デレマス短話集   作:緑茶P

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_(:3」∠)_ついに来たわね、冬将軍っ!!(毎年言ってる

(/・ω・)/さて、忙しい冬のお供にモフモフの奈緒でみんなも暖をとってくれ!!

ずっと昔にネタの種に前編を書いてから(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13379744#2)からついに本編へ(笑)

('◇')ゞさあ、今日も脳みそ空っぽでいってみよー♡

ちなみに、ハチ公が刺されて入院してる経緯はこちら→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12440260


神谷 奈緒はそうして彼を一つ知った

 

「……教育実習?」

 

「ええ、なもんで一月ほど欠勤させてもらうっす」

 

 俺から出された不在時のスケジュールを訝し気に眺めた緑色の上司が俺の一言に目を丸くして驚きをあらわにしている。言いたいことはなんとなく察することが出来るがそこまで驚かなくてもいいようなものだとも思うのだが。

 

「いや、あの激務の中でよく資格と単位が取れたという驚きも勿論ですけど……今更、別の進路を選択肢に入れている事も驚きまして。ここまで来たら普通にウチに入社でよくないですか?」

 

 “面接抜きで顔パス入社ですよ?”なんてホントに不思議そうにそういうのだからこのエビフライおさげにこちらだって顔を顰めるしかない。なんやかんやと大学四年間をココのバイト漬けで終わらせてしまう所ではあるが、この社畜生活が今後も続くと思えば嫌でもぞっとする未来図である。それが例え世間一般ではこれ以上ないくらいの一流企業であっても願い下げだ。

 

―――それに、意図して取った訳でもないが就職課のおばちゃんがお節介で教えてくれたこの申し出にかつての恩師の一言が脳裏をよぎった。

 

 “意外と向いてるかもしれないぞ、教師”

 

 紫煙を燻らせながら誰よりも俺を導いたあの憧れがからかう様に、謳うように言ったあの言葉。

 

 別に教師になりたいわけではないし、なれるとも思ってなんかしていないがかつて彼女が見ていた景色というモノを見学してやるのも面白いかもしれないと思って申し込んだ申請は思いのほかあっさり通って、慌ててスケジュールや代理の人間を整えて今に至る。

 

 自分を本当に不思議そうに眺める彼女に肩を竦めて答えれば、しばらく頭を手持ちのペンで掻いた彼女は黙考の末に決断をしたらしく―――その隅っこにある枠に印鑑を押してこちらに返してくる。

 

「ま、たまには息抜きも必要…という事にしておきましょう。スケジュール調整もいまの所は慌ただしくないですしね」

 

「いや、別に遊びに行くわけではないんですけどね?」

 

「社会科見学という名の物見遊山以外の何物でもないでしょう、こんなモノ。あと、コレは忠告ですけど―――下手に辞めようなんてすると君、また刺されますよ?」

 

「問題発言と名誉棄損が多すぎてツッコミきれないッス」

 

 実習の方はともかく刺されるってなんだ。現代日本でそんな何回も刺されてたまるか馬鹿野郎。そんな事を抗議しようと思えばまるで邪魔な犬を払うかのように腕を振る彼女が隣に積んである膨大な決済書類を引き寄せたのでお喋りはここまでらしい。

 

 普段のサイコパスと笑顔の仮面に騙されがちだが、この人もこの巨大なプロジェクトの計理や出納の全てを一人で受け持っている超仕事廃人。用件が無事に済んだならここに長居をする必要も無かろうと次のもう一個のハンコを貰いに奥にある武内さんの執務室に足を向けた所で思い出したかのように声を掛けられた。

 

「あ、そうそう。そろそろ、そういう入社に関する話が常務や武内さんからも来ると思うんで心の準備はしといてください。――――賢い選択を期待してますよ、比企谷君?」

 

「―――だから、入りませんって」

 

 さらっと、興味もなさそうに零されたその一言。結構に機密事項だったのではとボブこと俺は訝しみながら肩を竦めて彼女に背を向け、歩みを再開する。良くも悪くも、俺の大学生活も選択のタイムリミットも近づいている事だけは嫌でも実感させられるそんな午後の一幕は、いったんこれで幕を閉じたのだとさ まる

