デレマス短話集   作:緑茶P

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いつも来てくれる方はお久しぶりです。初めての方は初めまして。

コメント、評価、励みになっております。基本ふわふわ生きてるのでコメントに要望があったりするとそこから妄想して作品になったりするのでドンドン欲望をつぎ込んでください。

それでは、いつもの通り頭を空っぽで何でも許せる方のみお進みくださいませ。

それと、いつも誤字修正してくださる塩梅様本当にありがとうございます!!


奏どらいぶ

 湿っぽい梅雨空が徐々に盛夏に押され、茂る新緑が猛々しい緑へと変わる季節。

 蒸した空気は晴天に払われ、煌々と照り付ける太陽の元を子供たちが待ちわびた長期休暇の開放への喜びそのままに目の前を駆け抜けてゆく。

 

 そんな無邪気な昼時の公園での光景を目で追いつつ我が身を振り返るが、どうにも“夏休み”というモノに明るい思い出を見いだせないので小さく苦笑を漏らす。公的に面倒な人間関係と切り離され、朝からクーラーの効いた部屋で最強のデジタルなモンスター作成に費やした誇らしくも空しいあの日々すら今は恋しい。

 

 なぜならば、今現在、パリピな生活を送るのが常である大学生の長期休暇で過ごした自分の日常はバイト漬けで、クーラーどころか炎天下の元で大規模会場の設営や書類。そのほかに多感な時期の少女たちのお守に費やされているのだから。

 そんな中でようやく取れた休日。

 

 それすらも、一方的に告げられた“約束?”なるものにこんなクソ熱い公園に呼び出されて、待ちぼうけいるのだからたまったもんじゃない。

 

 反論すら許されず“いなかったらその場で泣き喚いてやるわよ”なんてあまりに情けない恫喝をした少女。そんな横暴な約束を取り付けた彼女が示した時間は20分ほど前に過ぎ去り、ただただ太陽に炙られるボッチが一匹。呼び出し詐欺という幼い自分のトラウマが刺激され何度も掛けた電話はつながらずこうして俺はここにいるわけだ。

 

   もう帰っていいよね?

 

 そう囁いた心の声に従って俺はベンチを立つ。いや、もう十分でしょ。

 

 八幡、頑張った。

 

 最後の良心としてメッセージで帰る旨を記した物を送って、公園の出口を目指して歩を進める。随分と無駄な時間を過ごしたが、まだ10時半ば。これから、自宅で溜まった積みゲーか、ベストセラーとなった期待作か。はたまた、この前目をつけたラーメン屋を巡って午後から惰眠を貪るか。心躍るこの後の予定の思索にふけつつ公園の出口に足を向けていると、深藍に塗装された新しいほうのビートルが遠くに見える。

 

 ビートルとしては渋いチョイスだと思いつつもやけに徐行運転なそれをなんとなしに見て、不慣れなその運転と輝く初心者マークに思わず苦笑をしてしまう。一停でしっかり5秒以上止まって進むその初心さと、変に生真面目なくせに不安定な運転は微笑ましくもお節介を思い起こさせる。

 

 まあ、初めての運転なら不安だわな。

 

 そんな様子に自分も車線変更一つに何度も後方確認していたことを思い出して苦笑しつつその運転手の安全を祈ってそのビートルを眺めていると、どうにもこちらに向かってくるようだ。せっかくなので、新米ドライバーの顔でも拝んでやろうかと思ってソレを黙ってみていた事を俺は一生後悔することになる。

 

 なにせ、ハンドルにしがみつくように運転する少女は―――あまりに見覚えのあるものだったのだから。

 

 変装のつもりなのか目深に被ったニット帽に太めの黒縁眼鏡。その下から覗く切れ長の目と涼し気な面立ちは彼女の歳にしては不相応なくらい大人びて見える。最近では知らぬ人も居ぬほどの人気を誇る彼女。ただ、いつもと違ったのは彼女が纏っている雰囲気がいつものミステリアスなものではなく、完全にテンパっているかのように挙動不審であったことだろうか。

 

 何を隠そう、俺をココに呼び出したうえ待ちぼうけさせた張本人である。

 

 その光景に様々な疑問が湧き立つ。

 

 なんで彼女が車に乗っているのか、とか。なぜ自分がそんな場に呼ばれたのか、とか。だが、混乱する思考を差し置いて何よりも自分の失策を悔いる。――――目が合ってしまった。

 

 その瞬間、テンパっていた彼女が目を輝かせてビートルをこちらに寄せてくる。今すぐに逃げ出したいのは山々なのだが、縁石にこすりそうなそのギリギリ加減に目が離せない。

 

 見てるこっちがハラハラするそのカブトムシは俺の前で停車し、満面のドヤ顔を浮かべた彼女が、―――――――“速水 奏”が颯爽と降り立ち、燦然と輝くピカピカの免許を突き出す。

 

