雪のチラつく都内の公園。白い息をくゆらせながら肩を寄せ合う男女。
無言のまま、それでも気まずくなることは無く、お互いの温もりを分け合う二人。そんな満たされた時間の中で先に動いたのは―――女であった。
都内、眠ることの無い街並みの明かりを背にその豊かなブロンドを靡かせて振り返った女はいつものおちゃらけた雰囲気はついぞ見せぬまま、少しだけ照れくさそうにはにかんでバックからとある小包を取り出して微笑んだ。
「こんな日くらい、私だってマジになるんだぞ?☆彡」
いつもと違う雰囲気に戸惑いながらそれを受け取った男は促されて開けた中身に息を呑んで、無言のまま女を抱きしめた。
世界に音は無く、闇の帳に浮かぶのは永遠の愛を誓うかのように抱き合う男女のみ。
男が力の限り抱きしめるのに苦笑しつつも、女は空を見上げて小さくウインクを一つ零し―――
『特別な日に、特別なチョコを。“COUER”新発売』
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「はい、かーーっと!! 完璧だよっ、しゅがはちゃーーん!!」
そんなナレーションと共にけたたましく公園に響く声。
それを合図に幻想的だった公園は一気に照らし出され、現れるのは大量のスタッフと機材。一瞬前までは自分たちの息が画面に映り込んだりしない様に息すら潜めていたスタッフ達は一斉に立ち上がり各種諸々の確認や作業に騒がしく活気づいていく。
さっきまでの神秘的な公園は何処へやら、いっきにお祭り騒ぎになった撮影現場に苦笑を漏らしていると、目の前のさっきまで自分を抱きしめていた俳優の色男が少しだけ興奮気味に声を掛けてきた。
「佐藤さん。俺、一瞬だけホントに見惚れちゃいそうだったよ!」
「一瞬だけじゃなくてずっと見惚れてろよ、こらっ☆彡」
「だはははっ、やめとけやめとけ。下手に手なんか出すとしゅがはちゃんはともかく346のおっかなーいプロデューサーが飛んできて指詰められちまうぞー?」
「ひえっ、おっかねぇなぁ」
そんな気安いやり取りに忙しなかった現場に笑いが零れ、しばしチェック待ちの間に雑談を重ねる。
「まあー、しかし。改めて見るとこのいつもとのギャップが凄まじいよなぁ。いっそのこと、この路線で責めればシンデレラだって夢じゃないんじゃないか?」
軽口もソコソコに、監督がしげしげと私“佐藤 心”を眺めまわした後にそう呟く。もう何度目かも分からないその言葉に返す返答も手慣れたものだ。
「おいおいおい~、私のいつもの恰好に文句があるならひざ詰めで朝まで聞いてやんぞーう☆彡 というか、こういうのはチラ見せだから効果があるんっだっつーの」
“いつもの”という私のユニフォームは髪を二つに分けたツインテールに原色とフリルをふんだんにあしらったお手製衣装。ついでにパタパタ可愛い天使の羽根つきである。だが、今の私は―――なんということでしょう。
年甲斐もなく分けられていた髪はアイロンによって緩く巻かれ、その隠れたわがままボディを包むのはこじゃれたセーターに軽やかなフレアスカート。その上に華美ではないが品のあるコートを纏い、ボルドーのマフラーを巻いた姿はまさに『カワイイ出来る女』を体現したファッション。
お茶の間でお馴染みのちょい痛々しい年甲斐の無い、バラエティー番組でも体当たり取材でもなんでもござれな“佐藤 心”がこんなにも新しく生まれ変わったのです!