 

 

=とある事務員のどうでもいい呟き=

 

 

「ほんと、可愛くない部下ですねぇ。というか、彼は総武校出身でしたっけ?…………ん? あれ、もう一人そんなの学校の高校生が―――――」

 

 アイドルのプロフィールが纏められた冊子を引き抜いてページを流してゆけば、自分の記憶に誤りが無かった事を知って思わず頭を押さえてしまった。

 

「“神谷 奈緒”ちゃんのいる学校じゃない」

 

 

 そんな誰にも聞き遂げられない運命の悪戯を緑の悪魔は、めんどくさそうに冊子と共にそんな事実も見なかった事にして、箪笥の中に閉じてしまったのであった、とさ。

 

 

 

---------------------------

 

 

 人生という奴はいつだって予想外な事に溢れているもんだと私“神谷 奈緒”は思う。

 

 例えば、幼馴染の加蓮が入院中に知り合った“腹を刺された”とかいうヤバ気な大学生にいつの間にか恋をしていたりだとか、そんな彼を追っかけて殴り込んだ事務所でアイドルデビューしたりだとか―――そのドサクサに紛れて自分までうっかりアイドルになってしまったりだとか………まあ、本当に人生どう転ぶか分かったものではない。

 

 平々凡々に生きてきた女子高生としてはそんなシンデレラストーリーにときめかない訳でもないけれども

 

 その親友の意中の相手こと“腹をぶっ刺され入院していた大学生”で“自分の事務所のアシスタント”がしれっとした顔で朝のHRに入ってくるなんて予想外は

 

 流石に心臓に悪すぎるだろ、常考。

 

「はい、というわけで2週間という短い期間ではありますが教育実習生としてみんなの仲間となる“比企谷君”です。では、比企谷君からも挨拶を――「なっんでアンタがココにいるんだよっ!!」――……えっと、神谷さんは比企谷君と何か?」

 

 あまりの急展開に思わず渾身のツッコミをかましてしまい、担任どころかクラス中の視線を集めてしまった私が“ヤバイ”と焦るも後の祭り。このややこしい関係をなんと説明すればいいのか脳みそがパニック状態になっていると聞きなれた気だるげな声がクラスに響いた。

 

「えー、神谷さんには昨日の帰宅途中で落とした財布を拾って貰ったのですがこんなところで会うとは僕も驚いています。ついでに自己紹介もさせて貰いますが……これで“比企谷 八幡”と読みます。“ヒキタニ”ではないので短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 つらつらと猫背気味の背中をスーツで包んだ見慣れたはずの男が、聞きなれない呟くような敬語なのに変に響く声で自己紹介と事情説明をしたことでみんなの好奇の視線はあっという間に“新しい玩具”へと引き戻されていった。

 

「え、ヒッキー先生てばアイドルに財布拾って貰えるとかヤバくない?」

 

「ロマンティック~!! あ、先生彼女いますか~!?」

 

「え、OBだよね! 昔は何部にいたんですか!?」

 

「趣味はなにっ?」

 

「……はい、個人的な質問等はHR後に忘れてください。彼女は画面の奥にいっぱいいます。趣味はゲームと読書ですが一人で浸りたいタイプのオタクなので、語りとかそういうのはご遠慮願います。以上」

 

「「「「「wwww」」」」」」

 

 次々と投げかけられる遠慮も分別も無い揶揄い交じりの質問。だが、あの大所帯の事務所で務めているのは伊達ではないのかサラリと煙に巻いて会話を打ち切ってしまう。

 その手腕と見たことも無い“玩具”の反応にクラスは大いにさざめき、それを制する担任の声でようやく朝のHRは始まりを迎えた。

 

 かくいう私もなんだかよく分からないがキリキリ痛む胃を抱えながらせめてもの反抗に“アイツ”を睨んでやるが……その気だるげな瞳をちらりとも向けないその態度に一層腹がたっただけなのであった。

 

 

 本当に――この男と関わってから私の人生は“予想外”ばっかりである。

 

 

 その心労に私は今日も深くため息をついたのであった、とさ。

 

 

 

---------------------------

 

 

 