「――――――――さ、楽しいドライブの時間よ?」

 

 満面の笑みで放ったその言葉は、なんだったかと頭を一瞬ひねり、すぐに思いつく。

 

「………6巻の決め台詞だったか?」

 

「そうね、馬脚を現して逃亡する悪徳商人をライバルの刑事と一緒に車で追いかける名シーン。初めてのドライブは絶対にこれを誰かに言うって決めてたの」

 

 彼女の原点になったともいえるスパイの名作漫画のワンシーンを思い起こしながら返答すれば心底嬉しそうに返してくる彼女に深くため息をつく。元ネタを分かる人間にやりたくなるこの原理は悔しいながらも分からないでもない。オタクってなんでこういう悪乗りがやめられないのだろうか。

 

念願の理想を達成してご機嫌な彼女に目を向けつつ、一個ずつ疑問の解消を試みる。

 

「というか―――どうした?」

 

 いかん、あんまりに疑問がありすぎて俺もパンク寸前だ。単純に総括的な疑問しかできなかった。それでも彼女は意味ありげに微笑み、自慢げに口を開く。

 

「このたび、18歳になりまして」

 

「…そういや、7月生まれだったな」

 

「免許を取ったのよ」

 

「……みたいだな。」

 

「やっぱり、あれば使いたくなるじゃない?なので、速攻で憧れの車を買いに行ったわ」

 

「――――なんでビートルなんだ?」

 

「―――コ〇ン?」

 

 とりあえず、頭の悪い会話から子供が変に経済力を持つとろくなことにならないのは分かった。というか、件のスパイ漫画はフェアレディだったのにそこは別の漫画準拠なのかよ…。いや、分かるけど。博士めっちゃすごいしね。いい車だし。

 

「…ほーん、よかったな。んじゃ、気を付けてな」

 

「待ちなさい」

 

 心の中の突っ込みを一人で消化して流れるようにその場を離れようとしたが、思い切り肩をつかまれる。

 

「…なんだよ」

 

「“ドライブの時間”といったでしょう?」

 

「……行ってくればいいだろ」

 

「いいのかしら、さっきの運転を見たでしょう。正直、一人で都内を走るとか初めてだし、何度携帯が鳴っても出る余裕がないくらいの初心者よ?…本当にこんなペーパードライバーを放っておいて大丈夫かしら?」

 

「………ぇぇ」

 

 自信たっぷりに嫣然と微笑む彼女が徐々に早口で涙ぐんでいき、掴まれた肩も逃がすまいと切実に力が込められており、振り払うのが随分と罪悪感を伴う。本当にこんな少女が世間では“ミステリアス”だの“妖艶”だのと騒がれているのだから世の中分からない。

 

 涙ぐむ少女と、さっきまで思い描いていた至福の時間がしばしの間、天秤で揺れる。

 しばしの黙考の末、さっきより深くため息をつく。

 

 さらば、休日。ハロー、休日出勤。

 

 そして、本日も俺の貴重な休日は儚くも失われたのだった。

 

 

――――――――――――

 

 

「ほれ、飲め」

 

「………ありがとう」

 

 郊外へと抜けた海岸沿いのパーキング。磯の匂いと風に乗った飛沫が微かに頬を濡らすのが暮れ行く日差しと相まって心地よく吹き抜ける。そんな中、ガードレールにうなだれるように寄りかかりげっそりとしたトップアイドル(笑)に自販機で買ってきたカフェオレを差し出すと彼女はか細い声で答えソレを舐めるように口にする。

 

 出発時の意気揚々とした彼女との落差に苦笑を漏らしつつ、自分もマッカンを開けて喉を潤し、細巻きに火をつける。

 

 甘い。いつも以上の緊張状態に浪費された糖分とニコチンが補充されるのを感じつつ、自分たちの真後ろに駐車しているカブトムシに視線を向ける。

 

 出発時の輝く初々しさは何処へやら。

 

 あっちこっち傷だらけのその姿はもはや歴戦の勇士。

 

 ここまで短時間のドライブでよくぞここまでと思う程に勲章を背負った彼に同情と称賛を込めて一本余分に買ったコーヒーをボンネットに供えておく。そんな事をしていると隣からくぐもった声が耳朶をかすめる。

 

「……ごめんなさい。折角の休日、台無しにしちゃったわ」

 

 普段からは考えられないくらい殊勝なその呟きに思わず俺は思わず吹き出してしまう。そんな俺の反応が勘に障ったのか、睨むようにねめつけるが自分の中にある落ち度が諫めるのかその反抗心すら力なくしぼんで元のいじけた姿勢へと戻って行ってしまう。―――全くもって普段の傍若無人の彼女は何処に行ったのか。そんないじらしい所を見せられると思わずお兄ちゃんスキルを発動してしまう。

 

「―――俺はカッコいい恩師がいてな、その流儀を受け継ごうと日々努力してるわけだ」

 

