デレマス短話集   作:緑茶P

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(´ω`*)というわけで今回の熱い有料リクエストは『上条 春菜』ちゃんです!!

( `ー´)ノ世界を眼鏡の眩さで救おうとする”眼鏡教”の忠実な信徒たる彼女の奮闘と乙女心、そして、デレプロに訪れる修羅場をどうぞお楽しみくださいませー✨✨

(・ω・)さあ、今日も脳みそ空っぽでいってみよー!!

このお話の前に読むと倍楽しめるお話→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12108732

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上条 春菜は眼鏡を布教したい

 私こと“上条 春菜”は悩んでいた。

 

 いや、より正確に言えば常に悩み続けていると言っていい。

 

 朝昼夜のいつ何時も私の脳内では人類至高の開発であり、全文明の中で最も格式高いフォルムを持つ『眼鏡』の素晴らしさを世界にどうやって発信していくかと試行錯誤を繰り返しているのだ。

 

 アイドルになったのだって、言ってしまえばその活動の一端に過ぎない。

 

 個人で眼鏡の素晴らしさを広めるよりも多数のメディアを通して拡散する方が効率的であり、より深いディテールを伝えることが出来るからという単純明快な理屈によるものだ。―――まあ、ここ最近はこの活動も楽しんでないと言えば嘘になるのだけれども。

 

 ともあれ、その活動のお陰で転がり込んできたチャンスに私の脳細胞は“いつもより多めに回しておりま~す♪”な状態で悩んでいるのです。

 

 私の前に置かれている企画書。

 

 その表題に大きく書かれた『真正眼鏡キチアイドル“上条春菜”のガチ恋眼鏡男子ファッション特集!!』という文字。

 

 私も購読している最大手の眼鏡系雑誌であり、鋭敏な眼鏡情報や考察が売りの筈なのだが……編集者は仕事のし過ぎで少しおかしくなってしまったのではないかと疑うタイトルと企画である。

 だけれども、これは千載一遇のチャンスであり私の情熱が一流眼鏡愛好家達にも認められたという証左。

 

 このチャンスをどう生かせば世界を眼鏡で染められるかと必死に頭を悩ませている中で―――メガネの神は私に天啓を齎した。

 

「さまっす」

 

 気だるげに開いた事務所の扉から現れた我がデレプロの古参アシスタントの“比企谷”さん。

 

 黒い髪を雑に後ろで束ね、フワフワ揺れる特徴的なアホ毛と暗く淀んだ瞳をもつ彼は口の中で呟くような挨拶をしながらのそのそと自分の事務机に歩いていくいつもの光景で私の脳内にスパークが走ったのだ。

 

 こんな彼だが多くのアイドルが懐いたり、懸想したりと以外にもこのプロジェクトでは人気者でいわゆるマスコット的な感じになりつつある。

 

 そう、飛ぶ鳥落とす勢いの“シンデレラ”が集うこの“デレプロ”で、だ。

 

 それはつまり、彼を“眼鏡大好き教”に入信させれば芋ずる式に他のアイドル達も彼の気を引こうと眼鏡女子に大変身。その姿を見た世間はこぞって眼鏡を求めるようになるだろう。

 

 そんな悪魔の方程式が脳内によぎった瞬間に、私の心臓が大きく高鳴るのを感じる。

 

 焦るな、上条 春菜。

 

 この計画は世界のスタンダードを眼鏡で染め上げる前段階として失敗は許されない一大事業。

 

 逸る心を必死に宥めながらターゲットの様子を盗み見て冷静に、自然に彼を誘導する導入を思案して、そのチャンスを逃さず―――いまだっ。

 

 

「あ、比企谷さん。眼鏡いかがです?」

 

「黙って座ってろ、眼鏡キチ」

 

 

 彼がパソコンの前で目頭を揉み解した瞬間にかけた自然な一言はバッサリと心無い一言で断ち切られてしまった………解せぬ。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「いや、いやいやいやいや、比企谷さんは勘違いしてますよ。今回はいつもの眼鏡教の勧誘じゃないんですってば。真面目な話なんでちょっとこっちに来て座ってください! ほらっ、ほらほらっ!!」

 

「もう入り口が怪しい宗教勧誘と同じ文句なんだよなぁ……忙しいから、五分だけだぞ」

 

 裾を引っ張り、駄々を捏ねた私が言うのもなんですが、その最後の一言も怪しい勧誘に乗せられちゃう人の決まり文句なんじゃないかと思ったり思わなかったり――そういうちょろい所がたぶん人気の秘訣なんでしょうかね?

