に“それ以上”を求めてしまった自業自得以外の何物でもないのだから。

 

 だから、でも、それでも、いや、

 

 誰に語り掛けるでもない。答えを得られるでもない否定と願望、希望と絶望の自問自答をどれだけ繰り返したのかも分からなくなってきて、やるせなさと疲労感がドッと押し寄せてきた。

 

 撮影所の出口へと向かう無機質な廊下で、私はその冷たい壁に静かに寄りかかって溜息を一つ漏らす。

 

 もう、何も考えたくなかった。

 

 答えの出ない問題へ問い続ける事に、疲れてしまった。

 

 なんだか、無性に全てを投げだしたくなって――――ふと、思い付いく。

 

 そうか、だから“大人”はお酒を飲むのかと。

 

 子供の頃に父に聞いた“大人しか分からない味”というのは、こんなのにも苦みを含んだものだったのかと今更ながらにあの複雑な微笑みの意味に気が付いた。

 

 やり切れない思いと、ままならない現実。ソレを飲み下して夜を超えるために彼らはあの甘露によって酔い、笑い、それらに目を逸らして眠りにつく。その重軽度の差はあれども、誰もがそうして心を守っている。

 

 ならば、今の自分は十分に“大人”じゃないか。

 

 そんな自嘲に一人でクツクツと声を押さえて笑い、ひとしきり笑った後に深く溜息を吐いた。

 

「お酒でも、呑みにいこうかな……」

 

 誰に呟く訳でもなく私はそんな言葉を漏らして、フラフラと廊下の歩みを再開させた。

 

 考えなしに動かし始めた足ではあるが、脳内によぎるのは自分が初めて酒精を嗜んだあの店。あそこで感じた多幸感と、思い出と、店主である“神木”さんが別れ際に零した“大人に疲れたらまたおいで”という言葉の魔力に従い、自然とそこへ向いていく。

 

 浴びる程に酒精に呑まれ

 

 自暴自棄なほどに鬱屈を吐き出して

 

 そうしてみれば、このズッシリとわだかまる感情にも整理がつくだろうかと投げやりに思考を走らせて私は、夜風の冷たくなってきた街へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 人込み溢れる街並みからほんの少しだけ郊外に入った路地。そこにあの日と変わらずに淡いランプの光に照らされる重厚な木製の扉。

 

 時代に取り残されたかのような古めかしいその佇まいに初めてここに来たときはなんだか別の世界に入り込んでしまったかのような高揚感と不安に胸を高鳴らせつつも、見慣れた想い人の背中に縋りつく思いで踏み込んだ新世界。

 

 だが、あの日に感じた胸の高鳴りと想い。ソレは目の前にあの背中が無いという現実一つでこんなにも変わってしまうのかと驚いた。

 

 自分はもう、あの高鳴りを味わう事は無いのだなと身勝手な感傷に浸りつつもその扉を押し開く。

 

その抵抗の無さが、少しだけ寂しい。

 

 そして、涼やかなベルの音と共に広がったステンドグラスの緩やかな光に包まれた店内には猫のような瞳に短く艶やかな髪を湛えた神木さんと―――負けないくらい艶やかな長髪を流すスタイリッシュな美女がいた。

仮にも芸能事務所に勤め、元とは言えトップレベルのモデルとして生活していた仲間に見慣れた私ですら眼を奪われてしまうようなその姿に息を呑む。

 

 質素なカッターシャツにベスト。それに黒のパンツスーツは彼女のスタイルの良さを遺憾なく発揮しているのにも関わらずにその出で立ちが嫌味なくシンプルにカッコイイと思わせ、納得を齎す。

 それにも関わらず妙齢である事は分かるのに、とろりとした瞳には色気と子供の無邪気さが矛盾なく両立して輝いていて――――プロデューサーがここにいれば間違いなく名刺を差し出しただろうなんて思ってしまった。

 

 どれくらいそうしていたのか、固まった私に“彼女”は陽気に手をあげ声を掛けてきた。

 

「やあやあ、こんな寂れた店にわざわざ一人で来るとは酔狂な子だ。折角なら一緒に呑もう!! 男日照りの寂しい宴会と行こうじゃないか!!―――いでっ」

 

「君はいい加減に呑み過ぎだ。そんな事だから男も後輩も寄り付かないんだろう?」

 

「ちがぁう!! 最近の奴らが軟弱すぎるんだ!!」

 

 ステンドグラスのランプに照らされた幻想的な美女二人。それに見惚れ、息を呑んでいたのは一瞬の事で、その空気をうっちゃる様に陽気に手を振ってきた女性とその頭をこずく神木さん。

