頑張れニッポン!!
天高く馬肥える秋。
そんな言葉がぴったりな季節は随分と人を活発にする。読書、食欲、芸術―――そして、スポーツの秋である。なんなん?素直に前に習ってだらけておけばええやん?と思わないでもない。
なんでも、1964年に開催されたオリンピックが秋にあったのが始まりで“体育の日”もそれにちなんだものだったそうな。それに、気候的にも晴れやすい時期だったからそうなったとか聞くので、じんわりと今度の真夏に開催されるソレが不安にならないでもない。
とかなんとか、久々の休日。寝落ちして閉め忘れたカーテンから差し込む燦燦とした日差しに起こされた頭がぼんやりと考えて起床を拒否せんと頭に布団をかぶり直そうとした時だった。――――噂をすれば影というか、携帯がけたたましく鳴り響く。
嫌な予感と共に携帯を手繰り寄せ、画面を覗いた先にあるのは“日野茜”という休日に最も会いたくない種類の元気炸裂ガールであった。
誤発信という可能性にワンチャン掛けて様子を見てみるが一向に鳴りやまないその音。
……でたくねぇー。
深いため息とともに諦めて着信ボタンをクリックするとともに鼓膜を破らんばかりの大音声が鳴り響く。寝起きに勘弁していただきたい…。
「あ!!おはようございます!!!休日に申し訳ないのですが!!!ご相談がありまして!!!」
「声でけえよ…。頼むからボリューム押さえてくれ。―――で、なに。電話で済ましてくれると非常に助かる」
「いえ、電話ではお伝えしにくいので其方に向かっています!!できれば動きやすい服でいて貰えると助かります!!!」
「………まて、“用件”とか“そもそも俺は休日だ”とか言いたいことは色々あるが―――なんでお前俺んち知ってんの?」
「ちひろさんに聞いたら普通に教えてくれましたよ?」
「Oh、ふあっく…」
何してくれてんのあの守銭奴。個人情報保護しろや。
大企業のがばさを嘆き思わず汚い言葉が口をついた。いかん、こんなんじゃキャプテンなアメリカンに怒られてしまうぜ。そんな現実逃避をしてる間に、呪いのリカちゃん人形のごとく解説付きで我が家に近づく熱血少女。
“私、茜!!今あなたの家の最寄り駅にいるの!!”―――やかましいわ。
燦燦と差し込む陽気、耳元には熱血な少女の大音声に大きくため息をついて覚悟を決める。ああ、畜生。
グッバイ、休日。ハロー、休日出勤。
そんな事を呟いて絶対にあの悪魔に休日出勤で計上させてやることを心に誓い、走り迫る少女を近場の運動公園に誘導する。せめて――――この安息の地だけは誰にも踏み込ません。
――――――――
「改めておはようございます!!休日にすみません!!!」
「…はい、おはようございます」
輝く笑顔とパーソナルカラーで統一されたランニングスタイルの彼女が元気よく挨拶してくるのにおざなりに返答して小さくため息を吐く。ちなみに、俺は出身校ジャージスタイルである。戸塚の誘いでたまにテニスをするのでそれっぽいウエアは地味に持ってたりするのだが、あれは戸塚専用なので今回は降板である。
周りを見渡せば流石に休日の晴天。あっちこっちに爽やかな汗を流す人々が青春を謳歌している。そんな平和な光景に俺の引きこもりポイントがガンガン削られるのを感じて辟易とする。なんとしても早めに解決してマイホームに引き籠らねば……。
「で、結局なんなんだ?電話で聞いた限りじゃ全く要領が分からんかった」
「むむ、そうでしたか!!この前、スポーツ番組に出た時に“小学生へのかけっこ指導”のお話を頂いたじゃないですか!!」
あー、確かそんなもんもあったな。確か、元プロが揃うバラエティー番組のワンコーナーでトレーナーの指導だけだと画が寂しいからってことで“アイドルの運動教室”の話が来ていた。だがそれは、プロの指導法を小学生にそのまま伝えるって事で落ち着いていたはずだ。
「はい!ということで、昨日受けてきたんですが…正直、よくわかりませんでした!!」
「………?いや、走り方は満点貰ったんじゃなかったか?」
「はい。自分で自由に走らせて貰った時は“満点”を貰えたんですが…その画像を見ながら細かく説明をしてもらったら訳が分からず、フォームが滅茶苦茶になってしまいました。そんな感じで自由に走った時と指導を受けた時であまりに差が出来過ぎて先生が発狂して出て行ってしまいました……」
「………先生の気持ちも分からんでもないな」
まあ、完璧に動ける逸材が自分の指導を受けた時だけポンコツになるならおちょくられていると考えるのは不思議でもない。
というか、その場にいなかったから何とも言えないが多分その先生は“欲”が出たのかもしれない。茜は恐らく理論で走るタイプではない。だから、そのままんま小学生向けの指導をすればよかっただろうにプロの選手向けの指導でもしたのだろう。
