デレマス短話集   作:緑茶P

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お久振りです。

なんでも許せる方はお進みください



第68話「隠れお嬢様!?日野重工の御令嬢!!」

プロフという名のあらすじ

 

 

 比企谷 八幡  男   (20)

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 

 

 

 日野 茜   女   (17)

 

 壁があれば突き破り、崖があれば躊躇なく跳躍し、果ての無い道のりも全力疾走でお馴染みの超熱血少女。その際限ないパッションと体育会系の情熱はあらゆる問題と弱気を吹き飛ばすことで多くのファンの支持を得ている。

 

 カレーが主食。

 

 ただ、その情熱と裏腹に彼女にも誰にも見せない想いと悩みもあるようで―――?

 

 

 

第68話「隠れお嬢様!?日野重工の御令嬢!!」

 

 夏のうだるような暑さもなりを潜め、日陰より日向を求めて歩くようになった秋の始まり。気の早い木々が一足先に紅葉へと乗り出し、そんな景色と穏やかに差し込む陽気に昼寝でも決め込みたくなる気持ちを抑えて目の前の書類を捌いてゆく。

 

 大規模なライブも仕事も珍しく立て込んでいないせいか、それだって必死になるほどの量でもなく、事務所に理由もなくたむろしている暇人なメンバーたちも和やかにお茶会など開いてご機嫌だ。――――そんな中、一通の電話が鳴る。

 

 珍しい事でもないのだが、なんとなく目を曳かれ視線を向ければここのボスである武内さんが落ち着いた声音で対応をしている。焦った風もないので問題が起きたわけでもあるまいと自分の仕事に意識を戻して数分。

 

 電話を切った武内さんがこちらへと近づいてくる。

 

 これが急な残業依頼にならない事を祈って俺も武内さんへと視線を向ける。事務所にいたアイドル達も何事かとパーテーションの向こうから顔をのぞかせている様子に彼は首元を抑えつつ用件を伝えてくる。

 

「比企谷君、”実は御令嬢アイドル!私生活に密着”という番組からオファーが来ているのですが…」

 

 随分とためを作られたので警戒してしまったが、ありきたりの内容に肩透かしを食らう。

 

 まあ、言っちゃなんだが、ありがちな番組ではある。

 

 それに、そういうものに出る人間ってのも決まっているので安定しているってのも大きな要因だ。

 

八「ああ、良いんじゃないすか?紗枝とかですかね?」

 

 若くして小早川コーポレーション東京支部の代理人を務め、実際のデザイン・計理・渉外を自分で行っている上にアイドルまでこなしている彼女にそういう依頼は結構多く、彼女だって“宣伝費が浮いてえらいたすかりますわぁ”などと言っているので手慣れたものだろう。

 

 そう考え、紗枝のスケジュールを端末から引き出す手は思わず武内さんから零れた言葉で止まってしまった。

 

「いえ、今回は日野 茜さんへの出演依頼ですね」

 

「「「「「「「は?」」」」」」」

 

 自分だけでなく、覗いていたメンバー全員から零れたその疑問。

 

「………すみません、誰が“お嬢様”、って言いました?」

 

「?―――ですから、「お疲れ様です!!…て、皆さんどうかされました?」

 

 事務所全体の代表として訪ねた確認に首を傾げた武内さんが開いた口を遮るように全力で開かれた扉と耳をつんざくその声量。

 

 今日も今日とて眩いほどのやる気と元気に満ち溢れたその少女。

 

 “日野 茜”は向けられた視線に愛らしく首を傾げ、武内さんは遮られていた疑問をそのままなんでもない事のように紡いでいく。

 

「日野さんは世界トップシェアを誇る“日野重工”のご令嬢ですよ?」

 

 

 

 

 

「「「「「「「………マジっすか」」」」」」

 

 

「確かにお父様は社長ですけど…どうしたんですか?」

 

 

あまりの予想外な人物の隠された出自に誰もが絶句する中、茜だけが小さく首を傾げる彼女の肯定があまりに無邪気に事務所内に響いた。

 

 

 

「で、まあ、ご家族からの出演依頼の許可も頂いたのですが――――その付き添いを比企谷さんにして頂きたいのです」

 

「………いや、専門のスタッフがいるんだから俺が行く必要はないでしょう?」

 

