デレマス短話集   作:緑茶P

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諦めず全てを手に入れる決意をしたシンデレラと武内P。

彼らの戦いはどんな結末を迎えるのか―――――。


鐘は鳴り響き、魔法は終わりを迎える chapter Last

 

「正気かね、君たち?」

 

 デスクの上に並べられた資料や誓約書を一通り眺めた私は大きなため息と共に疲れたようにそう呟き、目の前の部下である二人の若者に視線を向ける。

 

「正気とは言い難いですが―――本気ではあります」

 

 低く、小さい。それでも芯に響くような声で答える“武内君”は困ったように微笑みつつもソレを撤回する気配を見せずに一歩前に出る。

 

「これが、我々のプロジェクトの総意です。上層部の理解も、説得も、諌言も求めていません。ただ、結果の報告だけはしておくべきだと思いましたので」

 

 普段にまして険しい目の中に熱を込めた彼は揺ぎ無くこちらを見据え、無言のまま数秒視線が交錯する。息が詰まるようなその緊迫感にけだるさを覚えてもう一度手元の資料を手遊びのようにめくりつつ、改めて内容を確認する。

 

全部を読んだわけではないけれども実によく作り込まれている。

 

 まず、765プロというのがいい。“日高 舞”以来でアイドルという形態をここまで社会に普及したのは彼らだし、今の勢いを考慮すれば対抗馬というのも少なく済んで他プロダクションとの軋轢も少なく済む。それに、あそこの社長は961プロと繋がりが深いから、ある程度の提携や利益を約束すれば大いに喜んでウチを叩くことに協力するだろう。

 

 それに、スポンサーの小早川コーポレーション。元々、本社自体への出資を断った一件以来、デレプロ専属の衣装作成を独占していたのだから何ら変わらないように思えるが、そこで効いてくるの―――――この録音データとなる。

 

 こんな恥部を晒されてしまえば容易に世間は敵となり我が社への批判は殺到する。

 

 ここで違約金等を吊り上げて脱退を渋れば、社会からの批判は免れずに最低線の金額で彼女たちは“デレプロ”を買い上げ、さらに“765”までのパイプまで作り上げられる。

 

 まあ、要はわが社に取れる処置はもうないという訳だ。

 

 敵対するとここまで厄介な人間が自分の優秀な部下であることを喜ぶべきか、頭を抱えるべきか悩みどころでもある。――――それに、これを彼一人で考えたと推測するには随分と癖がありすぎる。

 

脳裏に気だるげな若者が思い浮かび思わず苦笑を漏らしてしまう。

 

本当に不思議な男だ。

 

だが、芸能界という業界についての認識は武内君も含めて甘いと言わざる得ない。

 

「この同意書には君達だけの名前のモノと変えておきなさい。そのほうが反感と恨みの行く先がはっきりとして向こうの動きが分かりやすくなる」

 

「―――――――は?」

 

 私の紡いだ言葉の意味を汲み取れず呆けた顔をする彼に肩を竦めて答える。

 

「すでに知っている事とは思うがね。今の上層部は芯の芯まで腐っている。

 

 そんな彼らが致命的にまで追い込まれ、自社に利益ももたらさぬ存在に対する最後の手段は何か―――――“暴力”さ

 

 仕事の間はいいだろう。だが、プライベートは?学校は?家族は?友人は?

 

 これから多忙に飲まれる君たちが想像もできないくらいに世の中にはどうしようもない暇人が溢れていてね。

 

 その無数の悪意は直接的でなくても彼女たちを苦しめる。そんな中で今までのように活動し、輝かせることができるのかい?」

 

 その全てが冗談や脅しの類でなく、本当に起こりうる悪夢の一旦であることを思い知った彼が唇を強くかむ。整然とした理論など相手にしないその別世界の倫理に、彼は返す言葉を見つけられない。――――見つけようなど、ないのだ。

 

 そんな彼を見つめ、随分と重くなってしまった腰を浮かして席を立ち、もう一度言葉を紡ぐ。

 