「こらっ、ハチ君がいないからって皆だらけすぎよ! まだ彼が教育実習に行ってから1週間経ってないのにそんなんでどうするの!!」

 

「そうはいっても……」

 

「女所帯だけになると……」

 

「な~んか、気が緩むよね~」

 

「みずきちゃ~ん、お水ちょうだーい。頭いたっ…飲み過ぎたわぁ」

 

「右に、同じく」

 

 所と時間はあっという間に過ぎ去ってデレプロの事務所での事。

 

 瑞樹さんが腰に手を当ててだらしない恰好でだらけるメンバー達を叱り飛ばしてみるのだが反応は芳しくない。

 

 彼が“教育実習”で2週間ほど不在になるというのは前もって告知されていたし、それに関しては誰もが仕方のないことだと笑顔で送り出したり、それをダシに彼との会話に花を咲かせていた。

 それに、何よりも彼が事務所や寮に姿を現さなくなった当初はそれぞれが久々の羽を伸ばすチャンスだと思って大いに盛り上がってすらいたのである。

 

 どれだけ仲が良く、気を許し合っているとは言っても男と女。

 

 やはり同じ空間にいればそれなりに気は遣うモノで、普段は話せない事柄や、仕事での愚痴にセクハラまがいの監督たちへの悪口なんかは勿論のこと、普段の服装や化粧、行動ですらワンランク落として過ごせる生活を満喫していた。

 

 世間一般でいう女子高が男子たちの想像と隔絶した世界であると言えばその実態を思い浮かべやすいだろうか?

 そして、そんな生活も早1週間が経とうとしているのだが――まあ、見事に事務所内はだらけ切った雰囲気が充満してしまったという体たらく。

 

 いつもはそれなりに気を遣っている服装はジャージや緩めのモノに統一され、よしんばスカートを履いている娘も見られて困る相手もいないので腿が覗こうが、パンツが見えようが気にもしない。

 

 元々が家庭的で綺麗好きな少女たちも多くいるが、意中の相手のいない事務所にそもそもそんなに顔を出さなかったり、離れ離れになったショックのせいかうわの空でいつものように微に入り細を穿つような掃除等は見られないため微妙なラインで事務所は生活感というか雑然としていた。

 

 

 そして、極めつけは成人組である。

 

 いつもは嫌味や強制送還なんかでストップをかけられていた彼女たちの飲み会は止める人材がいないせいか過激さを増してほぼ連日の二日酔いという有様。……もう、アイドルというよりアル中のおっさんである。

 

「………皆さん、いいご身分ですね」

 

「そんなに暇なら是非とも手伝って貰いたいもんだわ」

 

「私、こんな鬼のような事務処理に追われるためにアイドルに復帰したのかしら…ふふっ」

 

 そして、そんなだらけ切ったメンバーに絶対零度の嫌味と視線を投げかけるのは“バレンタイン反省会”のお姉さま方。

 パーテーション一枚区切った先の事務方スペースでは鬼のような分量の書類が山積みになり、鳴りやまない電話等にアイドル活動片手間で対応し続けている彼女たちの様相はここ数日で本当にやつれて鬼気迫っている。

 

 というか、元事務方の美優さんは勿論のこと、有能秘書だった和久井さんに事務経験もある瞳子さんの三人がつきっきりになって裁いているにも関わらず一向に減らない仕事量の方がヤバい。

 

 これで繫忙期ではないのだというのだからあの男はどれだけ社畜だったというのか……。

 

 そんなこんなで殺伐となり、軋んだ空気に待ったをかけたのは我らがまとめ役“瑞樹”さんである。

 今までは大目に見てきたこのダラケもこれ以上の放置はまずいと感じたのか寝転んで動かない面子を引っ張り上げ、二日酔いの飲んべい達にサプリを投与して立ち直りを図るがやはり多勢に無勢。彼女は増援を増やすために声を上げた。

 

「まったくもう! ほら、美波ちゃんからも皆にビシッと言ってあげて!!」

 

「……ほえ、あっ、――いや、コレは違うくてですね……」

 

 唐突に名前を呼ばれたデレプロ2期リーダーにしてみんなの頼れるお姉さん“新田 美波”。

 

