その言葉に誰もが耳を疑った。
美嘉「ちょ、ちょっとプロデューサーの言い方はいちいち重たいんだから紛らわしい言い方はしないでよー。その、いわゆる“集大成”、ってこと…でしょ?」
武P「……あぁ、そういう解釈もあるのですね。誤解をさせてしまったようで申し訳ありません」
水を打ったような静寂の中で美嘉が絞り出したその言葉への返答に誰もが安堵したように息を吐く。めいめいに緊張からの反動か朗らかに話し出し、華やかな雰囲気や軽口のような文句が上がってゆく。
ただ、誰もが知っていたはずだ。
この鋭い眼光を持つ偉丈夫は、一度でも冗談を口にしたことがなかったことを。
口に出した以上、それを引っ込めることは絶対にしないということも。
だから、誰もが明るく、聞かなかった事にしようと口を開く。
口下手ゆえの誤解であったと、そう必死に願いを込めて空虚な言葉を重ねて、必死にこの話題を打ち切ろうと誰もが全力を尽くしていた。
――――ただ、それは、あっさりと、聞き逃すことのできない程に芯に響くその声に打ち砕かれてしまった。
「このライブを持って“第一期シンデレラプロジェクト”は終了となります。皆さんにはそれぞれの担当プロデューサーが着き、個別の戦略にて346プロが万全の支援を持って貴方たちをプロデュースしていく事になります。」
淡々と述べられたその言葉。
ソレは字面だけならば、歓喜すべき出来事だ。
業界最大手の346が、鼻つまみ者であったこの部署から生まれた原石を認めた。
あれだけ反抗し、虚仮にされてきたこの業績に対して本社が―――全面降伏してきたことに他ならない。
ソレは、きっと、驚愕すべき業績だ。
ただ一つ。
“原石たちの意向”というモノを全く考慮していない事をのぞいてみればの話だが。
再び静まり返った場に、わななくような声が響く。
美嘉「そ、そうなんだ。や、やったじゃん。それってつまり、ようやく人がこの部署に増えて予算も普通に貰えるってことだよね!―――これから、もっとみんなで盛り上がっていけるって――――「いえ、違います」
縋るような、思い違いであると願うような彼女の声は無情にも打ち切られる。
「皆さんは、もうこの部署に収まらないくらいの成果を上げています。ソレはこの枠組みの中には納まらない程のものであり、これからは個人としての活動へとシフトして行っていく予定です。このプロジェクトはこのまま“第二期生”を迎え、貴方がたに続く原石の発掘を行う予定です。――――つまり、このライブを持って我々は皆さんの、担当を外れることになります」
あぁ、なんと整然とした理論か。
経営陣としては、当たり前すぎる結論だ。
これだけの売り上げを誇った原石を、さらに集め頂点を目指す。
ぼんやりと、語られるその言葉は何処か他人ごとの様に全員に染みていき、染みわたったころに、もう一度、掠れるような声が耳をかすめる。
「――――んな」
その声は、心情は、体すら震わせる激情となって――――部屋を震わせる。
美嘉「ふざけんな!!」
全ての激情と共に怒鳴った彼女はテーブルに乗るすべてをけっちらかして最短距離で偉丈夫の胸倉をつかみ上げ、額をこすりつけんばかりに引き寄せる。
誰もが止める間もなく―――いや、たとえ止められたとしてもその燃え上がるような怒りを湛えた彼女を引き留められなどしなかっただろう。
それくらいに、彼女は―――怒り狂っていた。
美嘉「アンタが!!ここにいる全員を集めてここまで引っ張ってきたアンタが何すかしてそんな事を口走ってんのよ!!
あれだけ会社中に喧嘩を売って!砂を噛むような思いでここまでのし上がってきて!!これから、みんなで見返してやろうって時に会社から“飴玉”見せられただけでころっと仲直り?――――馬鹿にすんのも大概にしろ!!
いいじゃん!!今まででも十分に黙らせてきたんだから吠えさせておけば!!
新入生を集めたきゃ勝手にやんなよ!!でもね、そんなのウチだけでできることをわざわざもっともらしく理由にあげんなよ!!