 

 急におんおんと鳴き始める彼女に呆れたように鼻を鳴らすその姿に思わずさっきまでの自分の鬱屈を忘れて思わず吹き出してしまった。それは、二人の慣れ親しんだゆえの空気や、その裏に滲み出る信頼を見てしまったせいかもしれない。

 

 入り口でクツクツと笑う私に困った様に肩を竦める神木さんがゆるりと席を進めてくれた。

 

「すまないね、今日は少しだけ喧しい珍獣が居座ってるんだ。何ならもう追い返すから少しだけ待っていてくれないかな?」

 

「いえ、こちらこそお邪魔してしまってすみません」

 

 勧められるがままに腰を下ろした私に苦笑で答えた神木さんはメニューを出してくれようとするが―――その前にうなだれていた彼女が髪をかき上げて陽気に手を振ってくる。

 

「邪魔なもんか。この嫌味な女にさっきまでいじめられていて大変だったんだ。―――私の名前は“平塚”。普段は安月給でこき使われる公務員さ」

 

「初めまして。私は、その――“美波”といいます」

 

 自然な笑顔でそう自己紹介と共に手を差し出してくる彼女に一瞬だけ答えに迷い、下の名前だけを簡素に名乗る。この様子ではタレントとしての自分は知っていそうにはないが、この“平塚”さんには素のままの自分で接して貰いたいと思ったから。

 

「うむ、実にいい名前だ。君の風情にあった爽やかな雰囲気を感じさせる。だけど、それとは別に少しだけささくれているようにも見える――――そんな君には私から………そうだな、“マティーニ”を送ろう」

 

「おい、酔い過ぎだ。あんまりオイタが過ぎるなら本当に叩きだすぞ?」

 

 ニヤリと笑ってそういう彼女に、少しだけ苛立ちを混ぜた神木さんの声。ピリッとだけ走ったその空気に少しだけ気後れしながらも思い出す。

 

 あの日、彼はじめてのお酒を嗜むという事で、付け焼刃の予習した“カクテルに含められた意味”を。いま思えば、そんな事にすら事前に調べる自分の生真面目さと杓子定規な性格に笑いそうにも成るが――――彼女の勧めてくれたカクテルの意味が分かるのだから、なんとなく無駄ではない時間だったのではないかと思う。

 

 “マティーニ”。

 

 それは、ジンとドライベルモットで作る度数の高いカクテルで様々な映画や著名人に愛されたシンプル故に深いその味わい。そして――ソレに含まれた言葉は“棘のある美しさ”。

 

 その意味が、選択が、彼女のニンマリとした笑みが―――久しく忘れていた私の負けず嫌いに火を着ける。

 

「それで、お願いします」

 

「…………かしこまりました、レディ」

 

 にっこりと、笑顔で頼んだはずなのに渋面を作った後に深々と溜息を吐いた神木さんは変わらぬ鮮やかで魅惑的な手腕であっという間に私の前にそのグラスを差し出す。

 

 差し出された瀟洒なグラスには無色透明なジンとチロリと乗った可愛らしいオリーブの実。その可憐さには合わない強烈な味わいと度数を誇るという事だけは知識として知っているが―――どうせ、味など元々大して分からない。

 

 ならば、味わうよりはこの苛立ちを少しでも発散させるために活用すべきだろうと思いって一足に飲み干す。

 

 顔を顰める神木さんと、楽しそうに感嘆を漏らす彼女。

 

 だが、もとより今日は酔いつぶれるつもりで来たのだから構いはしない。潰れたのならばその辺に投げ捨ててくれ。

 

 そんなやけっぱちな私の味覚に最初に来たのは――――辛さと、苦さ。

 

 その後に、来るのは酒精特有のえぐみと甘さ。

 

 最後に、お供え程度のささやかさで来る爽やかさ。

 

 えずきそうになる胃腸を黙らせ、必死に嚥下して、その辛さを示すかのように乱暴にグラスをデスクに叩きつける。

 

 端的な感想で言えば、不味かった。

 

 更に言えば、すきっ腹に急にこれを流し込まれた体はブーイングの大合唱だ。

 

 だが、そんな気分最悪なままに私は睨むように、誇る様に“平塚”さんをねめつけニンマリと笑い返してやる。

 

 舐めんな。

 

 そんなシンプルな敵意の感情を隠すことも無く晒せば―――彼女は、変わらず微笑んだまま同じ酒を簡単に飲み干し、私の前で杯を振る。

 

 

 

