デレマス短話集   作:緑茶P

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(; ・`д・´)ランキングに…名前が載っている、だとっ!?

人間ホントに驚くと目を何回もこすって、何度も確認を繰り返す漫画みたいな動きをすることを初めて知りました(笑)

ここまでこれたのも皆様のお陰です!!これからもよろしくお願いします!!


_(:3」∠)_という訳で、フレデリカ誕生日記念SSです。

広い心と頭を空っぽにしてお楽しみください!!


【宮本フレデリカは存外に甘え下手である】

「うん、うん、―――分かってる。こっちは気にしなくていいから、お仕事頑張ってね。―――大丈夫だって、はい―――はーい」

 

 耳元に当ててる四角い機械から遠い海の向こうの声が届く。思えば実に凄い事だ。

 

 何万㎞も離れた土地に住めば昔ならば文字通り今生の別れであっただろうけれども、今ではその気になれば空港へ駈け込めば何処へでも会いに行けるし、来れなくてもこうして声を掛けられる。

 

 だから、たかだか誕生日を祝いに戻って来てくれるという約束を破った程度で本当に申し訳なさそうに謝るパパとママにちょっと苦笑いを零しつつ電話を打ち切る。きっとこのまま電話をしていたら仕事に遅刻することも気にせず娘へのラブコールを続けるだろうから―――私って出来た娘でしょ?

 

 会えなくたって死ぬわけじゃなし。大体、20にもなる娘が 両親と誕生日を祝えないくらいで―――泣く訳にだっていかない。

 

 胸の内で湧き上がりそうになったモヤモヤに蓋をして夕暮れに染まる空を見上げ、小さく深呼吸。暖かくなってきたとはいえ空気はまだ冷たく白い尾を流して街へとたなびくのに釣られて視線も流せば、随分と鼻白む光景が広がっている。

 

 道行く人の多くは肩を寄り添わせ、腕を絡め少しだけ照れたように頬を染めている。街には随分と派手派手しいデコレーションがされていて、終いには電光掲示板にはおっきなハートマークと仲睦まじいカップルのキスシーンまで写されて。

 

 

 その光景が、随分と薄気味悪いと感じてしまう。

 

 

 愛し合うって―――正味な所で、そんなに素晴らしいと思えた事もない自分の方がおかしいのは分かっているので口には出さないが。

 

 

 自嘲気味な笑いを短く吐き出して、意識を周りに戻す。

 

 周りを見渡せば忙し気に機材やセットを片付けているスタッフさん達がいて、付き添いできているアシスタントの“ハッチ―”が気だるげに今度のミニライブについての打ち合わせをしていた。特徴的なアホ毛にやる気なさげな澱んだ目を持っているタブレットに向けつつ何かを書き込んでいる。

 

 ああ見えても仕事には堅実で、アルバイトというのが信じられないくらいに働き者だ。おまけになんだかんだとお人好しなので同じプロジェクトのメンバーの中でも彼に熱をあげている子は随分多い罪づくりな人(笑)である。

 

 世の中奇特な人も居るものだと思いつつ――――厭らしい考えが閃く。

 

 今日、両親が予約してくれていたレストランは誰か行きたい友達がいれば誘ってよいと言われている。ソレが異性だとは思っていないせいかその辺の指定は特になかったのだから―――彼を連れて行くのも一興かもしれない、と。

 

 約束を破った両親への小さな意趣返しと―――まやかしの感情に翻弄されている人達への微かな反逆。

 

 ショーウインドウを鏡がわりに身だしなみ確認。

 

 砂金のように流れる髪に青い瞳。日本人には見られないシャープな骨格にソレをふんわりと嫌みなく纏める春先コーデ。

 

 自分で言うのもなんだが―――見栄えは悪くない。

 

 それに小さくほくそ笑んで打ち合わせを終えた彼がこちらに向かってくるのを待ち構える。

 

 今日はバレンタイン。聖なる愛を告げる日で―――そんなものをこの世で最も疑う私“宮本 フレデリカ”の誕生日だ。

 

