日本という国は本当に忙しない。
昨日までクリスマスという原型も留めない海外のイベントにお祭り騒ぎで酔いしれていたくせに一晩明ければ今度は新年を迎えるために誰もが忙しなく走り回り、あるいはそのまま眠ることもなく働き続ける。
芸能関係となればそれこそどこよりもシーズンに敏感なくせに数か月前からそのイベントの準備に奔走し、当日にはすでに別のイベントに目を向けているので本当に暇ってものがない。つまり、出社早々げっそりとした社員としかすれ違わないこの会社は誰もかれもが死人の様。それでも目が異常にぎらつき来たるべき出番を今か今かと待ち望んでいる社畜の鏡しかいない。
こんな社会の歯車にならず新聞のお正月企画番組に目を通し、無責任に暖かい家の中で文句を垂れる側である専業主夫になる決意を新たに朝日が染みる目をこすりつつ開きなれた扉をあけ放つ。
開かれた扉の向こうにある見慣れた薄暗い半地下の狭苦しい事務所。
そんななか向けられる真ん丸に見開かれた瞳が二対。
無いやる気を振り絞って出社したバイトに対してお化けを見たような反応は少々傷つく。
頭の中で無理やり出勤表に〇をされた事を思い返し、少々不満げに鼻を鳴らす。
「欠勤でよかったのなら早めの連絡を貰えれば助かるんですけど…?」
「い、いえ、その…正直、あんな扱いをした後に来て頂けるとは思っていなかったもので」
気まずげに首元を抑える偉丈夫の武内さんが俯きつつそんな事を呟くのに肩を竦めながら室内に入り歩を進める。
そんな当たり前の事すら軽く息を呑む彼とは対照的に座った冷たい眼差しを向けるもう一人。“余計な事をするな”と訴えかけるその瞳がどうにも面白く浮かびそうになる嫌らしい笑みを隠すのに随分と苦労する。
“成否問わず”と言ったのはアンタだ。
それに、俺もアンタも――――結局はここからは主役以外は部外者だ。汚れ役同士、ここからの舞台からはご退場願おう。
「まあ、バックレるにはいい機会だったのかもしれませんが―――招待状を預かってしまったもので」
「――――っ!!」
ポケットから無造作に出したその書置き。
質素な文句にただ一枚の落葉が描かれたソレに鋭い目つきを苦し気に歪めつつも、それを受け取る。―――――受け取ってしまうその誠実さ。いや、甘さといってもいい。
それがどうにも可笑しくて嗤ってしまう。
だが、都合がよい事をこんなところで下手を打ってもつまらない。零れる笑いを飲み込んで、刺さるような後ろからその視線を知らん顔して、山のように積まれた書類の一角を無造作に抱えて指定席である端っこの事務机に向かう。―――ああ、でも、最終確認は怠ってはならない。それこそ仕事をミスしない秘訣なのだから。
「確かに―――渡しましたよ?」
「――――ええ、受け取りました」
俯く彼の返答を聞き俺は努めて品よく頷いて足を進める。
ああ、今日も仕事は山積み。
まったくもって平常運転。
この世から行事なんて無くなればと思いながら俺はおびただしい着信が届いているメールボックスの返信へと着手した。
―――――――――――――
「――――どうにも、私がお願いした内容は上手く理解して貰えなかったようですね?」
「―――“悩みを聞いて、そばにいるだけでいい”でしたっけ?」
ご立派な鐘が昼休憩を鳴らし、食堂にでも行こうと立ち上がった俺を冷え切った声が静かに呼び止める。振り返るまでもなく聞きなれたその声。
それでも首だけで振り返れば、案の定に予想通りなその人。ただ、普段の能面のような笑顔もなくただただ冷え切ったその瞳。不謹慎ながらも普段の気味の悪い笑顔よりも今の方がずっと違和感がなくてしっくりくる。
そんな俺の内心を知ってか知らずか“ちひろさん”は不愉快気に眉をしかめて冷え切った声を責めるように紡いでいく。
「そうです。誰も余計な小細工をしろだなんて頼んだ覚えはありませんよ?」
「手厳しいですね。それに、“成否は問わず”と“言ったのと、”余計なことをするな”とは言われた覚えがないですね。――――大体、この件に関して俺もアンタも部外者でしょう。これから先はあの人たちが決めることです」
「………減らず口を」
大きな舌打ちを挟んだ彼女が苛立ちのままこちらに詰め寄り、静かに言葉を紡いでいく。
「“アイドル”と“プロデューサー”。しかも、世間が最も注目している大切な時期にそんな事が公になったらどうするつもりですか?