はっきり言やいいじゃん!!―――自分の出世が惜しくなった「美嘉ちゃん」
激情のまま零れる言葉が決定的な一言を溢れさせる寸前で、静かな静止がソレを遮る。
止められた激情は、行き場のない怒りは瞳から零れ落ち頬を伝っていく。震える吐息は嗚咽に交じり、食い込んだ爪によって血がにじんだその指が力なく胸をかき抱く。
そんな彼女を、柔らかく抱き寄せた人がいつもと変わらぬ穏やかな声で言葉を紡ぐ。
楓「武内君」
武P「――――はい」
最初の出会いから、密かに続けていた二人の絆ともいえる人前で久しく呼ぶことのなかったその呼び名。
その全てを乗せて問いかける。静かな言葉。
楓「どうしてですか?」
武P「――――それが最善だと、思いましたので」
楓「………そう、ですか」
乗せられた思いへの答えとしてはあまりに愚直で、感情を乗せぬその声は―――これ以上の問答を拒むかのようで。
その空白に彼女は小さく唇を噛みしめ、どれほどの言葉を呑み込んだのか。
楓「……ともかく、あまりに急なお話ですので返答は今すぐにとはいきません。大規模ライブ後の休養期間を挟んで改めてメンバーと意見を交わしてお答えしたいと思いますが大丈夫でしょうか?」
武P「……ええ、問題ありません」
楓「では、今日はこんな有様ですし―――祝宴は次回に見送って失礼させていただきますね」
再び顔を上げた時の彼女は“リーダー”としてこれ以上無いほどに落ち着いた表情で、武内さんに断り、メンバーを外へと導いていく。美嘉の激情と、最もこのプロジェクトに思い入れのあるはずの楓さんのその静かな対応に誰もが口を噤んで彼女たちの後を追っていく。
言いたいことや、思うことを視線に滲ませつつも――皆が口を噤んで退出をしていく。
残されたのは、武内さんと、能面のように無言を貫くちひろさん。そして、俺だけだ。
目の前で起こった出来事にいまだ頭が追い付かず頭痛すら感じて煙草に火をつけ、とりあえず愚痴のようなものを八つ当たり気味に投げかけてみる。
八「……そんな話は初耳なんですけどねぇ?」
武内P「それは…申し訳なく思っていますが、必要なことでした」
八「……ま、バイトにこんなスキャンダルを漏らす危険もおかせませんか」
いつものように首をさする彼に、肩を竦めて答えるがどうにも言い方が当て擦りのようになってしまうのは俺も相当に混乱して平常心ではないのだろう。―――もしかしたら、さっきの酒精が随分と効いているのかもしれない。随分と、イライラしている自分を感じる。
武内P「いえ、そうではなく――――「比企谷君には、被害者側でいてもらわなければなりませんでしたから」
言いずらそうに口ごもる武内さんの声を遮るように無機質な声が耳朶を叩く。
視線をそちらに移せば、ちひろさんがいつものような穏やかな笑みを湛えてこちらを見据えている。完璧な、計算の上に作られた笑顔。だが、それ以外の表情を浮かべようとしなければソレは無表情とは変わらない。
そんな彼女の一言で大体を察してしまう自分の全てが嫌になる。
八「つまり――――俺にあちら側に回って懐柔して来いと?」
ちひろ「ご明察です。でも、言い方が悪いですね。“私たちの代わりに悩みや不安を、聞いてあげるだけ”ですよ。
敵意も、恨みも、禍根も、すべて私たちが引き受けましょう。だから、君は大切な仲間達に寄り添ってあげるだけで良いんです。
あぁ、それだけじゃ足りませんね。今回の件は成否問わずに報酬を約束しましょう。どんな結果になろうとこの小切手に書かれた金額は君に――――――「いい加減に、怒りますよ」―――あら怖い」
自分でもびっくりするくらい低い声が零れたのを煙で誤魔化すが、向かいに座る悪魔は愉快そうに微笑むだけで効果はなさそうだ。それに、そんな方程式をとっさに思い浮かんでしまうのだから俺だって人の事は言えないクズだ。
今回の武内さんの決定の要因が何なのかなんて分からん。圧力、実務作業、将来性、全てにおいてされた提案はあまりに合理的で実施しない理由はない。それでも、あんなことをこのタイミングで伝えればこうなることくらい分かり切っていたはずだ。信頼を失い、根本たる彼女たちが去ってしまえば元も子もない。
それでも、彼女たちを引き留めようと思うならば“恨まれ役”と“捌け口”が必要だ。
人間、親の敵が目の前にいても鬱憤を一度でもどこかで解消してしまえば思いのほかその感情を保ち続けることは難しい。
激情がなければ人の理性は普通は保身を考え、不満を持ちつつも変化を嫌う。
彼女たちは、残るかもしれない。――――つまり、悪質なマッチポンプだ。
捌け口候補である俺までが加害者側だと思われれば聞く耳すら持ってくれないだろう。
だから、ここまで隠しとおされた。
単純で、吐き気がするほど効率的な方法だ。
八「ホントに、性根が腐ってますねちひろさん?」
ちひろ「矜持や倫理が得になるなら世界中はブッダで溢れてるはずですから」
特大の嫌味も聞き流され俺は舌を鳴らして煙草を握りつぶして出口へ足を向ける。そんな俺の背に、先程の迫力が嘘のような掠れ弱った声がかけられる。
武P「……皆さんを、よろしくお願いします」
八「今の貴方だけには、それを言う資格があるとは思えませんね」
その、哀れさすら感じるその声に返した皮肉に、ようやく頬をほころばせるその姿に深くため息をついて、俺は部屋を出る。
聖なる夜に、最高の喜びを分かち合うべき日に――――俺たちは一体何をしているのだろうか?