 

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 世の中ってのは実にままならない。つくづく、俺“比企谷 八幡”はそう思う。

 

 さっきまでバレンタインで浮ついた街中でミニライブ企画を冷や汗交じりに成功にこぎつけ、無事に撤収までたどり着き安堵のため息を紫煙と一緒に吐き出していたはずなのだ。

 

 上司の武内さんにライブ責任者を押し付けられた嫌味と共に成功の報告を送れば、報告は明日に回して直帰しても良いというお達しを頂けた。やっぱり自分の意思表明することに意味はあると現代社会に希望を見出し―――あれ、これって結局は休み貰えてなくね?と気が付いて愕然とした。

 

 改めて文句を言おうとコールしてみるが当たり前のように出ないので確信犯だろう。ちくしょうめ。

 

 溜息をもう一度深く吐き出して、肩を落とす。今日も煙草が美味しいわけだと納得していた俺に随分と長くなった夕日に影が差す。その夕日を受けた金の髪が燃えるように照らされ影をつくる中で真っ青で底の見えない瞳が二つこちらを見つめ、儚げに揺れて言葉を紡いだ。

 

 “何も言わず、着いてきて欲しい”、と。

 

 いつもならばあしらうだけのその妄言も、普段の軽薄さがないその調子に息を呑んで―――久々の早めの帰宅を断念させたのであった。

 

 

 そんな事があったのが30分ほど前の事。

 

 そして――――

 

「わぉ!こんないいレストランに私服で来ちゃった!!浮きすぎて逆にオシャレかも!!」

 

 なんて世迷いごとをニコニコ笑顔でかましてる“宮本 フレデリカ”がいつもと全く変らない様子で店の中を楽し気に見回している事に頭痛を感じて頭を押さえた。

 

 なんとなく放ってはおけず着いてきた先は都内の随分と奥まった場所にある高級そうなフレンチレストランで一般ピープルには入ることすら憚られた門構え。それを気にした風もなく中に入って受付にコイツが伝えれば一番奥まった個室に近い部屋へと通される。

 

 呆然としてる間に腕を引かれ連れてこられた席でその上品で落ち着いた内装を一周りして感心していた所で、目の前の馬鹿の声で回想の一言に戻ったのを機に疑問をそのまま口にする。

 

「おい、くそ馬鹿。なんだここ?」

 

「わお、これ以上ない直球ストレートに宿る熱い思い!!……あ、はい、フレちゃんの誕生日会場です、はい」

 

 なおふざけて誤魔化そうとするので無言で席を立つと素直に縮んで自白したので、とりあえず事情くらいは聞いてやることにした―――あぁ、煙草を吸いたいがここで吸うのはさすがにマナー違反だろうか?だろうね、はい。

 

「いやー、両親が来て三人でお食事のはずだったんだけど来れなくなってー。仲のいい人と楽しんできていいよって言われせっかくなので――来ちゃった☆」

 

「可愛くぶって言われても誤魔化されてはやれねぇんだよなぁ…。そんなん、リップスでもクローネでも好きなほうよびゃいいだろ?」

 

「元々が三人の予約だったのにそんな大人数できたら迷惑でしょ?―――ま、日頃の感謝とねぎらいだと思って存分に食べて!今日はフレちゃんのおごりだよ!お代はお母さんたち持ちだけど!!」

 

「………」

 

「ソレでね、なんと今日は――――」

 

 ざっくりと巻き込まれた経緯の説明はされたが、結局はいつもの調子で積み重ねられる無為な言葉の壁で遮られる。もっともらしい言い分は十分に一般的な理由付けとなっていて表面を覆ってしまう。―――問うた内容は、もっと本質的な部分のつもりだったが答える気はないのだろう。

 

 自分はかつて小町に“調子が悪いといつもの倍くだらない事を口走る”と諫められたことがあるが―――いつもくだらない事を重ねている彼女は調子がいいのか、悪いのか。

 

