デレマス短話集   作:緑茶P

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文香の願いに答え、歩みを進めた彼らの先に立ちふさがるのは――――?


鐘は鳴り響き、魔法は終わりを迎える chapter3

新雪を踏みしめる音を響かせながら頭の中を整理するために細巻きに火をつける。

 

月明かりに照らされた暗闇に浮かぶ季節外れの蛍を片手に携えて、ぼんやりと歩を進めていると隣を歩く文香から声を掛けられた。

 

「お願いしておいてお恥ずかしい話なのですが……こういう時はどうしたらいいのでしょうか?―――やはり、分かりやすく反抗を示すためには反社会的な路線で行ってみるべきでしょうか」

 

「頼むから止めてくれ。――――というか、博識キャラのくせになんでちょくちょくお前の知識って偏ってんの?」

 

バットを振り下ろすようなジェスチャーをする彼女を冷たくあしらうと“定番かと思ったのですが…”とシュンとしてしまう。だが、仮にもアイドルがその思考に真っ先にたどり着いたら駄目だろう。そんな彼女を尻目にもう一度、紫煙を深く吸って言葉を紡いでいく。

 

「まあ、とりあえず、ほかの奴らの意思を確認するところからだろうな。―――ほかの奴らは何処に行ったんだ?」

 

頭の中で組み立てた滅茶苦茶なプランを実行するにも、まずはあいつ等がどう思っているからによる。結局のところは俺は当事者ではない、しがないバイトである。それが統一されていない事にはどうにもできないし、ここで全員の意見がばらけるようなら――――そこまでとなる。

 

そんな途方もない綱渡りに頭痛を感じつつ、思い出すように言葉を紡ぐ文香に視線を送ればポツリ、ポツリとそれぞれの行き先を伝えてくる。

 

「あの後、楓さんが解散を告げて瑞樹さんが付き添って…年少組はまゆさん、茜さん、美穂さんが寮へと連れて戻って行きました。そのあと、美嘉さんと愛梨さんは―――」

 

その言葉は小さく呑んだ息へと消えてゆく。

 

一瞬だけ見開かれた瞳が伝えることを――――間違えなどしない。

 

 

前回とは違い、ここはスタジオではない。

 

だから、俺はゆっくりと紫煙を吸い込み正面を見据え―――その瞬間に、胸倉をつかまれ壁へと叩きつけらるように追い込まれる。

 

衝撃に漏れた息とともに、指から零れ落ちた季節外れの光点は雪へと零れ情けない音を立てて消えゆく。

 

 

「これで―――二度目ですねぇ」

 

 

あらゆる苦渋と挫折の末に何度でも立ち上がり、“泥だらけのシンデレラ”と呼ばれつつも頂へと達した彼女の甘く人当たりの良いはずの声が抑揚のなく響き、その呟きはあまりに静かに“十時 愛梨”の激情を―――――怒りを俺に伝えてくる。

 

 

「――――どれだけ、人を馬鹿にしたら気が済むんですかぁ?」

 

「すまん」

 

今、俺の目の前にいるのが。かつての俺たちの前に立ちはだかった“復讐者”としての彼女であってくれたならばどれだけ救われただろうか。

 

そんな自分勝手な願いを思わずにはいられない。

 

思う存分に、憎んで、恨んでくれていたならば――――どれほど救われただろうか?

 

だから、掴み上げた胸倉を震える手で縋り寄せ、泣きじゃくる彼女に俺は薄っぺらい謝罪を重ねてやるしかできない。――――度重なる裏切りにボロボロになった彼女に俺が許されるのはそれくらいの事しかないのだ。

 

 

「こんなひどい仕打ちを受けた私に――――何か、言うことがあると思いませんか?」

 

 涙と、鼻水でぐしゃぐしゃになった彼女から聞き取りづらい問いが投げられる。だが、そんな言葉に答えられる俺の回答は変わらず情けない物しかない。

 

「――――すまん」

 

「違います。やり直し」

 

「―――ごめん」

 

「リテイクです」

 

「――――あー、申し訳あり「違いますっ!!」

 

 繰り返される問答の末に絞り出した謝罪の言葉はかなり強めの拳を胸に叩き込まれた事により遮られ、今度こそ噛みつかんばかりに怒りをあらわにした彼女が俺の鼻先に指を突きつけ答えを示す。

 

「私をココにまた誘ったのはハチ君なんだよ!!だから、君には責任があります!!