 

 そんな訝しむ彼を宥めながらソファーに座らせ、咳ばらいを一つ。私は人差し指を立てて講師のように彼に眼鏡の魅力をPRしてゆきます。

 

「これはマジな話ですが――比企谷さんの眼は世紀末レベルで廃れているんです」

 

「よしっ、話は終わりだな」

 

「あっ、ちょよよっと! まぁってくださいよー!! お話はココから何ですってばーーっ!!」

 

 見たことも無いくらい爽やかな笑顔で席を立とうとする彼の腰にしがみついて引き留めようと格闘すること数分、ようやく私の粘りに折れた彼が呆れたように席に着き直したことに胸を撫でおろしつつ、改めて咳ばらいをして仕切り直します。

 

「では改めて……比企谷さんは平均何時間くらいパソコンやタブレットでお仕事をされていますか?」

 

「………まぁ、送迎の運転以外は大体がにらめっこ状態だな」

 

「そうですよね。そんな長時間の事務作業での疲れは眼精疲労や肩こり等がひどいことははた目から見ても一目瞭然。そんな比企谷さんに今回オススメしたいアイテムは―――“ブルーライトカットめがね~”」

 

 携帯を操作し、例の青い猫型ロボットの道具効果音と共に私が眼鏡バックから取り出したのは最近では珍しくもなくなった対PC用眼鏡。

 今更にこの製品の効能を語る必要も感じませんが、ざっくり言うならば“目に刺激の強い光を押さえてくれるフィルター”といった所でしょうか?

 

「意外とまともな促販で驚いてる……でも、お高いんでしょう?」

 

「いえいえ、旦那。今なら  ちょっと失礼。」

 

 チクリとした揶揄いと苦笑を零して乗ってくれる彼に気分を良くしつつ、アタッシュケースの中から携帯できるサイズに秋葉ちゃんに改造してもらったオートレフで彼の視力を簡易測定。それに合わせたレンズをフレームにはめ直して―――完成。

 

 顔立ちがスマートなのでノンフレームだと少し鋭角過ぎて近寄りがたい雰囲気になってしまうため、少し肉厚な黒縁ボストン型をチョイス。

 

 それを彼の顔にそっとかけて、にんまりとその出来にほくそ笑んでしまう。

 

「なんと今なら、この企画に出てくれるだけで無料プレゼントでございます」

 

「なんでオートレフを携帯してんのかとか、眼鏡を即席で作れるのか、とか疑問は絶えないけれど……やっぱ、タダほどたけぇもんは無いんだと思いました ひきがやはちまん まる」

 

 恭しく机の上の企画書を突きつければ、途端にげんなりした顔で肩を落としやってられんと眼鏡をはずそうとする彼に取りすがって泣き落としを慣行してみる。

 

「お願いしますっ! ちょっと、ちょっと写真撮るだけですからお願いっ!! お~ね~が~い~っ!!」

 

「やだ。というか、買うより高くついてんじゃねえかよ。編集さんもこまっちゃうから普通にモデルさんにお願いしなさい」

 

 駄々っ子のごとく床にしゃがみこんでジタバタ彼を引き止めますが、今度こそ彼は話を打ち切るつもりなのかズンズン机の方へと私をひきずったまま進んでゆくのに焦りは募ります。

 

 そうじゃないのだ。

 

 普通のモデルを飾り立てて企画が成功しただけでは何の意味もないままこのチャンスがお流れになってしまう。そもそもがファッションに眼鏡をかけている時点で完璧なのだから被写体はマネキンだって構わないくらいである。

 

 問題はその絵面で彼に“お、眼鏡もイケてんじゃん”とこちら側に引き込むことによってこの計画は初めて意味を持つ。

 ここでなんとしてでも彼に眼鏡の良さを教え込むためには是が非でも彼に眼鏡の魅力を体験してみて貰わなければならない。

 

 彼に引きずられつつも、必死に頭を巡らせていると―――“解決策”が脳裏をよぎった。

 

 ある日、経理のビックボス“ちひろ”さんが全アイドルに配ったとあるチケット。

 

 曰く、日頃の労いだとか。

 

 曰く、機会均等のための処置だとか。

 

 曰く、これやるから黙って働けだとか。

 

 言い聞かされた理由は様々あったが、問題はそのチケットの効能だ。

 

 そのチケットの名は“わがままチケット”。

 

『事務方の社員がアイドルの要求に可能な限り応えてあげる』という魔法の切符。

 