「………?」

 

 不思議そうに視線をこちらに向ける彼女。ソレは妖艶でも、クールでもない年頃の青春真っ盛りのあどけない少女そのものだ。テレビには映らぬ年相応の“速水 奏”という少女の本来の姿。彼女が築き上げた圧倒的な偶像を支えるにはあまりに非力なその本性。

 

 だから、そんな少女に、息の抜き方を教えてやるくらいは――――彼女が気を抜いて接する事のできる数少ない人間として教えてやっても罰は当たらないだろう。

 

 不安げな視線を送る彼女の視線を遮るように、煮詰まってしまっているその頭を濾してやるように、荒っぽく頭を撫でつつ言葉を紡いでいく。

 

「変な気をつかうな、女の初めてにケチをつける男なんているかよ」

 

「―――っ!!…………貴方ってホントに―――て、ちょっと!!」

 

 耳まで真っ赤にした彼女が何かを紡ごうとするのをもっと力を込めてなで繰り回してやって遮ると彼女は顔を真っ赤にしていつものように抵抗をしてくる。ぐしゃぐしゃにされた髪の毛は彼女をいつもより幼い印象にしてさらに俺は笑ってしまう。

 

 どんなに世間で騒がれようと、大人びていようと、一皮むけば彼女はこんなにも幼い。

 

 それでも、人は成長してゆく。

 

 遅い奴もいれば、早い奴だっている。

 

 それでも、失敗と成功は、称賛と叱責は人に少なからず影響を与える。

 

 それが追いつかない成長に負荷をかけることだってある。

 

 ならば、自分くらいはその追いつけぬ差分を笑ってやろう。

 

 “叱られることは誰かがちゃんと見ている証拠だ”と笑ったあの人のように。何度だって、彼女たちの間違いを、葛藤を笑ってやろう。彼女たちが、安心して何度だって間違えられるように。

 

 ずっとは見てやれない。でも、その差分に向き合う強さを彼女たちが得られるくらいまでは、せめて付きやってやろうと思えた。

 

 暮れゆく夕日に、顔を真っ赤にする少女の顔に、そう願いを込めて俺は紫煙を小さく苦笑を混ぜて吐き出してゆく。

 

 

―――――――――――――

 

 

--kanade side--

 

 

 夜も更けた深夜。無理を言って買った新車をぼろぼろにして帰った私はこってりと両親に怒られ、長い長いお説教を終えたあと力尽きたようにベットへとその身を投げ出して深く息をつく。

 

 初めてのドライブ。

 

 憧れに一歩近づいたことへの興奮はすっかりと冷め切って、自分のポンコツ加減を思い知った事への落胆はどうしたって拭えない。それでも、沈みそうになる気分は荒っぽく撫でられたあの手の温かさに思わず緩む頬を止めてはくれないのだから自分も随分と現金なものだ。

 

 周囲からは大人びて扱われることには慣れているし、それに答えるのは自分が望んでいた事なのだから文句はない。それでも、自分の情けない所をたびたび見られているあの人にだけは子供扱いされているのが悔しくて誘ったドライブ。

 

 昔からあったあのワンシーンへの憧れ。

 

 敵対していながらも誰よりも分かりあっている主人公とライバル。

 

 そんなシーンを二人でなぞってみれば、少しは彼も自分を見直してくれると思っていた。だけど、思い返される自分の失態を思い返して今度こそ顔を覆ってしまう。

 

 遅刻したうえに出発早々に縁石にこするわ、一通に気づかず突っ込んでいくわ、バックで誘導無視で柵にぶつけるは――――ホントに付き合わされた方はたまったもんじゃないはずだ。それでも、文句を言いつつ最後まで付き合ったお人好しな変な人。

 

 それどころが、最後に言われた―――“あの言葉”。

 

「ほんっとに、あんなのどう反応しろっていうのよ……~~~~っ!!」

 

 言われた言葉を思い出したせいか暴れる感情に従って、思い切り枕に顔を押し付けて自分でも意味不明な言葉を呻く。

 

 自分でもわかるほど熱くなった頬の熱。

 

 結局、自分はあんな言葉を簡単に投げられてしまうくらいには対象外の“お子様”で、その包まれるような甘さにどっぷりと浸かっているのだろう。ソレを悔しくも思う反面、それを抜け出してしまう事がどうしようもなく惜しくも感じる。

 

 早く、大人になりたい。

 

 そう願ってここまで駆け抜けてきたのに、

 

 まだ、子供のように、甘えさせてほしいと今更思う。

 

 

 

「この私にこんな思いをさせてるんだから―――――きっちり責任取ってもらうわよ?」

 

 

 

 なんせ、“女の初めて”はとっても重たい責任も付きまとうんだから。

 

 

 

 そんな相反する熱情に悶えながら、”速水 奏”の夜は更けてゆく。

 

 

 

 

 

 


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