 アシスタントのハチさんが出ていく時には『こっちはしっかり見てますから、真面目に頑張ってきてくださいね?』なんて微笑みながらその背を叩いた頼りがいのある美少女はいま――――くたびれた高校ジャージに身を包み、人を駄目にするソファーにどっぷりと腰を沈めてポテチをつまんでいるあまりにも見るに堪えない自堕落ぷりを今更バツが悪そうに恥じらう。

 

 この姿のどこにあの時の言葉があったのだろうか、本気で問い詰めたい。

 

「ふふっ、ミナーミ。ぷにぷにしてきて可愛いデース」

 

「ち、ちがうのっ! アーニャちゃん、コレは違うから!!」

 

 その堕落ソファーの脇に飼い猫よろしく侍っていたアーニャちゃんから脇をつままれ顔を真っ赤にする彼女に流石の瑞樹さんも呆れて別の切り口へとシフトチェンジした。

 

「み、美優ちゃん、るみちゃんっ、瞳子ちゃん! 私にできることがあったら何でも手伝うから行ってね?」

 

「いえ、中途半端に手を出される方が大変なので……」

 

「じゃあタイムスケジュールについて何だけど――ごめん、電話だわ。……分かったわ、代わりに私が送迎に行くから拓海たちにも応援を要請しておいて。瑞樹ちゃん、この話はあとよっ!!」

 

「領収書は全て揃えて出してください。 なくすな、くしゃるな、すてるな、後出しするな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ついにはシュンとして肩を落としてしまった瑞樹さんに流石に居心地が悪くなってきたのかだらけていたメンバーものそのそと自分たちが散らかした分くらいはと片付けを開始し始めた―――が、部屋には相も変わらずだらけた空気と殺伐さが色濃く残っていた。

 

 そんな空気の中、私はめっちゃ気まずい気分で押し潰されそうナウ。

 

 えっ、なにこれ。あの人いないだけでこんな空気悪くなんの??

 

 えっ、なにこれ―――こっわ(恐)。

 

 こんな空気の中で今更『あぁ、アイツならウチの学校で元気にやってるよ!』なんて言い出せるほどに私は命知らずでもないし、強メンタルでもないのでこうして冷や汗をかきながら俯く他にないのであった。

 というか、最初の最初にそのことを言おうとしたのだがみんなして『むしろいなくて済々するわね、がははっ』とか和気あいあいと笑い合ってたじゃん!! そんな空気なら“まあいっか”とかなるじゃん!! 全然だめだったじゃん!!(泣)

 

「はぁ~、だっる。というか、ハチさんもさぁ連絡くらいしてくれてもいいじゃんかよね~。携帯も“武内さんとかちひろさんの緊急の奴しか出ない”とか言って本当に出てくれないし……私の乙女心が痛んでるのは超緊急案件な訳じゃん?」

 

「は、はははっ、まあハチさんも将来がかかってる大切な研修だからな! こういう時こそでんと構えとくのいい女だとわたしぁ思うなぁ~っ!」

 

「……そうかなぁ。そういうもんかなぁ??」

 

「そうそうそうっ! いい女ってのはそういうもんだって、だから元気出せよ!!」

 

「ぷっ、ふふっ、なんで奈緒がそんなに慌ててんのよ。……うん、でもちょっと元気出たかも。奈緒にはいっつも元気貰ってばっかだね。さすが―――親友」

 

「――――っう」

 

 ふわりと花開くような柔らかな笑顔で目元の涙をぬぐってそう呟く加蓮に胸が締め付けられる。

 

 すまん、親友。いま絶賛お前がぶち切れ確定の秘密を抱えてる私をどうか許せ親友。

 

「よっし。ほーら、凛もいつまでも虚無ってないで……って、何そのシャツ?」

 

「……比企谷の、シャツ。最後の、一枚」

 

「「いや、何やってんの???」」

 

 そんな様々なすったもんだが起きているデレプロは、微かな軋みを含んだままでもとりあえずはその時計の針を再び進ませていったのである。

 

 たった一つの空席が齎すその虚ろさが、ジワリジワリと染みるように全員の心に穴をあけているのを感じる嫌な感触を―――誰もが感じていたのであった。

 