 誰もがここぞという時まで取っておこうと大切に保管しているそれの切り時は―――今である、と私の本能が囁いた。

 

「ち“ひ”ろさーーーん!! “わがままチケット”使用しますっ!! 要求は『比企谷さんが私のオススメ眼鏡コーディネートで撮影して、その恰好で一月過ごす』ですっ!!」

 

「なっ―――」

 

「はい、受領しました。……比企谷君、業務命令です。めんどくさいんでサッサと着せ替え人形になってください」

 

 私の絶叫に啞然とする比企谷さんと、私達のごたごたに我関せずと膨大な書類を処理していたちひろさんが興味も無さげにそう言い切ることにより私の計画は成就したのであった。

 

 ちひろさんに食ってかかる比企谷さんを横目に盛大にガッツポーズを決めながら、彼をどんなふうに飾り立てるかをウキウキとシュミレートしていく。

 

 ちひろさんがああ言った以上は覆ることも無いだろうし……本音でいえば、結構この企画は個人的に楽しみにしていた事もある。

 

 いつもくたびれたシャツに黒のスキニーパンツで統一しているせいで代り映えのない彼ですが、その淀んだ瞳を眼鏡で隠せば化けるとずっと前から思っていたうえ、そもそもの素体は悪くないのだ。

 

 スラリとした手足に意外と引き締まっているその身体は何を着せても映えるであろうし、そもそも顔の造形も悪くない。いや、むしろ世間一般の基準でいえば十分に整っている部類に入る。

 特に手入れをしているわけでもなさそうな髪は鴉の濡羽色の艶やかで柔らかく、昏ささえ除けば気だるげな瞳は色気すら感じさせる。

 

 誰にも振り向かれることの無かった根暗男子が一変して世間の注目を集めるという漫画のようなドッキリを自分で起こせると想えば胸とテンションは勝手に高まってワクワクとした高揚感が沸いてくる。

 

 人の視線や評価というのはきっと人格にすごく影響すると思う。

 

 だから、私の渾身のコーディネートで好意的な感情を多く向けられればきっと彼も今より少しだけ明るくなるに違いない。

 

 卑屈で、捻くれていて、いつだっていじけているような態度の彼。

 

 そんな彼を、きっとこの企画で変えて見せよう。

 

 毎日ぶつぶつ文句を言いながらも目がしょぼくれるくらいに私たちを支えてくれる彼が“自分も案外すてたもんじゃない”と思えるようにして見せよう。

 

 私が眼鏡と出会って人生が変わったように、彼の人生だって眼鏡で変えて見せる。

 

 そう静かに決意して私は気合を入れて彼を衣装部屋に引っ張り込む段取りを進めたのであった、とさ。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 話には聞いていた。

 

 話には聞いていたのだが……聞くと見るとでは大違いだという事を恥ずかしながら初めて体感した私“三船 美優” 26の秋です。

 

「ひき、がやさんです、よね?」

 

「その手の揶揄いはもう飽きるくらいやりましたよ、美優さん」

 

 春菜ちゃんがついに噂のチケットを使ったとのことでプロジェクト内はにわかに色めきだして、その結果が面白可笑しく広がっていたせいでしょうか。彼は私の反応にも呆れたように肩をすくめるだけで苦笑いを浮かべるばかりです。

 

「あ、そういうつもりでは無かったんですが……ふふっ、でもお世辞抜きで本当に見違えましたよ」

 

「おかげで気分は見世物小屋のクマですよ」

 

 そう皮肉る彼に思わず吹き出して笑ってしまいました。でも、まあ、いいえて妙だと思ってしまったのだから大目に見て欲しいものです。

 

 仕事の関係で“例の撮影”から事務所によることの無かった彼とはすれ違うことが多かったのですが、久々にあった彼は見慣れた姿ではなく――文字通り、見違えたのですから。

 

 スラリとしたその脚はタイトなジーンズで惜しげもなくシルエットを際立たせ、それを補うように無骨なブーツ。いつもはヨレたシャツでだらしなく見えていた上半身はチェック柄のシャツとカーディガンで緩く纏められて“アメカジ”特有の緩さが程よくフォーマルな感じで緩和されてバランスがいい。

 

 それに―――何よりもその目元だ。

 

 いつもはまっすぐに目があえば息を呑んでしまう位に深く昏い瞳が今はレンズと丸みを帯びたフレームに遮られて、皮肉気な苦笑もただただ柔和な雰囲気を醸すだけであった。

 

 ………これは、少しまずい。

 

 見慣れた同僚の彼。

 