「ならば、我々だけが署名し、彼女達は強引に移籍をさせられたとすれば標的は我々だけに集中する。あの人数をカバーすることと比べれば数人で自衛に努めるほうがより効率的だ。

 

なにより、これだけの交渉材料があるのならば実際に移籍する必要などないだろう。

 

 “移籍先”と、“スポンサー”に“醜聞の証拠”。“ドル箱の喪失”をチラつかせつつ言ってやればいい。“稼いでやるから黙ってみてろ”、とね。

 

 これだけやられて仕返しを考える様な肝があるならば我が社の上層部ももう少し安心して見ていられたが……まあ、そんな気概もあるまい」

 

「い、今西部長、あなたは一体何を――――」

 

  語られた言葉に戸惑う彼。本来ならば彼の年齢くらいではこんな表情で年配に助力や世話を頼みに回ることなど日常茶飯事であるべきなのだ。だが、良くも悪くも彼は大概の事を一人で成し遂げてしまえる強さがあった。そして、ここまで進む道中で彼の周りには敵が多すぎた。

 

 走り抜けられる所までは見守ろうと、躓いたならば手を出そうと―――そんな自分の悠長さがさらにソレを助長したのだろう。

 

 挙句の果てには、彼のもっとも大切なものを奪おうとする有象無象の一助とすらなってしまった。

 

 ならば、それに見合う程度のお節介はしてやるべきだ。

 

「上の人間を黙らせるのは私が引き受けよう。君は早く“プロジェクト続行”の朗報を彼女たちに届けるといい。――――待ちわびている事だろうからね?」

 

 唖然とする彼はしばし何かを言いたげに口を上下させていたが、やがてその口を強く引き結んで、小さく一礼をして部屋を出てゆく。その数舜後に爆発するような歓声が廊下から聞こえ、果ては胴上げの音頭まで聞こえてくる。

 

 大方、結果報告を部屋で待ちきれなかったアイドル達が廊下で待ち伏せていたのだろう。自分にはとうの昔に失くしたその無邪気さと純粋さが眩しく、小さく苦笑を漏らして細巻きに火をつける。

 

「―――――根本的な問題の解決にはなっていないと思いますが?」

 

 たゆとう紫煙を切り裂くような冷たい声にゆっくりと視線を向ければ、一緒に退出したかと思っていたちひろ君が能面のような笑顔でそこに佇んでいる。

 

「風は、自由に吹いているのが一番いいものだよ。――――――――それに、もうすぐ挿げ変わる首に目くじらを立てた所で無駄な労力という奴さ」

 

「……お顔が昔のようになってらっしゃいますよ?」

 

 呆れたように言われて、頬を一撫でしてみるとなるほど確かに頬が随分といやらしく吊り上がっているのを自覚する。何度か撫でさすりようやく仮面がもとに戻った事を確認して彼女に微笑みかける。いやはや、やはり若者に囲まれていると自分まで若返ったような気がしてしまう。

 

「……まあ、いいです。しかし、あんな大見得を切ってよかったんですか?いまから上層部に掛け合ってどうなるかも分からないのに?」

 

 小さくため息を吐いて答える彼女にいけないと思いつつもつい嗤ってしまう。

 

「彼らも久々に私の仇名と誰に鍛えられたかを思い出してもらおうかね?幸い、私もそっち方面に関しての顔は随分と古い知り合いが多い。―――むしろ、765と小早川さんに電話を掛けるほうが億劫なくらいだ」

 

「“赤鬼の今西”、ですか。“剛腕の美城”と呼ばれた会長の懐刀が出張るのならば――――問題はなさそうですね」

 

 随分と昔に呼ばれたその名はかつてのやんちゃを思い出してしまうので随分と気恥ずかしい。そんなテレを隠すように煙を深くはいて話題を逸らすことにする。―――そもそもが、その頃の悪行のせいで現社長に嫌われ自分はこんな左遷にあっているのだから長引いて面白い話でもないのだ。

 

「ああ、そういえば“彼女”から連絡があってね。来年の秋頃にはこっちに戻ってこれそうとの事だ」

 