――――ねぶらんな、やっちゃろうやないかい。

 

 

 

 そんな私達を横目に、神木さんが深く溜息を吐いて閉店の看板を掛けた事で―――ゴングは静かになった。

 

 

------------------

 

 

 

「わははは、いい飲みっぷりじゃないか」

 

「まら、勝敗はついてないれす……われぇ、ぶち泣かせたるわぃ」

 

「いい加減にしないか。これ以上するなら二人ともお灸を据えさせて貰うことになるぞ?」

 

 目が、世界が回る。体に染みついて隠していた方言を隠す余裕もないが、それでも負けを認めるのが嫌で必死に隣で愉快気に笑う彼女をねめつける。だが、その視線は間に座った神木さんに遮られて窘められる事で終わりを迎えてしまった。

 

 代わりに差し出されたのは冷えたお冷と、デコピン。

 

 そこで、自分が前回も潰れて迷惑をかけてしまった事を今更ながらに思い出してしまっては引き下がらない訳にはいかない。軽めに弾かれた額を擦りつつも、口に含んだ水は今までの人生で一番おいしく感じたかもしれない。

 

「おぉ、怖い怖い。だが、あんな顔して酒を飲みに来ていたのだから“遅かれ早かれ”という奴だったろう。――――ふふっ、美波君。お酒を飲んでクダを巻くときのコツは“自分がこの世で最も不幸なんだ”と嘆き切ってみる事。

 

そうしている内になんだか次は怒りが湧き上がってきて、散々に当たり散らすと実に爽快な気分になり、自分が何を悩んでいたのか馬鹿馬鹿しくなるくらいに簡単に解決方法が思い浮かんだりする。

 

 辛い時に明るく振舞った所で得なんかないぞ、辛いときは思い切り暴れてやれ。そのために神は人に感情を与え、酒は酔いを我々に与えたのだからな」

 

 得意げにニヒルに、何処か見慣れた笑顔でそんな無茶苦茶な事を言う平塚さんはカウンターから手を伸ばして適当な酒を継ぎ足してガハハハと大笑いしながら杯を重ねていく。

 

その姿はだらしない大人の典型例に見えるのだが、今だけはそれが彼女の自由さと大雑把さが表しているようで――――見習ってみる事にした。

 

「おい、静。若い子に変な理屈をおしえr「…………………告白をしてから、距離を置かれたんです」

 

「へ?」

 

「お」

 

 神木さんの言葉を遮った私の自分でも驚くくらい低い声に二人の反応はそれぞれだった。

 

 驚きと気まずさに困った顔をする神木さんと、降って湧いた恋バナの気配に目を輝かせる平塚さん。

 

 だけれども、試しに彼女の言うとおりに自分の中にある感情と現状についてとことん深く潜った私にはそんな事はどうでもよくなって――揺らしたグラスの水面の上に次々に言葉が零れ出てくる。

 

「私、こう見えても結構、慎重に距離を縮めてきたつもりです。レッスンもライブも、皆のまとめ役も必死に頑張ってきたし、大学だってないがしろにならないように努力してきました。そんな中で人嫌いな彼をこんな所に連れて来れるくらいには信頼も感情も重ねてくれるように―――慎重に、やってきたんです」

 

「……美波君」

 

「ふむ」

 

 呼びかける声も、適当な相槌も今は遠く、どうでもいい。

 

 そう、私は慎重にやってきた。配慮してきた。丁寧にやってきた。

 

 それが、なんでこうなる。

 

 答えすらも無く、向き合うことも無く―――なぜ逃げる。

 

 何で、私が――――こんな惨めな想いをしなければならないのか?

 

 彼への想いとか、事情とか、立場とかそんな様々な自分を締め付けていた色んなものが今はただただ煩わしいし、どうでもよくなってひたすらに苛立ちという炎を滾らせていく燃料となって腹の底を煮る。

 

「……なんか、おかしくないですか?」

 

「み、美波君?」

 

「うむうむ」

 

 私の問いかけに応えは返ってこない。

 

 当然だ、だって私はなんにもおかしくないのだから。

 

 おかしいのは、馬鹿にしてるのは―――あのコソコソ逃げ回る“卑怯者”の方なのだから。

 

 何が“酒が入ったから覚えてない”だぁ? 頭が涌いているのかしら?

 

 ならなんで逃げ回って、眼を合わせない? なんで、胸を張らない?