 そんな彼と隣を並んで社内を歩いているだけにも関わらず、何気ない仕草が刺さってきて勝手に鼓動を高めていく。

 

 いえ、いつもの彼の恰好も気兼ねせずにいられて好きなのですが……こう、まるで私生活の彼を覗き見してるようなドキドキ感があると言いますか……。

 

「美優さん、どうかしたんすか?」

 

「ひぇあっ、い、いえ、何でもないです! そ、それよりも今日は久々にご飯でも――」

 

「比企谷君……て、君でいいのかしら?」

 

「「?」」

 

 エレベーターを待つ少しの間、思わず彼の横顔を盗み見て見惚れていると唐突に覗き込まれ息をのみ、意味の分からない流れのままランチを誘おうとしてしまった。

 

そんな瞬間、聞きなれない声が掛けられてお互いに思わず声がする方に振りかえる。

 

 振り返った先にいたのは社内でも何度か見たことのある派手めのスーツを着こなした凛々しい女性社員が蠱惑的な笑顔を浮かべながらこちらを品定めするように腕を組んで立っていた。

 

 お互いに面識があるのかと目くばせをしあうモノの、社内でも有数の嫌われ者の我がプロジェクトの下っ端である私たちに当然ほかの社員と交流があるわけもなく結局は相手に要件を聞く羽目となったのです。

 

「一応、自分の事ですけど……何か御用ですか?」

 

「ふふっ、そんな素っ気なくしないでよ。すれ違いはあっても同じ会社の仲間じゃない」

 

「…………」

 

 何でしょうか、端的に答えた比企谷さんの腕を華やかな笑顔を浮かべつつ撫でるようにタッチする彼女の行動が私の胸の内に随分とささくれを生み出します。ですが、まあ、口をはさむ間柄でもない訳ですし呑み込みます。

 

 ええ、大人ですから。呑み込みますとも。

 

「この間の雑誌の撮影を偶然見たんだけど、良かったわ。いつものだらしない恰好はもしかしてフェイクだったりするのかしら?」

 

「はぁ、まぁ、成り行きでああなっただけなので……普段も不便も無いですし」

 

「あら、じゃあアレからオシャレに目覚めた感じ? 私、なんだか貴方に興味が沸いてきたみたいなの―――せっかくだから他部署との交流ってことで今晩ディナーでも 「あっ、エレベーター来ましたよ比企谷さん」 ―――は?」

 

 よく分からない理屈をベラベラと、出るとこ出ればセクハラ事案級に気安く彼の腕を撫でまわす女の手と文言を叩き切る様にそう言い放って、少し強引に彼の手を引いてエレベーターに滑り込みます。

 

 何が起こったか分からないといった顔で呆ける女に振り返って、出来る限り柔和な笑顔で微笑みかける。

 

「…他部署交流いいですね。今度、ウチの上司のちひろさんやアイドルのみんなも誘ってぜひ行きましょう。―――“女子会”、楽しみにしてますね?」

 

「えっ、いやっ、ちょっ――」

 

 ちひろさんや悪名高いウチの酒豪たちの名前を聞いて青ざめる彼女をシャットアウトするようにエレベーターの扉を閉じてお別れを済ましてしばし。ゆっくりと振り返って彼に微笑みかけます。

 

「比企谷さん」

 

「は、はいっ……」

 

 なぜか声と顔を引きつらせる彼がおかしくてつい笑ってしまいます。

 

 おかしな人です。

 

 私はいま、満面の笑みで彼と接しているはずなんですけれども、目の前で何故か叱られる小さな子供のように所在なさげにしている“オシャレな”彼に、私はそういえば伝え忘れていたことがあると思い出して言葉を紡いだ。

 

「―――よかったですね、美人に声を掛けられて?」

 

「…………いえ、あの、美優さん、なんか怒って、ます?」

 

「 は? 」

 

「いえ、何でもないっす」

 

 私の問いに委縮しきった彼がそんな事をきくものだから柄にもなくドスの効いた声が出てしまいました。

 

 怒ってなんていませんよ。ええ、もちろん。怒る理由がありませんから。

 

 そう心の中で何度もぶちぶち文句を零しつつ、無言のままエスカレーターは上っていくのでした、とさ。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 その光景は、まるで狐につままれているかのような衝撃を私“鷺沢 文香”に齎しました。

 

 アイドルなんて身に余る職についてはいるものの、本分は大学生。当然のごとく毎日大学に通っている訳なのですが―――通いなれた構内で見慣れない光景に出くわしてしまった私はただただ呆然とその目を見開くことしかできません。

 

 視線の先にいるのは大学の同期であり、所属している芸能事務所でアシスタントのバイトをしている顔見知りの“比企谷”さん。

 

 彼もまたここの大学生なので構内にいることは全く不思議ではないし、むしろバイトに傾倒しすぎていて進級すら危うくなってきているので大学に来ている事自体は喜ばしいし、もっと出席するべきだと切に思います。

 

 ですが、それは

 

 少なくとも―――学業に精を出すためであって

 

 チャラついた格好に眼鏡なんかで印象まで変え、大学の女子に持て囃されるために出席するなど学徒にあるまじき行為ではないでしょうか?

