デレマス短話集   作:緑茶P

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”あるとき私は自分を美しいと決めたの” byガボレイ・シディベ


秘密の奏さん

あらすじという名のプロフ

 

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

速水 奏    女  17歳

 

 常務のプロジェクトクローネ設立時に92プロから引き抜かれた精鋭アイドル。蠱惑的な言動と大人びた雰囲気によく成人と間違われるが未成年である。エロい。

 注目作の主演に選ばれるほどの彼女には誰にも言えない秘密があって―――?

 

――――――――――――――

 

 ドラマ完成記者会見と銘打たれた壇上に並んだ美男美女を無数のフラッシュが幾度となく照らし、彼らも笑顔を深くしてそれに答える。特にその中の一人の少女が朗らかに笑えば本職の彼らすら一瞬忘れて見惚れてしまうのだから、流石の貫禄と言わざる得ないだろう。大人びた外見と意味深な笑顔を浮かべるその少女こそは我らが346プロの中でも間違いなく上位に入るであろうトップアイドルの一人”速水 奏”。そして、今回のドラマにおいて主役を演じきった主賓でもある。

 

 そんな一際目立つ彼女に目をつけたMCは軽快に質問を投げかけて来る。

 

MC「今回は原作が漫画のドラマを演じたられた皆さんですが、主演の奏さんは普段、漫画なんかを良く読まれたりしますか?」

 

奏「普段は滅多に読む事なんて無かったんですが、このお話の原作を読んでから随分とよく読むようになりました。むしろ、最近はアシスタントの人が随分と熱心に勧めてくれるので、オタク並みに詳しくなってるかも?」

 

MC「おー!ソレは意外ですねぇ!!トップアイドルの”速水 奏”さんをオタク化させたなんてそのアシスタント君を誉めていいやら、しかるべきやら…」

 

 そんな彼女のおどけた回答に唸るMCに会場が大きく笑った。その後も和やかに進んでいくインタビューの中、隅っこで控えている某アシスタント君である俺は小さくため息をついて苦笑を浮かべる。

 

八幡「…熱心に、ねぇ?」

 

 なんとなく釈然としない気持ちを浮かべながら、”比企谷 八幡”は あの日の事を思い出す。

 

 彼女の秘密・・・を知り、共犯者になったあの日の事を。

 

 

―――――――――――

八幡「なあ、なんであのディレクターに嘘ついたんだ?」

 

奏「突然、何の事かしら?」

 

 めでたく決まったドラマ出演に伴い、監督やディレクター陣達との顔合わせが終わった帰り道の事である。武内さんは大人のお付き合いを含めた打ち合わせとやらで監督たちに同伴してしまったので、高校生の彼女だけを車に乗せて送っている時にふと思いだした疑問がポロっと口からこぼれ出てしまった。そんな言葉にぼんやりと窓の外を眺めていた彼女は、本当に不思議そうに眼をはためかせてこちらを見て来る。

 

 いつもの様な意味深な”いい女”的な反応ではなく、ホントに何の事か思い当たっていない様な彼女に今度はこっちが首を傾げてしまう。

 

八幡「ん?”漫画は良く読むか?”って聞かれて”全然読んだこと無い”って答えてたろ?」

 

奏「ええ、言ったわね。でも、何でそれが嘘をついた事に―――」

 

八幡「だって、お前の言い回しってスパイ漫画の『レッド・スワン』を元にしてんじゃないの?」

 

 何気なく普段から思っていた事を口にした瞬間に助手席から”ゴッ”という鈍い音がなり、目線だけを向けてみれば耳まで真っ赤に染めた奏が窓ガラスに思い切り頭を突っ込んでいた。普段から大人びた行動をとっている彼女の反応としては非常にレアで面白い絵面ではあるのだが、拭いたばかりの窓ガラスに油がつくのでどうかご勘弁願いたい。

 

奏「………いつから気付いていたの?」

 

 地獄の底から響くような低い声。乗ってるのが奏だけでなければマジギレ熊本弁状態の美穂を疑った所だが、間違いなくこの声の出所は幽鬼の様な表情の彼女から出されたものだろう。そのあまりの迫力にハンドルを握る手に冷や汗が滲むが、今さら言葉を呑めば更に怒りを買う事は想像に難くないので何とか言葉を絞り出す。

 

八幡「あー、随分と昔の漫画だったから思いだすまで結構掛かったが、まあ、―――結構、最初から聞いた事のあるいいまわしだなぁ、とは」

 

奏「うぐぐぐぐぐぅぅぅぅぅぅ」

 