 そんな益体もない事を考えているウチに彼女は明るく話し続け、流れるようにウエイターに食前酒を注文するのを見て眉をしかめてしまう。

 

「おい」

 

「んー? 今日で正式に二十歳だから問題ないでしょ? むしろ、これを体験させるためにパパたちがこの場を用意してくれていた訳だし」

 

「……せっかくなら親と呑むまでとっとけよ」

 

「――――ふんふんふふふーん。ソレを待ってたら、おばあちゃんになっちゃうかも?という訳で、付き合ってしるぶぷれー?」

 

 提案したわりにはこちらの意思を聞くつもりもないのか戸惑うウエイターを無言の圧力で押し出した彼女は張り付けたような笑顔で鼻歌を歌ってボトルを待つ。責める様な俺の視線すら楽しむかのように微笑み、ややあってウエイターに注がれたグラスを手に持って言葉を紡ぐ。

 

「大人の階段に」

 

「……おめでとさん」

 

 結局、俺は深いため息をついてから、そのグラスに応えるように乾杯を示して形だけの祝辞を返す。

 

 その様子にちょっとだけ仮面の奥の瞳が煌めいて、彼女は花弁のような唇に甘露を迎えて上品に微笑んだ。ソレに感傷を感じることだって俺の身勝手である。

 

 自分の成人した日の酒は、人生で最も尊敬した人と体験して笑って、怒られ、呆れて、しんみりと語りもした騒がしくも最も記念すべき日となれた。その体験は誰に恥じる者でもないし、こうであるべきだと押し付けるモノでもない。分かってはいても―――初めてで美味くも感じないだろうワインを愚痴ることもなく、大して親しくもない俺の前で繕って味わう彼女は随分と寂しく見えるのだ。

 

 だから、せめて―――男として“初めての経験”に気くらいは使ってやるべきだろう。

 

 なにせあのカッコいい“恩師”にそうして貰った成人としてはその義務がある。

 

 そう勝手な独白を挟んで俺はいつも通り意地悪く頬を歪めた。

 

 相も変わらず無言で微笑んでいる彼女を無視してウエイターを呼んで目の前のお誕生日様を目線だけで指し示して言葉を紡ぐ

 

「すみません、あのワインは初めてにはきつかったみたいで料金は別途でいいんで一番甘くて飲みやすいのに変えてやってください。残ったのは…自分のグラスと交換で置いといて貰えます?」

 

 自分のオーダーに嫌な顔もせずにふんわりと微笑んだウエイターさんは恭しく頷いて俺が空けたグラスを持って下がっていってくれる。目の前の馬鹿が最初の注文で“一番大人っぽい味”なんて頼んだせいで飲み干したワインは食前酒としては随分と渋く酸味が強い。

 

 これを一回目で呑んで美味いと思えるのは中々に珍しい感性だろう。

 

「……なんで」

 

 へったくそな貴婦人の仮面の間から覗く二つの瞳は真ん丸に見開かれて驚きを表しているのだろうか?その表情は普段の無邪気さと能天気を装う時よりもずっと幼く赤子みたいな色合いでつい笑ってしまう。――――そんな顔を浮かべる女が大人ぶるなんて小生意気である。

 

「別に偉ぶるつもりもないけどな、どうせ成人記念でこんな高級な店に来るなら全部を楽しまなきゃ損だろ。少なくとも俺はそんなめでたい席の目の前で渋そうな顔をされてるのは御免だ」

 

 せっかくのただ飯だからな、と湧き上がる照れをかき消すように呟くと彼女は呆然と自分の頬を撫でまわして小さく呟く。

 

「……渋い顔、してたかなぁ」

 

「これ以上ないくらいにな」

 

 間髪なく答えて彼女が何かを言おうとした時に丁度、新たなワインが届く。ソレを受け取った彼女が戸惑ったようにこちらを見てくる幼い動作に悪気なく苦笑いしてしまうのを咳で誤魔化して勧める。

