デレマス短話集   作:緑茶P

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(・ω・)夏も終わりですね…(せつなひ


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進む路は祭囃子のごとく揺らめいて 後編

 少し年季は感じるものの丁寧に管理されているのだと分かる民宿の湯船は並々と注がれた温泉に満たされていて、ゆっくりと肩まで浸かった頃には知らず知らずのうちに体の中で溜まっていた疲労を溶かしてくれるようで思わず深く息を吐いてしまった。

 

 ただ、ソレはいつものような仕事の疲れやレッスンのモノとは違う。

 

 アイドルを――いや、読モとして雑誌に取り上げて貰えるようになってからはとんと縁がなかった無邪気にはしゃいだ時特有の満足感をもたらすソレ。

 

 妹や自分に憧れを持つ同級生に目と気を配り続けることも無い本当に自分が思うがままに遊ぶ時間を本当に久々に楽しんだのだなぁ、なんて考えてクスリと笑ってしまう。

 

 そう思えば今日みたいな唐突な“お泊り”を決行した彼に少しだけ感謝してやってもいいかもしれない。

 

 気だるげで、瞳の奥に底の見えない仄暗さを宿すアシスタントの“比企谷さん”。

 

 ぶっきらぼうで、愛想が無くて、捻くれてて、やる気なんか微塵も見せない癖に妙に面倒見がよく細々と働き続ける彼と過ごす時間も思い返せばもう1年半。346本社のエントランスで彼と出会ってから過ごした様々な出来事は生半可でない密度と熱量をもって私の胸に刻まれている。

 

 デレプロの成り立ちを聞いた時の絶望も、十時さん達とぶつかったライブバトルも、紗枝ちゃんがスポンサーになる条件で出された初めての大規模ステージも、クリスマスに迎えたデレプロ解散の危機も、新人たちが来た時の憎まれ役を演じた時も―――プロデューサーへの恋心が破れたバレンタインも。

 

なんだかんだと彼は自分達の傍にずっといてくれた大切な“仲間”で“戦友”だ。

 

 もしかしたら、今日はそんな彼が密かに疲れを溜めていた自分に気を使ってくれた余暇だったのかもと思えば知れずに頬は綻んでしまう。

 

 不器用な奴め。

 

 そう苦笑を零しつつ私はほんのりと温まった体を湯船から引き上げて、お風呂場を後にしたのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ほーれ、湯上り浴衣姿のカリスマJKだぞっ、と☆」

 

「はいはい、カリスマカリスマ」

 

「せめて見てから言え、しっ!」

 

 あっ、違うわ。これ完全に自分が休みたいから駄々こねただけだわ、コイツ。

 

 風呂上がりに乙女の柔肌を旅館の浴衣で包んだ私がモデルポージングまで決めたやったにも関わらず、女将さん達が用意してくれた縁側で寝転んで振り向きもせずにビールを啜るダメ男に蹴りを軽く一発入れて私は大きくため息を零したのであった。

 

 蹴られても胡乱気に零れたビールを拭くだけでまたぼんやりと夜空を眺める彼に怒るのも馬鹿らしくなって私はその隣に腰を下ろし、彼が大量に買い占めた出店のおつまみを口に放り込んで嫌味をチクリ。

 

「こういうのってお祭りで食べるから雰囲気があるのに、持ち帰って並べるのは無粋じゃない?」

 

「食べ歩きは行儀が悪いって躾けられてたからな。それに、わざわざ蚊に刺されながら人込みに行かなくたって快適に呑めるならそっちの方が良いに決まってるだろ。―――ましてや、カップルがいちゃつく神社や公園でなんて酒が不味くなって敵わん」

 

「なんだか、後半のせいでただの独り者の僻みにきこえるんだよなぁ……」

 

 そういって私がカラカラ笑えば彼は不貞腐れた様に鼻を鳴らして細巻きに灯をつけた。

 

 まあ、マナーだのなんだの言い合う仲でもない無いし、そんなに煙草に嫌悪感を持っている訳でもないので私も揃って彼の吹き出す紫煙が空に揺らめくのを眼で追いながら肩を竦めるにとどめる。

 

 そもそもが、この男は独り者というには程遠い癖に何をいっているのやら。

 

 彼と軽口を叩き合う銀糸の髪を持つ狐目少女。

 

 好意を隠すことなく伝えてぶつかる初代シンデレラ。

 