 ファンや、世間様にはとてもお見せ出来ない感じに頭を抱えて悶える奏を横目に思い返す。

 

 最初に会ったときからデジャブの様な違和感はあったのだ。だが、実家の断捨利に呼び出されて親父の本棚に着手した時に久々に手に取ったその漫画。それが”レッド・スワン”だ。ジャンプ黄金世代に同人誌の様な慎ましやかさで発行されていた週刊誌に載っていた連載作で最後はその週刊誌の終焉と共に打ち切りの様な感じで終わってしまったが内容は当時としては作り込まれていて、劇画調の作画の中でスパイとしてのあらゆる苦難をサラリと”いい女”を醸し出しながら、チョットしたミスの可愛らしい描写を加えたその漫画はいま読み返しても名作だったと言っても過言ではない出来だった。

 

 その女がキスや思わせぶりな仕草でターゲットの心を掴んでいくのは随分と印象的で、幼少の頃の俺にも随分心に残ったものだ。ソレを自分より年下の彼女が知っているのに驚いたものだが、この様子だとどうにも触ってはイケない部分だった臭い。

 

奏「―――笑えばいいわよ。どうせ、散々と”いい女”みたいな言動で周りの人をからかっていたのを内心で笑ってたんだから、そうしたらいいわ!!」

 

八幡「事故りそうだから、んな近づくな。別に笑っちゃいねぇだろ」

 

奏「んぎ」

 

 一転して噛みつくようにこちらに顔を寄せて来る彼女を片手で助手席に押し込んで小さくため息をつく。大体、ソレを笑ってからかうような神経をしてるなら蘭子や飛鳥と会話なんてマトモに出来やしない。そもそも、奏のソレを笑うにはあまりに自分の黒歴史はちょっと深すぎる。いずれそれに頭を抱える蘭子らの苦悩を思えば、名作に影響を受けたなんて些細な事だ。むしろ、そのキャラクターが世間でここまで受け入れられている上に原作が世のほとんどの人が知らないような内容なのだから随分と傷が浅いとすら言える。世の中には初恋が流浪の侍だと明言してしまう声優だっているくらいなのだ。

 

 そんな事を笑って語っていると奏もちょっとずつ沈静化していき、膝を抱えてこちらを窺う様に睨むくらいには落ち着いてきたようだ。

 

奏「……嘘よ。絶対に心の底では笑ってるに決まってるわ」

 

 拗ねたようにそういってそっぽを向く彼女にこっちは苦笑を返すしかないが、別に個人的には本心からどうだっていい事だ。漫画でも、映画でも、身近な人でも、憧れて近づきたいと願い、努力した事は―――決して笑われるような事ではないのだと、俺は思うのだから。なんならば、その理想を目指してその想像を絶する辛さにすぐ挫折した事すら笑われる事ではない。

 

 憧れた何かは、そのしんどさを受け入れてなお、その姿勢を貫いている事が学べればソレは一生を支える何かになってくれる。ソレを人は”挫折”と呼ぶのかも知れない。だが、その痛みを知ってなお目指し続けようとするその姿勢は笑う事など許されない崇高な気高い物だと俺は思う。

 

 本当に恥ずべきは、心に宿した灯を知ったかぶりの冷たい風で吹き付ける事だ。

 

 挫折した傷を、相手にも求める”どっかの誰かだ”。

 

 灯を消すならば静かに一人でその傷を抱えるべきだ。頼りない灯を抱えて前に歩む誰かを巻き込むべきではない。

 

 だから、俺は”速水 奏”を笑わない。

 

 彼女は、まだその小さな灯を抱えて、歩き続けているのだから。

 

奏「…貴方は、アナタが憧れたのは、どんな灯だった?」

 

八幡「―――さあな。ソレを前に怖気ちまったから答えは一生分からん。」

 

 そう語った俺に彼女は小さく問うたが、残念ながらその答えは持ち合わせがない。狂おしく求めたソレが全てを壊す事を知って逃げ出した俺には一生語るべきでは無い事だ。

 

 俺が、それ以上を語る事はないと悟った彼女は小さく息を吐いて抱えていた足を崩して小さく、ポツリ、ポツリと語り始めた。彼女の。”速水 奏”の物語を。

 

 小学校の頃、彼女はおさげにだっさい丸眼鏡を掛けた冴えない女だったらしい。部屋の隅で本を読んで過ごすような目立たない何処にでもいる少女。ほおっておいてくれればいいモノを彼女はいつの間にか女子からのいじめの対象となって家に引きこもるようになった。

 