 

 いえ、そうに違いありません。

 

 ならば、日頃からお世話になっている分の恩返しに彼の眼を覚まさせてあげるのは実に違和感のない自然な成り行きと言えるでしょう。Q.E.D証明完了です。

 

「比企谷さん」

 

「「「「「   」」」」」

 

「お。ふみ…か、さん?」

 

 姦しく彼の周りで騒いでいた女子の方々は私の声に含まれた棘に気が付いたのか気まずそうに眼を反らし、そそくさと何やら用事を思い出したのかこの場を後にしていきます。

 そして、その場に残ったのは普段では絶対に見ることの無いめかし込んだ彼が呑気に手を上げようとしてようやく異変に気が付きます。

 

 いつもは雑に結ぶだけの髪はワックスで緩やかに波打って、黒縁の眼鏡と合わさって色香を出す目元。

 緩めのセーターから覗く鎖骨に、普段はいている黒のスキニーより少しだけ上等な生地のソレは退廃的なのに人を引き付ける実に不健全な大学生そのものといった恰好。

 

 事情は聞き及んではいるものの―――非常に胸の内がざわつくのを押さえられません。

 

 彼の内面を知ることの無い有象無象が、見た目だけに惹かれて触れようとする行為や感情その全てが煩わしく、苛立たしい。

 

 何のかんのと最もらしい言い分を並べ立て見たものの結局の所、コレは個人的な独占欲。

 

 そんな複雑な胸の内を知ってか知らずか彼は間の抜けた顔で訝し気にこちらを見やり、

 

「……もしかして、お前もなんか怒ってる?」

 

「…………いま、それら全てが呆れに変わったところです」

 

 そんなことを悪びれなく言ってくるのだから、私だって大きな溜息で応える他にないでしょう。

 

「遊ぶのも結構ですけど、早く講義に行かないと本当に必修単位落としますよ、比企谷さん」

 

「いやホントにね。さっき教授にあったら普通に嫌味言われたんだけど、代返完全バレてるね、あれ。どうなってんの??」

 

「貴方は、悪目立ちしてますから……」

 

「そんな馬鹿な」

 

 見た目が変わっても、周囲の見る目が変わっても―――くだらない事ばかり口走る貴方が変わっていないことに少しだけ安堵の息をついて私たちは講堂を目指し、歩を進めたのでした。

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「いや~、モテる男はつらいねーハチくん。ちょーとイメチェンしたら女の子入れ食い状態なんて羨ましいですね~?? もういっそアシスタントなんか辞めてアイドルになっちゃう? もう雑誌デビューも決めちゃったことですし~、マジ恋コーディネートで仲良く腕組んだツーショットまで撮ったんですよね~?」

 

「と、十時さん、いや、好きでやってる訳じゃなくてね??」

 

「言い訳無用です!! 別の女にこんな簡単に染められて、このっ、このっ!! というか、春菜ちゃんやら美波ちゃんとは普通に雑誌出てるのに何で私とかはいまだに無いんですか!! 私、シンデレラガールですよ!! 初代の!! うわーーーーん!!!!」

 

「いでっ、ばかっ、やめろっちゅうに。というか、ドサクサで脱ぐなアホッ!!」

 

 

 ジタバタ ドタバタ

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「一体なんだってんだ……」

 

 上条に付き合わされた撮影からしばしの事。

 

 ご丁寧に上条が撮影後に全ての衣装を買い取って細かく着回しの予定表を渡された以上は面倒でも応えた方がいいかと諦めの境地でそれに従っているのだが、揶揄われたり、見慣れない人間に声を掛けられたり、理不尽に不機嫌になられたりと面倒事ばかりが山積して体力と気力をガリガリと削られる日々。

 

 そんな状態でも別に仕事の量が減るわけでもなく、ついにはどっかりとソファーに腰を落としてそのまま仰向けに倒れ込んで悪態を漏らす。

 