 秘めやかに、それでも、はっきり分かるくらいに想いを募らせる文学少女の同期。

 

 幼いながら彼にべったりな霊感少女。

 

 ちょっと重めの愛を捧げる仙台っ子。

 

 友人のような距離感で、それでも、女にははっきりと分かる情を寄せる衣服担当の元地下アイドル。

 

 その他にも、新入生や成年組の誰もが彼に親しみを持っていて、彼がちょっと。半歩でも踏み出せばその想いはきっと幸せな結末を迎えるだろうにその自覚があるのかないのか、自分なんかとこんな場所で一晩を過ごすこの男だって相当に悪人だ。自覚がない分だけ更に性質が悪い。

 

「……比企谷さんって絶対にいつか刺されると思う」

 

「急に何? 犯行予告?? 次に会うときは法廷か病院なの??」

 

「うっさい、女の敵め」

 

 あぁ、こんな時には少しだけ成人組がうらやましい。

 

 この全部をぶちまけて説教したくなるモヤモヤをきっと彼女達は酒精と共に飲み込んでいるのだろうから。私は変わりにそんな鬱屈を女将さんが氷バケツで冷やしていたサイダーで飲み干したのであった。

 

 そんな何とも言えない思いを飲み下しながら、ふと気が付く。そういえば、こんなダメ人間でも彼は一応、有名私立大学に在籍していたはず。

 

 お互いに素面で、普段の忙しい時には話そうとも思い付きはしなかっただろうけれども、ほろ酔い気味でいつもより口が軽くなっている彼にならずっと抱えていたモノを参考程度に聞いてみる絶好の機会かもしれない。

 

「ね、比企谷さん。大学ってどんな感じなの?」

 

「聞く相手が明らかにまちがってんだよなぁ……」

 

「そう言うのはいいから、ほらっ、聞かれた事にちゃきちゃき答える!」

 

「どうっ、て言われてもなぁ。―――まぁ、高校時代よりはずっと自由が利く。俺みたいにずっとバイトさせられていても必修だけは落とさず取っていれば基本は何してても文句を言われることも無いし、免許も酒も飲める“成人”って身分はやっぱり便利だ。

 

 そう思って遊び惚けてる奴だって多いし、逆に目的をもって入った奴らは色んな単位やサークルに顔出して自分磨きしてるのもいれば一点集中で勉学に励んでいる奴もいる。

 

 どれがいいとか、悪いって話は置いておいても、そういう行動を自分で選べる“時間”っていうのがあるのはやっぱり“恵まれている”って事なんだと俺は思う」

 

「ふーん、……そっか」

 

 思いのほか、ちゃんと帰ってきたその言葉に驚き、少しだけ悩みが深まったせいで声は知れずに素っ気なく短いものになってしまった。

 ずっと、デレプロに入ってからも、軌道に乗って一杯のお仕事を個人でも貰えるようになってからすら私の中でちりつく焦燥感の火がまた揺れて少しだけ切なくなる。

 

 “私は、いつまでこの仕事を続けられるのだろう?”

 

 人気絶頂の只中にいるカリスマJKがそんな疑念を常に抱えているんて、誰に言えると言うのか。

 

 ライトの光を浴びたくて、もがき苦しんでいる億千の少女達を踏み台に照らして貰っている自分がそんな不安からいつでも逃げ出したいと願っているなんて―――どの口ではけると言うのか。

 

 だが、だけれども――――そのライトを外された瞬間に私には何が残る?

 

 このまま業界に入って、人気が続く限り走り続けて、やがて注目が無くなった時に残るのは高卒で職歴も何もない“ただの元芸能人”というだけの自分はどうやって生きていけばいいというのだ。

 何より自分なんかには出来過ぎな今の“アイドル 城ヶ崎 美嘉”という余りに御大層な仮面の重みに自分は一体いつまで耐えられのか分からない。

 

だが、来年に控えた“受験”の事を思えばもう少しでその選択は否応なく私に突きつけられる。

 

 “アイドル”か“一般人”か。

 

 仲間の誰もが、そんな事で私が悩んでいるかなんて思いもしないだろう。

 

 ましてや―――いつも私に憧れの目を向ける妹なんて、なおさらだ。

 

 そんな重すぎる期待の水圧が、塗り固めた私の虚栄にジワリと染みこみ足元から濡らしていく。

 

「…………私には、あんま関係ない話、か」

 