そして、ついでに言えば……
「大体、この格好じゃいつものバラエティー番組であの視聴率はとれねぇからなっ☆彡」
「「た、逞しいっ、しゅがは姐さん!!」」
おどけて平伏する男どもにカラカラ笑いながら答えつつ、他のスタッフ達にも声を掛けて回るが概ね出来は好調のようで問題が起こる気配はない。一発撮りで帰宅できる高揚感に少しだけニマニマしながら、スタッフの女の子が零した一言にぎくりと息を呑んだ。
「んーっ、やっぱりめっちゃ美人ですよね~心さん! これなら来月のバレンタインは本命だってイチコロ間違い無しですって!!」
「……おいおーい、一応はアイドルなんだってこと覚えてますかー? というか、私にそんな噂があったことないだろーがよっ☆彡」
「えー、ホントにいないんですかぁ? ほら、デレプロのプロデューサーさんとか、共演している俳優さんとか実際は心さんに迫られてNOって言えないでしょっ!」
無邪気にそう語る彼女。そんな彼女が零す内容がよもやま話の類であった事に隠しながらため息を一つ零し、口の中でごちる。
そう簡単に堕とせる男ならば苦労はしていないのだ。
そんな独白に浮かぶのは、自分の人生を変えてしまったあの気だるげな男の姿。
フリーランスの売れないデザイナーであり、望み薄だと分かっていても想いを断ち切れず惰性で続けていた地下アイドル生活。そんな全てをひっくり返した恩人であり、友人であり、仲間であり―――密かに自分が想いを寄せるあのひねくれもの。
そんな彼が今日のようなシチュエーションだったら、どうなるかしばし考え首を緩く振った。
やっぱり、そう簡単に堕とせたら苦労はないのである。
皮肉気な微笑みを浮かべるあの男を思い浮かべ、こっちだって笑うしかない。
「いくら命知らずな私だって、世紀末歌姫を敵に回してまで特攻決める勇気はないんだぞっと?☆彡」
「え、うっそ、やっぱり噂ってマジなんだ!! うきゃーーっ!! めっちゃ滾る奴じゃないですかーーー!!」
分かりやすくチラつかせた大御所の色恋の匂いに大興奮で誘導されてくれる彼女に適当に相槌を打ちながらいなして、話題がそれた事にほっと胸を撫でおろす。そして、いそいそと撤収準備に入った彼らに紛れてロケバスに乗り込んだ。
ポケットから取り出した渾身のデコリを入れた携帯に今日の首尾をポチポチ。しばし間が開いて返ってくる返信はやっぱり素っ気ないモノ。それが妙にらしさを感じて私は小さく苦笑を噛み殺す。
『一発OK! 出来栄えみて惚れんなよ~?☆彡』
『了解。直帰で桶』
過労のせいか、それとも寝不足か。微妙にごじったソレにクスリと笑いを零しながら返信をしたためる。
甘く、優しいもう一つの聖夜ってのも悪くはないけれども。
私たちの関係には塩辛い焼き鳥を並んで頬張り、馬鹿話を交わすくらいで今は丁度いい。
でも―――今年はちょっと本気で誘惑してみるか、なんて思ったり思わなかったり?
そんな思惑を心の奥底で弄び楽しみながら私はもう一度指を躍らせる。
『今から事務所戻るから、呑みに行くぞ ハチ公!!☆彡』
このメールを見て顔をしかめる彼を思い浮かんで、私はもう一回笑いを噛み殺しつつ俯いた。
今の顔は―――CM用に撮った微笑よりもずっと蕩けてしまっているだろうから。
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= 蛇足① バレンタイン反省会 パート①=
「……という訳で今年はちょっと攻めたチョコでアピールしてみようかと思っている訳なんです」
「“今年は”?」
「私の記憶が正しければ去年も相当に攻めてたと思うのだけれども……」
毎年恒例となりつつある恋の聖夜前の会合。誰が呼んだか“バレンタイン反省会”なんても揶揄されるこの集まりは幹事である彼女“三船 美優”が、目が痛くなるほど細かく書き込まれたフリップボードの長々とした説明をもって今年も開催を迎えたのである。
そんな説明を半ば聞き流しながら呆れた声を上げて蒸し返すのは私“和久井 留美”と“服部 瞳子”。
彼女の部屋で秘めやかに行われるこの会合は基本お泊り形式なのでパジャマに缶チューハイ片手というラフさも相まって完全に空気はプライベートなモノ。ゆえに声と言葉にはいつもの遠慮は無く、友人としてつっけどんなものになっていく。
「だいたい、他の人とは明らかに違う包装に気合の入りまくった手作りチョコの時点で普通に本命確定演出なのよ……むしろ、あれを渡した次の日に平常運転だった貴方達に引いたわ、正直」