 服はいつもの着慣れたものでなくこじゃれたジャケットのせいか違和感が拭えず、寝転ぶにも少々だけ座りが悪く疲労感は倍ドンであった。

 

「お、噂のモテモテ男やーん」

 

「いま超絶不機嫌だから塩対応だぞ、周子」

 

 そんな息抜きの一時に耳に飛び込んでくる聞きなれた妹分の家出少女の声でついつい素っ気なく対応してしまう。

 

「なははっ、まあまあ。お疲れのおにーさんに周子ちゃんが甘味を差し入れして進ぜよう」

 

 絹糸のような銀糸の髪から覗く細い狐目に、いつもと変わらないトーンのハスキーな関西弁が耳に馴染んだせいだろうか。

 差し出されたポッキーを飼育小屋のウサギのごとく加え込んで押し込まれるままにその甘味を咀嚼していけば、口の中に広がるチョコとプレッツェルの味わいに張り詰めていた気分が少しだけ和らいだ。

 

「ほうほう、噂には聞いてたけど中々イケメンに仕上げてもろてよかったやん。結構、キレイなおねーさんに声を掛けられてるってタレコミもありまっせ、おにーさん?」

 

「馬鹿め。急に優しく声を掛けてくる美人の八割は壺の販売なんだ。比企谷家の家長が幾度もひっかかった体験談だから間違いない」

 

「おにーさんのオトンへの突っ込みは置いといて、残り二割は?」

 

「美人局か、宗教勧誘」

 

「世の中は思ってたよりも荒んでるんやねぇ」

 

 “まぁ、初対面でお兄さんに売春を持ち掛けた身で言えることではないけど”なんて笑っていいのか分からない過去の話をカラカラという彼女に肩をすくめるだけで応えて、甘味で乾いた喉を潤したくなってきた。

 

「周子、喉乾いた。茶いれてくれ」

 

「えー、なんや面倒な。……緑茶でええのん?」

 

「おう」

 

 我ながら偉そうに不遜に答えれば、文句と苦笑を零しつつなんのかんのと入れに行ってくれた彼女に甘えることにした。

 減らず口は変わらないが、彼女なりに気を遣ってくれているのは分かるので今は妹分の気遣いに素直に甘えることにしよう。

 

 彼女が備え付けのポットでやっすいティーバッグからこしだす緑茶を入れてくれる間にしばし独白。

 

 自分の身体を堅苦しく包むオサレな服に、上条が丁寧に調整してくれた眼鏡。ついでに言えばいつもより数分ほど時間をかけた髪の毛の整髪料が漂わす甘い匂い。

 どれもこれもが普段なら絶対にすることの無い身だしなみへの努力は間違いなく多くの変化を齎したのだと思う。

 

 真偽は置いておいても見知らぬ女性から声を掛けられることは増え、仕事先でもいくつかの気遣いをしてくれる人間が現れ、道行く人々からの視線は好奇や侮蔑から敬意や品定めするようなものへと変わりつつある。

 

 それの是非は置いておいて、人は見た目でこうも変われる。

 

 個人の資質という面でなく、その分の努力で上積みした分は間違いなく違う立ち位置に立てるのならばこの努力と煩わしさにはきっと価値がある。

 衣食住の順にしろ、満たされて初めて礼節に至るという訓示にしろ、それはきっと真実なのだ。

 

 その努力と見栄えによる変化を否定はすまい。

 

 しはするまいが―――

 

「ぷはっ、ちょお、眼鏡かけながらお茶啜ったら曇るに決まっとるやん。目がそこまで悪い訳でもないんやから外してのみーや」

 

「……おう」

 

 眼鏡があろうとなかろうと、服が良かろうと悪かろうと―――変わらずに傍で気楽に笑ってくれる人間が傍にいてくれるという幸運はきっとそれよりも得難い事なのだとガラス越しの曇った眼鏡の先でもゲラゲラ変わらぬ眩さを誇る妹分を見て俺は少しだけ強張った頬を緩めたのであった。

 

 猫舌の自分用に程よく冷まされた緑茶が、穏やかな空気の中で啜る音が呑気に響く。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

「うひ、うひひっ。雑誌の広告力はホントに侮れませんねぇ」

 

 秋も終盤の麗らかな午後の事。レッスンを終えた私は346に併設されているカフェで携帯を眺めつつ気味の悪い笑みを浮かべてしまう。

 

 画面に浮かぶのは先月発売された例の雑誌の評判。そして、その主役となっているのが自分自身で生み出した珠玉の眼鏡コーデ男子の事なのだからついつい浮かれてしまうのも仕方のない事だろう。