事態は君が思っているよりも深刻で、早期解決を求められています。
武内さんや、私らだけでなくあの子たちだってこの先の未来を閉ざされますよ?
もはや、彼女たちは走り始めた以上は止まることなんて許されません。
その妨げになることに誰よりも苦しみ、“最善”なんて言葉で自分を殺しきる覚悟をしたあの人を――――どんな権利があって君は抉るような真似をしてるっていうんですか?」
淡々と、それでも激情を込めたであろう声は小さな俺の心臓を竦めるくらいには迫力があり―――その演技力に思わず舌を巻いてしまった。
まるで、本当に人を思いやる心があるような振る舞いじゃないか。
きっと主演女優だって夢じゃない。
「本当に――――――武内さんやメンバーを心配しているような言い分ですね」
「―――――どういう、いみですか?」
ほら、そんなんだから―――計算外の反応の時に浮かべるべき感情を一瞬だけ躊躇しちゃうんですよ。ちなみに、正解は問答無用で俺をひっぱたくです。
「そんな建前なんてどうだっていいんでしょう?ただ、アンタはこの機会に自分のお気に入りについた虫を追い払って、あわよくば、独占したかったからこの件に乗っただけなんだ」
「―――――ふふっ」
ストン、と目の前の彼女から表情が抜け落ち、虚の奥底から背筋を凍らせるような笑いが零れ落ちた。それだけで十分だ。残念ながら俺はそんな恐怖をもはや体験済みだ。あの完全強化外骨格を纏う完全超人の中身を、ホントに恐ろしく儚く、何よりも悍ましい悪性を秘めた深淵を覗いた俺は―――そんな人類が、怪物が実在することをもはや知っている。
吐き気を催す程の欠落者。
ただ、それを嗤えるような身分ではないのが自嘲を誘う。
結局、俺はこれだけ長く隣で過ごした人間にすら深く疑いを向けてきた証明なのだから。
だから、俺は不気味な微笑みのまま無言を貫く彼女に必要最低限の確認だけをする。
「これから出る出目は正直、もう俺らの領分ではないです。どんな結果でも俺らが口を出す権利なんてない。アンタが言った通り“アイドル”と“プロデューサー”だけの領分です。だから聞きたいのは一つだけです――――何があろうと“アンタ”は“武内さん”につきますかね?」
「―――――――ええ、例え、世界が全て敵対しても、“先輩”は私のものです」
「それだけ聞けたら十分です」
幽鬼のようなその声は確かに宣言をした。
それが何よりも俺が欲しかった証言だ。
最後のピースであるそれさえ手に入れたのならばあとはサイコロの先は天命だ。人事を徹夜で尽くした甲斐はある。なにせその先は俺の責任ではないのだから。
虚ろな視線を向けてくる彼女に背を向け歩き出す。
ああ、恐ろしい。自分は何時からこんな勤勉になったのか。
そんな事を独り言ちて、本を抱える物静かな同級生が頭をよぎる。
怒りという感情を、戸惑いという恐怖を、あまりに眩い感情に変えて誰よりも強く一歩を踏み出したその在り方。かつて心の奥底に沈んだ真実。ソレを思い起こさせる痛みを感じさせた彼女を思い微かに笑う。
どうか、せめてそれが自分のような傷を負うことのないような行く先である事を祈って俺は燦然と照らす太陽に目を眇めた。
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雑踏の中漏らしたため息が舞う粉雪を引き連れて消えてゆく。
何とはなしに目でその行方を追って見上げてゆけば雲に遮られた薄暗い緞帳を街灯が弱々しく照らすだけで、今夜はどうにも星を見ることは出来なさそうだともう一度息をついて手元のメモへと意識を戻す。
一日中、何度も手の中で読み返したそれはもう随分と皺がついてしまっておりくしゃくしゃとなってしまっている。それでも、書かれたその文字は間違い様の無いくらい見慣れた筆跡。そして、いつもの様に横に書き足された舞い落ちる木の葉のイラストは何度も交わした密やかな伝言のままで―――随分と胸を締め付ける。
“いつものお店でお待ちしています”
書かれているのはそれだけ。
あまりにいつもと変わらない二人での逢瀬の合図。
一瞬だけ自分が犯した罪は夢だったのではないかと、そこへ赴けばすべての事は悪い夢でいつものあの日々に戻ってしまうのではと思ってしまいそうになる。そんな脆弱な自分を叱るように吹き抜けた風に思わず苦笑を漏らす。
夢だったとして、それがどうしたというのか?