チラつく雪の結晶が、あっけなく俺の手で溶けて行ってしまう光景に、俺は多大な徒労感を感じてしまった。
―――――――――――――――――――
掴んだと思えば溶けてゆき、離すまいと握っていても零れ落ちてゆく。
そんな幻想を、妄想を、何度も繰り返している。
結局、自分はあの時から何も進歩せずに犬のように同じところをグルグルと回っているその滑稽さに思わず笑いが零れ。溶けてしまった結晶にやるせなさを感じつつ、その手を意味もなく握りしめてみる。
その、無力感の全てを白い吐息に混ぜてもう一度吐き出して―――自分の後ろに何も言わず佇む彼女に語り掛ける。
「――――んな所で突っ立てると風邪ひくぞ、文香」
「……ご心配なく、今は少しだけ昂っているせいか、熱いくらいですので」
雪を散らせる厚い雲の隙間から零れた月明かりが、沙耶のような黒髪から覗く深青の瞳を照らす。ただ、いつもならば吸い込まれるほど美しいと思うその目が、物悲し気に伏せられている事に心の何処かにチクリと、ささくれを感じさせる。
暗闇に潜むように出口の脇に佇んでいた彼女は、そのままこちらに歩を進めて俺の背後で止まる。そして、俺の背中に小さな頭を当てて小さく言葉を紡いでいく。
「……言いたいことや、納得できない気持ち。色んなことが頭の中で暴れまわっていて―――こんな感情が自分にもあったのだと驚いています」
当てられた部分から伝わる彼女の体温は、寒空の下では異様なくらいに熱が籠っていた。だが、それ以上に、振るえる声色に含められている熱はもっと熱い。―――それが、どんな感情によるものかなんて、横で彼女たちを見ていただけの俺には分かりはしないけども。
「………ふみ「ですが、新たに学ぶこともできました」
掛けられる言葉もないまま紡いだ言葉は芯が通った強い声に遮られ、彼女の言葉は頼りなさげだった体にも力を与える。
「この感情は、きっと“怒り”と呼ばれるものです。でも、この湧き立つ感情は――――きっと失いたくないものを守るためにある感情なのだと思います。
大切なもののために“勇気”を与えてくれる感情です。
臆病な心に“決意”を与えてくれるものです。
だから―――――私は、諦めたくないんです。 力を、貸してください、比企谷さん」
それはあまりに拙く、幼い、そして―――――何よりも純粋な願いであった。
だが、ソレは、俺の奥底に沈んでしまった―――――かつての“真実”を揺らすほどには、美しいと思える在り方だと思えたのだ。
遠慮がちに服を掴む彼女の手を、できる限りそっと取り、離すように促すと一瞬だけおびえたように震える彼女はその怖気を隠すようにまっすぐとコチラを見据える。
出会った頃にはなかった瞳に含まれる、その輝き。
流されるまま、それでも、その中で積み上げた“鷺沢 文香”という女性の輝き。
その熱に、真摯さに、凍える寒さすら忘れて息を呑む。
そして――――今日、何度目かもわからないため息を深く吐く。
吐き切った息は―――静寂にふさわしい冷え込みで
正体がつかめない苛立ちも
頭の中に籠っていた不愉快さを――――払ってくれる。
「ただのバイトに―――いつもお前らは期待しすぎだ」
「でも、――――いえ、だからこそ隣で支えてくださってましたから」
苦笑交じりでいつものように零した悪態に、彼女もいつものように微笑む。
それが、どうにもむずがゆく――――ない意気地をもう一度だけ奮い立たせる。
状況は最悪だ。
メンバーは唐突の事にご機嫌最悪。
経営陣はこれ以上無いくらいの頑固者ぞろい。
状況をひっくり返そうともがくのは引きこもりのブックジャンキーにしがないバイトのボッチ。
こんな状況で“力を貸す”だなんて、“何とかして“だのと、どう考えたって不可能だ。
だけど、だから、あがくだけはあがいてみてもいいかもしれない。
駄目で元々。そんな事ばっかりが続いたこの部署で、そんな事は今更だ。
いや、俺の人生は大体そんなものだった。
ならば、もう一度――――――はた迷惑な騒乱を起こしてやろう。
誰もが顔をしかめる茶々をご覧に入れてやろう。
大切な―――大切だったあの二人が否定した俺なりのやり方を
曳かれ者の歌を奏でて
誰もかれもを―――――――巻き込んでやる。
そう、小さく言葉をかみ殺して純白の雪道を踏みしめて歩を進める。
ただ、あの頃と違うのは――――隣で小さな足音がゆっくりとついてきてくれている事だけだろう。
渋でのアンケートに従い今回は文香√でお送りしております。
周子とのいちゃらぶを見たい人は”比企谷P辞めるってよ”を見ていただければ←流れる様なステマ
いつも誤字報告・評価・コメント非常に助かっています!!
ありがとうございます!!