 

 初めはモデル指定……というか、冴えない事務アシスタントを連れてきた私を胡乱気に見つめていた編集部とカメラマン達だが、私が全力で生み出したコーデで比企谷さんを着飾ればその目の色と熱はあっという間に切り替わり―――最後には“眼鏡は全人類を救う”という共通認識で熱く握手を交わすほどの出来栄えとなった。

 

 その評判は上々。

 

 そして、あちこちから聞く“彼”のその後も各所で好評だと聞くので私は実にやり切った気分で甘い甘いミルクティーに舌鼓を打って満足感に浸るのであった。

 

 私は眼鏡の魅力を広げれてホクホク、比企谷さんはモテモテになってウキウキ。

 

 世界広しと言えどもこんなにwin-winな関係というのも珍しいのではないかと思わず自分を褒め称えたくなって今日はご褒美にケーキをもう一つ頼んじゃおうとメニューを開いた所で――――私を囲む影にようやく気が付いた。

 

「あ、あれ……皆さん、いつからそこに??」

 

「「「―――(スッ」」」」

 

 その無言の笑顔に秘められた迫力に引きつる私に差し出されたのは―――見慣れた金縁で装飾された真っ赤な便箋。

それは、我がプロジェクトのアイドル達の間で重大問題が起きた時のみに召集される“シンデレラ会議”の『招待状』。

 

 そして、その“主題”となる人物にこうした『お迎え』が来るのもいつもの流れで――

 

 流れ出る冷や汗をぬぐうことも無く脱兎のごとく逃げ出そうとした私はあっという間に捕らえられ、抵抗敵わぬまま簀巻きにされて運び出されていくのでした。

 

 平日の真昼間にカフェでうら若き乙女が拉致されているというのに、誰も目を合わせようともしないでその暴虐を見送る冷たい会社員たちに私がこの会社の闇を感じた恐ろしい一幕です。

 

 どうなってんだ、この会社。

 

 

 

--------------------

 

 

 

「それでは、第24回シンデレラ会議を開催します。沈黙は賛同と見なします」

 

「んぅ~――tっつ!!」

 

「……異議が無いようなので、議題を進行しますね」

 

 簀巻きにされた私の全力アピールは本の仮面をかぶった同僚に華麗にスルーされ無慈悲にも進行されていく。……というか、いつもは事前告知とかがあったりするのだが今回は一体なにが問題だったのかいまだによく分からない。

 

 最近は眼鏡教の熱心な布教も控えているし、私が議題に挙げられる事なんてあっただろうか?

 

「さて、今回の議題をあげる前に件の雑誌から説明に入るべきでしょうね」

 

「「「「―――おぉっ」」」」

 

 通称“ブック”と呼ばれる本の仮面をかぶった彼女がスクリーンにとある画像を映しだし、その光景に小さく場内はひそひそ話でさざめいていく。

 なにせ、画面にデカデカと写されたのは“例の雑誌”に乗った比企谷さんと私のツーショット。改めてこうして見られると気恥ずかしさもありますが、その出来栄えに我ながら感心してしまいます。

 

「ブック、このデータは後程もらえると思っても?」

 

「希望者には配布します。ですが、その前に本題を協議しましょう。ととき……アップル仮面さん、この会議の問題点をお願いします」

 

 ブックから議題を引き継いだ愛梨さ…アップル仮面が冷たい表情で頷き、スクリーンを差し替えます。

 そこに移るのは―――色んな女性に声を掛けられている比企谷さんの姿が捉えられた写真の数々。

 

「んん~、もっへはひょひょうでふね(おー、結果は上々ですね」

 

「「「―――チッ」」」」

 

 私の一言か、それとも、その写真にかは定かでありませんがものっそい舌打ちがでかでかと室内に響きます。アイドルがそれでいいのかと思わないでもないですが、今はその仮面の下の表情が見えないことが唯一の救いでした。

 

 というか、この会議………もしかして

 

「彼が見なしだみに気を遣うようになったのは大変喜ばしい事ですが……このように本来の業務に支障をきたすほど他の部署にちょっかいを掛けられては我々のサポートが行き届かない可能性があると示唆します。皆さん、心あたりがあれば報告をお願いします」

 

「変な女子社員に業務外で話しかけられてうつつを浮かしてました、ね」

 

「飲み会中にトイレから帰ってこないと思ったら別の女にナンパされてたぞ☆彡」

 

「大学で不順異性交遊に発展しそうでした」

 