問われたあの言葉は――――もっと前から気が付いていて、見なかった振りをしていた。
いや、それすら虚言だ。今までそれに二人揃って障らないように、触れないように細心の注意を払って避けてきただけなのだ。ここまでは、これくらいなら、これも自分の仕事の範疇だろうと、都合の良い言い訳を重ねてきた。
それが、あの時――――紅葉散る世界で彼女を抱きとめ、どちらからともなく唇を重ねた瞬間に彼女から溢れ出た言葉はある意味で必然ですらあった。
彼女から零してくれなければきっと自分から漏らしていただろう。
それを自覚した瞬間に全ての終わりを悟った。
もう―――――誤魔化すことなどできなくなってしまった。
これ以上、彼女のそばにいることはできないのだと。
そんな折に指摘された今西部長の“卒業の提案”と“諫言”はあまりにタイミングが良すぎて思わず笑ってしまったくらいだ。
あの瞬間を誰かに見られていたのか、それとも、普段の自分たちの接し方を見ていてそう言われたのかなどどっちでもいい事だろう。それくらいには、芸能関係の人間なら当たり前に抱く危機感を煽るくらいには普段から親密な関係だった自覚くらいはある。
だから、その提案に言い返すことなどできるわけもない。
だから、その提案に真っ先に受けた。
抗えば、反対をすれば“彼女”の将来に傷がつく。だから、これが最善だ、と。自分の浅ましい感情も、それに巻き込まれるメンバーの苦悩も全てを理解していながら踏み切った。いくつもの言い訳を重ねて、今後の展開を賢しら気に語り、それが当然であると言い聞かせた。こうであるべきだと何度だって信じようとした。
それが心からの“最善だ”などとどの口が嘯いたのか。
だとしたならば、なぜこんなメモ一つにここまで懊悩をしているというのか。
そんなあまりに情けない有様にもう一度だけため息を漏らし、歩を進める。
どれだけ醜かろうと、どれだけ罵られようと、既に自分はサイを投げたのだ。ならば、せめてやり切って見せよう。大げさに呼ばれた“魔法使い”の仮面を演じきって、舞台を去ろう。――――それぐらいは、出来損ないの自分にだってできるであろうから。
雪がちらつく街並みを抜けた先にある古びたバー。
初めて彼女と呑んだ日に最後に訪れたあの時、酩酊する意識の中で必死に紡いだ彼女と仕事への想いを語り――――雪解けのように笑った彼女を初めて見たこの店。
それが、自分と彼女の最後の交わす酒席となる皮肉に苦笑を漏らして扉を押し開く。
シックな内装に、年季を感じさせるアンティーク。
耳をくすぐるようなジャズと、柔らかな明かりを灯すランプ。
あの時と変わらないその店の中心に
彼女は、“高垣 楓”は―――静かに微笑み、私を迎えた。
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グラスが静かに交わされ、澄んだ音が小さく響き渡る。
無骨なロックグラスに注がれた琥珀色の甘露は強い酒精にも関わらず滑らかに喉を通りすぎ、冷え切った体に小さく暖を灯す。その感覚に思わず吐息を漏らすと、向かい側に座る楓さんも同じように吐息を漏らしたことに気が付き、思わずお互いにこっそりと笑ってしまう。
秘めやかに耳をくすぐる喉を鳴らす音が誰もいない店内でひっそりと響く。
「――――正直、来てくれないかと思っていました」
「――――自分も、釘を刺されていなければ怖気ていたかもしれません」
「ふふ、いい仕事をしてくれたようで何よりです」
ひとしきり笑った彼女がちょっとだけ悪戯気に零した言葉にこちらも本心を隠すことなく自然と言葉を紡ぐ。その時に思い返すのは、繰り返すように問うた比企谷君のあの瞳だ。
何を言ったわけでもなく、それでも自分に深く釘を刺したあの言葉はなぜか深く自分のやましい気持ちを正確に射貫く。それがなければ、適当な言い訳できっと逃げ出していたかもしれない自分に苦笑を漏らす。零れた笑いを収めるようにもう一口を口に含んで、再び目の前の彼女に視線を戻す。
軽やかな肩まで伸びたその髪とちょっとだけ色合いの違うその瞳。
造形されたような美しい顔立ちにちょっとだけ酒精に染まった頬を楽し気にあげて。
まるでいつもと変わらない彼女がそこにいる。
あんなことがあった翌日だと言うのに、それはあまりにいつも通り過ぎて―――少しだけ、現実を忘れそうになる。
「好きですよ、武内君」
「―――――っつ!!…それは、プロデューサーとして、アイドルとして、許されざることです」
そんな自分の心に生まれた緩みを穿つ脳髄を溶かすような甘やかさを秘めたその一言に、喘ぐようにして必死に言葉をしぼり出す。ただ、そんな自分の様子すらも可笑しいとでもいう様に彼女は悪戯気な笑みを崩さない。