 

―――――――――――――

 

 

「ね、ね、ヒッキーの携帯番号教えてよ! 相談したいことがあってさ~」

 

「あ、あの先生。授業で分かんないことがあって……」

 

「な~、ヒッキー。早く部活いこうぜ!」

 

「進路ってどうやって決めました??」

 

「せんせいっ、このゲームまじでオススメ! 一緒にやろうぜ!!」

 

「それは禁則事項です。あと進路相談は支援課の榴ヶ岡先生に聞け。質問は後で職員室に来てくれ。今日は教材研究の日だから俺は不参加、そして、進路は数学が壊滅的だったから文系一本で決めた。……二子玉川君はゲームより宿題やれ。お前マジで留年ギリギリじゃねーかよ」

 

 そんなこっちの憂鬱と苦労も知らずに、今日も和気藹々と生徒に囲まれているハチさんを見ていると理不尽にも怒りたくもなる。

 というか、この人。自分ではボッチとか嫌われ者とかいう割にはボッチ要素ゼロなんだが? ボッチ舐めてんのか、お??

 

「なになに奈緒ちゃん、先生をみんなに取られて嫉妬かーい?」

 

「いや、マジでそういうじゃないから。……というか、凄い人気だなホント」

 

「あー、でも分かる気がするー。なんか普通の先生とかみたいに上から目線でもないし、普通の教育実習の先生みたいに無駄に熱血でもいい子ぶっても無いから“先生”っていうよりは“ダメなお兄ちゃん”って感じ? 話もヘンテコで面白いし、なんだかんだ根気強くわかんないとこ教えてくれるし――邪険にするくせに馬鹿にはしないんだよね」

 

「………まさか」

 

「いひひっ、年上彼氏っていいよねぇ?」

 

「わぁ~っ! やめろっ、友達のそういう生々しいの私は聞きたくないぞ!?」

 

 にんまりと厭らし気に笑う友人から慄いて距離をとればカラカラと笑うその姿から揶揄われていたのだと察して自然と頬が膨らむ。

 

「あははは、奈緒のそういうとこ久々に見れたなぁ! ふふっ、でも割かしチャンスがあれば結構本気だよ~。この会話も牽制だったりするのだ」

 

「女子、こわっ」

 

 そんな漫才を挟みながら笑い合いつつ、事務所で彼に思いを寄せている面子を思い浮かべ背筋がブルリとする。1週間ちょっといなかっただけであそこまで荒れた事務所の乙女たちと、その彼を明確に狙っている層々たる面子を知ってもなお狙うのはまさに命知らずという他ない所業なのだと私は知っている。

 

 それに―――あの男が、そう簡単に靡くとも思えなかった。

 

 確かに、第一印象とは違い面倒見もよく付き合いもいいというのは知っていはいるが、あの昏い瞳が自分たちを見つめる時に浮かべる感情が……あまりにも遠い。

 どんな熱量をもって接してくる女の子にも遠くの太陽を見るように眩そうに眼を眇めるあの瞬間が、どうしても自分があの人を信じきれない最大の要因でもある。

 

 私は、あの猜疑に満ちた瞳を向けられる度に息が詰まる。

 

 こわい、と思う。

 

 隣にいるはずなのに、そう思っているのに―――薄い書割のように手を伸ばせば簡単に破けて消えてしまいそうなその気味の悪さがいつまでも拭えないのだ。

 

 だから、神谷 奈緒はこの人を未だに測りかねている。

 

 

 

---------------------------

 

 

 

「………たった数年でも懐かしく感じるもんだな」

 

 すったもんだにてんやわんやの教育実習が始まって、気が付けば残り2日。

 

 朝の朝礼から始まり授業参観に、指導講話、学級活動に教材研究、研究授業とその他もろもろを必死に乗り越えたかと思えば合評会でご指導・ご鞭撻を頂くというミチミチのスケジュールもようやく終わりが見えてきた中で清掃監督という名目で唯一自由に構内を動き回れる時間で気まぐれに立ち寄った空き教室。

 

 そこはかつて自分が強制的に入部させられた部室で、何のかんのと多くの日々を重ねて次の世代に渡した昔日の残滓。

 