「あ、撮影現場でADの子に連絡先貰ってるの見ましたねぇ」

 

「えっ、ちょっと楓ちゃん! そういう面白い話題はもっと早く言ってくれなきゃ!!」

 

「……うふふっ、まゆ、そのお話もっと詳しくお聞きしたいですぅ」

 

「リバーアイランドさん、コクーンさん、本名でとりますえ。しかし、ほんっまに――ええご身分ですわなぁ。あやかりたいことですわぁ(ミキッ」

 

「さいってー★」

 

 ワイワイ、ガヤガヤ。

 

 なんて賑やかで、姦しい声が薄暗くされた会議室に響くのですが――その声にはどこか何故か苛立ちが多分に含まれているように感じられながらも少しづつ収まっていく声は、無言の圧力に収斂されて冷たく色とりどりの瞳が私を捉えてゆく。

 

 この場ってもしかして

 

「なぁ、春菜ちゃん?」

 

「は、はひぃっ!」

 

 重すぎる視線たちのプレッシャーに止まらない冷や汗が体を濡らしていく中でぬらりと背後から狐の仮面が私に囁く。

 

 平坦で、熱がない。それでいながら、芯を捉えて離さないその掠れた関西弁が私の名を穏やかに呼ぶのに声が勝手に引きつった。

 

「皆は別に怒っとるわけやのうてな、変な虫がうっかり大切な仲間に針でも刺さんか心配しとるだけなんよ。ましてや、それがポッと出のもんやったら目も当てられん――そうは思わへん?」

 

「―――(ぶんっ、ぶんっ」

 

「うんうん、そうやんなぁ。春菜ちゃんも同じ思いで嬉しいわぁ。………そんでなぁ、皆からもお願いがあるんよぉ」

 

「――――――――(白目」

 

 仮面の下でニコニコしているであろう彼女の貌と穏やかで甘えるような声。

 

 普段の日常で、それを見せられればあらゆる男が大手を振って、悦び勇んで彼女の願いを叶えようと腕まくりするのであろうが―――その細くしなやかな指に付いた鋭い爪を喉元に突きつけられながらなら何人が残るのかぜひ試したい。

 

 なんなら、それを断る勇気を持てる男が何人いるかも教えて欲しい。

 

 ちなみに私には無理である。

 

 

 

「おにーさんに出した“わがままチケット”―――帳消しにして貰えたりせんかなー、ってね?」

 

 

 

 ツプリと、首筋の動脈に食い込んだ爪と共に漏らされた“お願い”に私はあっけなく首を縦に振ったのである。

 

 こうなる様にセッティングされた場で―――他に私が出来ることは何があるというのか。

 

 私がガックリと項垂れるように首を縦に振ったことを皮切りに盛大な拍手が鳴り響き、一気にふみかさ…ブックに先ほどのデータを貰いに行く皆さん。

 いやはや、この様子では眼鏡の魅力を全世界に伝える壮大な計画はもうしばらく先送りになりそうである。

 

 そんな私の嘆きをよそに会議は踊り、会話は姦しく盛り上がりを見せてゆくのでありました、とさ。

 

 

 

 

 

=後日談=

 

 

 あの恐怖の体験から数日。

 

 今日も今日とて世界に眼鏡の魅力を伝えるための一手を考えながら事務所のドアを開くと、あのいかしたファッションが見る影もなくいつものシャツと黒パンツの彼がそこにいて黙々と書類を処理していた――――見覚えのある“眼鏡”をひっかけて。

 

「え、あれっ、その眼鏡……」

 

「おう、服はともかくこの眼鏡いいな。マジで重宝してるわ」

 

「――――っ」

 

 胡乱気な顔つきで、張りの無い気だるげな声で、いつもと何ら変わらない彼のはずなのに―――皮肉気な笑顔の中にちょっとだけ照れと無邪気さを込めて笑う彼が不覚にも自分の乙女心を揺らしてくる。

 

 あぁ、なるほど。

 

 みんな、この表情を盗られたくなくてあんなに大騒ぎしていたのか、と今更ながらの納得が胸の内にはまり込んでついつい笑ってしまった。

 

 皮肉気で、無頓着で、素直でなくて、卑屈だが―――人の大切な部分は絶対に踏みにじらない彼のお人好しさ加減に綻んだ胸の内で彼に声を掛ける。

 

 今度は、眼鏡の為でなく  彼自身をもっと知ってみたくなったから。

 

 上条 春菜は 初めて眼鏡以外の何かに興味を持ち、歩み寄ったのである。

 




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