 あの後、すぐに実家に電話してその旨を了承した茜はメンバーから様々な質問攻めを受けているのを横目に武内さんがそんな事を言ってくるが、もちろん拒否だ。

 

 前に765の四条が出てるのを見た事があるが、雅な生活に朝飯から夕方まで密着するという単純な内容だったはずだ。奇をてらうこともなくありのままを映すという事なので自分が同行する必要もないし、無駄な仕事を増やす必要だってない。――何より、

 

「番組の内容を考えるならばそうなのでしょうけど……日野さんですので、慣れないスタッフでは見失ってしまう可能性が高いです」

 

「……………」

 

 否定が、できない。

 

 というか、この人、最初からソレを見越して俺の所にこの話を持ってきたのだろう。

 

 冗談や比喩でなく首輪や縄を繋いでいないと何処にすっ飛んでいくかもわからないあの熱血少女。いつもの姿が仮面でその私生活がお淑やかであることを期待するにはあまりにアイツは元気すぎる。

 

「……おい、日野。お前、朝は何時起きだ?」

 

「朝四時からランニングしてます!!」

 

「――――。撮影スタッフに原付と車の手配お願いします。あと、朝3時起きは覚悟してもらってください。あと、学校の中とかとか諸々の許可は武内さんの方で段取りお願いします」

 

「………すみませんが、よろしくお願いします」

 

 案の定な返答に深く息を吐いて、最低限の要求を述べれば武内さんは負い目のせいか苦笑と共にソレを了承いてくれる。本来なら“お前がやれ!!“と強気に責めたいところであるがこの人のスケジュールが分単位で埋まってることを誰よりも知っている上に、それをさらに切り詰めている事を知っている以上はあまり邪険にもしづらい。

 

 俺だけが仕事を押し付けられているのならば文句とボイコットも辞さないが、あいにくこの部署ではスケジュールに都合がつくのが自分くらいとなってしまっているくらいに事務方は多忙だ。

 

 そんな状況なせいかたびたびこういう事を断りにくい状況になっている。

 

 そんな社畜道を順調に歩んでいる自分に深くため息をついて、仕事に戻る。そのついでに快活に笑顔を浮かべメンバーと会話をする茜を伺う。

 

 

カレーとお茶が好きで、ラグビーを愛していて、うるさくて、元気で、意外に小柄。

 

 

思い返してみれば、自分は彼女の事をそれくらいしか知らない。

 

逆を言えば、彼女が差し出した情報以外――――誰も意識することがなかった。

 

その事実に、今更ながら――――俺は気が付いた。

 

 

 

 

 

「おはようございます!!今日もいい天気ですね!!!」

 

 朝焼けも顔を覗かせるのをぐずるほど冷え込み始めた早朝の栃木に鼓膜を突き破らんばかりの声が響き渡る。

 

もうこれだけで近隣住民からのクレーム来ちゃうんじゃないのん?ってくらい元気いっぱいの挨拶に寝ぼけ眼の撮影スタッフも苦笑を浮かべるしかない。それでもプロ根性なのか茜に質問をする彼らに彼女は頓着した様子もなく答える。

 

「むむ、“なぜ早朝に走るのか?”ですか!?体の中のエネルギーが爆発しそうだからです!!さあ、皆さんもレッツトラ―――――――イっ!!」

 

 質問の答えかも分からぬそんな雄たけびを残して走り去る彼女に一瞬だけあっけにとられたスタッフもその“らしさ”に取り高を感じたのか彼女の後を追いかけようと軽量機材に切り替えてそのあとを追おうとするのを引き留める。撮影の邪魔をされたと感じたのか眉をしかめた彼らの前に原付を差し出すと怪訝な表情へと切り替わる。

 

「コレ、使ったほうがいいっすよ?」

 

「はは、朝のジョギング程度で大げさだよ。それに、こう見えてもカメラマンは体力勝負だし、彼女用に体力あるスタッフを用意してるからね!!」

 

「……そっすか」

 

 爽やかなその一言共に彼女の後を追いかけ始めるスタッフを引き留めることもなく、俺は小さくため息をついて原付のエンジンをかけ、タバコに火を灯す。冷えた空気と共に紫煙は肺に吸い込まれ、群青にたなびく雲を背景に走る彼らを目で覆う。―――――さて、彼らは何処までもつだろうか?