「あら、先ほどの近々ってお言葉も本当だったんですね」

 

 笑顔の鉄面皮がほんの少しだけ剥がれて本当に年頃の娘のように顔を綻ばせる彼女に苦笑を返しながら窓の外に映る晴天に視線を移し、震える手で煌々と熱を放つ細巻きを握りつぶした。

 

 

 

「―――――――ようやく、本当に346でこの芸能界を染める準備が整った」

 

 

 長い旅路の果てにようやく整ったその未来。

 

 その熱に、私は小さく熱い吐息を漏らした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「改めまして~、杯を乾すと書いて~」

 

「「「「「かんっぱいっ!!!!!」」」」」

 

 

 何度目かも分からぬ乾杯の音頭と共に歓声とコールが鳴り響き、姦しい会話が耳を突く。

 

346への謀反は大成功と言っていい物か分からないが今西部長が出張って解決してくれるとの事で大事にならないままにこのプロジェクトの存続が決まった。その結果を会議室の扉の前で受けたメンバーと、武内さんの間にも一悶着があったが―――楓さんの“飲み会”の号令によってそれぞれの不満や文句はこの会場へと持ち越された。

 

 以来、武内さんは全メンバーから絡まれて酌と文句を飲み干し続けている。

 

 傍から見ていても一升瓶が5,6本転がっているソレをいまだ飲み続ける武内さんに恐怖を覚えつつも、内2本くらいは頑張った“ご褒美”という名目で飲まされた俺は早々に会場の隅の席へと逃げ出している。

 

 ほんのりと酩酊する意識は本来なら気分のいいもののはずであるが、波乱を巻き起こした小悪党のお約束でもある“痛い目”という奴にばっちりあってしまっているせいでどうにも気分は憂鬱だ。

 

 その事に深くため息をついて頭を抱えていると、ふんわりとスズランの柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「お酒に強いのは知っていますが―――少々、飲み過ぎな気がします」

 

「それは飲まされてる最中に言って欲しかった言葉だな、文香」

 

 差し出された水のグラスと共に零された小言に軽口を返せば、前髪の奥に隠れた深藍の瞳がちょっとだけバツが悪そうに苦笑を浮かべる。

 

 集団心理というのか、悪乗りというのか、あそこまで熱狂した場に口を挟むというのは随分と勇気がいる。もちろん、普段ならそんなノリ関係なく自分でぶった切るし、周りの奴らだって止めに入るのだろうが今日ばかりは仕方ない。

 

 自分たちの未来を掛けた大勝負でそれくらいの大逆転をしたのだ。こっちもそれくらいの無茶はそそのかした側としては笑って負うべきだろう。――――それに、ため息の原因はそれではない。

 

 その原因である緑の悪魔がちゃっかり酌をする側になっているのを見てまた深くため息を吐く。

 

「まさか、新入生がもう選考済みでこのままの面子でプロジェクトを進めるとは思わんかった……」

 

「それは――――、なんといいますか……」

 

 俺の口から洩れた愚痴に文香は今度こそおざなりに視線を逸らすことしかできない。

 

 あの会議室での歓喜に湧き立つ中で遅れて出てきたあの悪魔から告げられたその真実に俺は思わず膝を負ってしまうくらいの衝撃を受けた。

 

 完全に移籍へと意識が向いていたのでそっち方面への考えなどまったく持っていなかったのだ。つまり、今でさえ週の半分しか通えていない大学に行く時間はさらに削られるのだ。

 

 自分で蒔いた種が見事に首に巻き付いて、俺の単位が窒息寸前へと追い込まれたその事実からの現実逃避にやけ酒を決めてみてもその憂鬱は晴れちゃあくれずこうしてうなだれている訳だ。

 

「……代返とレポート手伝い、頑張ります」

 

「素直にバイトを辞めさせてくれるって方向が助かるんすけど?」

 

 小さくガッツポーズをする彼女に胡乱気な視線を向ければ、ほんのりと微笑むだけで返される。―――どうにも、それは認めてくれる気はないらしい。美人っていうのはこういう時の無言の圧力が強くて困る。