 

 大体が、そんなことしといて何が“大人”だと言うのか。やっている事は小さな子供が気まずくて嘘をついているのとなんらかわりゃしないじゃないか。お酒を言い訳に、ガキみたいな言い分を押し通そうとしているだけなのだから臍で茶が沸く。

 

 酒が入ろうが、意識がなかろうが―――無かった事になんてなる訳がない。

 

 この想いが、言葉が、重ねた時間が無かった事になんてなるものか。

 

 させて、なるものか。

 

 そんな当然の事に今更になって気が付いた。

 

 やはり、年長のいう事というのは聞くものだ。見失っていた筋も、解決方法も全ては何を悩んでいたのかすら分からなくなってしまうくらいにスラリと見つかってしまった。

 

 落ち込んで、怒って、暴れて―――頭を空っぽにすれば最後に残るのは譲れない“想い”だけ。

 

 それが投げ捨てられない以上は答えなんて、一つしかないのだから。

 

 思いのほかあっさりと見つかった解決方法が見つかったからには、こんな所でのんびりしている場合なんかじゃない。久しく跳ねる鼓動と、目まぐるしく脳内を走る思考の嵐に足は急き立てられ跳ねる様に席を立つ。

 

「今日は、ありがとうございました!! 美波、行きます!!」

 

「お、おいっ、美波君!! いま、タクシーを呼ぶから少しまちなさい!!」

 

「あははは、なんだ。最初にみた人でも刺し殺しそうな顔よりもそっちの方がずっといいじゃないか!! いけいけ、突っ走れ!! “大人”なんてのは、突っ走れなくなったクソガキの負け惜しみでしかないぞ若人!!」

 

 心配から声を上げる神木さんと、カラカラ笑って杯を振る平塚さん。

 

 なるほど、こんな美女二人に囲まれて初めてのお酒を味わったというのなら“あの人”もさぞいい夜を過ごした事だろう。それが今は羨ましくも、普通にムカつく。

 

 そんな二人に大きく一度だけ頭を下げて夜の街を駆け抜ける。

 

 道行く誰もが驚きに振り返るが、構うものか。

 

 いま、私は久々に“生きている”のだ。

 

 あんな惨めに死んだように生きていくくらいなら―――思い切り生きて、死んでやる。

 

 体中から噴き出す汗に、零れる熱い吐息。散っていく雫。

 

 こんな叫び出したくなるような感情を人に植え付けておきながら逃げるなんて許してやるモノか。終わらしてやるモノか。

 

 その斜に構えて影だけを見つめて過ごすあの馬鹿の胸倉を掴んで、今度こそ思い知らせてやる。

 

 

 そのために―――――私“新田 美波”は夜を駆け抜けて、あらゆる根回しに駆け出した。

 

 

 秋の月が、呆れたように笑った気がする。

 

 

 

 

 

=蛇足=

 

 

「静……君はいつまでたってもガキのままだな」

 

「おおとも、私はいつだって心身共にピチピチだ」

 

「言葉が古いんだよ、アラサー」

 

 頭を大きく下げて駆け出していった少女を見送ってしばし、喉を鳴らしていつまでも笑う私に責めるような眼を向けてくる親友の“神木 類”に胸をはって答えれば言葉のナイフをざっくりと突き立てられた。ぴえん。

 

 大体、お前だって年は変わらないだろクソが。

 

「いいのさ。めそめそと泣き寝入りして不貞腐れるくらいなら焼き切れるまで駆け抜けた方が健康的だろう」

 

「………君が言うのかい、それを?」

 

「馬鹿言え、私だからこそさ」

 

 顔を苦らせて彼女がそう呟くのに私は細巻きを取り出して煙を燻らせながらかつてに想いを馳せる。

 

 そうとも、私だって昔からこんなに達観していたわけでは無い。

 

 ままならぬ事に怒り、泣いて、喚いて、反抗して、あらゆる感情に呑まれて自暴自棄になりもした。心の底から願ってやまない想いだってあった。

 

 世の誰もが忘れ、眼を瞑っているだろうけれども“大人”だって“子供”だった時期があったのだ。

 

 それが、良い記憶かどうかはさておいてとしてもだ。

 

 揺らぐ紫煙に、ブランデーで風味をつけてその熱い甘露を含んでかつての自分を悼み―――お気に入りで、いまだに目が離せない気だるげな教え子を思い浮かべる。

 

 かつての自分に重ね、教師としての一歩を超えるくらいに目を掛けたあの男。

 

 求め続けた理想へと手を伸ばしかけ、微かに届かなかった彼。

 

 彼に語った、いつかの辻褄は――――彼には見つけられたのだろうか?

 

 そんな栓の無い思惑を弄んで、私はゆたりと煙を天井に吐き出した。

 

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