聖夜という特別な日のせいか賑やかで、華やかだった街並みはピークを過ぎた辺りから少しずつその雰囲気を変えて静かに、秘めやかで甘いものへと変わってゆく。
道行く腕を組み寄り添う人々。
普段ならば遠目に微笑ましく思うか、少しだけの憧憬をもってソレを見送るのだけれども――――自分と隣の彼も、いまはその中の一人になっているという自覚と伝わってくる仄かなその熱量を意識してしまって嫌がおうにも頬は寒さを忘れるくらいに熱くなる。
隣を盗み見るように伺ってみれば、白い息をたなびかせて遠くのイルミネーションを無感動に眺めているその横顔。ソレはまるで自分のことなどまるで意識などしていない余裕を表しているようでほんの少しだけ悔しい。何に敗北感を抱いているのか自分でも分からぬままほんの少しだけ抱き寄せているその腕の力を強めると、彼は歩みを止めてこちらに視線を下げてくる。
いつもどこか遠くを見ているような仄暗いその瞳に自分が映り込む事に、ちょっとした優越感と怖さが胸に静かに滲んでゆく。
その眼差しは――――本当に自分を映していてくれるのか、怖い。
その暗さが―――――今だけは自分だけを捉えている暗い喜び。
その二つに心が満たされた時に無意識に口を開いてしまった。
何を伝えるつもりだったのか、どうするつもりなのかも分からぬまま言葉を紡ごうとしたそのとき時―――――――――「カーット!!美波ちゃんいい表情できてたわよ!!最高のシーンになったわ!!」
頭に響くような監督の濁声が街の雰囲気も渦巻いていた謎の熱量も散らしてしまい、紡ぎかけていた言葉はホロホロと解けて何処かにとけていってしまった。それによって急に冷めた視界で周りを見渡せば、自分を囲んでいた機材や大勢のスタッフさんが一気に詰めていた息を吐き出して大声で取れ高の報告や確認に動き出している。
ざわざわと騒がしく、さっきの静謐さが嘘のように湧き上がる熱気の中で隣から聞こえた深いため息。そして、なんの未練もなさそうに離れてゆく組んでいた腕に情けない声が漏れ出そうになったのを気だるげな声が遮った。
「…あー、肩凝った」
「――――年頃の乙女と腕を組めてたんですから表面上だけでも喜んだらどうです?」
「馬鹿野郎。俺のクリスマスエスコートはいつだって妹の為にしか使われないんだよ」
「……前々から思ってましたけど、“妹さん”って変なサイトで知り合ったりしてませんよね?本当に実在してるんですよね?」
「ぶっとばす」
遮られた声は彼の軽口に合わせることによって何とか吐き切っていつもの軽口合戦。自分で言うのもなんだがお上品な自分にここまで暴言を吐かせるというのも彼くらいのものだ。
そんなやり取りに小さく笑いをかみ殺して、隣に佇むアシスタントの“比企谷”さんを改めて見やる。普段のシンプルなシャツと黒いスキニーパンツ。その上、無造作に纏めた髪という見慣れた姿はそこになく、控えめなマフラーと厚手のカーディガンに少し無骨なダウンを着こなして、すっきりとしたパンツと瀟洒な革靴姿で随分と見違えた彼が立っている。少し厚手に見えるコーディネートも細身な彼が身に着けると不思議とスマートに見えてくるからスタイリストさんの感性には感服する。
それに何より驚くのは、無造作な髪はワックスによって緩くウェーブで纏められ、普段は人を曳かせるであろうその澱んだ瞳が眼鏡によって随分と緩和され――――つくづく見た目と第一印象の大切さを実感させられる。
「普段からそれくらい身だしなみに気を使っていれば疑われないかもしれませんよ?」
「はぁ?千葉Tとか超おしゃれだろうが。――――というか、こんなんドタキャンでもされなけりゃ絶対に引き受けるわけねぇだろ」
前半の戯言はともかく、彼がこんな格好をしているのには当然訳がある。
有難くも私“新田 美波”の写真集というモノが企画に上がり、なんでもコンセプトは“ファンに美波が隣で微笑む日常”という物らしく――――まあ、端的に言えば私が彼女として隣にいたらこんな感じというのを形にしたいらしい。そんな感じで始まった企画は春から始まり、今のクリスマスに至るまで続いて今日に至るのですが、今日の相手役としてくるはずだった俳優さんが突如鼻血が止まらなくなったらしく相手の事務所からNGがかかってしまったらしいのです。
本人はやる気満々だったそうですが流石に血だらけのクリスマスは絵面的にまずいでしょう。とはいえ、この繁忙期に急な手配もつかずイルミネーションの関係で先延ばしも聞かない状態を事務所のちひろさんに相談すれば、曰く『そこに目以外は映えそうなポンコツが突っ立てるんですから―――マネキンがわりには十分じゃないですか?』なんて無慈悲な回答が返ってきました。
前から思ってましたがこの二人は少し仲が悪すぎやしないでしょうか?