 

 

 

10キロ―――――スタッフが頑張って走る茜に質問を投げかける。

 

 

15キロ――――質問が無くなり、苦悶の表情が垣間見える。

 

 

20キロ――――他のスタッフは崩れ落ち、カメラマンだけが込み上げた胃液を飲み込みつつ彼女の背を追う。

 

 

25キロ――――ようやく反転した茜が道端に倒れるスタッフに首を傾げて通り過ぎる。

 

 

 

 来た道と同じだけ走った彼女が歓声を上げてゴールする。そんな彼女にハンディカメラを持たせて朝飯のリポートを自分でするように伝えて近くに止めていた車で力尽きたスタッフたちを回収する。――――いや、そんな朝から泣かれても困る。だから最初に聞いたのだ。“そんな装備で大丈夫か?”と。

 

あいつは昔から話の聞かない奴だったよ。

 

 

 どっかの未来とも過去ともとれる妄想遊びをえずくスタッフを横目に煙草ふかしながら一人でしていると、元気いっぱいの声がまた耳に響いた。

 

 念のため持たせていたカメラのデータを確認するとブレや安定感はないものの、賞状やトロフィーが飾られた居間に、朝飯とは思えない程のボリュームが並べられた食卓。母親と思しき女性をたどたどしく解説してはいる様なので使えない事はないだろう。

 

「一生懸命取ってきました!!大丈夫そうでしょうか!!!」

 

「近いし、声でけえよ。……まあ、大丈夫だろ。編集とか詳しく知らんけど」

 

「そうですか!!よかったです!!では、そろそろ学校に行きましょう!!!」

 

「うるせぇ……。ちなみに、―――なにで通学してんだ?」

 

「勿論!!ダッシュです!!!!!」

 

 

 

 その力強い、満面の笑みで語られた宣言にグロッキーだったスタッフさんたちはさきほどまでの強情さなどなかったかのように車に素直に乗り込み、原付のフルスロットルと並走する世にも奇妙な女子高生を撮影するホラーな展開が待っているのだが―――まあ、それは別の話だろう。

 

 

 

 

「お疲れさまでした!!!!!!」

 

「お、つかれ。。。さま、でした」

 

 暮れなずむ夕日。真っ赤に燃える太陽を背に満面の笑みで別れの挨拶を叫ぶ彼女にスタッフは精も根も尽き果てた様子で返し、体を引きずるようにして帰途へとついた。

 

「むむ、なんで皆さんあんなにお疲れなのでしょう?もしかして、いつもより遠慮して運動量を減らしてしまったのにがっかりさせてしまったのでしょうか!!?」

 

「あれで遠慮してんのかよ……」

 

 首を傾げる彼女に戦慄を覚えつつ小さくため息を吐く。

 

 あの後、学校へとついた彼女は変わらずにそのパッションを遺憾なく発揮し続けていた。誰よりも早く校門に駆け込んだ彼女はそのまま校門に居座り全生徒に挨拶をし、体育の授業では男子も蹴散らし活躍し、馬鹿みたいな量の昼食を平らげた。そのほかにも無駄に体力を使った清掃に、部活の助っ人などこいつは止まったら死ぬのかと思う程動き続ける彼女を追いかけまわしたスタッフは見るも無残にあんな様になってしまっていた。―――俺?俺は遠くからその様子を眺めつつ自分の事務仕事をかたづけてた。調整が効くといったってこちとら暇ではないのだ。

 

「いいから行くぞ。悪いけどこの後、普通にレッスンだ」

 

「おお!!そうでした!!燻った情熱を全力で燃やしましょう!!」

 

 まだ動くのかよ…なんてその底なしの体力に呆れつつも夕暮れの中、ズンズンと鼻歌を歌いつつ自分の前を進む彼女。

 

 明るく、陽気で、不屈。

 

 どんなことでも燃え尽きるまでやり切る彼女は私生活を見た限りでも偽りはない。

 

 だが、だからこそ―――違和感があった。

 

 それが思わず口を滑らせた。

 

「………そこまで才能に溢れてるのに、なんで“アイドル”なんだ?」

 

「―――――――――」

 

 

 鼻歌はやみ、それでも彼女は歩みを止めない。

 

 

 それは、今日初めて、彼女が答えることを拒否した質問だ。

 

 

 つまり――――踏み込んではならない領域だったのだ。

 

 

 思えば、彼女の体力測定の結果を見た時から思っていた。トップアスリートとしてだって十分にやっていける記録を持つ彼女がその界隈では噂も聞いたことがない。それでも、彼女が今朝映した映像には数えきれないほどのメダルやトロフィーが並んでいた。家族のモノもあったとしてもその多くは彼女の名が刻まれているのを俺は見た。

 

 だから、純粋に疑問を浮かべたのだ。

 

 “なぜ、競技の方で輝かず―――なれるかも分からないアイドルを選択したのか?”