 

“あとは俺に任せろ!”とか“愛してる!!”とか“何とかしてやる!!”とかぐらいしぼり出しなさい!!」

 

「……二番目は完全に別問題なのでは」

 

「文香ちゃんうるさい。……ともかく、ここまで傷物にされた以上は責任を取って今回の事を収めるか、私を引き取ってもらわないといけないんです!!」

 

 

静寂を切り裂く大音声で宣言された言葉には言いたいことが随分とある。

 

 まず、お誘いを出したのは武内さんの代理だし、バイト風情の俺が無責任にどうこう言える状態ではない。それに親愛と尊敬に近いものを彼女に抱いてはいるが俺が愛するのは千葉に君臨する妹様のみだ。だが、べそカキの不細工な顔でそんな事を真剣に語る“シンデレラガール”に思わず笑いが零れてしまう。

 

 何かを文香と言い争っていた十時が俺の不審な挙動に肩眉を上げていぶかしんでくる。

 

「……なに笑ってるんですか。言っておきますけど、ホントに何とかしないと本気で責任取ってもらいますからね?」

 

「例えば?」

 

「…そうですね、アイドルを辞めて暇になった分はお買い物やデートに付き合ってもらいましょうかね?それで足りなくなったお金は二人で同じバイト先で補充して―――大学の長期休暇の帰郷はお互いの実家に順番に帰ったりも基本です」

 

 苦笑交じりで返した言葉に思ったよりも具体的な内容が帰ってきた。そのあり得なさそうな未来にもっと吹き出して最初の暗澹たる気持ちが嘘のように気安く言葉を漏らす。

 

「正直、お前には殺されても文句は言えないと思ってた」

 

「もちろんしくじったら、人生の墓場まで直行してもらうつもりなので心してくださいね?」

 

 にっこりと返されたその殺人予告に肩を竦めて―――俺は、もう一度だけ言葉を紡ぐ。

 

「悪いけど、もうちょっとだけ付き合ってくれ。これで駄目なら―――後は知らん」

 

「…相変わらず、駄目な王子様ですねぇ」

 

 

 そんな会話に鼻を鳴らして俺は体についた雪を払って足をもう一度前へと進める。

 

 けだるげな足音に続く足音はもう一足分増えて、ちょっとだけ煩わしく、心強い。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「…流石、十時さん。圧倒的あざとさです」

 

「これをずっと昔から繰り返してるのに効果のない目標の方を心配したほうがいいですよー?」

 

 後ろで緊張感もなく何か軽口をぶつけ合う二人を無視して歩を進める。変にピリピリされてもこまるのだが、現状としては何も解決していないのにここまで気を抜かれても正直困る。これからの事に頭を痛めつつも進んでいくと年少組やその他がいるという寮が遠目に見えてくる。

 

 その明かりが灯された玄関に立つ陰にもう一度ため息が出そうになる。

 

 今日は随分と待ち伏せが多い。

 

 アイドルか芸人だったならば有名税で割り切るのだがあいにく、ただのバイトなのである。サイン用紙も、爽やかな笑顔も、やり過ごす小器用さだって持ち合わせていない。

 

そんな調子なもので工夫もなく、その銀糸の少女に真正面から声をかけようと口を開こうとした瞬間――――その少女は駆け出した。

 

 

 月夜に輝くその束ねられた銀糸は艶やかに闇を切り裂き

 

 

 狐のような細い眦は射貫くように眇められ

 

 

 いつも意地悪気に歪められた唇を強く噛みしめて

 

 

 その見ほれる程に美しい曲線美を描く彼女の脚部は新雪を高らかに舞い上げて――――

 

 

「こん!!ボケナスーーーっつ!」

 

 

腹に響くような絶叫と共に華麗なるドロップキックを俺へと見舞ったのだ。

 

 

 カエルの潰れる様な情けない声を漏らした俺と、後先考えずに突っ込んだ“塩見 周子”が二転三転もみくちゃになりながら雪の上を転げまわって、二人揃って頭をポストに強打したことにより、ようやく止まった。

 

 目の奥に走った火花と鼻の奥に走る痛烈な痺れに揺れる意識が、掴まれた胸倉と聞きなれた声によって無理やり呼び戻される。

 

「アンタがついとってうちの子たち泣かせるとはどういう了見や!!いてこましたろうか、こんボケナスーーー!!」

 

「……いつお前んちに子供が出来たんだよ。というか、鼻血ふけ」

 

「んんっ、こらおおきに……って、ちゃうねん!!!」

 

 半狂乱で喚いて首を揺さぶってくる彼女に冷静に突っ込みつつも、流しっぱなしになっている鼻血をハンカチで拭うとさらにヒートアップをして噛みついてくる。もうこうなったら好きなだけ暴れさせておくことにして、今日だけで大分酷使されたシャツの冥福を祈る。なんでこんな胸倉掴まれとるん、今日?