それを聞いた監督さんは鷹揚に頷き、馴染のスタイリストさん達は大興奮で彼を着せ替え人形にしたことによってこんな世にも珍しいオシャレゾンビが出来上がった訳です。
「ラインでみんなに送ったら随分と話題になりそうですね?」
「…肖像権って知ってる?」
「おっ!!二人とも良かったわよ!!急な変更だったから心配してたけど今まで以上にいい画が取れてたわ!!」
本当に嫌そうにつぶやく彼とその経緯を思い出してコロコロ笑っていると耳の奥まで鳴り響く大音声と共に逞しい肉体をくねらせた壮年の監督が声をかけてくれたので二人で慌てて頭を深く下げる。
「「今日はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした!!」」
「いいわよ~!むしろ今までの硬さが溶けて“一年をかけてここまで来たっ!!“って感じの表情が撮れててむしろこっちがラッキーなくらいなんだから!!それよりもこの後スタッフで飲みに行く予定なんだけど、二人もどう?」
気さくに私たちの肩を叩きつつ答える監督に安堵の息を漏らしつつも、その誘いに乗るべきかどうかちょっと逡巡して隣の彼に視線を送って判断を仰いでしまう。別にお伺いを立てる必要もないし、今後を考えれば本当は行くべきなのはわかり切っているのに無意識にそうしてしまった事が少しだけ恥ずかしい。
「いや、申し訳ないんですけど、今日は遠慮しときます。―――ウチのアイドルの酒癖の悪さは有名ですし、こいつもたちが悪い酔い方をするもんなので、って、いてぇ」
「だ、れ、が、酒癖が悪いんですか?」
「―――え、もしかして難聴? い、ででえでえでっ!!!」
力強く頷いて爽やかに人を貶める彼の足を思い切りふんずけて笑顔で問えば小馬鹿にしたように鼻を鳴らす彼の足にことさら強く踏み込む。そんな私たちを見た監督が大笑いして肩を叩いてくれる。
「あはっはっはっは!!い、いや、くくくっ、こっちこそ無粋だったわ。そうよね、クリスマスのこの時間に仕事付き合いで呑むほど馬鹿らしい時間の使い方もないわ!!そんじゃ、この次の日程は追って――というか、新年だから2.3日中には連絡するから日程調整よろしく♡」
「はい、すみません。コレの完成打ち上げには必ず行きます…撮り終わった後ならスタッフも最後まで幻想補正が効くでしょうから―――いででで」
「ひーきーがーやーさーん?」
懲りずに減らず口を叩く彼のほっぺをつねった所でさらに大笑いをした監督が私の肩を優しく抱いて一歩だけ彼から離れて小さく耳元で囁きます。
「ふふふっ、今日のいい画の理由がわかったわ、美波ちゃん。……年寄りのお節介だけど――――“汝の愛を選び、汝の選びを愛せ”、よ?」
「―――――目が曇ってる状態は適用外、ですので」
顔を真っ赤に絞り出した反論に今度こそ大笑いした監督はせき込んでしまうくらいに私の背を叩いてそのまま彼の元へと押し返す。
「あっはっはっはっははっはは!!!!!!やっぱりお宅は面白くていいわ!!業界から縁切られたっておつりが出るくらい!!つまらない子を撮ってるよりもずっと楽しい!!さあ、さっさと明日の三時まで愛でも、恋でも、ヘチマでも語らいに行きなさいな!!―――野郎ども!今日はとことん飲むわよっ!!撤収!!!!」
そんな怒声にも慣れたものなのかスタッフの皆さんは笑顔で手を振ってそのまま華やかな街並みに意気揚々と去ってゆく。その時間はあっという間に過ぎたころにはここに立つのは私と彼だけで―――小さく笑ってしまう。
「なに話してたんだ?」
「乙女の内緒話を探るなんてデリカシーに欠けていますよ?」
「乙女って……まあいいか。所でどうする?女子寮のパーティーはもう飲み会に移行してるだろうけど行くか?」
悪戯っぽく責めると呆れたように返してくる彼が時計を指し示してくる。
そう今日は聖夜ということで女子寮にてデレプロの皆がクリスマスパーティーを開催しているはずなのですが、時計の針が指し示すのは結構な遅い時間。ラインに届く写真を見ていれば主だったイベントも大体終わっているみたいだし、今から行くと大人組の飲み会が丁度いい感じになっていてそれはそれで楽しそうではあるが――――ちょっと味気ない感も否めない。