「おかしな人です。ソレは―――質問に答えてないじゃないですか?」
「貴方は、それでも良いと―――言ってくれておりましたので」
「―――気が変わりました。やっぱり、愛の告白って双方向の感情確認ですから返答が欲しくなったんです。ましてや―――ここには、二人だけです。“アイドル”も“プロデューサー”でもない“貴方”と“私”しかいないですから」
「それは、詭弁です」
「じゃあ、嫌いですか?」
「――っ!」
小首を傾げて何でもない事のようにそう問いかける彼女に思わず言葉を荒げてしまいそうになる。それすらも、なんでもない事のように微笑んだまま彼女は動かない。ただただ、返答を待つように細められた眦がさらに細められただけだ。
沸騰しそうになる心を必死に呼吸で鎮め、何とか零れ出掛けた言葉を呑み込む。それでも、飲み込んだ言葉は体の中を巡って余計な思考を生み出していく。
なぜ、そんな事をいまさら言うのか。
応えることの許されない問いだと貴方自身が、誰よりも知っていたではないか。
これならば―――――悪し様に罵ってくれた方が、ずっと楽であった。
「―――――高垣さんは、大切です」
「………」
「だからこそ、こんな事でしかもう私は取りえる手段がありま「嘘つきな悪い子はこうですです」
「っ!?」
個人として、職務として、どうにか血を吐くような思いで必死に絞り出した返答は無残に遮られ、俯いていた顔を強制的に柔らかな両手で掴まれ視線を合わさせられる。とっさに何かを紡ごうとした言葉は頬を引っ張られ遮られてしまう。
「あるお節介さんに言われたんです。本当に欲しいなら、大切なら、あらゆる手段をやり尽くしてから初めて諦めろって。でも、武内君も私もどっちもまだ何にもしていないんです。
でも、そうするにはまだ私たちは答えを出していません。
だから、今度はしっかりと私の目を見て答えてください。
ソレを言葉に紡いで、私に届けてください。
そのあとに、お仕事のことも、ファンへの事も、難しい事を目一杯に考えましょう。――――今度は二人で」
青と翠の瞳が、まっすぐに自分を射貫く。
初めて会った時から自分はこの目に弱い。
初めてスカウトしたときだって、もっと理論的な建前をしっかり準備していた。それでも、この瞳に見つめられるとそんなものは小さくしおれて行ってしまうのだ。どんな些細なごまかしでも見透かされ、その瞳が陰ってしまう事がたまらなく怖くて自分の本音を引きずり出す。
必死に堪え、組み立てた意思があっけなく崩される。
何よりも、ずるいのは―――問いかけるその言葉はいまだに自分の答えを全く疑っていないということだ。
そんなの、反則だ。
「貴方を―――楓さんを、愛してるんです。それでも、私は輝く貴方を妨げにはなりたくないんです」
「ようやく―――答えてくれましたね」
頬をつねる彼女の手を取って、自然と零れた言葉。
あれだけ大仰にしていた職業倫理と感情も言葉にしてみればなんとあっけない物か。
そんなちっぽけなプライドすら守り切れなかった自分の情けなさに肩を落としていると、正面から彼女に抱き寄せられる。
花と風のような柔らかな匂いと、包み込むようなその温もり。決して触れてはいけなかったはずのその幸福は体を内側から溶かすようにしみ込んでくる。―――ああ、だが、これが最後ならばもう少しだけ触れていても許されるだろうか、とそんな惰弱さが顔を持ち上げ緩やかに彼女の背に手をまわしてしまう。
「くふふ、正直者になった瞬間に随分と欲張りさんですね」
「……これが最後ならば、と思って見逃してください」
「まあっ、縁起でもない事いわないでください!!」
彼女のからかうような声に開き直って答えるとぺちりと手を叩き落とされた。正直、ちょっと調子に乗りすぎたかという思いに一瞬だけ肝を冷やしてしまったが、上機嫌な彼女の声に首を傾げる。
「しかし、この先の事を考えますともう中々お会いすることも難しいと思いますが…?」
「だから、ここから二人でどうしたらいいか考えるんです。言われるがままに引き離されてそれで御仕舞のシンデレラなんてあんまりに寂しすぎるじゃないですか。――どうせなら、全部が収まるハッピーエンドな方法を目指しましょう?」
満面の笑みを浮かべる彼女にちょっとだけ目を見開いて笑いが零れる。この眩しさこそが自分が惹かれ、皆を導いた彼女の輝きだ。――だから、少しくらいそんな御伽噺を聞いていたくなってしまった。
「同感です。御伽噺はやはりそうでなくては。手始めに…どこから手を付けましょう?」