 

「ぜぇ、ぜぇ――――あ、あんた、ほとんどウチの話きいとらんやろ」

 

「女の涙はうんぬんかんぬんまでは聞いてた」

 

「…めっちゃ序盤やん!!」

 

 しばらく暴れ息切れを起こした彼女は一人突っ込みをしてようやく沈静化する。

 

「……悪いな、騒がせて」

 

「それを言うのはウチやのうて、中で泣いとるあの子たちにやろ?」

 

「それもそうか」

 

 彼女の力ない突っ込みに苦笑を返すと彼女は深くため息をついて、まっすぐにこちらを見据える。さっきのような激情のこもったものではなく、静かな―――何かを押し殺すような瞳で言葉を紡いでいく。

 

「当たり前にあると思ってたものが、奪われるって―――ホンマにきついねん。

 

 自分を作ってきた大切なもんの根っこを、積み上げてきたもの全部をチャラにされてまっさらにされてまう。そんなとき、残ったもんを嫌でも振り返させられて些細な失敗や後悔が一気に押し寄せてくる。

 

 “あの時こうしてれば~”とか、“自分があんなんだったから~”とかどうしようもない過去の事がずっと毒みたいに頭から体を回って最後にそんなヘドロが心に詰まって壊れそうになるんよ。

 

それが、居場所を失くすってこと。

 

だから―――――あの子たちをウチみたいにさせんようにしてあげて?

 

せめて、納得のいくだけの結末までは付き合ったてーな」

 

 

力なく、そう呟く彼女の頭にそっと手を添える。

 

家出をして東京をふらついていたバカ娘。

 

行く当ても、目標も、全てが投げやりに放り出し自分すら投げ出していた彼女。そんな彼女がココの管理人となって、あいつらと関わってその目に光を宿していった事を俺はずっと見てきたのだ。そんな自暴自棄になったやつですら、彼女たちは救ってきたのだ。

 

 

そして――――それは、俺にだって当てはまる。

 

 

諦めていた真実の片燐を、思い起こさせるようなあの輝きを

 

 

こんな所で、こんな形で終わらせるのはあんまりだ。

 

 

「まかせとけ、出来の悪い妹分」

 

 

「そういうところ大好きやで、おにーさん」

 

 

荒っぽくかき混ぜた手に、鼻血の後を残した不細工な笑顔が咲く。

 

 

 

 

 

「……そういうのを私の時も欲しかったですねぇ?」

 

 不器用に笑いあう俺たちの顔の間にジト目の十時が割込み引き離される。

 

「あらら、あいもかわらずモテモテやね、おにーさん」

 

「爪を立てて頬を引っ張られてるこの状況がそういうふうに見える理由をぜひ教えてほしい」

 

 そう答えると三人そろって深くため息を吐かれるが―――解せぬ。

 

 なんなんだと思いつつも十時の手を払って、馬乗りになっている周子をどけて立ち上がる。服は度重なる乱戦でぐちゃぐちゃ、体は不条理な暴力でボロボロ。見かえしてみればまったくもってヒーローには程遠いこの姿。

 

 だがまあ、シンデレラをそそのかす小物の悪役にはお似合いの格好だ。

 

 甘い甘言とせせこましい小細工。それだけを武器に彼らは物語をひっかきまわすのだから。

 

 そんな自虐を乗せて――――玄関口に目を向ける。

 

 あれだけ大騒ぎしておいたら、そりゃあおん出ても来るだろう。だが、予想と違ったのは―――泣き腫らしていると聞いていたはずの、そんな可愛げもないほど強い光を目に宿した少女達。

 

 

 どんな困難だって超えてきたその輝きこそが、どん底からここまで彼女たちを押し上げてきた。だから――――俺はそこまで心配だってしていないのだ。

 

 

一人になっても彼女たちはきっと輝く。立ち上がる。だから、俺がしているのはきっと余計なお世話だ。

 

 

それでも、―――――道化らしく、小物らしく、物語に波乱を加えてやる。

 

 

「ボクたちは――――少なくともボクは、プロとしてやってきたつもりです」

 

 小さな体から呟かれる静かな、本当に静かに語られる声は雪のように芯に届いてくる。

 

「やれと言われた事は全力で取り組みます。バンジーでも、未境探索でも、爬虫類ツアーだって――――そうあるべきです。

 

 今回の事だって、喜ぶべきことです。

 

 最大手の346が、ボクたちを最高の待遇で押し上げてくれるっていうんですから。

 

 それでも―――もうちょっとだけ、皆さんとやりたいって、我儘がどうしたって離れないんです。

 

 でも、それは、迷惑だってわかって、るんです。

 

 ここまでおおきくなったプロジェクトを、武内さんや、ちひろさんや―――比企谷さんだけで支え切れなくなっていることなんてずっと前からしってました。

 

 みんな、笑って、疲れなんて見せないで頑張ってくれてるけど―――もう、そんなレベルはとっくに過ぎてることなんて、わかってたんです!!