 

 そんな益体もない世間話程度のつもりだったが、それが地雷だったというなら別に構わない。俺だって別にほじくり返そうとも思わないのだから。

 

 そう思いなおし、歩みを進めた。

 

 

「……多分、才能も能力もあったと思いますよ?」

 

「………」

 

 その歩みは彼女の唐突な一言で引き留められる。

 

 真っ赤に燃える逆光の中、語られる声はあまりに聞きなれない静かなもので―――誰そと尋ねたくなるほどにその背を見据える。

 

「色んな人からも言われました。“世界を狙える”とか“本気で取り組んでくれ”って。

 

 でも、正直なところは有難迷惑でした。

 

 どんなに期待を寄せられても、どんなに熱中しても、私は最後にその火を自分で消さなければならないんですから。

 

 私は、日野家の一人娘です。お母様も、お父様も大好きです。

 

 だから、私の一番は家族だから。

 

 一番じゃないものに自分の一生は捧げられませんでした。

 

 何度そう説明しても、一回だけの約束で全力でやり切っても、誰も納得なんてしてくれませんでした。

 

 逆に怒ったり、詰ったり、泣いたり。―――果ては“自分が両親を説得させる”だなんて言い始める人が出てきて困っていた頃に丁度、スカウトされたんです。

 

 他の煩わしい勧誘に断る理由ができるなら何でもよかったんです。―――それに、年齢を理由にスムーズに辞められるっていうのも魅力的でした」

 

 

 地平に夕日が沈み、宵闇が迫る。

 

 

 沈みゆく太陽がもっとも強く輝くように、その背には濃く暗さをもたらす時刻。

 

 

 振り返り冷たい瞳でうっすらと笑うその表情は、確かに“茜”と呼ぶに相応しい。

 

 

 そんな彼女に俺は――――――。

 

 

「そうかい。どうせならもうちょっと優しいプロダクションを選ぶべきだったな」

 

「―――――怒らないんですね?」

 

 俺の投げやりな言葉に彼女はその大きな目を瞬いて、意外そうに呟く。

 

 そうは言われても、俺だって別に“アイドル”に愛着がある訳でもない。別に好きにしたらいいと思うし、そもそもが今集まってる連中だって寄せ集めのぎりっぎりのキワモンばっかなのだ。理由はどうあれ、成り行きの連中だって多い。

 

 それに、俺だって“お家のため”とまでは言わないが小町とのデートのためなら余裕で大会くらいすっぽかす。というか、好きでもないもの為に放課後と休日を奪われるなんて本当にごめんだ。

 

「お望みなら金八先生並みに説教してやるが?」

 

「むむ、八さんのそれはそれで見てみたいです!!」

 

「ハズイから却下」

 

「自分から言い出したのに……」

 

 そうして呆れたように笑う彼女はいつもより少しだけ控えめで、柔らかく微笑んだ。

 

 

 

「……この話、恥ずかしいですから秘密でお願いしますね。―――それに、口実だったとはいえ今は結構毎日が楽しんです」

 

 

 そういって彼女はまた歩を進める。

 

 

 再び紡がれた鼻歌は茜色に染まった世界で随分と、物悲しく響いてゆく。

 

 

 望む事と、望まぬ事。その選択を自分で選べるということは存外少ない。そして、世界は往々にして才能を持つものが止まることを厳しく糾弾するものだ。

 

 それらを拒むことは世の中では“悪”だとすらされる。

 

 人の基準を、望みを、全て全否定するソレを俺は認められない。

 

 安らかで、慎ましい幸せを“悪”と罵る権利を、誰が奪う資格があるのか。

 

 だから、俺は、日野 茜の打算的な理由を否定しない。

 

 

 だからせめて、“今が楽しい”と呟いた彼女の微かな安息がもう少し続くことを、宵闇に祈った。

 


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