 

 今度は恐る恐るといった風にゆっくりとそのワインを口に含んだ彼女はややあって――

 

「やっぱり、ちょっと…フレちゃんにはまだ分かんないや」

 

 そう照れたように笑った。

 

 そのちょっとだけ素直に零された言葉に俺とウエイターは今度こそ笑ってしまったのをジトっと彼女に睨まれるがどうにも止まらない。

 不味いと素直に言わない心遣いこそがホントの“大人の階段”だなんて伝えれば、今度こそ彼女はむくれるだろうと想像してしまうとその笑いはさらに膨れてゆく。

 

 

 こうして、無理くり連れてこられたフレデリカ生誕祭は思ったよりも随分と穏やかな空気の中で始まりを迎えることが出来たのだった。

 

 

-------------------

 

 

 前菜からメインディッシュに連なり、デザートまで味から見た目まで人生で見た事もないようなレベルの物であった。

 

 もはやこのレストランの値段については最初の時点で諦めていたが、ここまで来ると見よう見まねのマナーで手を付けていいのかすら不安になるくらいだ。だが現金なもんで、食べ始めればそんな事を気にしてる暇のないくらいのめり込んでしまった程だ。

 

 何なら次の料理が来るまで優雅に会話をしているべきなのだろうけども、二人してずっと味の感想に終始していた。―――高級店マジぱないわ。シェフをよべぇいとか言ってしまうレベル。

 

 まあ、しかし――噂には聞いていたがコース料理って終わってみると食事もそうだが、結構な量を呑む事に気が付かされる。最初の食前酒はともかく、料理ごとにあったワインは最初から用意されていたのか何も言わずに出てきたので勧められるままに呑んでいくと割かし多めな分量かもしれない。

 

 そして、最後に食後酒が出てくる頃にはフレデリカの目が少しだけぼんやりとしていて酒精が体に巡り始めた事が窺える。初めて味わう酩酊感と共にやってくる気分の高揚がそうさせるのか彼女はいつもの様に言葉をまくしたてる事もなくゆらゆらとテーブルの上の蝋燭を眺めながらクスクスと上機嫌に笑っている。

 

「なんか、不思議だねぇ。最初は期待なんかしてなかったんだけど終わってみるとすっごく楽しかった~」

 

「騙して連れてきた側が言う事じゃないんだよなぁ…。まぁ、こんな美味いもん食わせてもらった分は文句も言えないか」

 

「……ごめんね」

 

 上機嫌に笑っていたはずの彼女はその一言で小さく俯いて謝罪を漏らした。何が、とも、どうしてかも伝えられぬ拙いソレは、コイツと知り合って以来で初めて聞く言葉だったかもしれない―――だからだろうか、その感情の正体自体を彼女すら探るように言葉を紡いでいく。

 

「最初は“当てつけ”だったんだぁ。パパもママも大好きだけど、ちっちゃい頃から仕事で忙しい二人は滅多に会えなくて……たまに会っても大恋愛でくっついた二人は私なんかそっちのけでラブラブ。でも、そんな二人を見てて幸せに愛されて生まれたって思ってたから不満だってないし、嬉しいんだ。

 

 今回の事だって海外にすら求められて戦ってる二人が来れないのも本当に納得してるの。――――でも、電話を切ったその先で私に謝りながら二人は肩を寄せ合って慰め合うんだろうなぁって思ったら…不安にさせてやりたくなった」

 

 彼女の独白は、続く。

 

「そんな時に周りを見渡せば“聖なる恋”を祝ってる人を見てウンザリもしたの。誰も彼もが見栄や、成り行きや性欲なんかのくだらない事でくっついてるのに“本当の愛”を結んだ二人やその子供の私より幸せそうな顔してるのがたまらなく悔しくなったの」

 

 蕩けるように熱を持っていた瞳はいつの間にか怒りを湛えた業火を宿し言葉を紡いで、何かを糾弾する。

 