 そのなかで無気力に過ごしていた彼女は、やる事もなくなったときに暇つぶしに父親の本棚にあった”その漫画”を手に取った。ソレが彼女に衝撃をもたらした。様々な妨害を、困難を逆手にとって頬笑みと余裕を持って乗り越えていくその主人公に。そして、ふと見た鏡に映った自分と”彼女”の差に絶望した。そして、諦めていた何かに火が灯るのを感じたそうだ。

 

 ”なぜ、自分が尻尾をまいて引きこもらなければならないのか”と。

 

 答えは単純で、”彼女の様にカッコよく無いから”。それだけだ。あまりに単純で今では笑ってしまうほどだが、たったそれだけが幼い彼女が得た真実だったのだ。

 

 その日、彼女は腰まで伸びるおさげを自ら切り落として”速水 奏”として生まれ変わった。

 

 ソレが、彼女の始まり。

 

 ありふれていて、それでも彼女をここまで駆け抜けさせた始まり。

 

 ソレからの事を彼女は語らなかったが、まあ、十分だろう。

 

 注目作の主演に選ばれたその実績が、きっとその答えだ。

 

 だが、そこまで聞いても分からない事が一つあり思わず口を衝いてしまう。

 

八幡「だけど、ソレが何で漫画好きを隠す事になるんだ?」

 

奏「…常務に引き抜かれる前の92プロで言われたのよ。”アイドルがオタクだなんて絶対にばらすな”って。――ソレにちょっと恥ずかしいじゃない、女の子がジャンプが好きだなんて?」

 

 その答えに大笑いしてしまった俺に、彼女が目を三角にして肩を叩いて来ているウチに辿りついた彼女の家の最寄り駅。買ってやったジャンプを大切そうに抱えて彼女は帰って行ったのだ。

 

 

 

――――――――――――――

八幡「で、”熱心に勧めた漫画”はお気に召して貰えましたかね?」

 

奏「待って。今、いい所だから」

 

 記者会見が終わった帰り道。流れる街灯を目でなんとなしに追いながら掛けた嫌味な言葉は、上の空の言葉で返されればこっちも苦笑するしかない。諦めて、ぼんやりと流れる首都高を走らせていれば小さく息を吐く声が聞こえたので胡乱気に脇に座る少女を見れば、何に祈りを捧げているのか週刊誌を抱えて目を閉じている”主演女優”が映る。たかが週刊誌に何をそんな感慨を感じているのやら。

 

奏「さっきはダシに使って悪かったわよ。今週も最高だったわ」

 

八幡「そりゃなにより」

 

 苦笑して返してくる彼女に肩をすくめて返すと、彼女はもう一回小さく笑う。

 

奏「あんまり怒らないで?アナタにはホントに感謝してるんだから。漫画好きも今回の件で公認されるだろうし、これで私も堂々とコンビニでジャンプを買えるわ」

 

八幡「最初の感想が、主演女優の喜びよりそっちかよ…」

 

 別に軽口にムキになった訳でなくからかってみただけなのだが、真剣な顔でそういわれると肩を落として笑ってしまうのはご勘弁願いたい。そう思って隣を見れば、本当に嬉しそうにニコニコしている彼女にまた笑ってしまう。あのジャンプが切っ掛けになったのか彼女が望む漫画や週刊誌を手に入れては移動中のハイヱ―スで献上すると言う謎イベントが発生していたのだが、これでどうにもお役御免らしい。業務が減るのは実にすばらしいが、感想を言い合える時間が減るのは少々さびしい気もしないではない今日この頃だ。

 

奏「でも……また、貴方のオススメがあったら、買って来て頂戴?」

 

 真剣な顔を綻ばせて、ちょっと遠慮気味にいう彼女を横目で見て、頭をちょっと乱雑にかいてしまう。

 

八幡「流石、主演女優。あざとい(ボソッ」

 

奏「聞こえてるわよ?」

 

 その一言に冷たく睨む彼女の肩をすくめて受け流しながら思うのだ。

 

 秘密を抱えるほど女は美しくなるという。

 

 確かに、そうかも知れない。見えない部分ほど見たくなりソレを求めてしまうのは男の性だ。

 

 だが、秘密を抱え過ぎても、美容と健康には悪かろう。

 

 ならば、このちょっと狭いハイヱ―スの助手席くらいは彼女の秘密を下ろす場所があってもいいのではないかと。

 

 ミステリアスで、底知れぬ彼女が年相応の”速水 奏”でいられる場所があってもいいのではないかと。

 

 隣で喚く奏をいなしながら、そう思ったのだ。

 

 ココが抱えた灯を下ろして、休める場所とならん事を祈って今日もこのボロ車は都内を駆けていく。

 

 

 


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