プロの世界なんて想像もつかないがスポーツの世界は漫画でもない限り生粋の科学だ。人間工学を突き詰めた先にある世界の説明は普通の人間には理解なんてできやしないはずだ。
まあ、それこそが―――彼女がプロの世界から掛けられた“呪い”の根源でもあるのだろうけど。
誰だって、楽しくやれればそれでいいと思ってるものにケチをつけられるのは気分が悪い。もっとランクを下げて言えば、スマブラの中に一人だけ全国大会の優勝者がいて、ぼこぼこにされた上に機械のプログラムから解説されたら誰だってドン引く。
逆もまたしかりだ。真剣に技術の向上のため研究しつくした内容を指導しているのに、真面目に聞いてくれなければ腹も立つだろう。
多分、それが彼女とコーチの間で一生埋まることはないだろう。
「…で、なんで俺んところに来ることになるんだ?」
「文香さんとマストレさんから推薦がありましたので!!」
「……なんて?」
「物知りな文香さんに指導法を聞いたら“…かけっこは男の子の領分、ですから、比企谷さんなんて詳しいかもしれません”と言われ!!マストレさんはトレーナーの名前を聞いた瞬間に“トレーナー業界も案外狭くてな……そうだ、どうせなら完璧な素人に聞いたほうが角が立たんかもな。――比企谷とか” とのことです!!」
わざわざ声マネや目隠しヘアスタイルなどまで駆使して諸悪の根源を教えてくれた彼女をよそに小さくため息を吐き、携帯に手をかける。
『はい、もしもし、…鷺沢です』
「文香―――――覚えてろよ?」
『あ、ちょ、―――これには訳が!?ッブ』
情けない言い訳を無慈悲にぶちぎってやる。というか、おそらく茜の事だから同日に相談してのだろうからさらに早朝にたたき起こされた彼女がめんどくさがって俺に押し付けたのだろう。同じ引きこもりを売り払うとは―――ボッチの風上にも置けねえ野郎だ。許すまじ。
マストレさんはまあ――――業界の都合だろう。怖くて踏み込めん。
そんな一連のやり取りを見てちょっとだけ茜が困ったように言葉を漏らす。
「すみません。こういう事って昔からよくあって……ふざけてるつもりもないんですけど、私って昔から頭が悪くて相手を、おこらせちゃうんです」
「………」
いつもより弱気で、本当に困ったように頬をかく彼女。
多分だが、彼女の人生でこういった事は日常茶飯事なのだろう。
勝手に期待され、勝手に失望される。
その身勝手な相手の願望に沈められないように、彼女は明るく振舞い――――全てを置きざる様にかけ続けねばいけなかったのだろう。それが、普通の生活を望む“ただの少女”にどれだけのストレスか―――俺には分からん。だが、今回の件はそんな根本の解決を求められちゃいないし、もともとできやしない。
かつて、俺が求めた本物であったソレは“魚を取る方法”を伝えることに全力で焦点を置いた。だが、それは、俺が追い求めるには荷が重い。リスクを恐れての回避。ソレがボッチの得意技。
それに―――この真正直すぎる少女に教えてやるべきは、そういう狡さだと俺は思うのだ。
捨てられた子犬のような顔をする彼女の頭をくしゃりと一撫で。同時に深いため息。
「………昔、妹に教えた以上の方法は分からん。あと、終わったらトレーナーの先生に謝りに行くぞ」
「――――――――っ!!はい!!!!」
困ったような眉を満面の笑みに変えて、彼女は大きな声で返事をする。
それは、青空に抜けるようによく響く気持ちのいい声だった。
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「小難しい事は俺も知らんし、言われても分からんだろうからざっくり分割で行くぞ?」
「はい!!!」
気合は十分だが、正直そこまで期待されても困る。何しろこちらも素人なのだからあってるかも分からん。
「まず、そこから力を入れないで目一杯に足を延ばして一歩歩いてみろ」
「はい?」
駆けっこも指導なのに歩けと言われて困惑する彼女はとりあえず、言われたとおりに大股の一歩を刻む。そのラインを足で軽く引いて元の場所に戻るように指示。
「次は幅跳びの要領で思い切り前にジャンプしてくれ」
「―――かけっこなのに幅跳びですか?」
「ああ、やってみてくれ」
さらに疑問を浮かべる彼女を促して取り合えずやってみて貰う。
結果は当然のごとく、歩いた一歩よりもずっと遠くに着地する。そのラインを彼女に見せるとさらに首を傾げる。―――まあ、当たり前だな。
だが、これは彼女への指導ではないのだ。もっと幼い小学生に説明するなら当たり前のことから伝えなければならない。
「歩くより、跳んだほうが距離が多いだろ?」
「……はぁ、そうです、ね?」
「当たり前の話だけど、人は歩いてる状態じゃ走ってる状態の歩幅は出せねんだよ」
「―――――っ!そう、です」