「い、いや、だって他の子も気合を入れて作って来ますから見劣りしない様にと……」
「もうあの中で目を引く方法といえば茄子ちゃんみたいに等身大チョコを作るくらいのモノよね、実際……」
瞳子が若干呆れた声で責めるのに項垂れる美優ちゃん。
だが、彼女の想い人たるアシスタントのバイト君を狙っている娘は実際問題かなり多い上に、基本的にガチ勢なので世間でいえば受け取った時点でもう告白成功といってもいいようなチョコは目立つことなく“イベント”として処理されてしまう。
だが、それに負けじと彼女の作るチョコも一般的に“重すぎる”といってもいい域に達しているのは少々見ていて危うい感じである。
「でも、だからといってケーキの中に指輪を入れるのはどうかと思うの……」
「もう普通に恐怖の対象よね……あの“まゆ”ちゃんですら衛生管理は徹底しているというのにコレはもう完全に一線を越えているわよ、美優ちゃん」
「う、うぅぅぅぅぅっ、昔は期待され過ぎてセクハラに苦しんでたのになんで今は逆に相手にされない事に苦しまなきゃいけないんですかぁ……」
みっちりと書き込まれた内容をあっさり却下された彼女は今度こそふてくされるように項垂れて、闇の深い事を呟きながら炬燵の中に引きこもってしまった。
これは―――かなり追い込まれているわねぇ。
普段はおっとりしながらもしっかり者の彼女の情けない姿に不謹慎ながら少しだけ笑ってしまいつつ同情もする。
私たちの所属するデレプロはアイドルの事務所としては珍しい事に20代半ばから後半のメンバーを多く雇っているため肩身も狭くならずこうして集まれるのだが、この時期になると話は少し変わってくる。
正月やクリスマス、七夕など各種イベントは仕事柄イベントで抜け駆けすることはほとんどないし、大体が寮なんかで宴会を開くのである意味は公平に機会が齎されていると言ってもいいのだが―――バレンタインだけはもう完全に個人へのイベントなので“彼”や“プロデューサー”を本気で狙っている娘たちの間にはそれぞれが戦に向けて散っていく。
そうして個人であったり、連盟であったり、ガチ勢ではない面子の助言などを得ながら来るべき日に備えるのだ。
そして、この反省会はそんな数多ある寄合の一つ、という訳だ。
だが、問題は友人が犯罪行為に走らない様に引き留めるか、“ヤバイ女”にならない様に助言してやるしかできないのが実情である。
仕事に関してはいくらでも代案やスケジュール調整、プレゼンをすることが出来るのだが色恋ばっかりはこの可愛らしい友人の健闘を見守って背を押してやるしかできない。
そんな行き詰った空気を切り替えるために私は高みの見物を決め込んでいるもう一人の参戦者に水を向けることにする。
「瞳子、貴方こそプロデューサー用に作戦を立てた方がいいんじゃない? あっちはハチ君とこみたいにほのぼのした取り合いじゃなく……なんていうか、その、――ガチ修羅場になるわけだし」
「んぇっ、折角脳内の嫌な所をトリミングして幸せなバレンタインを思い浮かべてたのに嫌な事言わないでよ………まあ、こっちはホラ、“私の人生に責任を持つ”っていう言質を取ってるわけだし最後に勝てばいいのよ」
――――こっちの思考回路も大概であった。
私の白い目を逃れるように彼女もまた炬燵の中へと退避して、同じく丸まっている美優ちゃんと妄想の世界へ逃げ込んでしまう。
「えへへへへ、比企谷君の指のサイズ実はコッソリ測っちゃいましてぇ」
「えー、なにそのテクニック。私にも後で教えてね? 私は実はコッソリ武内プロデューサーのセーター編んでるんだけど彼の身体って大きいから大変で」
「……………駄目だコイツら、遅すぎたんだわ」
恋の聖夜まであと一月。
乙女たちの会議はまだまだ続く。
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=蛇足② “アメリカン・スタイル”=
木場「…………ハチ、今日はバレンタインデーの筈だろう?」
ハチ「え、あぁ、はい。そっすね」
木場「“そうっすね”じゃないだろう、まったく。―――ほれ、早くしたまえ」
ハチ「なにがっすか????」
木場「(*‘∀‘)なにって……バレンタインデーなんだから男性から親しい女性にハグとキスとプレゼントとディナーに誘うのは当たり前だろう。あんまりレディを焦らすものではないぞ?(ワクワク」
ハチ「……………え??」
木場「……………え???」
「「―――――え?――――――」」