「馬鹿言え、受験するなら今からしっかり準備しとけ。“アイドル”だからって裏口入学させてくれる方法なんか俺はしらんぞ」

 

「―――――えっ?」

 

 冷たく、しみ込むその孤独に浸った私に掛けられるのはあんまりにもぶっきらぼうで興味の無さそうな呆れた声で、私は思わず間抜けな声を出してしまった。

 

 驚きと共に向けた視線に彼は怪訝な顔で当たり前のように答える。

 

「このご時世に経済的に行ける余裕と頭があるのに行かない理由も無いだろ? 高卒と大卒の基本給の差だけでも入っとく価値はある。仕事と両立がきついなら調整もしてやるし、武内さんだって反対なんかしない。そもそもが―――」

 

「――――行って、いいの…かな?」

 

「行きたくないのか?」

 

 不思議そうに返された言葉に、なんと答えたものか。

 

 行ってみたい、とは思う。でも、“何か”を学びたいとかは考えた事が無かったので具体的に聞かれればどう答えればいいのか分からなかった。

 

 文学が好きで進学した文香ちゃんや、地元を明るくするために社会と経済を先行した十時さんとは違った明確な目的がぱっと思い浮かべる事が出来ないのだが―――そんな当り前の“高校生”のような悩みを自分からしたのは、初めてだった事に気が付いた。

 

 周りから言われる“当然、すぐ芸能活動に専念”という言葉に流されて考えることも無かった“別の進路”というモノ。

 

 私は―――何がしたい?

 

「言っとくが、目的なんてもって大学行くやつの方が稀だぞ。行ってから考える奴だって多いし、違うと感じれば辞めたっていい。そういう選択肢も自由に選べる」

 

「………アンタはなんで大学に?」

 

「専業主夫になるため、養ってくれる嫁探し」

 

「くくっ、それで社畜バイトになってるんだから世話無いね」

 

「…………こんなはずでは」

 

 私が意地悪気に返した言葉に彼は思い切り眉を寄せて顔を顰めたのが可笑しくてゲラゲラ笑ってしまった。

 

 こんな甲斐甲斐しく働く“ヒモ男”がいてたまるか、ばーか。

 

 ケラケラ笑う私となんだかへんてこな理屈をこねまわし始めた彼の会話は、夜空を切り裂く緩やかな音に遮られ――――星の帳に咲いた大輪によって打ち切られる。

 

 小さな村祭りにしては、豪華に打ち上げれらていく花火の輝きと音を二人して無言で目を奪われ、魅入った。

 

 打ち上げられては消えてゆくその大輪は、何処に行き何を想うのだろうか?

 

 咲かせて散った事を誇ったのか、惜しみながら塵と消えゆくのか。

 

 そんな答えの無い疑問の中で一つだけ確かな事がある。

 

 きっと私はまだ――――あんな風に咲きほこれてすらいない。

 

 やれることは全てやり切って、考えを止めることなく悩み切って、それでも迷い苦しんで最後まで胃が締め付けられる想いを抱えていく事にはなるのだろうけれども、そんな“自分自身”で出した道を走っていかなければきっといつか後悔する気がするのだ。

 

 そんな当然の事を今更に気が付いた私は、緩やかに微笑んで

 

 相も変わらず何を考えているかも分からないが、無邪気にその光に目を輝かせる隣の彼を盗み見た。

 

 

 焚きつけた責任は、きっちり取って貰うからね―――比企谷。

 

 

 そんな私の呟きは、締めに上げられた特大の花火の轟音と共に夜風へと溶けていったのであった、とさ。

 

 

 

 

 





 =蛇足=

 とあるラジオ番組にて

MC『―――はい、という訳でお便りに書かれていた“進学についての不安“へのアドバイスはこんな所ですかねぇ? そういえば、”カリスマJK“の美嘉は再来年卒業したら”カリスマモデル“になる訳だけどその後はどんな感じで展望を広めていくのかな?』

美嘉『え~、なんか呼び名がやっつけだなぁ……。というか、私は進学希望なんで専業モデルとか芸能入りはまだまだ先の事かなって思ってるんだ☆』

MC『……え?』

346事務所『……え??』

デレステ『……え???』

リスナー『『『『……………え????』』』』

美嘉『―――――へ? あれ、これまだ言ってなかったっけ??』

 その後、346本社とラジオ局の電話と回線がパンクする騒ぎとなりとある社畜バイトが過労死寸前まであちこちに事情説明に回る事になったのはまた別のお話である。

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