「だから、それが偽物の想いの産物だって証明して見たくなった。みんなに好かれて、信頼されてる君をデートに誘って今まで寄ってきた人達みたいに軽そうな仮面で楽しませてやれば騙されて―――みんなが好きになった男も結局は他と変わらなかったって笑ってやれば気分も晴れると思った。

 

でも、それも大失敗。

 

 結局は気を使われて、無邪気に楽しませて貰って―――きっと街で見た人たちもこういう事を積み重ねて手を結んだんだ。 結局――――“愛”ってモノを知らないのはあの場所で私だけだった事を思い知らされちゃった」

 

 きっと、燃える様な瞳で射すくめていたのは彼女自身だったのだろう。ソレを言葉として燃やし尽くした彼女は力なく項垂れてテーブルに突っ伏す。

 

 それは、あまりに歪んだ―――求愛の形であった。

 

 そんな形でしか―――否定する事でしか“愛情の確認”が出来ない、痛ましい心のありようだった。

 

 いや、そんな上等なものではないのかもしれない。

 

 子供が手に入らぬ玩具に癇癪を起すように、気を引きたくてワザと悪さをするように、彼らは両親を試すかのように振舞う。その世界からの反響で彼らは自分への愛情を測るのだ。その愛情を受けて彼らは心の根元を支える土台を形成する。

 

 今目の前で突っ伏した少女はきっとその大切な時期にソレが叶わなかったのかもしれない。大好きで忙しい両親が自分のために困らないように“いい子”で居続けてしまった。

 

 だから、その脆弱な根元に誰も近づけないために陽気な仮面を被り続けた。

 

 誰も本気で自分にぶつかってこないように、極端に距離を取り続けた。

 

 そして、成人という節目の日にソレを試す最後のチャンスを失った彼女は必死に守ってきたその姿勢をついに崩してしまったのだ。その結果がご覧の有様だ。

 

 仮面の下に長年隠れていた少女は、見るも無残に怖くて蹲ってしまった。

 

 大好きな両親との思い出となるべき場所に見知らぬ男を据えてしまい、それでもそこそこに楽しめる人間の単純さに打ちのめされた。

 

 それは―――真実なんかなくても人は結ばれてしまうという残酷な結論。

 

 

 

 

 そんな――――思い違いを小生意気にしていやがる。

 

 

 

 

 そういうのは、本気で人生を棒に振るくらいに

 

 恨めしく思うくらいに心の何処かに誰かを想ってからするべき葛藤だ。

 

 こんなのは、誰かへの想いを持て余した中学生の思春期と大してかわりゃしない。

 

 この俺ですら、中学の頃には両親と妹に甘えつくしていた。

 

 いわゆる甘えマスターである。

 

 だから―――この甘え下手な胸と身長ばっかがデカくなったクソガキにも“甘え方”というモノを教えてやろう。

 

 

 

---------------

 

 

 

 くらりと揺れる頭の中に後悔と、嘲笑が響く。

 

“結局、見下していたお前だって変わりはしないじゃないか”と隣に立つ自分自身が指をさして笑っている。それから逃げるように拳を強く握り閉め、瞳をきつく閉じてもその声は変わらず響く。いっそ、このまま消えてしまえればと思った瞬間に後頭部を強く叩かれる衝撃に一瞬だけ意識が引き戻された。

 

「そろそろ煙草吸いたいから店出ようぜ」

 

「――――へ?」

 

 掛けられた言葉の意味が分からず間抜けな声が漏れ出てしまった。

 

 呆然とする私に構わず彼は大してない手荷物とコートをウエイターさんから受け取り私を急かすように席から追い立てて店を出てしまう。

 

「ちょ、お金っ、ママのカードで支払なきゃ!!」

 

「もう済ませた。いいから早くいくぞ。こっちはニコチンが切れて辛いんだよ」

 