「んー、折角ですしクリスマスっぽい事してから帰りませんか?」
「なに、ケンタッキーでも寄ってく?」
「………まあ、クリスマスっぽいイメージなのは否めませんけど――違います!!ほら、パーティー用に準備していたプレゼント交換とかせっかくですからここでやっちゃいましょう!」
「二人だけのプレゼント交換とか……切なさがぱねぇな、って、いでで」
「一言余計なのが悪いんです!!―――ほら、ちゃきちゃき出してください」
「“恐怖!若者によるプレゼントカツアゲの実態!!”ってタレコミでパパラッチに流すぞちくしょう…。えーっと、どこ仕舞ったかな?」
減らず口を叩き続ける彼の脇腹を軽くつつきながら急かせば、なんだかんだと用意している彼に見えないように思わず小さくガッツポーズしてしまいそうになる。普通にイベントの交換会では彼が用意したプレゼントが手に入る確率なんてほとんどあり得ないような確率だったのが、当確で手に入るというのだから夜分遅くまでお仕事に励んでいた甲斐もあるというモノだ。
彼がポケットの中を探って小さな薄い箱を取り出すのに胸が高鳴る。
彼らしい質素なラッピングに包まれたソレが無造作に引き出されながらも微かに微笑んで手渡される。ソレがプレゼントを待ち切れていない自分の子供っぽさを見抜かれているようで気恥ずかしく感じながらもソレを開け――――――――絶句した。
小さく薄い箱に詰められたその紙束。いや、もう言葉を飾るのは止めよう。
普通に“商品券”だった。
全国に幅広く使える――――とってもお得で、クリスマスプレゼントとしては最低最悪な品物がこの腐った眼をしたサンタが私に届けた贈り物である。
「ぶっ飛ばす」
「まてまてまてっ‼新田さーん?なんで店の看板振り上げてんのかな!?八幡そういうのよくないと思う!!」
「当たり前じゃないですかっ!!どこの世界にクリスマスプレゼントに商品券を贈る人がいるっていうんですか!!」
「だって、下手に形が残るとか気持ち悪いだろ!!しかもあの大人数未成年成年キチガイが入り混じった面子相手に対応した最高のソリューション!!それがこれでしょう!!」
「努力と思考が後ろ向きに前向きすぎです!!」
しばらく聖夜の街並みを命懸けのおいかけっこに励んで彼も私も息を切らしてベンチに倒れ込んだ頃にようやくその阿保らしいコントも終了を迎えます。お互い着こんだコートやダウンに籠った熱が煩わしくて首元を緩めつつ深呼吸と共に夜空を見上げる。
なにが悲しくて世間のカップルが別の熱をあげている夜に追いかけっこに熱をあげなければならないのか訳が分からなくて思わず眉間を揉みつつため息を吐く。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか彼の方から軽やかなジッポーの音と微かな紫煙の匂い。いつもは気にならないそんな匂いにも今だけはちょっとだけ癇に障って彼に文句の続きでもぶちまけてやろうと思って声をあげようと彼に顔を向けると、緩く握られた拳が目の前に突き出されている事に気が付いてその勢いが削がれてしまい思わず首を傾げてしまう。
「手、だせ」
「わ、と、っとと………ペン?」
彼の手元から無造作に放られたものを何とか掴んで改めてみれば暗い藍色を基調に小さく銀色で装飾されたペン。ソレは無骨な色に反して細身でしっくりと手に馴染む。記憶が正しければその刻まれた紋様は決して安くはないメーカーだったはずで…そこでソレが彼がいつも使っていたものであることに気が付いて慌てて彼を見る。
「こ、これって!!」
「まあ、確かに残業代がわりが商品券ってのも味気ないしな…。とはいえ、いま手持ちでやれそうなもんはそれくらいだから勘弁してくれ」
「だ、駄目です!確かに文句は言いましたけど――こんな大切な物を貰う訳にはいきません!!」
「えぇ…あげてもあげなくても文句言われるとかめんどくさぃ」
慌てて返そうとする私に彼が呆れたようにため息をついて手を差し出してくるが、返そうとすると弾かれる―――なんで?