 

 そんな返答への文句を視線だけに留めて受け取った水に口をつけると、彼女の小さな声が耳朶をかすめる。

 

「……結局、全部を貴方に押し付けてしまいました」

 

 先ほどまでの軽やかさを失くした声を漏らした彼女は、小さくその手を握りしめ視線を落とす。

 

「説得も、交渉も、嫌われ役も――偉そうな事を嘯いた私ができた事なんて、何もありません」

 

 沈んだその声。

 

 それは、あの輝く感情を宿した時とは違い、出会った当初の暗さを宿したものだ。

 

 

「だから」

 

 

 それでも――――――彼女は変わった。

 

 

「私は、もっと、強くなります」

 

 

 その弱さや、後悔を飲み込んで―――――彼女は、踏み込んだ。

 

 

「貴方が、比企谷さんが、負った傷を――――無駄だったなんて思わせないくらい、輝いて見せます」

 

 

 前髪に隠れたその瞳に、燃える様な決意を宿して俺を射貫く。

 

 その熱量に、覚悟に、誓いに―――――息を呑む。

 

 だが、それは小悪党に向けられるには過ぎた光だ。

 

 だから、俺は――――その光が陰らぬことを祈って、小さく苦笑いを浮かべる。

 

 

 どうか、いつかの日、彼女がこんな自分を忘れて輝くことを祈って嗤う。

 

 

 物語は何時だってお姫様にハッピーエンドを迎え、小悪党は人知れずいなくなるものなのだから。

 

 

 どうか、この眩い少女が――――そうであるようにと願って俺は持っていた水を飲み干す。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

三ヶ月後

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「ふーん、悪くないね」

 

「ミクは猫ちゃんなの!!」

 

「なんてーかー、ロックっしょ!!」

 

「はぴはぴだに~」

 

「闇に呑まれよ!!」

 

「島村卯月、頑張ります!!」

 

「へへー、私もいよいよアイドルデビューかー!!」

 

「スパシーバ…あー、よろしくお願い、しまーす」

 

「みんな!よろしくね!!」

 

「ハチ君、おひさー!!」

 

「うわぁ、すごーい!!」

 

「………まあ、売れて印税生活できるまではよろしくー。……もう帰っても大丈夫?」

 

 

 

 

 居並ぶ面々が好き好きに、姦しく騒ぎ立てるその光景に俺は無言で頭を抱える。人数や、これからの日程や、その他の事でも頭が痛くて溜まらないが――――――――この面子はもはやワザととしか思えない。

 

「……もしかして武内さんって”キワモノ”しかセンサーが反応しないんじゃないかと思う時があります」

 

「彼女たちにも―――楓さんたちに負けない輝きを見ました」

 

 

 胡乱気に抗議を込めて隣の偉丈夫に視線を送れば迷いなく答えてくれるが―――なんで視線を逸らすんですかねぇ……?

 

 そんな彼に深くため息を吐き、力なく頭をかき改めて彼女たちを見つめる。

 

 どいつもこいつも癖しかない問題児。

 

 だが、そんなのこの部署では今更かと思いなおし彼女たちの前に一歩を踏み出す。

 

 最初に言う言葉?

 

 ボッチの少ないボキャブラリーなんてたかが知れている。なので、俺は奇をてらいもせず簡潔な一言で彼女達を迎える。

 

 

 

 

 「シンデレラプロジェクトにようこそ――――逃げ出す手続きならいつでも受け付けているから、遠慮なく申し出てくれ。」

 

 

 

 

 集まった視線の熱と敵意に居心地の悪さを感じつつ俺は精一杯に不敵に応える。

 

 

 嫌われの小物は、最初に憎まれるくらいが――――丁度良い。 

 

 

 




('ω')へへ、旦那。長らく続いた1期”黎明期編” 最終回のお話はいかがでしたかね。

ココから脳内にある2期”ニュージェネレーション編”に続いていくのですが……力尽きたのでこの先はいったん筆を置かせていただきまさぁ。


気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。


_(:3」∠)_誰か続きを書いてもいいのよ…?

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