これだけで何かを察してくれる彼女はやはり天性の感があるのだろう。小町に教えた時は本気の馬鹿を見た時の目で見られたので非常にありがたい。
幼いころの俺がたどり着いた結論としては、かけっことは“連続した最大跳躍の歩数”だ。
それが、長ければ長いほど、少ないければ少ないほど早い。たったそれだけ。
「じゃあ、次はどれだけ長い距離を一歩で飛べるかになる」
「……思い切り地面を蹴る、ですか?」
「それは大前提だな。大体の小さな子が失敗するのが“力の伝え方”ていうか、もっと単純に言えば“姿勢”だな」
「?」
首を傾げる彼女に近場でリレーの特訓をしているオッサンたちからバトンを借りて説明をする。
「このバトンをまっすぐに落とした時と、斜めに落とした時にどっちが高く飛ぶ?」
「……まっすぐですか?」
「そうだな」
言われたとおりに真っ直ぐに落ちたバトンは高く跳ね返り、斜めに落としたバトンは低く的外れに飛んでいく。
「力はまっすぐなものに通りやすい。これが、姿勢がよくないと遠くまで飛べない理由だ」
「………そんな事、いままで考えたこともありませんでした」
「まあ、お前は元から姿勢がいいからな」
これが俺みたいに猫背だったりすると意外と矯正が大変だ。小町も隠れ猫背だったので特訓中は二人揃って背中に棒なんかを入れて生活しなきゃいけんくらいしみついて離れないのだ。そして、俺は最後のステップに移る。
「ここまで出来たら後はその方向だけだな。これがまっすぐ真上に飛んでもトップなれるのはマサイ族くらいだ。真上じゃなくて俺らは前に進まにゃいかん。」
茜にクランチングを踏ませ、走り出した時のイメージを伝える。
一歩をより遠くに。姿勢はまっすぐに、跳ね上がる力をできるだけ前に。
“いけ”と伝えた彼女の初速は獣のごとく。
しなやかな筋線維の塊である彼女の背は、あっという間に遠くへ。
その速度は、特訓前よりなお早く。
なぜかバトンを借りてたオッサンたちが歓声を上げて手を叩く。―――いや、誰だよアンタら。
正直、これが正しいかも分からん。だが、子供はそもそもかけっこという競技の本質も分からぬままやらせられるのだ。だから、分解して、どんな競技であるのかを理解するだけでも意識や記録は全然変わる。そこから先はミリ単位の調整と、肉体自身によるだろうがただのスクールではそこまで求める必要もない。
幼子の可能性は、誰も否定できないし、予測だってできない。
だから、あの駆け抜けた少女の様に
無邪気に笑って、楽しむくらいでちょうどいい。
そこから先は、彼らの輝く未来の選択なのだろうから。
―――――――――――
「思いのほか、いい先生だったな」
「……はい」
特訓後、宣言通りに先生に謝りにいけば邂逅一番に向こうから頭を下げられた。
曰く、“才能に目が眩んで本質を見失っていた”との事。
そこからは、和やかに俺の教えた方法を自慢げに伝えた茜と先生の穏やかなトークタイムと、次回からの打ち合わせが始まった。聞いていた話とは違うその先生の物腰の柔らかさと、素人の考えた方法を真剣に考え補足するその姿は“教育者”として尊敬に値する人だと素直に感じられた。
長らく続いた理論や、ラグビー談議に終止符が打たれた時にはあれだけ明るかった日も沈み切り、すっかりとあたりは鈴虫の恋歌で覆われてしまう時間となってしまった。
「……ちょっと、八さんの妹さんがうらやましくなりました」
「あん?」
唐突に脈絡もない事を呟く彼女に眉をしかめてしまう。そんな俺に照れたように頬を染めた彼女が背中から無邪気に絡んでくる。
「だって、こんな風に悩んだりしたときに相談しても解決してくれる“お兄ちゃん”がいるなんて、ずるいです。不公平です」
「んなもん知るか。そんな文句はお前の両親に言え。大体、実家に帰れば妹にはゴミムシみたいな目で見られるしな……」
軽口をたたきながら細巻きに火をつける。秋の星空に季節外れの蛍なんかを気取りながら煙をふかすが、ゴミムシ扱いされる理由の大部分がこの煙なのだから困ったものだ。やめられないとまらない。
「……やっぱ、ずるいです」
「知らんがな」
そんな呟きが腰をより強く締め付け、秋の夜空のなか虫たちの合唱の中で小さく響き、煙は空に紛れる。
貴重な休日。
そんな徒労に小さくため息をついて歩みを進める。
鈴虫が、馬鹿にしたように笑う。
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一月後
「比企谷さん!!おかげで収録は大成功でした!!次は砲丸投げです!!
「んなもん知るか!!」
「あの、比企谷さん…。そろそろ読みかけのあの本の南京錠を外して欲しいのですが……続きが気になってしょうがないんです」
「あと三日は外さん」
「そんな!!」
「比企谷さん!!練習に行きましょう!!」
今日も今日とてこの部署は騒がしい。