 

 でも、でも―――――っ!!」

 

 誰よりも人の機微に敏いゆえにわざと傲慢に振舞いその重さから離れ、孤独であろうとした―――プロであろうとした少女“輿水 幸子”の激情をそっとその頭を撫でることで止める。

 

「ガキが大人の心配なんて十年はええよ。お前のその我儘が、お前の全てだ。ソレは小賢しい遠慮や理由で埋めちまうなんて――――ちょっと早すぎる」

 

「――――っ!!」

 

 静かに、それでも、かみしめるように俯く“輿水 幸子”の頭を撫でつつほかの面子へと声をかける。

 

「小梅」

 

「あい」

 

「もうちょっと明るい場所で踊ってたいか?」

 

「比企谷さんと、みんなと一緒ならもうこわく、ないよ?」

 

 袖で口元を隠して面白そうに笑う健康不良少女。

 

「佐久間」

 

「まゆですよー?」

 

「……佐久間まゆ」

 

「…まあいいです。どうしましたぁ?」

 

「どうする?」

 

「貴方と離れ離れにならなければぁなんでもいいですけど――――まあ、現状ではそのままが最適解ですかねぇ?」

 

 ほんのりと微笑みつつ投げやりに応えるロリモデル。

 

「美穂」

 

「…はい」

 

「どうしたい?」

 

「…正直、ちょっとだけ武内さんの提案に心が揺らいじゃいましたけど―――もうちょっとこの先を見てみたいんです」

 

 ちょっとだけ苦笑を混ぜた笑顔を浮かべる彼女に肩を竦めて答える。

 

 さてはて、これでようやく過半数。残りは―――「ボンバー――――!!」

 

 

 聖夜のしんみりした空気をかき消すような大音声が鼓膜を突き破るような勢いで響き渡り、白雪を舞い散らして登場した少女は全身から湯気が出る程に熱を発しつつ俺たちの前に華麗なヒーロー着地を決めた。

 

「難しい事は私、馬鹿だからわかりません!!だから、同じように分かんなくなっちゃた美嘉ちゃんを連れて全開で走って考えました!!その結果―――――もっと熱く頑張って皆を沸かせればいいと思いました!!なので、この日野茜!!これからはもっと熱くなっていきたいと思います!!」

 

 燦然と輝くその輝きは思わず笑ってしまう程にまばゆい。苦笑を漏らしつつもおもくそ掛けられた雪を払って、彼女の後を満身創痍で追ってきたであろうカリスマJKに声をかける。

 

「お前はどうする?」

 

 こだわりぬいたヘアスタイルも、研究を重ねたメイクも完全に流れる汗で崩れ切った少女。

 

 誰よりも真っ先に怒りを表し、涙を流した彼女。着飾るすべてが剥がれ落ちたその素顔は、普段より随分と幼く見える

 

「―――これが最後なんて、絶対に納得しないから」

 

「十分だ」

 

 それだけ呟く彼女にない虚勢を張りなおして、短く答える。そんな根拠もなにもない言葉にでも彼女はもう一度唇を噛みしめて涙を流し小さくうなずく。半端物の自分にはあまりに重い期待にうんざりもしてくるが―――なにはともあれ、これで大体の意思は確認できた。ならば、後は残ったのは一番の難関だけだ。

 

 

 ここのプロジェクトの本当の始まりで、中心だったその人。

 

 

 

 そして―――おそらく今回の事件のもう一人の加害者であろうその人。

 

 

 

 それを思うだけで、また自分の気分は随分と憂鬱になって漏れ出そうになるため息。だが、それは少なくとも彼女たちの前で漏らすことはすまいと無理やり飲み込んで笑う。

 

 

 物語の小物はいつだって不敵に、いやらしく笑うものだ。

 

 

 何度だって人の心を無遠慮に踏み荒らせ。

 

 

 我が物顔で賢しらにだまし切って見せろ。

 

 

やり切って、全てを台無しにすること。それだけが―――俺が知っている唯一の解決方法なのだから。

 

 




(´∀`*)ウフフ、更新を待つのがまどろっこしい人は渋の方にあったりするので宜しければどうぞ(笑)

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