「まずは、典型的なのは反抗の意思表示ですよね。悪政に屈しない姫たちは城を飛び出しちゃいます」
「くくく、なかなか過激な始まり…です、ね?」
変わらぬ笑顔の彼女の、変わらぬ明るい声。そこから語られる破天荒なシナリオに苦笑を漏らしつつ―――違和感を覚える。そんな自分を見てさらに深い笑顔を浮かべた彼女は見慣れた名前が羅列された謎の用紙を手に持って指を指揮棒のように振り物語を紡いでゆく。
「そうして飛び出た姫たちを見捨ててはおけぬと大富豪や冒険者さんがお手伝い」
「か、楓さん―――これは」
上機嫌なステップでカバンを引き寄せた彼女は二つのファイルを机の上へと乗せる。過労と精神疲労、そして、さっき呑んだ酒精が脳に回って目がおかしくなっていないのならば書かれているのは自分の尊敬する先輩が務める“765プロ”とデレプロの衣装関係を独占しているはずの“小早川コーポレーション”の名前が載せられた不穏な“移籍”や“補助”という文字の表題。
脳内で思い浮かぶストーリーの行く末に心臓が早鐘のように高鳴っていく――もちろん悪い意味でだ。
「市民に紛れて悪事の証拠を集め~」
流されるボイスレコーダーからはわが社の重役と思われる声が聞くに堪えない発言が零れ落ち。
「捕らわれ無理やり働かされていた魔法使いを開放し、共に歩んで――――わるーい王様たちを倒してよい国に生まれ変わりました……なーんてストーリーは、素敵じゃありません?」
「こんなことをしたら皆さんが――っ!?」
無邪気に微笑む彼女にその無茶苦茶さを説明しようとした声は指一本で押さえられ、その恐ろしいほど綺麗な笑顔の迫力に思わず腰を椅子の上に落としてしまう。
「ほら、意外と本気で何とかしようとするとこんなに出来ることがあるみたいです。コレを実行するには皆の同意と、貴方の気持ちを確認する必要があったんですけど――ようやく物語を進められます」
「楓さん、何をしようとしているのか本当に分かってるんですか?」
「いわゆる、“クーデター”というやつですね。でも―――私、もう決めちゃいましたから」
「……決めた?」
「ええ、“全部をてにいれる”って」
「――――っ」
無邪気に、静かに、それでも、燃える様な執念を燃やしたその笑顔と共に差し出されるのは最初に彼女が手に持った“同意書”と書かれたもの。そこには、メンバーの署名と血判が連なり、その最後の二行が空白のまま開けられている。
その意味に、恐怖する。その在り方に、慄く。
欲しいもの以外は全てを踏みにじる。その極端すぎる姿に“彼”が重なる。
「……やってくれましたね、比企谷君」
そう小さく毒づいて、私はその心中同意書に自らの名と血をしたためた。
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『やってくれましたね』
そう短く書かれた雇用主からのメールの着信に肩を竦める。
竦めるついでに、暗くなった事務所の中、自分の背後で幽鬼のように佇む彼女に声をかける。―――できるだけ、嫌らしく。
「確認ですけど、『何があろうと“アンタ”は“武内さん”につく』んですよね?」
「――――っつ!!!!!」
返答は粉々になったカップに、荒々しいドアの音。
それに溜息一つで答え、椅子をずるりと滑り落ちてゆく。
ああ、疲れた。だが、やり切ってはやった。最初は誰もが目を剥き騒ぎ、765さんにも、紗枝にも散々嫌味と雑用の約束を取り付けられた。
それでも、全てを手に入れるならこれが一番早い。
自分だけで抱えて埋まって朽ちようとして前回は失敗した。だから今回は盤をひっくり返し、欲しいもの以外の全てを均して埋めて、ひき潰してやる。その上に、当然のように鼻歌交じりで居座ってやれ。
契約だの、違約金だの現実的な問題に強い緑の悪魔もフラストレーション限界値で送り出したのだから何とかするだろう。
これから起こる主役の大暴れ。
精々、小悪党らしく端で自分が唆したその波紋を―――楽しませてもらうとしよう。
そんな独白と気味の悪い笑い声と共に俺は意識を睡魔へと手放した。
('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。
評価を欲しがると”調子乗んな”って怒られるかと思えばみんな優しくコメントや評価をしてくれて味を占めたクソ野郎でやんす←
気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。
コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感
_(:3」∠)_