 店を出てから気がついて慌てて戻ろうとすれば彼に腕を掴まれずりずりと引きずられ都内の路地を歩いてゆく。急な状況の変化に言葉も纏まらないまま喚く私と面白がるようににやける彼に道行く人が振り向くのがなお恥ずかしくなってついには手を引かれるままに無言でついてゆくことにした。

 

「……どこ、いくの?」

 

「煙草の吸える所」

 

「そこの喫煙所でいいじゃん」

 

「あんな人込みで吸う煙草なんて美味いわけないだろ。煙を吸うときはもっと自由で――」

 

「意味わかんない」

 

 通り掛けにあった駅前の喫煙所を指し示せば意味の分からない事を言い始めた彼に苛立ちを込めて答えれば彼は楽し気に笑うばかり。そんな態度が、無性に腹立たしい。それでも、惹かれる手はなぜか振り払えず彼の背を黙ってついてゆくとビル街の中にある小さな公園へと行きついた。

 

 時間も時間のせいか誰もいない、ベンチ二つが街灯に照らされている寂しい公園だった。

 

 そんな場所にたどり着いた彼は周囲を見回して小さく頷き、ようやく胸ポケットから煙草を取り出して軽やかに火をつける。昼間には陰鬱なその佇まいも月明かりの下だと何故か映えることに少しだけ息を呑んで、それを誤魔化すように嫌味を口づさんだ。

 

「ここ、禁煙って書いてたよ」

 

「そうかい」

 

「怒られるかも」

 

「そりゃ困ったな」

 

 無理やり引き連れてきたくせに何をするでもなくただ煙草をふかし始める彼に掛けた言葉は軽くいなされ、なんだか―――腹が立ってきた。

 

「困ったじゃ――「いつもみたいに、おどけなくていいのか?」―――っつ!!」

 

 荒げかけた言葉を遮るように言われた一言が、それを押しとどめた。

 

 そう、だ。こんな時に“宮本 フレデリカ”は声なんて荒げはしない。茶化して、煙に巻いて、揚げ足をとって相手を困惑させてきたはずなのだ。―――ソレが、いまは上手くできない。

 

 呑み込もうとした感情が詰まって、その圧力が冷めかけていた熱を再発させて何かが溢れてくる。コントロールの効かないソレはあっという間に心の受け皿をいっぱいにして私の芯を不安定に乱していく。

 

 

 やめろ、止まれ――――とまってっ!!!

 

 

 そんな静止を心の中で叫ぶのに、ぐらぐら揺れた感情に従って体は正直に結果をだした。

 

 静かな公園に、乾いた音が響く。

 

 荒くなった呼吸に体が震え、頭は真っ白なままで燃え上がり―――振りぬいた手はじんじんと痺れて痛みを伝える。

 

 頬を理不尽に張られたのにも関わらず無機質な表情を浮かべる彼は、射殺すように睨みつける私をみて小さく鼻を鳴らす。

 

 その小さな嘲笑に怒りはさらに燃え上がって勝手に瞳から雫が零れ、また手を下す。

 

「な、にも知らないくせにっ!!知ったような口を叩かないでよ!!!いつも、なんて言えるくらいずっと傍にいた事もない癖に!!」

 

 頬を張られた拍子に彼の口から煙草が零れた―――ソレを彼は目で追いもしない。

 

「私だって、好きであんな事してない!!でもしょうがないじゃない!!この国でこんな容姿の人間が!!こんな根暗で面倒な性格で普通に生きていける訳がないのよ!!大好きなママから貰った髪も眼も!ふざけて誰にも疎まれないように振舞って!何も知りもしないくせに嘯くな!!」

 

 湧き上がるどす黒い感情。ソレを目の前の男に全てつぎ込む。

 

 憎たらしい知った被る瞳を、冷たい声を止めたくて―――彼を押し倒して首を全力で締め、絶叫する。

 

「ママの故郷にだって行けるわけがない!そんな簡単な話なら二人だってここに来てない!!それでも、好きにしていいって笑って愛してくれる二人に心配かけないようにここまでやって来たの!!そんなにいっぱい、いっぱい我慢してきた私より何も考えてない奴らの方が幸せに生きて!愛し合って!!――――ふざけないでよ!ふざけんなっ!!!!