 古びた教室の匂いと吹き込む風に揺れるカーテン。

 

文庫のページをめくる規則的な音と紅茶の香り。

 

 差し込む夕日に眩く微笑む二人と始まった俺の間違いだらけの青春の始まりの場。

 

 あの時の選択も、その後の選択も回答欄は何度も書いては消しての繰り返しで小汚い四角の枠はいまだに空白のまま。

 

 正しかったのか、間違っていたのか 

 

 純粋だったのか、不純だったのか

 

 わかりゃしないし、そもそもが分かろうと調べる気も無いのだ。

 

 過ぎ去った日々は戻らないし、白紙のまま過ごした自分の人生をいまさら悔やむ気もない。

 

 だから、今はもう誰も座らなくなったこの教室でただその日々を撫でる。

 

 自分の手から滑り落ちていった真実の果実が記憶の海の底で緩やかにたゆとうのをただただ眺め、それは本当はどんな味だったのかを懐かしくあいつらと語るくらいで丁度いい。

 

 青春なんて言うのは、きっとそれくらいでちょうどいい。

 

 そんな事を考え浸る自分に苦笑を零していると、教室の入り口に誰かが佇んでいるのに気が付いた。

 

「……なんだ、神谷か」

 

「………う、おう。ハチさんこそ、こんなとこで何してんだよ?」

 

「母校を懐かしんでたんだよ」

 

「くくっ、なんかそういうのあんま似合わないな」

 

「自覚してっからほっとけ」

 

 のんびりと瞼を開けてそちらを確認すれば、なんとなく気まずそうに教室に入ってくる神谷に軽口を叩けばようやく気持ちもほぐれたのか肩を揺らして彼女は笑った。

 

 千葉から通っているとは聞いていたものの、まさか総武にコイツがいるとは思っていなかったので朝から度肝を抜かれたし、大声でツッコんできたコイツの天性のツッコみ力にも呆れ果てのを今でも覚えている。

 とはいえ、上手く誤魔化してからもボロを出さないように意図的に避けていたので実質的にコレがここでのファーストコンタクトである。

 

 意外、というか普通に優等生だし、成績も問題なし。

 

 教員としては実に“いい生徒”であり、身内としては“面白ネタ”のあさりがいの無い奴である。なんなら出会い頭にドロップキックをかましてきたルミルミの方に手を焼いたくらいである。

 

 ルミルミはもう少し見習ってもろて。

 

「――――ハチさんって、どんな学生だったんだ?」

 

「…当時の恩師に鉄拳を何度も食らう位には捻くれてたのは確かだな」

 

 “分かる気がする”なんて言って笑う彼女になんとなくサウダージな気分だったせいもあり、ポツリポツリと昔の事を零してしまった。

 

 リア充爆発しろを形にした学園生活の感想文やら、どいつもこいつも面倒臭い知人たちとの出来事、失敗や手痛い後悔。生意気な後輩の事や、可愛い妹の事―――二人の大切な“友人”の事。

 

 何てことない、かけがえのないあの日々を。

 

 そんな日々を彼女は感情豊かに笑ったり、呆れたり、怒ったりしつつも言葉少なくも真剣に耳を傾け、何度も“もっとないか”と話をねだる。だが、時間は有限だ。

 

 そして、過去を懐かしみ縋るのは―――心が弱っている証拠だ。

 

 何事も程々に楽しんで、人は前を向き直らねばならない。

 

「さ、昔話は終わりだ。そろそろ戻んないと怒られちまう」

 

「……わたし、さ。ハチさんって現実感が薄くて、正直言えば気味が悪いと思ってたんだ」

 

 そう話を切り上げようと腰を浮かしかけた俺に神谷 奈緒は一瞬だけ息を呑んでそう呟いた。その顔があんまりにもバツが悪そうで、罪悪感に満ちたものなので言われたこっちの方が思わず苦笑してしまう。

 

「でも、そんな訳ない。誰にだって過去は有って、当たり前に一生懸命生きてきたに決まってる。何より――あんな優しい顔で友達の事を語れる人が、薄っぺらなわけがないよな!!」

 