「いや、交換なんだろ?お前のもくれよ」
「こ、こんな高そうな物に釣りあうものじゃ…」
「まあ、別にいらんちゃあいらないからいいんだけど」
「あっ、ちょ、渡しますからちょっと待ってください!!」
苦笑しつつ席を立とうとする彼を慌てて追いかけて押しとめる。このまま本当に何も渡さず彼を帰してしまえば本当にねだるだけねだった恩知らずになってしまう。それだけは避けたいし、それなりに悩んだプレゼントが日の目を見ることもなく“いらない”と言われるのも少し悔しい。
何とか押しとどめた彼の前でしつこいなとは思いながらも念を押す。
「…本当に大したものじゃありませんよ?」
「商品券よりマシだろ」
「…それはまぁ。―――返品と文句は受け付けないので、どうぞ」
彼の茶化すような声に小さくため息に見せかけた深呼吸。
高鳴って破けそうな鼓動を必死に抑え込んで、胸ポケットに入れていた華やかに包装された小さな包みを彼にそっと手渡す。目線だけで開けていいかを問われるので小さく頷くことで答える。
その丁寧に開けられてゆく包装が解かれるたびに心臓が、跳ね上がる。包装が全て解かれた先にあるプレゼントに彼が小さく息を吐いた事にこっちまで息を呑む。
「キーケースか。商品券と比べるにはちょっとハードルが高すぎるな」
「ソレに比べたらどんなプレゼントでもマシに見えますよ…」
彼が憎まれ口と共に苦笑しつつソレを手の中で触り心地を確かめるように何度も握る様子を見れば少なくとも気に入ってくれたようでほっと胸を撫でおろす。シンプルな形状で、誰でも親しめる色合いの落ち着いたブラウンのソレは傍目で見ても彼に馴染んでいているのも選んだ側としては嬉しいものだ。
「自分で買うには大仰でもってなかったけど、あると嬉しいもんだな。つけてもいいか?」
「はい、ブランド物ではないですけど丈夫で評判のいいものを選んだので…普段から使ってくれると嬉しいです」
いつもの陰鬱さも鳴りを潜めて無邪気にポケットから出した鍵を早速取り付けていくその姿はいつもと違う格好も合わさって随分と可愛く映って思わず微笑ましくなってしまう。普段からこれくらい素直ならばもっと周りからも高評価に―――なるのも困るので、他の子たちにこの格好を見せないようにしたほうがいいかもしれませんね。
「はぁ、さて―――お前ってその商品券の使う当てってあんの?」
「え、いや、特にありませんけど…?」
そんな小さな独占欲を手の中のペンと共に転がして苦笑に変えていると、全てのカギを収めた彼がこちらに振り向いて不思議なことを聞いてくる。貰いはしたものの新たにしっかりしたプレゼントを貰った以上自分が使うのも違うだろうし、その当ては確かにないのだがどうしたのだろうか?
そんな疑問に首を傾げる私に彼は苦笑を漏らしつつ、咥えていた煙草を潰したその指で近くにある明るい紅い看板を指さす。
そのライトの下では満面の笑みを浮かべたサンタさんのマネキンと香ばしいフライドチキンのいい匂い。
それだけで彼が何をするつもりなのか分かって思わず笑ってしまった。
「とりあえず、ターキーバレルと酒とケーキでもソレでありったけ買って行きゃ無駄にもならんだろ?」
「ふふっ、まあ、喜ぶのは間違いないかもしれませんね?」
だろ? だなんて得意げに笑う彼にもう一度だけ苦笑を零してその腕を捕まえて彼を引っ張ってゆく。
どうにも憧れていたロマンチックなクリスマスとはならなかったけれども、格好のつかない情けない二人だけれども、それでもこの腕から伝わるこの暖かさとくすぐるように広がっていく気持ちを二人っきりで味わえただけでも―――今日は満足しておこう。
後ろから引っ張られる事に文句を漏らす彼を一度だけ振り向いて
「来年も ちゃんと用意してくださいね?」
そういわれた瞬間に顔を顰める彼に私の笑い声が聖夜の街に響いたのでした。
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―――本日の蛇足―――
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茄子 宝くじ 1枚
その他 個性的な物が入り乱れてたそうなのを知って商品券は意外とマシなチョイスだった事を知り二人は深く肩を落としたそうな。
('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。
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コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感