 

 

 

―――――――ふざけ、ないでよ」

 

絶え間ない恨み節が湧いてくる。

 

 大好きな両親にも、友人にも、世界中の全てにどうしようもないくらい怒っていて、鼻と瞳の奥が勝手に痺れて涙が零れてくる。その雫が零れるたびに体中の力が抜けて組み敷いた彼の胸をせめてもの抵抗として何度でも叩く。

 

 やがて、それすら力が籠らなくなって―――酸欠で倒れそうになる体が、優しく包まれた。

 

「―――げっほ、……別に、誰もふざけちゃいねぇよ」

 

「や、やぁっ!離してっ!!」

 

 かすれた声が耳元で響き、なにかが崩れそうになるのを防ぐために必死に抵抗するが―――それよりもっと強くて熱い力で包まれてしまう。

 

「家や家族で苦しむ奴も、優しすぎて苦しむ奴も、家族に心配かけたくなくて遠ざけてこじらせる奴も、計算高く生きて苦しむ奴も、本当の自分を隠して生きる奴も―――そこら中にいる。

 

 “本物”っていう奴を探して、求めて、傷ついて 誰もが必死だ。

 

 傷つくことを怖がって、言い訳重ねて、それを羨ましがるってのは――冒涜だ」

 

 痛い位に抱きしめられて語られるその言葉は、重くて、怖い。

 

 だって――――ソレが出来ていれば、私はこんな事にはなってない。

 

 それを嗚咽に混ぜて彼に伝えれば、彼はもう一度だけ呆れるように笑って答える。

 

「いきなり人間そんなに変われるわけないだろ。とりあえず、お前は――両親にわがままを言う所から始めろよ。他人への甘え方ってのはみんなそこから始めてくもんだ」

 

 簡単に言われるソレは、なんて残酷な言葉か。

 

 そんな事、いまさらどうしろというのか。今までの話をこの男は全く聞いていなかったのではないかと睨めば、子供をあやすように彼は私の背中を叩いて魔法の言葉を告げる。

 

「“寂しい”、“ふざけんな”、愛して“、”構ってくれないとグレるぞ“―――好きな言葉で伝えろよ。言っても伝わるかは知らんが…経験上、絞り出さないよりかはマシだ」

 

「………言って、もしも嫌われたら?」

 

「そん時は、喧嘩だな。―――これは“甘え方”の上級ステップだ。ソースは俺の妹との喧嘩」

 

 茶化したように言う彼に思わず笑ってしまった。

 

 彼の言った言葉を―――自分は、一つでも投げた事はなかった気がする。もちろん、喧嘩だって。でも、きっとソレは誰もが家族に一度は言っている言葉のはずで――本当は、それを避けていたのは私の方かもしれない。

 

 愛される、人形であろうとしていたから―――飽きたら、捨てられると誰よりも二人を信じていなかった。

 

 彼の言葉を―――信じてみても、いいのだろうか?

 

「……練習」

 

「あん?」

 

「言ったことなくて、どもると恥ずかしいから……練習していい?」

 

「………それ、経験上失敗する前フリだな」

 

 茶化した彼に抗議するように目の前の胸板に頭突きをかまして、その勢いで言葉をしぼり出す。

 

「…“寂しい”、“ふざけんな”、愛して“、”構ってくれないとグレるぞ“」

 

「おう」

 

「“寂、しい”っ、“ふざけんな”っ、愛して“っ、”構ってくれない、とグレるぞ“っ!!」

 

「聞いてるよ」

 

「寂しいっ! 約束したじゃんっ!! 愛してよっ!! 構ってっ!!」

 

 言葉にするたびにぎこちなさは抜けて、胸の中の何かが涙と一緒に零れていく。

 