 そんな自身の罪悪感を振り切って、太陽のように笑う少女。

 

 あの事務所の誰もがこんな笑顔をくったなく向けてくるから、失敗ばかりの人生を送ってきた俺にはどうにも眩すぎて目を眇めてしまう。

 

だけれども、だ。

 

 その眩い笑顔は俺には一生浮かべることなんかできやしないけれども、

 

 踏みしだいてきた道には恥しか散らばってやしないけれど、

 

 割かしこんな自分が俺は気に入っているのだ。

 

 だから、胸を張って、いつもの小鬼らしく厭らしい笑みを浮かべてこう答えてやるのさ。

 

 

「“青春”ってのは、お前らだけにあった訳じゃないんだぜ?」

 

 

 精一杯のカッコつけは、少女の無垢な大爆笑に包まれて静かに夕闇に呑まれてゆく。

 

 

 どうか、彼女たちも傷だらけで走り抜けたその青春の果てで――いつか今日という日を思い出して笑ってくれればいいな、と俺は静かに祈ったのであった。

 

 

 

 

=後日談=

 

 

 

美優「比企谷さんっ! もう、もうっ、絶対にいなくならないでください!!(泣」

 

和久井「これが入社の契約書よ。大丈夫、私がしっかりサポートするから(ニッコリ」

 

瞳子「―――私、もう、アイドルに戻っていいんです、か?(ハイライトオフ」

 

 久々に事務所に来たらいつも手伝ってくれるアイドル達が血走った目でボロボロになって迎えてくれていた。俺の脳内でボブは『戻ってきたのは失敗だったのでは?』と訝しんでチッヒにすぐ消されていた。なむさん。

 

マストレ「キビキビ動けっ! この豚共がっ!!!」

 

多数「「「「ひぃっ」」」」

 

 窓から見える中庭では軍服に身を包んだアイドル達がなんかブートキャンプトレーニングでマストレさんにしごかれている……なんで?

 ちなみに、その中の成人勢の大部分が首から“禁酒中”という立札をぶら下げているが―――こっちはもう見慣れているのでいつもの事だろう。

 

 そんな相も変わらないこの事務所に呆れていると続々と入り口からブートキャンプを免除されたアイドル達がやってきてこっちに群がってくる。

 

まゆ「ハチさん、まゆと~っても寂しかったです!!」

 

周子「お、おかえりーん」

 

文香「ふふっ、無事に単位は、取得できて一安心ですね」

 

なすび「ひっきがっやさーん! 教育実習の成果を私にも“夜の個人授業”で見せてください!! 何なら、私が教師役でもいいです――あべしっ」

 

加蓮「ちょっと~、ホントに一切連絡でないとかさ~。この埋め合わせはポテト10個じゃたりないよー?」

 

島村「島村卯月、がんばりましたっ!!(ダブルピース」

 

川島「お、お帰り……ふふっ、おねーさん、子育ての大変さを痛感する2週間だったわ…(がくっ」

 

木村「おつかれさん。こっちはそれなりにハードな2週間だったぜ~(笑)」

 

 それなりに忙しい売れっ子たちだろうにわざわざアルバイトの顔を身に事務所に寄った連中も多いらしく、囲まれ好き好きに話しかけてくるけれども――たかが2週間で大袈裟な。

 

 そんな過剰な出迎えに苦笑しつつも、これじゃ実習中と大した変わりがないなと呆れてしまう。

 

 みんな、目新しい玩具が大好きなで構わずにいられない。

 

 人間性とか、カリスマ性に惹かれてる訳じゃないのが悲しい所である。

 

というか――――

 

木場「まぁまぁ、積もる話は今日の肴にとって置くとしようじゃないか」

 

 そもそも――

 

ハチ公「いや、大体の所は神谷に聞いてるでしょうにわざわざ話すことでも……」

 

全員「「「「え?」」」」

 

奈緒「――――(白目」

 

 

 その後、簀巻きにされてどこかに連れ去られていた神谷がどうなったのか……俺には分からなかったのであった、とさ。

 

 

ちゃんちゃん♪

 

 

 




(・ω・)もっと色々読みたい人はこっちへ→https://www.pixiv.net/users/3364757

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