 叫ぶように想いを紡ぐたびに彼が優しく背を叩いてくれて、借り物じゃない言葉がボロボロと零れていく。――やがて、その声は嗚咽としゃっくりに交じってただの子供の泣き声になって意味をなさなくなってゆく。

 

 

 

 ただ、月夜に響く泣き声を受け止めつつ私の背を叩く大きな手はソレが止むまで優しくさすり続けてくれていた。

 

 

 

 

―――――――――――――― 

 

 

 

『フレッカ? こんな時間にどうしたの? そっちは深夜でしょう? なにかあったの?』

 

 

 真夜中、短いコール音の後に心配したような声が矢継ぎ早に来る。

 

 忙しいだろうに、こちらから掛けた時はどんな時でも最優先で出てくれる大好きな両親の声。

 

「うんん、レストラン…友達といった。凄くいい所だった」

 

『あぁ、良かった! あそこはねパパが―――「ママ」

 

 私の言葉に嬉し気に言葉を零した彼女を遮って、息を呑む。

 

 嫌われないだろうか? 迷惑じゃないか?―――そんな不安がよぎった瞬間に、優しく温かいあの手が背中を支えてくれた気がする。

 

 意を決して、言葉を紡いだ。

 

「今度は、記念日とかじゃなくていいから――― 一緒に行こうね?」

 

 その言葉に息を呑んだ後に聞こえる、優しい声。

 

 

 

 なんだ、本当に―――壁を作っていたのは私の方だったのかもしれない。

 

 

 

 だって、娘の面倒な我儘を―――こんなに喜んでくれるのだから。

 

 

 

 そんな単純な事を私はこの歳で、この胸に生まれた感情と共に初めて知ったのだった。

 

 

 

---------

 

 

=後日談 というか 蛇足 というか 世界レベルの豆知識=

 

 

 朝、遅れてやってきた痛みと鏡に映る酷い様相に顔を顰めつつ出勤すれば案の定に事務所にいた連中にからかわれる。しかも、おりの悪い事に一番面倒な連中が居座っているのはなんの嫌がらせなのかと思う程だ。

 

美嘉「うっわ、何その顔を!ちょ、救急箱どこだっけ!?」

 

志希「にゃははは、随分と色男になったね~?」

 

周子「あちゃー、バレンタインの次の日にそんな顔にとか何したん?」

 

奏「ふふ、変な所に行かずに事務所に戻ればチョコなんていくらでも手に入ったでしょうに?」

 

八「うっせー、通り魔に襲われたんだよ。通り魔に」

 

 テキトーな事を言ってはぐらかせば爆笑してさらに盛り上がる彼女達に溜息をついていれば、背後から扉の開く音。

 

 いや、この面子で一人欠けていればソレが誰なのかは予想がつくけれどもあれだけ恥ずかしい事をベラベラ喋った次の日に下手人と対面というのも気まずいものだ。なので、なるたけ平然として振り向く―――途中で、気づかわし気な手が頬から首筋までをそっと添えられた。

 

 

フレ「跡、残っちゃった―――ごめんね?」

 

 

 

「「「「「―――――――――――は?」」」」」

 

 

 

 普段にない落ち着いた声と潤んだ瞳に――いつくしむように傷跡を撫でるその姿は誰もが知っている彼女には無い物で、誰もが絶句した。俺も、絶句した。

 

 

 

フレ「ん、レッスン終わったらいい薬持ってきたから塗ってあげる。―――ちゃんと、待っててね?」

 

 

 微笑むその姿に、蜂蜜を溶かしたその声色。

 

 

「「「「はぁぁぁぁぁぁぁああああああっつ!!!!!!」」」」

 

 その異常を誰もが困惑と、絶叫で迎えたのであった。

 

 

 

―――― 

 

 

ヘレン「覚えておきなさい!!フランス人女性は恋多きイメージがあるけれども実際は身持ちが硬くて、一度入れ込んだ人にはとことん尽くす性格らしいわよ!!それこそ世界レベルにね!!」

 

 

 

おしまい♪

 


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